21-3

 玲が告白される現場を見てしまってから数日後。

 文化祭までもうすぐ一週間という今日のこの日に、俺は家庭科室にて数人のクラスメイトの前に立っていた。


「じゃあ志藤君。透明なわらび餅の作り方を教えてもらっていい?」

「ああ、分かりやすくできるかは分からないけど、やるだけやってみるよ」

 

 二階堂に猫かぶり笑いを返した俺は、手元の材料に目を落とす。

 片栗粉にミネラルウォーター、砂糖に氷にきなこと黒蜜。

 材料に関してはこれだけあれば十分だ。


「まず片栗粉と砂糖と水を既定の分量鍋に入れて、弱火で混ぜるんだ」


 自分で説明した通りに鍋に材料を入れ、コンロを弱火に設定する。


「弱火でしばらくかき混ぜながら熱すれば段々透明になってくるから、そうなったらもう火はいらない。濡れた布巾の上とかに乗せてしばらくかき混ぜる」


 火傷に気を付けながら中身をかき混ぜれば、トロトロだった液状の生地が徐々に固形へと変化していく。

 こうなったらもう後は仕上げだ。


「固まった生地を一口サイズに切って紙皿に乗せて、ここにきなこをかけて黒蜜を垂らせば、透明なわらび餅風デザートの完成だ」

「「おおー……」」


 二階堂を含めた厨房担当の連中から、感心の声が漏れる。

 試食タイムということでわらび餅の乗った紙皿を彼らの前に置けば、それぞれ爪楊枝で口に運び始めた。


「っ! 美味しい!」

「よかった。……とまあ、こんな感じで料理自体も簡単な方だから、そんなに大変ではないと思う。気を付けるのは火の扱いくらいかな? 弱火で十分だから、極力火力を上げずに事故の可能性を少しでも下げる方向で……」

「そうだね、そこだけ気を付ければ難しいことはなさそう」


 納得してくれた様子の二階堂を見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 実際に当日に出す軽食は他にも予定している物があるが、一種の珍しさもあっておそらくこの透明わらび餅がメインになるはずだ。

 これである程度はクラスの役に立てただろう。


「じゃあ後は前日にそれぞれで作って確認しよう。今日はまたそれぞれの作業に戻ってもらえるかな?」


 二階堂の呼びかけによって、集まっていたクラスメイトはそれぞれの準備に戻っていく。

 俺は使った食器等の片付けがあるためこの場に残り、スポンジに洗剤を垂らして鍋を洗い始めた。


「志藤君って、やっぱりすごいよね」

「え?」


 洗い物に集中しかけていたその時、何故かこの場に残った二階堂に話しかけられ、思わず顔を上げる。

 

「料理もできるし、すごく親切だし……いてくれるだけですごく安心するよ」

「ははは、それは買い被りすぎだって」

「そんなことないよ!」


 二階堂は俺の言葉を強く否定すると、へその前で指先を何やらもじもじと擦り合わせる。

 恥ずかしがるような、照れるような、そんな印象だ。


「……ねぇ、志藤君。よければなんだけど」

「ん?」

「後夜祭のキャンプファイヤー、一緒に過ごさない?」


 ――――正直、来るだろうと思っていた話題だった。

 

 実はうちの学校の後夜祭には、ステージの他に校庭の中心で開かれるキャンプファイヤーなどがある。

 キャンプファイヤーとは言え、別にフォークダンスを踊ったりするわけではない。

 ただ教師が差し入れなどを持ってきてくれたり、キャンプファイヤー周辺でもステージの催し物を楽しむことができるため、各々が気ままに夜の時間を楽しむのだ。


「あ、ステージに立つって話は聞いてるから、それが終わったらでいいんだけど……」


 俺はしばし考えるために、目を伏せる。

 断れば、きっと彼女は傷つくのだろう。恋愛経験の薄い俺でも、それくらいは分かる。


「……ごめん。今声かけている人がいるんだ」


 だとしても、最初から俺の答えは決まっていた。


「……そっか。ううん、大丈夫。言ってみただけだから」

「声かけてくれてありがとう。嬉しかったよ」

「うん……じゃあまた何か機会があれば誘わせてね」

「ああ、分かった」


 少なからずショックを受けた様子の二階堂は、どうしたらいいのか迷った素振りを見せた後、この場から去ることを選ぶ。

 

 初めからこうしていればよかったのかもしれない。

 散々嘘をついてみたり、誤魔化してみたり。

 俺自身は彼らに振り回されているつもりだったけれど、二階堂からしたらその逆。

 彼女を振り回してしまっていたのは、俺だ。

 そのことにようやく気づき、罪悪感が湧いてくる。

 

 唯一救われるのは、互いに関係性をはっきりさせるようなやり取りをしていないところか――――。


「……二階堂さん!」

「え?」


 教室を出ようとした彼女の背中に、俺は声をかけていた。

 二階堂は驚き、俺の方へと振り向く。


「祐介君のこと、よろしくね」

「……? う、うん。分かった」


 最後に首を傾げ、彼女は教室を後にする。


(余計なお世話だよな……)


 でしゃばった行為だということは理解している。

 しかしとっさに口に出してしまった。

 どうか少しでもいいから、柿原のことを見てやって欲しい。

 二階堂からすればそんな義理はないと思うが、奴の努力が報われて欲しいとどうしても思ってしまう。


「……さてと」


 ここで問題が発生した。

 すでに誘いたい人がいると言ったが、ぶっちゃけ一切そんなことは決めていない。

 さすがに理由もなく「文化祭をあなたと一緒に過ごしたくありません」と伝えるのには抵抗があったというか、あまりにも後腐れがあり過ぎて恐ろしかったのだ。

 何となくステージからの流れで柿原や堂本と過ごすことになるだろうと思っていたし、もし彼らが他に過ごす相手がいた時は、自然と雪緒と共にいるだろうなと思っていたのだが――――。

 

 ただ、さっきの発言はどう考えても俺に誘いたい女子がいるような言い方だ。

 男子と共にいるのはいらん誤解を受けかねない。

 

「最悪雪緒を女装させて……いや、ないな」


 この利用の仕方は、友人としてあまりにもよくない。

 あいつも嫌がるだろうし、俺としても女装した稲葉雪緒に好意を持っていると誤解されるのもごめんだ。


 ならばどうするか。


(……玲の顔しか思い浮かばねぇ)


 俺は皿洗いを終えて水気を切った手で、頭を抱えた。

 誰かひとり、どうしても異性と特別な時間を過ごさなければならないとしたら、その相手は玲がいい。

 これは俺の素直な感情だった。


 しかしそれも難しいだろう。

 二人で一緒にいるところを他人に見つからないために、わざわざ玲からの誘いを断ったのだ。

 何とか上手いこと考えなければ――――。


「……ん?」


 ひとまず自分の教室に戻ろうとした時、制服のポケットに入れていたスマホが震えた。

 画面を見てみれば、柿原と堂本と作ったグループラインに連絡が来ている。


『明日十三時に駅前集合な! 楽器忘れんなよ!』

 

 送ってきたのは堂本だ。

 既読を付けてしまった以上、俺はすぐに『了解』と打ち込む。

 明日はいよいよ初めてのパート合わせだ。

 

 んー、色々と考えることが多すぎて胃が痛くなってきたな……。

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