6−3
「よし、じゃあ出るぞ」
「え、まだ飼育員のお姉さんの挨拶中……」
「一刻も早くその格好をなんとかしねぇといけないんだよ!」
俺は玲の手を引いて、会場を後にする。
彼女の胸元には俺が持っていたハンドタオルをかけておき、急ごしらえの視線対策だけはしておいた。
駆け込むように入った先は、この水族館の土産屋である。
「ほら、そんな格好じゃもう歩けないだろ? 無駄な出費かもしれないけど、ここで服を買ってけ」
「ん……確かに」
自分の体を見下ろし、玲はようやくずぶ濡れであることに気づいたようだ。
目の前に並んでいる物は、魚の絵がプリントされているTシャツたち。
ぶっちゃけ可愛らしさ重視の部屋着向けと言わざるを得ないが、下着が透けている状態よりはよっぽどマシだろう。
「凛太郎、それならペアルックしよ」
「はぁ⁉︎」
「せっかくだし、お揃いにしたい」
「そんなもん恥ずかしいわ! カップルでもあるまいし……」
「今日はデート。……だめ?」
全く理論になっていない――――。
ただ大人気アイドルの上目遣いには桁外れの破壊力があり、俺は思わずたじろいだ。
せっかく誘ったというのに、断った結果落ち込ませてしまうのも気が引ける。
(仕方ないか……)
俺は大きくため息を吐くと、水色のイルカのTシャツを手に取った。
「分かったよ。だけど俺はこのイルカのTシャツ以外認めねぇからな」
「うん。私もそのデザインがいいと思っていた」
玲は俺の選んだ物の対になるピンクのイルカのTシャツを手に取った。
二着とも自分が金を出すという玲の提案は却下し、俺は自分のTシャツだけ購入する。
まあ男として玲の分まで払わないというのは格好が悪いのかもしれないが、相手側からの提案を断っている以上は自分が出すとも言い出せなかった。
こうして俺たちは、イルカのTシャツをお揃いで購入した。
土産屋にはもちろん更衣室など存在しないため、俺たちは着替えるためにトイレへと向かう。
その道中、彼女が自分のTシャツを嬉しそうに抱きしめている姿が印象に残った。
「……マジでこれ着て歩くのかよ」
トイレの鏡の前で、俺は自分の格好を改めて確認した。
白いTシャツの真ん中に、水色のイルカが堂々と飛び跳ねている。
可愛らしい。間違いなく可愛らしいのだが――――。
「ま、いいか」
もういい、細かいことは気にするな。大事なのは玲が楽しんでいること。
今日は家事以外でも応えられる要望にはすべて応えてやろう。
トイレから出て近くに設置されていた顔ハメパネルの前で玲を待とうと思ったが、ほんの数秒違いで玲もトイレから出てきた。
色が違うだけの同じデザインの服を着ているのに、彼女が着ると何故か絵になる。改めて彼女の人並み外れた美貌の凄まじさを実感した。
「待った?」
「五秒くらいな」
「そこは今来たとこって言ってほしかった。憧れだったのに」
「それを言うなら駅で待ち合わせした時が最後のチャンスだっただろ……ほら、行くぞ」
「うんっ」
俺たちはそのままの足で順路に戻る。
初めはペアルックで動くことに恥ずかしさを覚えていたが、水槽の中を泳ぐ色鮮やかな魚たちを見ている間に少しずつ忘れていった。
水槽に反射した玲の楽しげな顔を見て、俺は誘ってよかったと改めて思う。
さて、楽しい時間というのはあっという間だ。
最後まで見て回ってしまった俺たちは、受付の近くまで戻ってくる。
時刻は13時を少し回ったくらい。昼時と言えば昼時だし、そうじゃないと言えばそうじゃないくらいの微妙な時間。
ともあれ空腹感は強いし、せっかくならどこかで飯を食べたいところなのだが――。
「少し喉が渇いたから、飲み物を買ってくる」
「おいおい、そんなの俺が行ってくるぞ?」
「いい。凛太郎の分も買ってくる。せっかくチケットもくれたんだし、これくらいは返させて?」
「……それ言われると弱いな」
玲は俺を近くのベンチに座らせると、そのまま自販機のある方向へと早歩きで向かっていく。
うむ、暇だ。
暇つぶしがてらスマホを取り出し、漫画アプリ等で時間を潰そうとする。
最近は玲から勧められた漫画をいくつかお気に入りにしておき、時間によって回復するライフやチケットでちまちま読み進めていた。
このシステムは本当にありがたい。
何話か読んで続きが気になれば、改めて単行本を購入する。
これで失敗はほとんどなくなったし、節約しながら十分漫画が楽しめる。
「――――あれ? 志藤君?」
新しい漫画の一話目を開こうとした時、聞き覚えのある女の声が聞こえてくる。
顔を上げれば、うちのクラスの委員長である二階堂梓が目の前に立っていた。
肩が少し見える半袖とロングスカート、少し大人っぽい私服に身を包んだ彼女は、驚いた目で俺を見ている。
「……二階堂さんじゃないか! 奇遇だね、こんなとこで」
完全に気を抜いていたせいで一瞬猫かぶりモードに入るのが遅れてしまったが、何とかテンションで取り繕う。
途端に、自分が水族館Tシャツを着ていることに羞恥心を覚えた。玲と二人で並んでいたから気にならなくなっていたが、一人になるとだいぶ恥ずかしい。めちゃくちゃ浮かれてる奴になるんだもの。
「おーい梓ー、どうしたー?」
二階堂の向こうから、これまた聞き覚えのある声がする。
姿を現わしたのは、堂本竜二、野木ほのか、そして柿原祐介の仲良しリア充グループ。
どうやら彼らもこの水族館に遊びに来たらしい。
「お、志藤じゃん。お前も来てたんだな!」
「ああ、堂本君……相変わらず皆仲が良さそうだね」
「よせよー、何か照れ臭いだろ?」
快活に笑う堂本は、満更でもなさそうな様子で頭を掻く。
続いて近づいてきた野木と柿原も、俺を見て驚いたような表情を浮かべた。
「あっれー! 志藤じゃん! マジ奇遇」
「まさかこんなところで会うなんて、偶然って怖いな」
野木と柿原に対し、手を振って挨拶を返す。
その間に、チラリと玲が向かった自販機の方へ視線を送った。
彼女はいまだに自販機の前にいる。いくつも並んだ自販機の前を行ったり来たりしていることから、おそらく何を買うか悩んでいるのだろう。
そのままでいい。しばらく戻ってこないでくれ。
「でもいがーい。ウチ志藤ってそういうグッズは買わない人だと思ってた」
「あ、ははは……いや、結構買うよ? 遊園地に行くとカチューシャとか買っちゃうタイプだし」
「へー! じゃあ結構ウチと気が合うかも!」
合わんくていい。元々はお前の考えていた通りの人間なんだから――――などと思いつつも、口には出さない。
見た所今水族館に来たようだし、もうしばらくすれば去って行ってくれるだろう。
余計な情報は出さないようにしつつ、この場をやり過ごしたい。
「ねぇ志藤君。せっかくだし、一緒に見て回らない?」
「……は?」
熟達した愛想笑いでお茶を濁していると、突然二階堂の口から耳を疑う発言が飛び出してきた。
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