17- 告白
「まさか……あの凛太郎が乙咲さんのお隣さんになってるだなんて」
俺の家のソファーに腰掛ける雪緒は、どこか放心したような様子でそう言った。
現在俺の部屋には、俺以外に二人の人物がいる。
一人は大親友の稲葉雪緒。
そしてもう一人は、我らがアイドルの乙咲玲だった。
そう、俺は今日ついに雪緒にすべての事情を話すことにしたのである。
「本当は誰にも言うべきじゃないんだろうけど、お前だけには言っておこうと思ってな。身内と言っても過言じゃないし」
「ぼ、僕が君の身内かぁ……嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
えへへと頭を掻く雪緒。
そんな彼を見て、玲は首を傾げていた。
「玲、どうした?」
「……本当に男の子?」
「何言ってんだよ。確かに細っこい体してるけど、ちゃんと男子だぞ?」
さっきからちゃんとそう説明しているのに、何故か玲はずっと納得していない様子だった。
まあ最初は信じられない気持ちも分かるけど、もうこうして三人揃ってからずいぶんと時間が経ったわけだし、さすがに信じて欲しいもんだ。
こうして玲を混ぜて説明していたのは、説明しやすいという要素のほかにもう一つ事情がある。
玲の夏休みの宿題を手伝うためだ。
あの旅行から帰ってきて、日付はすでに八月十日を過ぎている。
残すところ三週間。まだ余裕があると言えばそれまでだが、玲は俺たちと違い過酷なレッスンや仕事がある。終わらせられる時に終わらせておかなければ、十中八九三十一日までに終わらない。
「乙咲さんって、成績はどのくらいだっけ?」
「真ん中くらい」
「あれ? そうだっけ? 一年生の頃は定期テストでも結構上の順位で名前を見た気がするんだけど」
「成績が落ち始めたのは去年の後半から。ちょうど忙しくなってきた頃」
「あー、それじゃあ仕方ないね」
雪緒と玲の会話を聞いていると、俺の中に一つの疑問が浮かぶ。
「そう言えば、中学生の段階でアイドルにはもうなってたんだろ? うちの学校って割と進学校だし、わざわざ難易度が高いところを目指す必要もなかったんじゃないか?」
「今の学校を目指した理由は――――ううん、内緒。言わない」
「え? まあ言いたくないことがあるならいいけど」
ここで言い淀んだということは、親父さんからいい学校を出るように言われていたからとか、そういう理由だろうか。
そうだとしたら、俺と境遇が似ている。
「お前も苦労してんだな……」
「……多分勘違いだけど、今はそれでいい」
俺たちはそれぞれ宿題を広げ、取り掛かり始める。
玲のを手伝うとは言ったものの、別に彼女の代わりに問題集を解くとか、そういうことをするわけではない。
彼女が仕事で来れなかった部分の授業内容などをかいつまんで教え、どうしても自力で解けない問題があればそれも教える。そして彼女が問題に取り組んでいる間は、俺たちも残った課題を消化するというのが今日のプランだ。
俺たちに関しては、あと一時間とそこいらで終わってしまうだろう。
初日にもうほとんど終わらせてあるし、残ったのも「いつでも終わらせられるから後でいいか」という甘えの下で放置されていた課題ばかり。意外とこういうのが最終日まで残ったりするんだよなぁ。
「理数系に関しては俺に聞け。文系科目は雪緒の方が教え方が上手いから、そっちを頼るように」
「分かった」
そうして、俺たちは黙々と課題に取り掛かる。
玲も集中力に関してはさすがと言うべきか、今までの遅れを取り戻すかのようにすごいスピードで問題を解いていく。
————正直あからさまに適当に解かれた問題もいくつが見られるが、まあ終わらせることが優先される今の状況では文句も言うまい。
真剣に取り組んで、ちょうど二時間ほどが経過した。
俺も雪緒もすでに自分の分は終わらせてしまい、手持無沙汰な時間が流れ始める。
「……コーヒーでも淹れてくるか」
「手伝う?」
「いや、大丈夫だ。適当に本棚の本でも読んでてくれ」
「分かったよ」
俺は固まった体をほぐしながら、キッチンへと移動する。
そうしてそれぞれの好みに合わせたコーヒーを淹れれば、そのまま二人の前に置いた。
「ほら、玲。コーヒー置いとくぞ」
「ん、ありがとう」
集中していた玲もこの時ばかりは一度シャーペンを置き、マグカップに口をつける。
それを見ていた雪緒は、なぜか不満そうにしていた。
おかしいな、ちゃんと好みに合わせて淹れたはずなのに。
「雪緒、もしかして俺の淹れ方間違ってたか? だったら淹れなおして来るけど……」
「いや、そうじゃないんだ。乙咲さんのマグカップ、凛太郎とお揃いだなーっと思って」
「ん? ああ、食器とかそういうもんも今は玲が買ってくれているしな。ずいぶん前に一緒に買いに行ったんだよ」
「……ずるい」
突然、雪緒の口からそんな言葉が飛び出した。
「僕だってそんなお揃いの物なんて持ってないのに!」
「いらないだろ……俺とお前の間にそんな物。玲だって意図的にペアマグカップを買ったわけじゃないだろ? セットで安かったからだよな?」
そう玲に問いかければ、彼女はこっちを向いて首を傾げる。
「私はお揃いの物が欲しかったからこれを買ったよ?」
「ほらー! やっぱり!」
そういうつもりだったのか――――。
別に悪いことじゃないが、何だか急にこのカップが重く感じてきたな。
「それにそのマグカップが自然な感じで家にあるのも納得いかないな。それなら僕の分があったっていいはずだろ?」
「だから……ほら、それがあるだろ?」
「無地の中の無地じゃないか! 僕もお揃いの物が欲しいよ」
何をムキになっているのだろうか。
ただ俺は、普段はあまり我儘を言わないが故に雪緒の駄々こねに弱い。
仕方ない。最近も玲に構ってばかりだったし、今日のところは雪緒のことも甘やかそう。
「分かった。んじゃ今度お前用のマグカップを買いに行こうぜ。これからまた家族旅行で海外なんだろ? それが終わったら時間作るからさ」
「うっ……何か我儘言ってごめん」
「別にいいって。お前がこんな風に俺に対して何かを欲しがるってのも珍しいしな」
友人から頼られるっていうのはこれが意外と嬉しいもので。
もちろん普段から頼りっきりなのは到底褒められたものではないが、こいつに関しては自分一人でほとんど何でもできてしまうせいで、まともに頼られた覚えがない。
それこそストーカー被害の時くらいだ。付け加えて言うならば、あの時の恩を雪緒は遠慮の方へ進めてしまった結果、あまり頼らなくなったとも言える。
「……私だけの特権だったのに」
「お前もお前で何と張り合ってんだ?」
どういう訳か、玲と雪緒の間に火花が散っている。
喧嘩には至らないものの、何だか二人の間に確執ができてしまったようだ。
「————ん?」
何とか場を和ませようと冗談の一つでも考えていると、突然俺のスマホが震えた。
俺の頭の中に嫌な予感が駆け抜ける。
大体こういう時にスマホが震えると、ろくなことが起きていない印象があった。
また今回もトラブルだろうか。スマホを取り出し、画面を見る。
「……ミア?」
前は二階堂から嫌なラインが来ていたが、今回の相手はあのミアだった。
『今廊下の方に出てこれるかな?』
うーん、まあ何かトラブルの様子はなさそうだが。
この二人をこの部屋に置き去りにするのは少し心配だが、今後過ごしていくにあたり仲良くなってくれなければちょっと困る。
今は二人で友好を深めてもらおう。せっかくクラスメイトなわけだし。
「乙咲さんは知ってるかな、凛太郎の寝顔ってすごく可愛いってこと。僕は何度か隣で寝たことがあるから知ってるんだけどさ」
「知ってる。私も凛太郎の部屋に泊まったことあるし、その時見ている」
「え⁉ と、泊まったことあるの⁉ ちょっとその話詳しく――――」
……やっぱり放っておこう。
俺はヒートアップする二人の会話から抜け出し、廊下へと出た。
すると手持無沙汰な様子で壁に寄りかかっていたミアと目が合う。
「やあ、急に呼び出して悪かったね」
「ああ、大丈夫だ。ただ友達が来てるから、あんまり長くは話していられないぞ?」
「大丈夫。すぐに済むからさ」
彼女は一度目を伏せると、どこか潤んだ目を向けてくる。
そして自分の服の裾を掴んで言い淀んだ様子を見せると、一息吐いた後に口を開いた。
「ボクと――――お付き合いしてくれないかな?」
「……は?」
頭が真っ白になる。
たった今言われたはずの言葉を理解できず、脳のキャパを越えてしまったらしい。
「……それだけ。返事はまた今度聞かせてほしい」
————それじゃ。
最後にそう言い残して、彼女は自分の部屋に戻っていく。
俺が求めたはずの平穏は、またもやどこか遠いところへ逃げてしまったらしい。
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