7-1 悩む者たち

 玲とのデートから、早くも一週間が経過した。

 ミルフィーユスターズの三人はライブまで三週間を切ったことから、最近はいつも以上に忙しく動いている。


 対する俺はと言えば、一つの小さな悩みごとを抱えていた。


「……どうすっかねぇ」


 ソファーにだらしなく腰かけて、一枚のプリントを目の前で揺らす。

 学校から配られたこのプリントには、"三者面談のお知らせ"と書かれていた。

 その名の通り、親と教師と生徒の三人で成績や学校での生活態度、進路などについて話し合う。


 ――――さて、ここで一つ問題があった。


 俺には、三者面談に来てくれるような親がいない。

 母親はどこにいるか分からないし、親父は仕事で忙しい。そもそも親父の下を半ば家出のような形で出てきてしまっているので、今更面談に来てくれと頼むのは気が引けた。

 というか、正直来て欲しいとすら思っていない。

 少なからず俺は親父のことを憎んでいるし、親父も家を継がなかった俺を許しはしないだろう。


「まーたクラスで俺だけ二者面談か。まあいいけど」


 "三者面談"のお知らせ"を折りたたみ、ゴミ箱へと投げ入れる。

 親の都合がつかなかった生徒は、教師と一対一で話し合うことになっていた。

 うちの学校では一学期が終わろうとしているこの時期に、毎年三者面談を行っている。当然のように去年も俺一人で面談を受けた。そしておそらく、来年も。


 憂鬱な気分になりつつ、スマホの画面をつける。

 時刻は23時。そろそろ寝てもいい頃合いだ。


 玲は番組の打ち上げだか何だかで飯を食べてきたらしく、今日は学校以外では顔を合わせていない。

 それはそれで調子の狂う要因になっているのだろう。今まで二人で過ごす時間が多かったせいで、一人になると突然だらけてしまう。


(しっかりしねぇとな……ん?)


 いよいよ寝ようと思い、ソファーを立ったその時。持っていたスマホが震え、ラインにメッセージが届いたことを俺に伝えてきた。

 表示されている名前は、"日鳥夏音"。

 何気なくスマホのロックを解除し、メッセージの内容を見る。


『ねぇ、今からベランダ出てこれる?』

『まあいいけど』


 こんな夜遅くに何の用だろう。


 ちなみに伝え忘れていたが、このマンションにおいての俺たちの部屋の並びは、"俺"、"カノン"、"レイ"、"ミア"の順番になっている。

 つまり俺がベランダに出れば――――。


「よっ、来たわね」


 こうして、隣の部屋のベランダにいる彼女と話すことができる。


「何だよ、突然。今から寝ようと思ってたんだけどなぁ」

「いいじゃない、別に。こーんなに可愛い女の子と夜遅くにお話できるのよ?」

「……興味ねぇなぁ」

「あんたそれでも男⁉」


 いや、俺も夜に女子と二人で話すような青春的シチュエーションに憧れないというわけではないが、相手がカノンでは気が乗らないというだけである。


 んー、これでも語弊があるな。

 

 カノンは美少女だ。玲とミアの側にいても見劣りしないレベルの、超絶美少女。

 ただ顔がよければドキドキするかと言われればそうではなく、何というかこう――――難しいな。

 

「うーん……あ、そうだ。お前とは男女の雰囲気にならないから、気楽に接していられるんだ」

「それでいいはずなのに何かめちゃくちゃムカつくんですけど⁉」


 玲やミアは、たまに男子高校生相手では身に余るレベルの"女"を出してくる。しかしカノンはそれを意図的に抑えているようで、長年付き添った友人のような落ち着きをもたらしてくれるのだ。


「まあいいじゃねぇか。そんで、何で俺を呼んだんだよ」

「まあよくないんだけど……はぁ、別に。何だか話したかっただけ」

「お前さ、意図的に男を勘違いさせるような言い回ししてないか?」

「あんたは勘違いしないでしょ? あたしはレイと違って男を誑かしたりはしないわよ」


 玲も別にそういうつもりがあって男を勘違いさせているわけではないと思うが――――。


「あんたさ、レイとデートしたんでしょ?」

「ん? ああ、まあな。知り合いから水族館のチケットを譲ってもらって、せっかくなら……と思って誘ったんだよ」

「あれから一週間経つのに、あの子ずーっとその時の話ばっかりするのよ。相当楽しかったみたいね」

「……そうかい。ならよかった」


 俺がいない場所でも楽しかったと言ってくれているなら、きっとそれは嘘偽りのない感情だろう。初デートを捧げた側としては、やはり安心する。


「……で、あんたらどこまで進んだの?」

「はっ、ふざけろ。進むものなんてねぇよ」

「えー、結構レイはその気・・・なんじゃないかと思ってたけど」


 ――――確かに、どことなくそんな気配は感じていた。

 

 ただ恋愛的な好意とはまた別のような、そんな感覚がある。

 特別な感情を向けられていることは間違いないのだが、それを抱くに至ったきっかけが俺には思いつかなかった。


「……ま、付き合うなら絶対にバレないようにしてよね。あんたらの巻き添えで仕事がなくなるのはごめんだし」

「そんなことにはならねぇから安心しろよ。俺だってお前たちの夢を守りたいと思ってる」


 玲に対しても何度も言ってきたことだが、俺のせいでミルフィーユスターズの経歴に傷がつくなんてことがあったら、きっと一生後悔として引きずることになる。

 だから例え玲から好意を寄せられようと、俺が彼女へ好意を寄せようと、男女の仲になる気はない。 


「でもさ、もし裸で迫られたりなんかしたらさすがに揺らぐんじゃないの~?」

「そりゃそうだろ。俺のことを何だと思っているのか知らねぇけど、ただの男子高校生だぞ?」

「いや、そこは揺らがないで通してよ」

「裸で迫るところまで女にさせといて、恥はかかせられねぇだろ」

「……もしかして、りんたろーって結構経験豊富?」

「彼女いない歴年齢の童貞です」

「え⁉ じゃあ今のかっこつけただけ⁉」


 二人で顔を見合わせ、今のやり取りをけらけらと笑う。

 何だかんだカノンとも仲良くなったものだ。雰囲気は全く違うはずなのに、どことなく雪緒と一緒にいる時間を思い起こさせる。


「――――で、改めて聞くぞ。どうして俺にラインを送ってきたんだ?」

「だから言ったじゃない。何となく話したい気分だったって」

「それなら俺である必要はなかっただろ。玲は……まあ寝てるかもしれねぇが、ミアならまだ起きてるはずだ」

「……あんた、浮気とか一発で気づくタイプでしょ」

「当たり前だ。伊達に学生生活顔色ばかり窺って生きてないぞ」

「かっこ悪いわねぇ……」


 カノンは一度顔を伏せると、苦笑いを浮かべて俺を見た。


「ねぇ、やっぱりそっちの部屋行ってもいい?」

「……仕方ねぇ。コーヒーくらいは出してやるよ」


 カノンが部屋の中に戻ったのを確認して、俺も一度部屋の中に入る。

 確かあいつの好みは、ミルク多めの砂糖少なめだったな――――。

 

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