16-5

「どうしてこうなってるんだ……?」

 

 目覚めた俺は、目の前で繰り広げられているプロレスをただ茫然と眺めていた。

 いや、プロレスと言うにはあまりにも一方的すぎるか。


 玲とカノンが同じベッドで寝ていたのだが、何故かカノンの腕が玲の首に巻き付いている。

 後ろから絡みついていると言えばいいか。そんな技を受けている哀れな玲は、さっきからずっと苦しそうに唸っていた。

 さすがに絞める強さは死ぬようなものじゃないが、今頃玲はタコにでも絡みつかれている悪夢でも見ていることだろう。

 そう思うとカノンの髪色もゆでだこみたいに見えてきたなぁ。


「あれ、おはよう、りんたろー君」

「あ、起きたか。おう、おはよう」


 玲たちを見ていた俺の後ろで、ミアが体を起こす。

 彼女は欠伸を一つこぼすと、俺を見てニヤニヤとからかうような表情を浮かべた。


「もしかして、レイとカノンの寝顔でも楽しんでいたのかい? だとしたら邪魔をしてすまないね」

「馬鹿言え。これ見てからそんな口利けよ」


 俺が顎でベッドの方を指すと、ミアはベッドから立ち上がって俺と同じように彼女らを見下ろす。

 そして察したように「あー」と声を漏らした。


「これは何というか……今までで一番悪い寝相だね」

「へぇ、これが最高傑作と」

「ベッドから落ちてるとかそういう次元じゃないからね。でもそろそろレイが可哀想かも」

「……だな。起こしてやるか」


 ミアがカノンの肩に手を伸ばし、その体を揺さぶった。

 そうしてゆっくり意識を浮上させた彼女が目を覚ます。


「おはよう、カノン。そろそろレイを離してあげてくれないかな?」

「んぅ……おっす……え? あれ、何でレイがここにいんの?」


 まだ寝ぼけているようだ。

 玲から腕を離したカノンは、そのままゆっくり体を起こす。


「……あー、そうだ。コテージに泊まってるんだったわね。それで……」

「相変わらず朝に弱いみたいだね。ほら、顔洗ってきな」

「うん……」


 状況が何も分かっていない様子のまま、カノンは部屋を出ていこうとする。

 うーん、危なっかしいな。


「階段で転ばれても困るから、ちょっと着いてくわ。玲を起こしておいてくれるか?」

「分かったよ。お願いね」

 

 そんなやり取りをミアと交わし、俺はカノンを追って部屋を出る。

 廊下を出たカノンは、ふらふらしたまま階段を下りようとしていた。

 慌てて駆け寄り、彼女の体を支える。


「おい、ちゃんと歩け」

「んー……」

「びっくりするくらい寝ぼけてんな」


 腰に手を回して支えながら、階段を下りる。

 そのまま洗面所まで向かい、鏡の前にカノンを立たせた。

 

「ほら、顔洗え」

「んー……」

 

 水を出してやれば、目の前でパチャパチャと顔を洗い始める。

 何だか動物を世話している気分になるな――――。


「あれ……りんたろー?」

「ん? おう、おはよう」


 鏡越しに、カノンと目が合う。

 すると彼女の顔は徐々に赤く染まり、突然勢いよく振り返った。


「何でりんたろーがあたしの家に⁉」

「お前の家じゃねぇよ。よく見ろ」

「え⁉ あ、ああ! そうね! そうだったわね! コテージに来てるんだったわね……」


 慌てた様子で、カノンは自分の発言を取り繕う。

 何をそんな慌てることがあったのか。俺が困惑していると、彼女は自分の熱くなった顔を冷ますかのように何度も水を浴びせ始めた。


「いよいよ自分の家に連れ込んだのかと思っちゃったじゃないの……」

「んなわけねぇだろ」

「何で聞こえてんのよ⁉ ラブコメなら難聴が発揮されるところでしょ⁉」

「この距離で話してて聞こえねぇわけねぇだろうが。現実的に考えろ」

「そうなんだけど! そうなんだけどさ!」


 俺は一体何で怒られているのだろうか? 

 まあ前々から理解できない連中だと思っていたし、一々ツッコミを入れるのはやめておこう。


「で、何であたしの背後を取ってたわけ?」

「お前が寝起きでふらふらと階段を下りてくから心配しただけだ」

「介護……!」

「お前がそこに行き着いちゃ駄目だろ」


 確かに途中から思ってたけど。


「はいはいお二人さん。朝からイチャつかないで洗面台を明け渡してくれ。後ろがつかえているからね」

「……眠い」


 どうやら第二の要介護が来たようだ。

 ミアは眠い目を擦る玲の手を引いて洗面台の前まで移動させると、俺たちと入れ違いに顔を洗わせる。


 さて――――この間に朝飯でも作るか。


 俺はキッチンへと移動すると、たまごやベーコンを焼きつつ食パンをトースターに入れる。

 これでアイランドキッチンともお別れかと思うと、何だか寂しい。

 いつかそういう家に住んでやるからな。


◇◆◇

「あんたら、忘れ物ない?」


 キャリーバッグを引くカノンが、振り返って問いかけて来る。


 元々一泊しかしなかった俺には大した荷物もなく、リュック一つで事足りていた。貴重品を取り出すような必要もなかったため、忘れ物は絶対にないと言い切れる。

 心配なのは、俺の後ろからガラガラとキャリーバッグを引く二人だ。


「ボクは何度も確認したから大丈夫。レイは?」

「大丈夫……だと、思う」


 うむ、心配だ。

 まあその心配を解消するために何度も見直したし、おそらくは大丈夫だろう。最悪の場合は清掃の際に見つかるだろうし。


「あ、でも忘れ物っていうか……やり残したことはある」

「何だよ。もうタクシー来てるぞ?」


「皆で、写真撮ろう」


 ————ああ、なるほど。


 カノンとミアが笑みを浮かべたのが見えた。

 二人は玲を囲むように立つと、その体をくっつける。


「ほら、りんたろー君」

「さっさとこっちに来なさいよ! 四人で写るわよ!」


 夏場だというのにあんなにくっついて……何とも暑苦しい。

 頭の中ではそう思っていても、足は自然と彼女らの下へ歩き出していた。

 結局、この夏は周りの目を気にせずはしゃぐことで楽しめたと言っても過言ではない。こういうところで遠慮しても、誰も得しないのだ。

 

「凛太郎、真ん中に来て」

「おい……贅沢過ぎないか?」

「何が?」

「……何でもねぇよ」


 大人気アイドル三人に囲まれて写真かぁ。

 これは一生物のお宝になりそうだ。


 カノンとミアに引っ張られ、玲の下に来るように誘導される。

 中腰になった俺が少し視線を上げれば、ミアが構えたスマホが視界に映った。

 これが噂の自撮りってやつか。もういつの噂かは分からないけれど。


「じゃあ、撮るよ。もっと真ん中に集まって」

「ちょ、ちょっと待って! あたしバランスが――――」


 シャッターが切られる寸前、真ん中に体を寄せていたはずのカノンのバランスが崩れる。

 その結果彼女は俺の背中にのしかかってきて、上にいた玲の体が押し退けられる。さらに玲が横に押されたことでミアの体とぶつかり、見事に俺たち四人はその場で総崩れすることになった。

 

 そんな中で、シャッターが切れた音が無情にも響く。

 

 全員で確認した写真には、どたばたと地面に崩れていく俺たちの姿が写っていた。

 何故か全員の顔がブレずに写っていたことが、奇跡の写真かのような妙な味を醸し出している。


「うーん……まあ失敗っちゃ失敗だけど、どうしよっか。撮り直す?」

「……ううん。これがいい。何だか楽しそう」

「ふふっ、そうだね。まったく見栄えはよくないけど、二度とこれと同じ写真は撮れないだろうし、大事にしようか」


 隣で、ポーズが崩れた原因であるカノンが冷や汗をかきながら頷いている。

 そんな彼女に呆れつつも、俺も玲とミアの意見に同意した。


 どんなに決まった写真よりも、この歪さが一番俺たちらしい――――。

 そう、思ったから。

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