第二譚 ダンジョンアタック! 低階層編

26. ある見張り番のいつもの場景

まえがき

第二譚開始でっす。

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 透き通るような青い空から注ぐ、夏を感じさせる強い日差し。それは目を細くせざるをえないほどの明るいものだった。


 王城リスティノイスや、それを囲む城壁は白を基調とする石材や塗装を施した外観になっている。太陽から照りつける光は、その白色の建物類を更に輝かせるように引き立て、一層と人の瞳にはまぶしくくらむほどに映っていた。


 遠目では、街から観る美しく輝く城は、旅人や景観を楽しむ人らにはそれはさぞ目の保養になるだろう。

 しかし、城に滞在する人々の中には”ソレ”に辟易する者もいた。




「先輩~、眩しすぎて目が開けられないッス。というか目を閉じていても白っぽい感じがするであります」

「おいコラ、目を閉じんな。見張りの役目中だろうが。俺だって眩しいんだよ!」

「じゃあ、青空を見ておこうかな」

「おい後輩バカ、見張りは主に下を注視して覗くもんだからな?」

「いやいや、ワイバーンとか風竜が襲ってくるかもしれないじゃないッスか。対空監視は大事であります」

「じゃあ、ソイツ等は知能がそこそこあるらしくて、何でも獲物へ強襲する時は太陽を背にして狡猾に降下してくるらしいと伝え聞く。お前、ずっと太陽を睨んどけよ?」

「怪しい者がうろついてないか、下を注視するのは大事なことであります」


 調子のいいことをこく、いつもの後輩のあしらいに慣れてきた先輩と呼ばれる騎士はヤレヤレ、と少し肩を竦めた。


 今は三重の城壁、その真ん中の城壁の壁上歩廊で隣の塔へ直接渡れる仕組みになっている接続塔と言われる部分、数ある内の一角、その屋上にて二人は見張り番の任に就いていた。


 真昼で雲の陰りもない陽は、城壁を焼くかのように燦々と照らし後輩の言った通り、城内郭の真ん中の塔に居るせいか、周りの建物や壁が嫌でも目に映るのでどこを向いても光の反射で眩しいのである。まあたまに空を見上げるくらいは構わない。しかし最外壁での見張りなら空も多少気にしないといけないが、内部にある城壁だ。眼下の内郭部の上からじゃないと視えない死角を監視したほうが良いに決まっている。


 そもそも大空を制するそれらは滅多に……異変が起きない限り、人里に来ることはない。領域テリトリーを構築しており、そこから極力出ることはないからだ。侵犯して排除されるのは自業自得で、互いに入って来ないならば差し当たって問題にすることはないとしている。アルクウィル王国王都を護るように在る霊峰には風竜の巣があるらしく、霧が晴れた時や雲の途切れに遠目から幾匹もの飛ぶ姿が目撃されている。だが此方に来ることはない。”彼ら”には解っている。一度集落を襲えば、犠牲覚悟でお互いに滅ぼすまで争うだろうと。


 竜は己の強靭な体躯と強力なブレスを武器に生まれつきの属性魔法にも長け、生態系の頂点に近き存在だと云われている。ヒト一人など、竜にとって吹けば飛ぶようなもの。そう、一人ならばだ。しかしヒトは群体で動く。幾倍……いや、団結すれば幾千万に膨れ上がるかもしれない。数に物を言わせるだけはない、策を練り、道具を扱い、魔法を行使する。ヒト全員が、だ。それが恐ろしい。

 そして一度敵意を向けられたら、命をなげうってまで果敢に挑んでくる。諦めないのだ。単に餌として喰らうには余りにも割に合わない。負ける気はないが、そこまでしてヒトを襲わなくても、霊峰と麓に拡がる森には竜の餌が困らないほど沢山獲物が生息している。なので襲う理由もない。

 ヒトもそれは解っていて、自然とも兼ね合いながら住み分けているのだ。


「そういえば、この前の夜会でワイバーンの肉料理が出ていたなあ。とても旨かったが、何処で狩ったんかね? 場所次第では報復行動に出られるかもしれないな」

「あー、多分ダンジョン産じゃないッスかね? あそこはまた違った生態系で縄張り関係なく殺意マシマシっすから」

「”迷宮の意志”ってヤツか」


 迷宮ダンジョンはその成り立ちから様々な諸説や解釈、議論などが交わされていて、そのどれもが、合っているのか、間違っているのか、どちらも間違っていないとか、未だに真理へと至っていない未知の領域だ。

 迷宮内部は無秩序で秩序、多様性であって一様性でもある。世界各地に迷宮は点在するがどれもが同じ構造を持たない。魔物が跋扈し、生態系も狂っていて、本来の弱肉強食の立場が逆転している種があったり、犬猿の仲である種同士がまるで協力するかのように連携して外敵を襲う姿も見られるのだ。これでは地上では常識である理論も通じないのは道理である。

 ただ、どの迷宮にも必ず共通していることがある。それは迷宮に入った者達には一切の容赦なく、殺意を持って襲ってくるということだ。


 冒険者や、迷宮に関わる者にとって道理は通らないがそういうもんだ、と曖昧だが身に降りかかる事案を”迷宮の意志”と一括りにまとめるきらいがある。襲ってくるから迎え撃つ。素材が欲しいから潜る。肉体労働メインな職業ジョブなので、無事生還すれば学者スカラーにありのままの経験を語り、そういう解明や考察は任せれば良いのである。情報代として売ることも出来るだろう。


 先輩騎士が”迷宮の意志”と述べたのは、迷宮なら勝手に襲ってくるんだからどうせアレコレ考えてても仕方がないな、といったニュアンスだ。


「お前、元冒険者だったろう? 迷宮にも潜ったことあるんだよな?」

「勿論あるっすよ。昔は……あー有名どころを巡りましたね。そこそこ深層に行けた感じですかね」

「へえ、凄いじゃないか。有名どころと言えば、龍翼大陸に或る巨大な塔や、中央大陸北部に或る心臓へ至る裂け目などがそうかな? どれもが難易度高い迷宮だと聞くが……」

「いや~若気の至りってヤツですかね。膝に矢を受けてしまって、引退したんですよ」

「お前、訓練時に全身板金鎧装備フルガードでピョンピョン跳ねてただろうが……。あと俺とお前もまだ二十代だからな?」


 何となく余り過去の事を話したくない気がしたので、先輩騎士は話の流れに合わせた。誰だって触れられたくないことがあるものだ。

 後輩騎士も先輩の気遣いに感謝しつつも、会話で紛らわしていたがこの眩しい状況は変わっていない。もう少し昼下がりになるまで我慢しなければならないだろう。実はずっと目を閉じてても問題ない。屋上スペースの空間を掴んでいるし、周辺の気配も既に何処に誰が居るか、把握していた。


 そしてその冒険者時代で身に付けた”気配感知”で眼下の外側へと面している城壁の下で二人分の気配をも感知していた。


 だが、随分と下……地下だろうか、城壁を通り抜けるかのようにズンズンと進んでいる感じなので、大方、大体の城には有るという隠し通路とか、もしくは水路などを歩いているのかなと推移した。気配を察知されれば隠し通路の意味を成さないが、勿論その二人も気配を消す努力はしている。ただ、この騎士の感知スキルが極限に研ぎ澄まされていただけだ。地下深くにある通路の気配を建物三、四階分ある高さの接続塔の屋上から察知出来る方が異常なのである。


 二人は城から出るかのように外へと向かっているので、どうせ街へとコッソリと遊びに行くのだろう。堂々と馬車でも使って街へ繰り出せばいいのにと思うが、皆から伝え聞く二人の性分は随分とやんちゃらしい。


(まあ、子供は無駄に行動力高いからなあ。何をしても楽しいだろ)


 のほほんと考え、仮にも身分の高い子の危険に及ぶかもしれない行為を察知してもまるで申告や止める気がないように、身体を伸ばして適当に見張りを続ける。

 何故ならば、今度は地上から極限にまで気配を薄くした何者かが、巡回する兵士や自分達みたいに見張りをする者からも見つからないよう監視の目を掻い潜りつつも、二人の気配を辿るかのように、その後を追っているのを感知したからである。


(おお、これが暗部ってやつか……? この薄さ、オレでなきゃ見逃しちゃうね)


 隠密スキルに特化しているのか、後輩騎士でも偶然に気付いたくらいで集中していないとすぐに見失ってしまう程の見事な業だ、と心の中で称賛する。


(子供のお守り中かな。腕白な振る舞いにさぞかし苦労してそうだ……ご愁傷様ッス)


 厄介事には関わらない、裕りある騎士スローナイトを目指すと公言している後輩が虚空に向かって敬礼する姿に、先輩騎士はまたアホなことやってんな、と思いつつ、目を細めながら監視を続ける。太陽は、身を焦がすかのようにジリジリと照らし、暑さで汗が躰を伝う。屋上に居るから風がそよいでいて、高台の警邏なので軽装鎧ライトガードに弓と片手剣ショートソードという身なりだからこれでもまだマシである。

 下の門番は要所なのでいくら平和だと言っても、いい加減な装備で警備に就くことはない。夏用に通気性を高めた半板金鎧だがきっとこの暑さで蒸し風呂のように汗が止まらないだろう。交代の間隔が短めになって配慮されているとはいえ、辟易しているに違いない。


(自分は見張り番で良かったなあ、ご愁傷様)


 と眼下の同輩に同情し、思わずシュタっと敬礼してしまった。おっとこれじゃあアイツと変わらないことしてるな、調子の良さに乗せられたかね……。

 後輩が敬礼してしまった気持ちが分かったと勝手に解釈するが、まあまだ付き合いが短い者同士、まさか高度な感知を駆使しているとは夢にも思わないだろう。


 何も起きない塔の上でのんべんだらりと兵士達は務めを果たす。


 今日もいつも通りリスティノイス城は平和である。



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