15. 地下に潜むのは




  ◇◆◆◇




「さすがに疲れて来たな……」

「お腹すいたー飯食わせろー」

「お前、ほとんど僕の頭に乗っかってただろ」


 今、アルスぼく達はとある隠し通路内で休憩を取っていた。背負っている剣を横に立てかけて、レンガ壁の出っ張り部分に座って一息ついている。

 既に夜会は始まりつつあるだろう。会場には仕事を終わらせてきた従者や騎士、爵位の低い貴族達がもう入場しているに違いない。主賓や上級爵位の貴族は後から来るのが基本の習わしだ。


 まだ、悪霊グリムオールは捕まえていない。


 いや、ちゃうねん。調理場ダンジョンの攻略に失敗し、断罪ペナルティの皿洗いさせられたのが痛かった。まあ四半刻(三十分)すぎくらいの拘束なんだけど、その時、警鐘を鳴らしてくれやがった調理見習いさんと仲良くなり、まだ魔物化に染まっていない素直な人だったので口八丁手八丁を駆使して皿洗いを押し付けて逃亡に成功した。


 そこからは、もう夜会まで時間がないということで、正攻法に追いかけたのである。ペンダントを頼りに、探って見つけては悪戯を阻止しつつも透過で逃げられてしまったり、僕のせいにされたり。


「つーかさ、僕とグリムオールが両方いて真っ先に僕を疑うのは誠に遺憾であります」

「王子の威厳形無しだね。元からないっぽいけど」

「コノヤロウ」


 戦争か? 戦争なのか? 妖精族を撃滅せんと心に誓いながらもここまでの事を振り返る。

 追いかけて隠し通路を使用している時、途中に控室の飾っている肖像画の目を通して中の様子を観れる仕掛けギミックがあったから覗いてみると、来賓の貴族同士かな? 何やら脱税やら悪巧み相談をしていたので、僕の脅迫ネタ帳に納めるか、魔王様への土産話にするか迷ったり。

 はたまた洗濯物を干している処では悪戯しているグリムオールを見つけた。女性従者が女物と男物に分けて取り込んでいた籠をすり替えて、それを男性の騎士見習いが気付かずに持っていこうとしたところ、従者が破廉恥扱いして騎士顔負けのアッパーカットで吹っ飛ばされるのを悪霊と仲良く大笑いして観てたら、従者が鬼化してこっちにも襲いかかってきたり。


「まあ、ここに至るまで波乱万丈であった。うんうん」

「真面目にしろっつーの」

寄り道サイドクエストが魅力的で冒険心に逆らえないんだよ」


 物語で寄り道気味な試練おつかいが発生するのはよくある展開だ。

 尺稼ぎと取られるか、実は重大な伏線だったりするのか。はっ! さっきの鬼化した従者は実は四天王の一人だった……? フフフ、奴は四天王の中でも最弱、王子ごときに負けるとは従者の面汚しよ……とかの伏線だった? うーん、でも従者全員鬼化出来るじゃん。何人いるんだよ。それ以前に一度も勝ったことないんだけど。王子様よえー。


 自分の弱さに悲嘆していたら、僕の太ももで寝そべっていたミューンが鼻を器用にヒクヒクと動かし始めた。


「あっ! コッカちゃんの石化解除香草焼きが出たみたいだよ! いいなー食べたいなー……」


 ハイハイ、石化攻撃が極悪な巨大鶏コッカトリスね。


「お前、なんでここから判るの?」

「匂いで一発検知なのよー」

「妖精族って料理感知に特化してんの?」


 いくら会場に近いとはいえ、薄っすらと何かのいい匂いしかしてこないぞ。何故神は妖精族に無能なスキルを与えたもうか。無能あるある追放待ったなしだね!

 まあ、こんな展開でまさか役に立つとは思わなんだ料理感知で、視ずとも会場に料理が並び始めたのが判った。ということは宴が始まったか、それとも父さんや大司教様の挨拶中か。うーん……そうだな。何気なく横に立てかけた古い剣を見ながら思案する。


「ミューン、に行ってリーシャがいたら合流してくれない?」

「いいけど、どうしたの?」

「や、何となく、その方がミューンを扱き使ってくれるんじゃないかと」

「言い方」

「おっと、訂正。その方が奴隷として扱き使ってくれるんじゃないかと」

「名前を変えただけじゃん!?」

「まあそれは冗談だけど、リーシャの方なら夜会で食事出来るかも知れないぞ?」

「行く! お疲れっしたー!」


 さすが、思考せずに本能で道化をする妖精である。一寸の迷いなく、僕のことを切り捨てる感じにイラッとするが。やはり戦争するしかあるまい。妖精への好感度が下がった! というか、コイツ悪霊が出てから好感度が下がる選択行動しか取ってないのが凄まじい。追放断罪待ったなしだね!


「んじゃあ、出口開けてちょーだい」

「へいへい」


 この隠し通路は、本館大広間のにあるが、出入りするには、王族の力が必要だ。なので休憩していたすぐ後ろにある、壁に半分、半円埋まって上から突き刺さるように伸びている太い柱に向かって言霊キーワードを囁く。すると柱の右側大人一人分くらいの幅の壁が音もなく消えた。そして壁が消えた先には柱を回るようにして上る螺旋階段が覗いていた。幻覚魔法に物理効果を与えているんだろうか? 消える前の壁は全く切れ目とかなかったし、確かにレンガの硬質な感触があったはずだ。僕は魔術に関して特に秀でているわけではないので詳しく解らないけど、きっと無駄に巧みな業に違いない。


「上にも扉あるんでしょ?」

「うん。よっこらせっと」


 僕達がいる処は、城の外へと続いている地下の脱出ルートだ。ある意味本道であるので幾つかのルートは小さな川が大河に合流していくように繋がっている。これはその内の一つ、大広間と続いていた。僕は立てていた剣を手に取りつつ、狭い急な階段を上がっていく。本道に続くところは大体が二重に扉を施されているので、もう一つ開けねばならない。円柱をぐるりと回って上り切った先は石材の天井で塞がれているが先と同じ仕組みだろう、言霊を掛けるとまた音もなく天井が消えた。


 階段は終わっても柱はずっと天井まで延びている。この円柱は大広間を支える柱の一つだ。端の方で、出入口は死角っぽい位置にあった。黄昏時になって陽も届かないし、大広間の数ある大シャンデリアの光も届きにくいので気付きにくいだろう。暗がりの中でヒョコっと顔だけ出して見るけど、死角だから当然広間の様子が判らなかった。だけど、父さんの遠くまで良く通る陽気な声が聞こえる。きっと祝杯の音頭を行っているんだ。ならば皆、王の祝辞に耳を傾けているに違いない。


「よしゃー! 待ってろ、料理の大海原よー」

「おおい、ちゃんと姫船長に扱き使われろよー」


 喜び勇んで料理が荒れ狂う場所に文字通り飛び込んでいった。コイツ、料理に溺れて遭難しそうで心配だ。や、料理に沈没した妖精を引き上げて驚いた人の心臓の心配ね。絶対ホラーだろ。

 僕は頭を引っ込め、上の扉を閉めて再び潜行する。そして休憩していた出っ張りに座り直した。


 ――剣は股の間に挟んで立てる。邪魔な妖精はいなくなった。


 下の扉は開けっ放しにしておく。”緊急事態”に備えて。どうせ、グリムオールもこの通路を知っているだろうから隠す必要もない。もしも此処に来るとしたら……そういう事だからだ。


 追いかけているうちに、流石に気付いた。ヤツが封印から解かれた時よりもデカくなっていることに。

 ……何故か? 存在要素は”悪戯したい”だから、悪戯をすることによって力を得るのだろうか。成否に関わらないのか、僕が半々あたりで阻止しても縮まないし、大きくなっていくだけだった。

 ミューンがいなくなったことで静寂になった空間の中、僕は深く沈むように


 ――剣を何気なく見ながら性質分析をする。もっと見て。


 ヤツが姿を見せないで悪戯を繰り返してたのは、悪霊にとって城内が危険ゾーンばかりだからだ。そりゃそうだよな、騎士がいて魔術師がいる、神官も鬼化した従者も魔物料理人もいるしね。見敵必殺されるだろう。

 じゃあ城から逃げればいいじゃない、となるがシャスは精霊の加護の内側と言っていた。結界に阻まれて出れないと推測する。


 ――剣を何気なく抱き寄せ直す。もっと強く抱いて。


 グリムオールにはダンジョンのトラップエリアに等しく思える場所だが、じっと潜むわけにもいかず、存在要素の衝動には逆らえない。故にコソコソとやるしかなかったのだろう。まあ成果が出ているんだけど、力を得れば次は何を為そうとするか。そんなの決まっている。もっと大きい事をしてやろう、だ。


 力があるから、多くの人に悪戯したい。どうせならまとめて驚かせてやる。じゃあ何処にいけばそれが出来る? そうだ、夜会に大勢集まってるじゃあないか。


「斯くて、悪霊は此処に現れたのでしたっと」


 首に掲げたペンダントが先ほどから光りだし、僕の小さな遠くまで灯せない魔法の光が照らす暗い通路の奥へと指向性を帯びていく。そして暗闇から幽霊の如く……じゃなかった、本物の幽霊が浮き出すように現れた。


 力があるなら、堂々と会場に向かえばいいのにと思う。だが当霊は力マシマシ無敵感かもしれないが、ウチの猛者たちに比べたら雑魚魔物にも程がある。多分、本能的に察して避けているのだろう。そうしてわざわざ隠し通路を使って夜会に突入しようという訳だ。会場にも猛者が沢山いるのにね? むざむざとやられに行くのかな?

 矛盾しているが、それが幽霊系の妄執で偏狭たる所以だ。が大きくなると、大っぴらになりたくなるのも変態さんあるある、である。


 僕は立ち上がり、広い目の通路の真ん中に陣取って行く手を阻んだ。剣を手に取り、構えるまではいかないが何時でも動ける体勢にする。


 ――握りグリップを手にした時の錆びの不快な感触を、不快とは思わない。思わせない。


「たぶん、知ってるかもしれないけど……このルートを先に進めば城から脱出できるんだ」

「……」


 僕は片手を軽く挙げて親指で出口に続く方へ指し示す。


「お前、このまま城から出て行ってくれない?」

「…………」


 聞いているのか、聞いていないのか、まあ構わずに話を続ける。


「や、正直言うといい加減面倒臭くなってね。別にもう、この城内で暴れないなら見逃してもいいや、なんて思ってる」

「逃げ、る……ミノガ、す?」


 ――矮小な霊よ。こちらをなさい。逃げては駄目。


 グリムオールは、充血したような赤い目をギラギラしながらも、僕の言葉を聞いて、逡巡するように瞬きをした。……が、何だ? 僕の剣を見詰めているのか?


「見たところ、強くなったと感じているんだろ? じゃあお城の結界を破れるんじゃね? 外に出たら、君は自由だ。何もしないことを誓おう」

「ウゥ……オレ様は……」


 夜会に乗り込まれると色々と面倒すぎるわ。もう、少し怒られてもいいから、ここは穏便に外へ出てもらって、シャスに試練の報告すれば、僕以外の猛者が速攻倒しに行ってくれるだろ。


「にげ、ない……オレ様は、暴れ足りない」


 剣をじっと見ていたと思ったら、身体ごと下を向いて俯いた感じになり小声でそう呟く。そしてその醜悪な顔を上げた時には、既に真っ赤な目が吊り上がり気迫に満ちた顔つきに変わっていた。


「オレ様はッ、もっと悪戯してェンだよッ!」


 上に向かって叫んでから、こちらに向き直す。


「そこをッ、どけエェェッ!」

「……存在要素アイデンティティに囚われすぎたかな?」


 妄執の暴走で聞く耳持たないのは、頭でっかちにあるある、だ。大きな口から歯をむき出して威嚇するように全身を力んで震えながら少し高めに浮きあがっていく。コソコソとしてきたク〇雑魚幽霊がイキリやがりで笑止の至りに堪えないわ。まあそんな雑魚っぽい悪霊とタメを張る僕も雑魚なんだけどね。王子様よえー。


 僕は、鞘から刀身を抜け出せない古き剣を正騎士の如く構え、悪霊に真っ直ぐ剣先を向ける。


 ――剣に巻いていたベルトは見当たらない。無いことも気付かない。


「ここは、通さない」




 ――剣は戦えると喜んでいる。



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