21. 食い物の恨みは超恐ろしい




  ◇◆◆◇




 邪魔な王子を抜いて、隠し階段を昇って来た先は記憶に有る昔通りの城の大広間だった。

 昔といってもグリムオールにとってはそう遠い過去というわけではない。封印されている間、何かを考えることもなく揺蕩うような微睡むようなボンヤリした感覚でただ時間が過ぎていくのだけは判っていた。今が封印される前からどれだけ経ったのかは判らないし、どうでもいい。此処もそうだが、彼方此方と城を駆け回って記憶の時よりもえらく石材の汚れや塗装の剥がれが目立つ等、建物自体が古くなっていたと思っただけだ。


(それよりも……どいつをからかッてやろうか。ずっと邪魔してきたアルバートのガキと視ていたら奇妙な気分になる剣から振り切ッたが、また直ぐに追いついて来るだろう。それまでにどデカいのをかましてやるッ!)


 ワイワイと音楽に合わせてダンスとしたり、皆で歓談、食事する者、働く者、選り取り見取りだが……食事をしている処に何やら一際デカい人物がいた。ザーマス夫人である。


(いやアレ人か? オークじァあねえの? まあイイ、ああいうヤツに仕掛ければきっと目立つだろう)


 驚かせるために、一応隠れながら接近することにした。長い食卓テーブルの下を透過を使いながら潜り込んでは進み、幾つかのテーブルを経てザーマス夫人の下へと辿り着く。移動の途中、何人か給仕達に見つかっても気にしなかった。気が大きくなり、大雑把になっていたし悪戯が出来るという本来の妄執には抗えなかったからだ。


 斯くて、料理の取り分けに夢中になっているザーマス夫人を揶揄うのに成功する。


「ざあまあすぅーっ!?」


 その叫びはまさに魂の奥底から出されたもの。グリムオールは思っていたよりも悪戯の影響が大きい事に驚き、悦喜する。

 ザーマス夫人の凄まじい執念、いや怨念と言うべきか、それほどの楽しみにしていた極上の料理が目の前で食べられるという屈辱、無念、悔恨……それら全ての負の感情が混じった想いが、情念が、悪戯という行為によって引き起こされたモノ。それはグリムオールが行動した結果によって引き起こされた想い。その情念を悪霊は存分に取り込む――――そう、グリムオールはを取り込む能力を有していたのである。

 悪戯が成功しようが失敗しようが関係ない。ただ、成功した方が感情の揺れ幅が大きいのでより多くの情念が取り込めるだけなのだ。


 その能力でザーマス夫人から取り込んだ情念のとんでもない力がグリムオールの躰に流れ込んできた。食い物の恨みは恐ろしいというがこれ程のものか。


 物語の描写で、それは冒険の仲間との食事シーンでの一幕。一番好きなものを最後に食べるタイプの人物がいて、隣にいる食いしん坊な人物が、何? それ嫌いなの? じゃあ食べてあげるね、と空気を読まずに平気でパクっと掻っ攫っていく。そして事あるごとに食われてしまう者は、恐ろしいほどの恨みが募り、それが仲間との不仲や戦闘での連携力低下に繋がって、冒険の旅に支障が出始め、最後には性格の不一致で解散という現実でも新人冒険者ニュービーのパーティによくあるあるな描写なのである。

 皆さんにもこういう経験は無いだろうか? 無いって? あるということにして下さい。それほどに食というのは、人の生存本能から来るものなのか、繊細で気を使わなければならないのだ!


 ちなみに、アルス王子とミューンは頻繁にお互いのお皿の獲物を奪い合いしていて、いつ人間族と妖精族の最終戦争アーマゲドンが起きてもおかしくないくらいである。もっともその前に、王妃にマナーが悪いと怒られ、料理を取り上げられていつも休戦になるんだが。


 ミューンといえば、シャンデリアの細工が終わってデザートを食べに行こうと降りたところを騒動の戦犯として暗部に捕縛され、お仕置きとして、宴が終わるまで逆さ吊りの刑に加え、目の前にデザートを置いたり、見せびらかすように食べたりする拷問を処している。そしてこれは……シャスティアも想定していなかったが、このミューンのお預け状態の悔恨パワーが間接的にグリムオールが関わった事例として作用し、更なる力が注がれる結果になっていたのである。魔王の予想をも上回る妖精の食い物への執念は、驚嘆せざる……いや呆れせざるをえない。


 そんなザーマス夫人とミューンというソウルフレンドの強い絆? ……いや、意地汚い食い意地の執念が、グリムオールに力を与えていく。双子にとっては、迷惑千万極まりないことである。


 取り込んだ力は予想以上に多くてそれに驚いていた隙に、追いついてきた王子に掴まってぶん投げられてしまったが、透過という言葉が聞こえたので咄嗟に発動したら外にまで飛び出たのだった。

 今はそのまま、中庭が眼下に広がる空に浮き止まり自身に入ってくる力を咀嚼するようにジックリと我が物へとするために吸収中である。

 吸収した力によって、全体のフォルムが一回り以上大きくなり、醜悪な大きな顔が更に険しくなって歯も牙っぽく少し伸びていく。負の感情を取り込み過ぎたのか、前の姿形はまだ醜いがブヨっとしたキモカワイイといった一部な方に受けがアリそうな感じだったが、今は……ただ、醜悪で凶悪な感じにしか見えない、まさに悪霊と呼ばれるに似合ったナリへと変化、いや進化していた。


(グアハハハ! たった一人驚かせたくらいで、何だこの力はッ! いや、今何処かからも力が送られてきてるな。遥か昔、大暴れしていた頃に戻ッたようだ!)


 それは、取り込んだ情念の影響でトガが外れたのか、それとも妄執の狂暴化か。万能感に溢れ昂揚するままに、己の存在要素アイデンティティである”悪戯”しか出来なかったのが、今は自分の思ったことが何でも行える気がした。


(このまま、あの広間に戻って大暴れしてやろうかッ。いや、街の方へ行くのもアリだなア。…………ン?)


 眼下のテラスを駆けて行く、宝物庫で見覚えのある人物を見つけた。


(まずは、今まで邪魔ばかりしてきた王族の奴らに、仕返しするのも一興だな!)


 地上から高い目で、本館の壁沿いにあるテラスのほぼ直上に浮いていたので幸いと気づかれていない。宙から音も無く降下しつつも背後から忍び寄り――――




  ◇◇




 アルス王子が外へ出ようとした時、正面扉付近には突然照明が消えてビックリして外に出ようとする者や、何事かと騎士や外に居た人が野次馬で覗きに来たり、何やら背後で光の明滅が起きたりして意外に混んでしまっていた。しょうがないな、とその中へ飛び込み、揉みくちゃにされながらも苦労してなんとか室外へ脱出。本館から出て左手にある中庭へと駆けて行く。


 右手の聖堂へと続く庭の方には夜会で屋外でも楽しめるように、食卓やベンチなども設置され、松明を通路に連ね、篝火も多めに焚かれて夜空と王城を煌と照らしている。そしてそこでも人々は飲めや歌えやと騒いでいた。


 王子が向かっている中庭には最低限の灯りしか焚かれていない。此方の方は、いわゆる大人の憩いの場として、静かな景観にされているらしい。庭師によって手入れされ、噴水も中央に設置して花壇を散りばめており、周りをある程度囲むように大人よりも背が高い垣根が造られ、あたかも通路のように入り組んでいる。騎士の巡回も野暮だということで中にはあまり入り込まないことにしていた。


「くそ、思ったより来るのに手間取った。……ヤツは何処だ?」


 アルス王子が此処へ辿り着いて中庭中心辺りを見回すが、グリムオールの姿が見えない。垣根に阻まれて全体が見えないのもあるが……と、そういえばペンダントがあったと思い出し、それを握り込み発動させる。


 ペンダントが眩い光を宿し、そして邪気を察知した方へと光が指向性を帯びていく。指した方へ向き直すとちょうどそこは中庭を一望できる二階のテラスへと続く階段。


「兄さん!」


 その階上、光と同じ射線上にはリーシャ王女がアルス王子を見つけて駆け下りようとする姿と、背後から迫り襲い掛かる悪霊が見て取れた――



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