23. 弱き者の戦い方
◇◆◆◇
アルス王子の意志により、覚醒した剣から迸る光の渦はやがて本人の周囲に、そして中庭へと拡がり、遂にはリスティノイス城全体を包み込む。天にも届かんというほどの光の柱になり、それは、城内、地下、幾重になる城壁、倉庫などの施設や家屋の壁など関係なく、まるで透き通るように、何物にも阻まれなく全てを光で満たした。
夜会に参加した者達、城内にいた人々はすわ何事かと驚くことになる。特に大広間にいた者達は、先ほどの暗闇騒ぎに続いて、今度は逆に真昼になったのかと思うくらいの明るさに包まれたのだから余計に困惑するだろう。
だが、この光に包まれると、何だか晴れた良い天気の昼下がりにいるような、空気が清浄したような、安心感に包まれた気持ちになるので、さほど人々は混乱しているわけでもなく、アルダン王はまた双子が何かやったのか? とある程度事態を把握はしていたので、これまたフォローする羽目になる。怪しむ王妃達に後でみっちり問い詰められそうだが。光はほんの僅かな時で消えたので以降大騒ぎするでもなく、やがて収束し夜会は続けられた。
一方、王都アルクでも、短いながらも巨大な光の柱が王城から立ち昇るのを、収穫祭で騒いでいた民衆が少なからず目撃していた。
賑やかで、人が犇めく露店通りや酒場のテラスなど外で飲食していた者らが偶々王城の方へと目にしていた時に、それは起こったのである。
他国からやって来た者達はともかく、王都に住んでいる人は、何時も変な噂が飛び交うお城の事だし、まあいいかと軽く流した。むしろ目出度い日に不吉どころか、何か暖かい気持ちにさせてくれる光は吉兆じゃないかと、祭りの雰囲気に中てられ、酒も入っているのだろう、祝福の乾杯をしながら陽気な国民性を遺憾なく発揮し、それは次第に周りに伝染して、いつもの喧騒へと戻っていったのであった。
◇◆◆◇
「ギィギャアアアアァァッ! 灼けるウゥゥッ!?」
辺り一面を照らす光を浴びたグリムオールは上空で苦しみ足掻く。僕には心地よい何かに抱かれている感触だけど、悪霊にとっては聖属性の効果を被っているようだ。そんなことよりも、この光によって暴れたヤツが痛みのあまりに、片手をリーシャから放してしまった!
「あ、あうっ!?」
もう片方も直ぐに手放しそうだったが、リーシャが解放された手で上手くその腕を掴み取り、何とか振り落とされないようにしがみつく。
「おい、クソ剣。光を引っ込めろ!」
英雄譚で名のある剣を抜いた時のシチュエーションにそっくりだが、僕にとっては迷惑でしかない。コイツに振り回されっぱなしで聖剣どころか、呪われた魔剣じゃねーかっと思っていた。何だか泣きそうな感情が流れてきたが無視していたら光の奔流は収まり、代わりに刀身が光を纏うような感じになった。実にソレっぽい。
光が消えたことにより、苦しんではいるがグリムオールの動きが少しマシになっている。その躰は熱湯を被ったような、シューシューと湯気が出ていて、なんだかさっきよりも小さくなっているのが見て取れた。
このエセ聖剣が持つ力だろうか。僕のオドが今も剣に吸われているんだけど、どうやら剣に込めた魔力に比例して持ち手の身体能力が幾倍にも強化されるみたいだな。これならば――――ヤツに届くッ!
いつもの強化術よりも力が遥かに上回るのを感じて、思わず武者震いし万能感に満ち溢れる。昂揚もするがそれを手放しで喜べるほど、僕は強くないのを自覚していた。
吸われている自分の魔力の量が残り少ないのを感じたのを切っ掛けに一端冷静になり、己の力量を弁えたのである。
昼から散々動き回っていたので節約しながらでも、もうカツカツだったのだ。オドはランタンの燃料みたいな物だ。無くなると灯りが消えるように、使いすぎると疲労困憊に陥ってしまい、枯渇すると意識を失ってしまうまである。
落ち着いて残量を見極めると……、ヤツの高さまでジャンプ一回出来るくらいが精々だろう。
失敗は考えない。成功するに決まっている。その手を掴むまで。
勢いをつけるためにリーシャが捕まった辺りまで後ろに下がる。……っとヨシ。これで一手詰めれた。
後は跳ぶだけ。待っていろ。
剣を肩に担いで漲る力を足に溜めグリムオールを見据えながら駆け出し、欄干へ足を掛け思いっ切り踏み込んでジャンプした。
「クッ、そ、その光を近づけるなアアッ!」
手に待つ剣の纏う光が余程嫌なのだろう。浴びた痛みの中でグンと下から迫る僕に気付いたか、だがもう間近だ。ちょうどジャンプの頂点でやや落ちるところで目の前へ至る。
「はあッ!」
煌めく剣を担いでいた姿勢からそのまま袈裟斬り一閃。
――ほんの少し、グリムオールが王子の接近を気付くのが遅れていたら、その一撃は届いていただろう。痛みの中、気付いたのは剣から発せられる灼けるような光
が近づいてくるのを感じたからだ。既に目の前へ迫られたことで、なりふり構わず避けるしかない。上から斬りつけられそうだから、下へと落ちるように必死に動こうとする。丁度人質が重りにもなったのもあるだろう。悪霊が思っていたよりもカクンっと沈み……斯うして王子の一閃は空を切ってしまった――
その渾身の一撃は空振り。
空振ってしまった。
剣の振り下ろしが終わるまで、聖剣の影響で目が強化されたのか、集中しすぎて感覚が鋭敏状態になっているからか、グリムオールが慌てて下の方へ避けていくのがスローモーションで視える。
剣で
なので少し工夫をした。ただ真っ直ぐにジャンプするだけ。だが頂点が相手よりも少々高めに、上段から斬りつけることが出来るようにように跳んだ。もし避けられても
当然、本気で斬るつもりで挑んでいる。それで倒せたら問題ない。だけど絶対に斬れる自信があるほど僕は自惚れてはいない。次の一手は既にある。
そう、剣の力で近づいた時点でお前はもう詰みだ!
振り下ろした剣の勢いのまま体を回転し今まで見えないように隠していた――剣の持ち手とは
「ギッッッ――――――!!?」
雨が降りかかるように聖水を浴びせるとグリムオールは声にならないほどの叫び声を上げて苦しみだす。当然だ、ウチの大司教謹製の代物だぞ! こんな変な剣の力よりよっぽど信用できるわ。
リーシャが捕まって上空に昇っていく時、僕は階段を駆け上がりながらリーシャが声を出さずに、口だけ動いていたのを強化した目で捉えていた。
――ポーチに聖水、と。
そしてテラスへ着いた先で捕まった時に落としたであろうポーチを目にしたのは良かったが、手にしてもヤツのところまで近づいて聖水を浴びせる手段がなかったのである。そしてシャスが現れ……先の盤面になり、助走をするときついでに、ポーチから聖水を取り出した。コルクで栓をしていた瓶の口を聖剣で切り取って――聖剣の初斬りがこれなの!? みたいなのが伝わってきたが無視――指でこぼれないように抑えつつ、仕込みをこさえて跳躍したのだ。後は剣で倒せたら良し。空振りしても、上から斬りつけたので咄嗟に回避するなら下方面だろうから聖水を振りまけやすくなる。近づきさえすれば、どっちでも良かったのだ。
聖水の効果でジュワっと蒸発するような煙が出て、グリムオールは急激に小さくなっていった。突然掴んでいたものが消えたかのように小さくなったので、リーシャの手は空気を掴むかのように握りしめた後、その身は落下しはじめる。
「はわーっ!?」
「リーシャッ」
同じく僕も落下中だが、少しリーシャから離れている。オドはもう殆どない。躰が気怠く空中で姿勢を変えるのも儘ならない。だけど、ここまで来たらちゃんとやりたいじゃないか。なんとなく出来そうな気がして、己のなけなしのオドを全部使って、剣の”事象”を使い、僕をリーシャの元へ、手が届くところまで引き寄せた。
そしてお互いに手を伸ばし――その手を掴んだ。
リーシャのほうはまだ魔力の余裕があるのか、強い力で僕の身を寄せてくれた。……だけど、出来るのはここまで、だ。今の弱い自分では手を取るので精一杯だった。悔しいが、もっと強くなればいい。オドもすっからかんで、例えリーシャ一人が強化したところで、このまま地面に叩きつけられちゃ無事では済まないだろう。が、僕は何も心配しちゃあいない。
シャスがここにいるなら絶対居るはずなんだ。
だから……僕はここで大人に頼る。
「助けろッ! ラーンス!!」
「任されよ」
地面まで寸前のところで、朗らかな、それでいて力強く頼もしい声が聞こえたかと思ったら、落下する感覚が消え、だけども地面に叩きつけられる衝撃はくるはずもなくいつの間にかガッシリとした逞しい両腕と分厚い胸板にリーシャ共々抱き寄せられていた。そして僕たちが気付かない程静かに着地をしている。
顔を見上げると……王国の至高の騎士、近衛騎士団団長。王族が厚く信を置いているラーンスロットの精悍な顔が綻んでいた。うん、やっぱり最高の騎士だね……。
僕は、魔力を使い果たした弊害と、無事に済んだ安心感で気が緩んだことで意識を失った……。
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