22. 届かなくても、心を据えて
◇◆◆◇
僕がペンダントが上の方へ指す光の先を視ると、階段上にはリーシャがいて、さらにその背後からグリムオールが襲いかかる寸前のところだった。
「――うわっ!? キャアッ」
「リーシャ!!」
咄嗟に全身強化し、剣を手にしつつ階段を駆け上る。離れて届かないのに無意識でリーシャを掴もうと手を伸ばす。悪霊はリーシャの両方の二の腕を後ろからガッチリと捉え、そのままテラスから中庭の方へと斜め上に浮き上がっていった。
「兄さんっ、――――っ!」
どう頑張っても間に合わない距離だったが、リーシャが元に居た場所まで辿り着き、近くの欄干に手を掛け、空高く浮きあがっていくのを見ていることしか出来なかった。
「……おいおいおい、それは悪戯の範疇を超えているんじゃないか!?」
「コ、コラーっ、降ろせ……あ、ゴメン降ろさなくていいわ。絶対放さないでよ!?」
リーシャが暴れて振り払おうとしたが、既に空高く浮かび上がっていてその高さで落ちれば無事じゃ済まないと悟ったのだろう。大人しくぶら下がり状態になった。
抵抗して魔術を行使するにも、ルーン語による詠唱とマナを利用して構築する魔法陣が不可欠だ。両腕を掴まれているリーシャは陣を描くことが出来ない。
あの高さでは、例えオドで強化した身体能力をもってしても、骨折……下手したら最悪、命の危険があるかもしれない。明らかに悪戯の定義から外れた行動だ。
僕はここにきて、命のやり取りを懸けた場だと認識する。
だけど何故だ? ヤツは”悪戯しか出来ない”存在要素の筈だ。幽霊型の妄執とそれによる行動はそう簡単に変えれるものじゃあない。僕は、何か見落としていたのか? さっきよりも禍々しい姿になって邪気が増えたようなのが関係しているのだろうか。
妹の危機、命のやり取り……悪霊の狂暴化、それらが重くのしかかり、焦燥感に駆り立てられる。心臓の動悸が激しくなっていくのが判る。命を懸けた戦いはこれが初めてじゃない。お城ダンジョンに潜って魔物相手に何回か戦わされていたからだ。だけども、それはお付の騎士や魔術師が同行してのことだ。そりゃそうだろう? 低階層の魔物とはいえ、王族だけで戦わせるわけがない。
命を懸けた戦い。騎士も魔術師もいない、誰も手助けしてくれないこの状況。本当の意味でのリーシャの命の危機に、僕は恐怖を覚え、冷や汗が止まらず、剣を握っている手が思いっきり力んで白くなっていた。
「散々、オマエラ王族どもに妨害されたからなア。ほれほれ、ここからコイツを落としてやろうかア?」
「ちょ、激しく動かないでよ!?」
まるで小さな子供が両手で人形を持ちながら踊るが如く、リーシャはその動きでぶら下がった足が激しく揺れるように振り回されていた。
「おい、やめろ。リーシャを……降ろせ!」
雑に扱う感じで動いているヤツに、妹がポイっと空に放り出されそうな恐怖と、今すぐぶった斬ってやりたい衝動、そして手が届かない焦燥感がごちゃ混ぜになり無力感に身を苛まれ、ジッとしていることしか出来ない自分に歯噛みした。
「やれやれ、随分と急展開な状況になっていますね」
「――シャスっ!」
階段下から凛とした、しかしこの場にしてはいまいち緊張感がないノンビリしたような声が耳に届く。振り向くとそこには月夜に映える銀の髪をなびかせ、夜会用のドレスを纏ったシャスティアが中庭へと静かに歩きやってきていた。
そして……心底、ほっとした。これで何とかしてくれるだろうと。
「久しぶりね。確か……
「アアン?」
怪訝な目つきで悪霊は突如現れたシャスティアを睨む。
シャスティアは、コイツを知っている……? いや、宝物庫に封印された箱が在ったんだから知っていてもおかしくはないだろう。少し沈黙して半目で睨んでいたヤツが思い出したのか、段々と目を大きく開いていく。
「テメエは……ッ、確かアルバートと一緒にいた魔術師じャねーか!? あン時もしつこく邪魔立てしやがって! ナンダア、今度はそのガキとつるみやがるのかァ?」
「フン、下らない事しか出来ない低能幽霊が。誰が封印を施したのか、長い拘束時間の合間にすっかり忘れてしまったようね。ジックリと、叮寧に震え上がるまで思い出させてあげましょうか?」
「グッ……!」
昔、曾祖父アルバート王とともにコイツを封印したのは、シャスティアだったのか……。百年以上もの前になるのかな。ヤツがシャスを見間違いしないのは容姿が昔から変わっていないからだろうか。見た目は本当に二十歳代くらいの女性にしか見えないのに、ハイエルン族の寿命は正に永遠かと思わせた。
容姿は美しくとも、その身から発せられる膨大な魔力を纏った威圧をグリムオールは当てられ、さすがに宙で身震いしてたじろいでしまう。
王国最強の魔導師、英雄と称される騎士団長ラーンスロットと並ぶのか、それとも遥かに凌ぐのか、酒の肴でよく議論されている程の麗しきハイエルン族の女性。
きっとシャスなら簡単にグリムオールを倒して、リーシャを無事救い出してくれるだろう。その為に此処へ来てくれたんだし。僕はもう見ているだけでいい。そして後で、いつものように説教くらってから、夜会で美味しいものを食べるんだ。
僕の心に、安心と何かモヤモヤする気持ちが過る。
「ま、其れはさておき……」
と、僕に向けられていないのに余波で足が竦むほどのシャスから醸し出された威圧感が唐突に消える。
「今回、私は手を出さないでおきましょう。何といっても王子が勇者の如く、悪者に囚われた姫を救ってくれるでしょうから」
「…………え?」
安心しきっていた僕は一瞬、何を言われたのか解らなかった。茫然と見つめる自身へシャスは視線を向けてくる。その表情は読めない。
「主人公がいるのに、お供の魔法使いが出しゃばるのは無粋でしょう?」
まるで、シャスに任せる気でいてもう安心した、というのを見透かされている気がした。役回りはまだ終わってないだろうとでも言いたげな、だけども、これは演劇でも物語でもない、命が懸かっているんだ! ふざけている場合じゃない。
「
それは昼下がりの騎士回廊のバルコニーでの会話。
――大人を頼ることは決して恥ではありません。
「……それがまさに”今”なんじゃないか!?」
「私にはそうは思えません。勇者にはまだ、やるべきことがあるのです」
夜でも星の様に煌めく深緑の瞳が僕をじっと見据え、まるで座学をやっている感じで、抽象的に問うてくる。その柔らかい、諭すような口調で少し気持ちが落ち着いてきた。これは……考えろということだ。本来シャスは理論的に要領よく述べるタイプだけど、この人質がいる状況で長々と話してる余裕なんてない。シャスの威圧とその発言によってグリムオールが不審に思って行動を止めているに過ぎないのだ。ヤツが再度暴れだす前に答えを出さなければならない。
こういう時こそ、冷静になれ。訓練時のように息を深く吐いて、まずは己の心を顧みる。
自分と違って何でも知っていて、不可能なコトなんてないというくらい頼りになるシャスティア。丸投げして、後は流れに身を任せればいいと思うその心の奥底で……そう、悔しいと想う気持ちが、あった。
折角ここまでしてやってきたのに、最後の一番肝心なところで何も出来ない歯痒さ。自分がまだまだ弱いのは知っているさ。訓練じゃあ、ラーンスの方針も相まって、騎士達が大人に混じってやる僕らに容赦なく”遊んで”くる。いつか強くなって、騎士全員に膝カックンをかますのが、当面の目標だ。
そんな風に思えるのは僕が負けず嫌いだからか、目の前の状況にも、只々悔しいのだ。この手でリーシャを救えないことが。
倒す手段は……ある。だけど
何故だ。――勇者にはまだやるべきことがある。……それは僕にもまだ出来ることがあると伝えているのか……? シャスは無駄なコトは言わない。何かを見えていて、僕が見落としている。そう言っているのか? 解らない。
これが物語の勇者ならササっと答えを導き出して、囚われの姫を勇んで救いに行くのだろう。生憎と、僕は勇者じゃなあない。為りたくもない。なかば強制的に世界を救いに行けなんて言われたくない。
僕は王子として生まれてきた。王になったとしても、別に何処かと戦争起こしてまで領土を大きくする気もないし、帝国と適当に付き合って平和に暮らせるならそれでいいじゃないか。
頼りになる家臣達に囲まれて、王一人では解らないことを、皆で相談して聞き入れてやっていけば……。
――剣に凝り固まっていた汚れと錆にピシリと罅が入る。
ああ、そうか。
解らないなら聞けば良かったんじゃないか。一人で考え込まないで、一人で助けようとしないで、勝手に諦めて他人に全て押し付けないように。それは上に立つ者のやることじゃあない。独断執行な覇王なんて似合わないしクソくらえだ。僕が目指すのは下克上がないファミリー経営です! 間違ったことをしたら例え玉座に座していようと飛び蹴りかまされるような王でいい。いや、やっぱリーシャがマジでしそうなんでナシで。
――剣にはらはらと、纏わりついていた錆が剥がれて落ちていく。
僕はリーシャを助けたい。その方法は一人では思いつかない。でも、傍にいるじゃないか。王国きっての頭脳。古より生きる賢者。凡庸な自分では思いつかない解決策を明瞭に答えてくれるだろう。そして先に思っていたように、あっさりとグリムオールを倒せることも出来るんだろう。だけど……その役だけは、誰であろうと譲れない。
――土色だった剣とその収まる鞘は拵えたばかりの品みたく白く映え、装飾は煌めき、仄かに輝いて見えるよう。
絶対に妹をこの手で助ける! 勇者でも、英雄でもない。王子として、兄として、弱くても、自分の手で! だからこそ王族らしく、家臣を
――手にある剣は、王子の覚悟に応えるかのように太陽に似た煌々たる光を放つ!
なんだッ!? 意識を集中していたがために、手元を気にしていなかったけど、持ち手を見てみれば、剣から眩く程の光が波打って放出しだした。そして今まで持っていた古い錆びた剣がまるで別物にすり替わったんじゃないかというくらい新しくなっている。
「グギャアァッ!? な、何だ、その嫌な光はッ!?」
「うわわっ!?」
ハッとして見上げると、光に中てられて身悶えるグリムオールと落とされそうで焦る妹の姿が。このままだとリーシャが放り出されるんじゃないか!?
最早猶予はないが、倒す算段はある! 一手が欲しい! だから――――
「どうすれば、ヤツに届くか、教えろッ、シャスティア!」
――その覇は、まるで未来の王の如く、忠臣に絶対的な命を下すに相応しい資質が轟かせる声。そして導くのは賢者の役回りとなる古の佳人。
「仰せのままに。その手にあるのは、古の剣。古代フェーン時代よりも存在する物、選ばれし者のみが掌中に収めることが出来ます」
恭しく、敵の手前、臣下の礼は出来ないが言葉は王に従う忠臣の如く。
「其は聖剣『カラドコルグ』。持ち手の心気で如何様にも転変する意思を持つ剣」
光の奔流に包まれながらも、普段と変わらない程の冷静な口振りでシャスは述べる。まるでこうなる事を予知していたかのように、剣のことを知っていたかのように、ああ……そうか、最初に遭遇した時から既に解っていたのか。やっぱり魔王様には敵わないなあと、手のひらで踊らされていたんだとしても、何か他人事みたいに思った。今はどうでもいい事だ。
「貴方は此処に至るまで、幾度と惑わされたことでしょう。今度は、惑わす心ではなく、己の意志と覚悟でその力を、剣を御しなさい」
覚悟はとうに出来ている。シャスの忠言に耳を傾けながらも剣に意識を集中すると何となく声が聞こえる……? いや、意思が伝わってくる感じか? 我に力を捧げよ、と囁いてくる気がした。
……ふざけるな。
怒りがこみ上げてくる。古いだとか、魔剣だろうが、聖剣だろうが、関係ない。何となく判ってきたが、お前は僕の意思をさっきまで捻じ曲げてきたな? 絶対に許さない。ぶっ壊されたくなかったら……お前は、――僕に使われろッ!!
自身の
――斯くて剣は覚醒し、放たれし力は光の柱となりて古城全てを包み込んだ。
―――――――――――――――――――――――――
あとがき
ストックがなくなったのでこれから不定期になります(´・ω・`)
第一譚は後三・四話くらいで終わります。少々お待ちくださいませ。
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