24. 小さな試練
◇◆◆◇
腕から伝わる双子の重みが以前よりも増していて、幼い頃から見守っていたのにいつの間にかこんなに育っていたのか、と気付かされてふと感慨に浸る。
両腕で双子を支えているが、重さを感じさせないガッシリとした歩みで中庭を進んでいる。普段の鍛錬のお陰だろう。うむ、さすが筋肉は裏切らない。もっと鍛えなければ。
中庭の噴水近く、周りには花壇を円形で囲んで造られ、所々にはベンチが置かれており、憩いの場として城の皆に利用されている。少し離れた場所には噴水周りを一望できるように建てられた東屋――ガゼボがあり、その屋根が覗いて見える。貴族達がお茶会などでよく使われることだろう。
その噴水近くの石畳に、我が国の宰相、そして王宮魔術師の任に就いているシャスティア殿が佇んでいた。何やら足元を見ている様子である。
とりあえず、宰相殿の下へと歩み寄りあちらも自分達に気付いたか、足元から視線を此方に向き直した。
「二人はご無事ですか?」
「問題ない」
無事で当然と思っているのか、然したる事も無きということか、表情では伺えないがまったく心配している感じには見えない。社交辞令の如く聞いたといった感じである。
「しかし、無事に済んだとはいえ少々手荒だったのではないか?」
冷酷とも取れるような性格か、それとも人間とは違うハイエルン族特有の価値観の相違から来るのだろうか、己には判らないが自分が仕える一国の双子の危険があったのだ。まだまだ子供でもあるし、人情的に感情が揺すぶられないのだろうかと思わず感情的に責めるように口に出してしまう。
「貴方がいるのだから、何も心配することもないでしょう?」
「むう……」
さも当然という風に、何故心配する必要があるの? と言いたげな不思議そうな顔つきになったので何も言えなくなった。そして宰相殿はまた下の方へと目を移し、何かを探している素振りを見せる。
「……どうしたのだ? 何か落としたのか?」
「いえ、此処らあたりに落ちている筈なのですが……貴方、鼻が利くでしょう? 何か変な感じをするところを教えて頂戴」
「犬じゃあるまいし……」
犬だろうがあてもなく匂いもないのに判るはずないだろうと思うが、一応感覚を研ぎ澄まし、辺りを伺う。なんとなく勘を働かせてある方向に注意を向けると普通では捉えられない、本当に微弱な、小さい虫のようなものが発している気を感じ取った。
感じる方へ視線を動かし、そしてジッと視ていた宰相殿がそれに気付いて微笑みながら頷く。
「優秀な
「それ褒めてないだろ……」
視線の先には花壇があり、庭師が丁寧に育んでいる彩とりどりの花が咲きこぼれている。花壇の手前らへん、違和感をあったところを宰相殿が花々の中へおもむろに手を入れ、何かを摘まんであげた。
「キュゥゥゥ~~~……」
小さいソレは甲高い声で目を回したような声で鳴き、実際気絶しているのかまったく動かない。ソレはさっきまで双子らと対峙していた面妖な物の怪が縮んだものであった。随分と可愛らしくなったものである。
「ふむ……。あの剣から発せられた清浄な光と聖水を喰らっても滅しないのか。結局、それは何なのだ? 邪気だけでなく、他の気も混じっているように思えるが」
自分の思った感覚をそのまま述べると、正解と言わんばかりに頷かれる。
「そうね……。コイツは霊で在りながら、精霊か妖精、或いは両方の類に片足を突っ込んでいるモノでしょうか? だから霊が持つ執念じみた邪気だけでなく、それぞれの持つ特有の”氣”も取り込まれているのでしょう。邪気だけなら先のように浄化で済むけど、それだけではコイツを消せないのです。大方、双子らは元々は霊で在るがために邪気が強く感じられ、単に悪霊として認識してしまった故にこの顛末へと至ったのです。まあ他にも要因はありますが」
「じゃあ、此奴は倒せないのか? 今なら、単なる魔力だけでも圧すれば潰せそうなんだが」
握っただけで潰せそうなくらい弱っているなら滅すればいいだろうと思う。
「昔、アルバート王と共に追っていた時に、コイツの”特性”を何となく見抜き、そして倒すのではなく、とりあえず封印することにしたのです。その後、文献や噂等を詳しく調べたのですが、ヒトの情念を取り込む特性、それはこの世に生きとし生きる者の想いが有る限り、決して消えないのではないか? と至りました。例え、今ここでプチっと潰したとしても、視えないほどの小さき姿になって何処かでまた力を取り入れて大きくなるかも知れない。もしくは此処ではない何処かに生まれ変わりが現れるかも知れない。想いが有る限りどんな事が起きても不思議ではない。と、いう事で…………」
いつの間にか彼女の手に香水瓶のような物が握られていた。そして瓶に強引にキュポンと鳴るくらい霊を押し込み入れてから蓋をし、魔法を詠唱し陣を構築する。やがて詠唱の終わりとともに陣が瓶を取り巻いて囲みながら縮んでいき消えていく。
「とりあえず簡易に施しましたが、封印することでこれ以上暴れられないようにするしかないのです。潰して何処かで復活されても後味が悪いし、ね?」
「ふむ……」
しかし、いつまでも封じたままほったらかしにするわけにはいかないのではないか? 今回は王子達のやんちゃで封印を解かれた訳だが、今後、自分達の世代ではないいつかでまたこのような事態になるやもしれん。そう宰相に述べると、
「折を見て、
「ああ、そうか。そうだなあ。それが良いかもな」
「まあかく言う私も、やんちゃで解かれるまでコイツの事をすっかり忘れていたのだけれど」
「おいおい」
しれっとぶっちゃけた話に思わず半目で返す。
「百年以上も下らない存在意義で活きる雑魚霊のことなんていちいち覚えていられないわよ」
そりゃそうだな。ヒトは何日か前に食べたものさえ忘れるものだ。同じように彼女にとって下らない物事なら覚える必要もないのだろう。
「まあ、思い出したのなら何故自分で再度その霊を封じに行かなかったのだ? わざわざ王子らに任せなくてもよかろうに」
「その剣を王子が持っていたからよ」
その目を私が担いでいる王子、とりわけ剣へと移す。
腕の中の王子は剣を抱いていて……そういえば、抜き身だったソレは気付いた時にはいつの間にか鞘に納められていた。
「……この剣も不思議な力を持っているな。宝物庫に在ったのか? 何か……噂で聞いたことがあるな。誰も触れられない剣が眠っているとかなんとか」
「ええ、フェーン時代よりも前に存在し、剣自らが持ち手を選び意思を持つと伝えられている……聖剣『カラドコルグ』。建国王アルクの頃からこの城に保管されていた。これくらいしか記録にないので私には詳細不明ね。四代目の王に任を拝命されたのでそれ以前の事は解らないの」
フェーンとは大昔に存在した一大文明を築いた大帝国である。神が行使していたという魔術・秘術をヒトが使えるようにし、その圧倒的な魔力を用いた技術と軍事力で瞬く間にほぼ大陸全土を統一せしめた。だが、その魔法の時代で魔力が原因で滅んでしまった。何とも皮肉なものである。我が王国の前時代のフェーンより昔からあるという聖剣。何故この城に在るのか、もう誰も知りえないのだろうか。
「誰も手に出来ない、宝物庫に長らく眠っていた古びた剣をアルス王子が手に取った。聖剣、強い力を持つモノには大抵何かしらの制限や条件、試練が付いてるものです。英雄譚のようにね。私はこの状況で剣のことを見極めようとしたけれど、その剣もまた王子を試そうと試練に誘った気がするわ」
双子のやらかしが原因だとしても、ただの霊ではない存在に宰相の策と剣の試練が重なったわけか。
「何とも……この子らにとってはとんだ災難だった、とでも言うべきか……」
騒動を引き起こしたとはいえ、宰相殿の手のひらで転がされていたのは少し同情を禁じ得ない。
「少し子供には荷が重かったのでしょう。私達には小さき事。しかれども子供達にとっては物語で語られる試練の如く。立派に乗り越えたと思います」
やっぱり手荒な手段だと解っていて講じたな、と文句も言いたくなったが、最初のやりとりを蒸し返すことになるので口を閉じた。
「ギリギリまで手を出すなと言われたから我慢していたが、何度飛び出そうと思ったか。王子が直接斬りかかりにいった時は流石に驚いたがね」
「まあ、想定以上の事でコイツを倒しましたね。同じく……少し肝を冷やしたわ」
「ん? そうするように助言したのだろう?」
「私は、王子の自立を促しただけですよ」
瓶を軽く掲げ、何とも言えない少し陰のある表情へと変わる。自分は離れた所で待機していたので、あの時の王子と彼女の会話は聞こえなかった。
「てっきり……聖剣の浄化の光――王子が剣を覚醒させた時に出した光を飛ばして倒す。もしくは怯ませた隙に、おそらく近くに居ると判っていた貴方か、私に王女の救助を求める、と思っていたのよ。だってその方が合理的かつ安全でしょう? まさかあの高さへ自ら斬りかかるとは思っていなかったわ」
「ふむ……些か蛮勇に近い行いだった、とは思う」
確かに、王子という立場ならば自身の安全を最優先せねばならない。私達の援護があると判っていても、まず最も有効な手段を講じた方が良いのは間違いない。だが、ヒトは何か譲れないものが、引くことが出来ないことがあった時に思わず理屈よりも理不尽であろうが感情に身を任せ動くことも多い。王子の腕白さも手伝ったことだろう。
「他人に物事を丸投げするのではなく、己の意志で見極め、剣の能力を使い、且つ私達を上手く利用する。そのやり口は私と似た理屈で動くような搦め手で攻める方法だと思っていたのだけど、結構直情的だったということかしら?」
種族的に理屈で動くからだろうか。感情で動くことには今一つ疎い気がするな。過程は違えど先に述べた宰相のやり方も、王子が取った手も本質的には同じ搦め手だろうと思う。唯一違うのは、王子が直接手を下したという点だ。その気持ちは私には良く判るのだが。
「宰相殿でも、読み違えることはあるのだな」
「私を何だと思ってるのよ」
何時も毅然とした態度でいる彼女が、そこらの何処にでもいる若い女子みたく憮然とした表情になった。そうしていれば、可愛らしい娘にしか見えないんだがなあ。内心残念と思いつつ、
「まあ、これに関しては答えは簡単ですぞ」
「…………」
ピクリと眉を少し上げ、早く答えを言えとばかりに無言で促される。
「兄であり男、だからだ」
賢者とさえ称えられる宰相殿に教えるという機会はそうそうないので、優越感に浸りながら自信ありげに答えてあげた。
「うわ、その笑顔イラつく……」
「おい……」
「だけど、それが真理なのでしょうね。私には、出せないわ」
その月夜と遠目にある篝火の微かな灯りに照らされた美しい銀の髪と麗しい顔つき。フッと笑みをこぼし、何とも儚げに、静かに目を伏せ、少し物悲しそうに映る。いや暗くてそう見えてしまったのだろうか。生憎と貴婦人の気持ちを深く推し量れるほど器用ではないので、しばし何も言えないまま押し黙ってしまった。だが何時までも子供らをこのままにしているわけにはいかない。
「……さて、戻るとするか。自分は双子を部屋へ運ぶとしよう」
「じゃあ、私は広間へ戻って夜会を愉しむとしましょう。王も顛末を知りたがっているでしょうしね」
中庭の背が高い垣根向こうに覗く本館の方から、微かに聞こえる喧騒と音楽。まだ宵の口から少し過ぎたくらいでまだまだ催しは続く。彼女とは途中で別れ、起こさないよう揺らさず歩いていく。明日、目を覚ませば恐らくは親と宰相の説教から、いつもの慌ただしくも朗らかな日常が始まるだろう。今はゆっくりと休むといい。
星夜に息衝く鳥の鳴き声は、試練を終えた王子と王女に優しい音色を聴かせているかに思えた。
―――――――――――――――――――――――――
あとがき
次回エピローグです。少々お待ちくださいませー。
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