第三章 文化祭編
18-1 欲しくなる
夢を、見た。
きっと舞台はアメリカ、ニューヨーク。
何人もの美女と美男が歩き回り、ボクはその中心にいる。
ああ――――ここが今のボクの居場所か。
夢なのに、ボクはその事実をすんなりと受け入れていた。
『ヘイ、ミア。そろそろイケるかい?』
「……OK。いつでも」
これは夢。だけど、そんなに遠くはない夢。
華々しい衣装に身を包んだボクは、カメラの前へと移動する。
ボクは一呼吸を入れて、ボクの荷物を抱える
彼はボクと目を合わせ、そして――――。
そこで、ボクの夢は終わった。
◇◆◇
八月も後半に入った。
我が大親友である稲葉雪緒は両親と共に海外旅行へ。
俺が世話? をしている大人気アイドル、乙咲玲も最近は収録が忙しいようで、あまり家に戻っていない。戻ってきたとしても、かなり疲れた様子でそのまま寝てしまう。
あの身体能力含め体力お化けの彼女がそれだけ疲れているのだ。おそらく相当ハードな仕事内容なのだろう。
働かないをモットーとする俺には、到底耐えられない仕事なんだろうなぁ。
(だって俺……この状況すら辛いもの)
俺はドリンクバーで注いできたメロンソーダをストローで啜る。
そして目の前のソファーに並ぶ二人の男子に視線を送った。
「なぁ、二人とも……梓に振り向いてもらうにはどうしたらいいかなぁ」
「どうしたらってお前……そりゃもう派手にぶちかますしかねぇだろ」
堂本、ぶちかますって何をだ。まさか体当たりじゃねぇよな。
ここは前に二階堂と会ったファミレス。
俺は柿原に呼び出されて、この場所を再び訪れていた。
最初は渋ったものの、昼飯代を奢るからと言われれば俺の弱々しい意志など簡単に折れてしまうもので。
結局こうしてスパゲッティとドリンクバーのセットをご馳走になっているわけである。
「ぶちかましたさ! ぶちかました結果、デートすら断られたんだぞ⁉」
「じゃあきっとまだパワーが足りねぇってことだ! もっと強い力でぶつかるんだよ!」
「それじゃ梓が吹っ飛んじゃうだろ!」
マジで何の話してるの? 君ら。
俺は一つ咳ばらいをして、二人の会話を遮る。
一応恋愛相談に乗るという立場で来たわけだし、最低限の仕事はしよう。
「えっと、いきなり振り向いてもらうってのは難しいんじゃないかな」
「そ、そうかもしれないけど……」
「まずは男として意識してもらうところからだろ? 例えば二階堂さんの窮地を救うとかさ」
「……やったことあるんだけどなぁ」
————そうだった。
こいつ、塾帰りの二階堂を何度もナンパから救ってるんだった。
その上で俺は彼女に聞いた。
柿原祐介は、君の王子様なんだね、と。
そして二階堂はこう答えた。
ううん。それは違うかな、と。
柿原には申し訳ないが、本当に脈がないとしか思えない。
ここからの逆転劇があったのなら、俺は永遠に酒飲みの場で語り継いでいくと思う。まあ、専業主夫になったら飲み友達もできないと思うけど。
「何かねぇのかよ。一発逆転の奇策みてぇなやつ」
やめろ堂本。はっきり言うな。逆転ってことは今負けてるってことだろうが。これ以上柿原に現実を突きつけるな。
「ねぇ、祐介君。諦めるって選択肢を選ぶ気は一切ないんだよね」
「……ああ、諦められない。それこそ、梓に恋人ができたり、俺自身が完膚なきまでフラれない限りは」
「言い方は悪いかもしれないけど、祐介君はかなりモテるし、女子と付き合いたければいつだっていい想いができると思う。それでも?」
「ああ、俺には梓しか考えられない」
「……分かったよ。そこまで言うなら」
正直に言おう。俺は柿原のことを純粋に応援し始めている。
最初は面倒臭いことに巻き込まれたもんだと憂鬱だったが――――いや、まあ今も憂鬱であることには変わりないが、柿原のこういう一途な姿勢は共感できるし、好感も持てる。
今の二階堂は彼に恋愛感情を持っていない。下手に外堀を埋められれば迷惑なだけだろう。
だとしても、できれば柿原の想いは実ってほしい。
俺が身を削らない範囲で何とかしてやりたい。
そんな感情から導き出された答えは、一つのイベントを利用することだった。
「祐介君、文化祭だ」
「え?」
「文化祭で告白するんだよ。知ってるか? うちの高校にある都市伝説」
「確か……後夜祭で設置される舞台の上で告白すると、必ず成功するって……」
「そう、それだよ」
うちの文化祭には、後夜祭という頑張った生徒たちが生徒たち同士で労い合うイベントがある。
普段は厳しい教師たちもこの時ばかりは監視の目を緩め、ある程度のおイタは見逃してくれるまさにはしゃぎ得のイベント。
そんな後夜祭には、フリーステージと呼ばれる舞台が存在する。
そのステージでは十五分ずつどの生徒でも独占できる時間が存在し、例えば軽音部ではない生徒たちがバンドを組んで演奏したり、面白半分でダンスを踊る連中や、コンビを組んで漫才を披露する奴らがそこを利用する。
そしてそこで告白した人間の想いは、必ず成就するという都市伝説があった。
正確には、都市伝説というほど曖昧なものではない。
何故ならどの年代でも必ずカップルが成立しているからだ。
もはやジンクスと言えるこのイベントの力を借りれば、普段なら失敗する告白も少しは成功しやすくなるかもしれない。
————まあ、実際のところ。
大っぴらに告白することで、相手に断りづらい雰囲気を作っているのは間違いない。
その場では告白を受け入れたものの、一週間で別れたカップルもいるという話だ。
めちゃくちゃ卑怯な手としか言いようがないが、二階堂ならむしろ場の空気に流されたりはしないと思われる。
彼女は強い。
無理なものは無理と言える力があり、その結果が柿原のデートを断ったことにつながる。
つまりそこまでしても付き合えない確率が高いということなのだが――――そんな人目に晒されたステージの上でフラれれば、柿原の言う完膚なきまでにフラれるというシチュエーションをクリアすることができるはずだ。
それでとりあえず俺の苦労は終わるだろう。
「おい、待てよ。フリーステージを使うのはいいとしても、あれは何か出し物がある奴が使うところだろ? 告白のために使うなんて許されねぇと思うぜ」
お、意外と鋭いところを突いてくるな、堂本も。
「この案を通すなら、やっぱり出し物を考える必要はあるだろうね。祐介君と竜二君の二人で漫才するとかどう?」
「漫才の後に告白ってどうなんだ……?」
「……それもそうだ」
漫才はないな、うん。
じゃあ何だろう。最大二人でできるような出し物で、告白する雰囲気が作れるもの。
一人ならあれだ、弾き語りとか。
おお、これでいいじゃないか。
「弾き語りとか――――」
「そうだ! 俺たちでバンド組もうぜ!」
————おや?
「俺趣味でドラムやってるしよぉ! 祐介だってギター持ってるだろ?」
「え? あ、ああ……前に竜二と一緒に買いに行ったやつだよな」
「それだ! 何度か合わせただけでやらなくなっちまったけど、今こそ使い時だろ!」
なるほど、バンドか。
それなら曲次第で雰囲気を告白に持っていけるだろう。
だけどギターとドラムだけのバンドかぁ……結構難しそうだなぁ。
「そんで凛太郎がベース! これでスリーピースバンドの完成だ!」
どうしてそうなるんだ。
「いや、あの……俺ベースなんて弾けないぞ?」
「大丈夫だ! まだ一か月以上あるし、一曲くらいなら何とかなる!」
それはできる奴の理屈だろ。
俺はずぶの素人で、一から譜面と睨めっこして指に覚えさせる。
それがどれだけ難しいかってことくらいは理解しているつもりだ。
いくら遊びの範疇でも、難易度自体はそう変わらないだろう。
「凛太郎……! 頼む! 俺たちと一緒にバンドを組んでくれ!」
「……」
いや、無理。常識的に考えて。
ただ言い出しっぺの法則というものがある。ここまでその気にさせておいて、ここからはポイだなんてガキの間でも無責任だ。
それに幸い――――俺には時間がある。
夏休みも残り二週間、家に籠って練習し続ければ何とかなるかもしれない。
……多分?
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