6-4

「こ、ここで会ったのも何かの縁だし、せっかくならどうかなって」

「……あー」


 俺が返答に言い淀んでいるのを察したのか、とっさに柿原が前に出てきてくれた。

 彼は二階堂の方に手を置いて、俺と彼女の顔を交互に見る。


「梓、多分志藤は今から帰るところなんじゃないかな?」

「え⁉ あ、ごめんなさい! 勘違いしちゃって……」


 俺は顔を赤くした二階堂に向けて、気にしないでと言いながら笑いかける。

 ふう、ナイスだ柿原。

 さすがはリア充軍団のリーダー(俺調べ)、空気が読める。


「せっかくのお誘いだけど、ごめんね。ちょっとタイミングが悪かったかな。それに四人に混ぜてもらったら邪魔しちゃうと思うし」

「そ――――そんなことないよ! 私は志藤君のこと歓迎するし!」


 ……何だこいつ。


 何故か彼女は自分自身の発言に驚いており、焦った様子で髪の毛をいじっている。

 よく分からない奴だ。


「……梓、あんまり我儘言うなよ。志藤も困ってるだろ?」


 またもや柿原が助け舟を出してくれる。

 しかしどことなく表情が曇っているように見えるのは、気のせいだろうか?

 

(いや……気のせいじゃねぇよな)


 何となく、柿原の目には覚えがある。

 嫉妬という奴だ。

 小学生の頃に何度か経験があったが、この歳になって向けられたのは初めてである。

 きっと柿原は二階堂のことが好きなのだろう。

 それで彼女が俺という男を好意的に誘ったことに対し、嫉妬したんだ。

 彼の人間らしい面が見られて安心したものの、状況はかなりよろしくない。

 根本的に二階堂が俺に好意を抱くなんてことはあり得ないと思わせないと、今後の学校生活に支障をきたす可能性がある。


 ――――やむを得ない。


「あー、ごめん。そろそろ彼女・・が戻ってくるから、俺行かないと」

「え……?」


 二階堂の表情がぴしりと固まる。

 おいおい、柿原の嫉妬は勘違いじゃなかったのか?

 どうして彼女はこうも好意を匂わせるようなことをするんだよ。


「え⁉ 志藤って彼女いんの⁉ めっちゃいがーい!」

「あはは、割と最近できたんだけどね……」

「写メとかある⁉ あ! でもここで待ってれば会えるか!」

「い、いや! すごい人見知りな子だから、そういうのはちょっと避けたいかな……? もう少し時間をもらいたいんだけど」

「えー……ま、そういうことなら仕方ないか」


 見せられるわけねぇだろ。この場において俺の彼女の立場になるのはあの乙咲玲なんだから。

 とりあえず野木の追求は止まったため、これで誤魔化せたと思っていいだろう。


「っ、そっか! そういうことなら仕方ないよな、梓。俺たちも早く行こう」

「……うん。志藤君、またね」


 また学校で。

 そんな言葉を返しつつ、手を振った。

 

(……乗り切ったか?)


 順路へ進んでいく彼らの背を見送り、俺はほっと息を吐く。

 柿原の目からはマイナスな感情が消えたし、かなりいい選択ができたようだ。


 それにしても、二階堂のあの態度は本当に好意によるものだったのだろうか。

 だとしたらどこで俺なんかに好意を持ったのだろう。

 接点なんて調理実習の時のアレくらいしかないのだが――――。

 

 ともあれ、もう俺には彼女がいるってことになったんだし、気にする必要もないはずだ。

 空気の読める彼らなら俺のことなど大々的に広めるようなこともしないだろうし、俺の学園生活はとりあえず平穏を保てたと言える。


(ふぅ……つーか、あいつ遅くねぇか?)


 だいぶ彼らと話していたと思うが、まだ玲は帰ってきていなかった。

 そう思った矢先、突然真後ろに気配が現れる。


「凛太郎、彼女って……もしかして私のこと?」

「……聞いてたのかよ」

「途中から。近づいたらまずいと思って、適度に距離を保っていた」

「賢明な判断だ。助かったよ」


 俺はベンチから立ち上がり、その後ろに立っていた玲は回り込むようにして俺の隣に立つ。

 彼女はどこかソワソワした様子で、俺の顔を覗き込んできた。


「悪ぃな、勝手に彼女ってことにして。トラブルを避けるために利用しちまった」

「別にいい。嫌じゃないから」

「ははっ、妄想癖乙って笑われなくて助かったよ。……ってか、詳しい話は外に出てからにするか。何かの拍子にあいつらが戻ってきたら面倒だ」

「分かった。ついでにご飯を食べに行こう」

「名案だ。お前の食べたいもんでいいぜ」

「じゃあラーメン」

「それ男が選んだら怒られるチョイスなんだけどな……」


 断る理由もないため素直に応じるが、こう、何とも言えない複雑な感情だ。

 まあいい。今日はとことん玲に付き合うと決めた。

 デートらしさなど無視して、彼女の食べたい物に付き合うとしよう。




「――――あれって……乙咲、さん?」



◇◆◇ 

 駅前に戻り、有名なラーメンのチェーン店に入る。

 とんこつスープがメインの店で、麺のボリュームはあまり多くなく、どちらかと言えば替え玉を前提としているような造り。

 もちろん替え玉をしなくても十分満足できるだけの味がある。


「替え玉お願いします」

「はいよー!」


 俺の隣・・・で、本日三度目の替え玉が行われようとしていた。

 視線を彼女の器に向けてみれば、麺の一片すらないスープだけが存在している。

 替え玉三回目ということはもうすでに三杯のラーメンが彼女の腹に収まっていることになるのだが、彼女の体はすらっとした完璧なスタイルを保っていた。

 本当にどうなってんだ、こいつの胃袋は。


「凛太郎、食べないの?」

「……食べるよ」


 何だか負けた気持ちになりながら、俺もラーメンをすする。

 結局、玲は四回、俺は二回替え玉をして、昼食を終えた。


 時刻は14時半。

 まだ帰るには早いような、そんな半端な時間。

 とは言えデート初心者の俺には気が利いた提案もできないのだが――――。


「凛太郎、私行きたいところがある」

「そうなのか?」

「うん。ついてきてほしい」


 彼女に行きたいところがあるならそれは好都合。

 俺は玲に従うままに、タクシーに乗り込む。

 ずいぶんと離れた所を目指しているようで、移動時間は一時間を越えた。

 やがて彼女が定めた目的地へとたどり着き、俺たちはタクシーを降りる。


「私の都合に付き合わせてごめん。でも、どうしても二人で見ておきたくて」


 目の前には、巨大な建造物。

 確か――――そう、日本武道館。

 本来は名の通り武道の大会などで使用される会場だが、アーティストのライブ会場としても有名な場所だ。

 "目指せ日本武道館"。

 そんな言葉を掲げて活動する者もいるくらいには、巨大な施設である。


「……何で、見ておきたかったんだ?」

「ここでライブを開くことが、アイドルになった私の次の目標。そして、その夢もあと少しで手が届くところまで来ている」


 玲は一歩、二歩と武道館の方に近づいていく。

 

「周りの人から、最近よく言われるの。表情が明るくなったって。きっとそれは凛太郎のおかげ」

「んなことねぇだろ。俺は大したことしてねぇし」

「そう言うと思った。でも凛太郎のおかげなことは事実。揺るがない」


『実は結構笑顔が増えたんだよ?』


 ――――頭の中に、ミアの言葉が過ぎる。


 玲自身にもその自覚はあったらしい。

 

「……別に、恩を感じる必要とかねぇからな。俺だっていい思いをさせてもらっているし、何なら……最近は結構楽しいって思えてる」

「嬉しい。凛太郎に迷惑をかけすぎていないか、ちょっと心配だったから」

「迷惑って感じていたらとっくに関係を切ってるよ。俺はそんなに優しい人間じゃねぇしな」

「凛太郎は十分優しい。……ありがとう」

「よせよ。恥ずかしい」


 俺はどこまで行っても自分が大事だ。

 他人のために突っ走れる人間に憧れはするものの、そういった人種にはなれそうにない。

 玲からしっかりと対価をもらっているからこそ、俺は動ける。

 だから改めて感謝されると……こう、照れ臭い。


 俺は頭を振って、感情を一旦リセットする。


「……何か、悩みごとか?」


 俺は彼女と同じように武道館を見上げながら、そう問いかける。


「――――どうしてそう思う?」

「何となく。それこそ、いつもと表情が違うから」


 この場に立ってから、玲の表情はどことなく思い詰めているように見えた。

 気のせいではなかったようだ。


「俺に何とかできることか?」

「……ううん。多分、できない」

「そうか。なら、軽率には聞かねぇことにするよ」


 俺にはどうにもできないことなら、きっと知らない方がいい。

 お互い気を病む未来が見えている。

 世の中、何にでも首を突っ込めばいいというわけではないのだ。

 俺は俺にできることしかできないのだから。


「凛太郎、これからもついてきてくれる?」

「お前に見捨てられない限り、俺は乙咲玲について行く。今となっちゃ、お前に自分の飯を食ってもらうのが一つの楽しみだからな」

「……うん」


 ほんの少しだけ晴れた表情を浮かべ、玲は顔を上げた。

 俺の言葉が何かの助けになったのなら、それは素直に喜ばしい。


「ん……もう満足。凛太郎、帰ろう」

「そうかい。よし、んじゃ帰るか」


 俺たちは再びタクシーに乗り込み、来た道を引き返す。

 

 これからも――――か。

 一体いつまで俺は玲の側にいられるだろう。

 彼女がアイドルを引退するまで。

 彼女に恋人ができるまで。

 彼女と俺の関係が見つかってしまうまで。

 

 この世界に、永遠はない。


 血のつながった家族にすら捨てられた俺は、その事実を嫌になるほど知ってしまっていた。

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