16. 宴の始まり




  ◇◆◆◇




「豊穣の実りに感謝を。各々の信奉するものに祈りを。そして諸君、国の民、皆の労力があってこそであることも、我、王と連なる一族は感謝の念に堪えない。まだ収穫が残っているが、今宵は大いに飲み、食べて踊ろう。英気を養いもう少し明日から頑張ってほしい。では杯を掲げよ……乾杯!」


 銀の杯を掲げて祝杯の音頭を行った。大広間の奥にある大階段を上がった処で挨拶をしたので、広間の様子を一目で見渡せる。皆が近くの者同士で杯を軽く合わす様子が見れ、木製の酒杯のぶつかる音がそこかしこに鳴り響く。そして階下の壁際に大皿料理が配置された立食形式ビュッフェのスペースがあり、そこに向かう者がちらほらいる。反対側の壁の一角には宮廷楽士達が待機していたので乾杯が終わった後、陽気な音楽を鳴らし始めた。


 オレの周りにも重鎮達が揃っており、互いに杯を合わしていた。俺達は、銀の酒杯なので軽い金属音を響かせている。妻達を見ると娘のミリアルを中心に乾杯をしている。妻が二人……まあ正室と側室なんだが、仲良くやってくれて何よりだ。つか仲良くなり過ぎじゃね? あのー俺にも杯合わしてくれないかね? 寂しいじゃん! さっきの祝辞の俺、格好良かったでしょ? 惚れ直してくれていいんだよ? 後で妻に頭ナデナデしてもらおっと。


「ではアルダン王。私はこれにて」


 俺の音頭の前に挨拶をした大司教様が声を掛けてきた。付き合い用に持った酒杯を軽く掲げたので同じく返す。


「ああ、マクルエル大司教殿。ご苦労様です。申し訳ないですね、私達だけ騒がしくしますが……」

「なに、お気遣いなく。私達神官も今日から祭事の間は細やかなるも食事が豪勢になるしの。豊穣をもって慶びの情が天界へと届けば、神々もまた慶福に取られると存じましょう。努々ゆめゆめも感謝の気持ちを忘れずに」

「それはもう」


 大司教殿は胸元でイーツァ教の印を切って、お互いに軽くお辞儀をし合った。何だか、何時もよりも若々しく感じるな。表情がとても活き活きしておられる。何か良い事でもあったのかね?


「父さま~、爺さま~」


 ミリアルが果実を磨り下ろした甘味飲料が入った子供用の小さな杯を両手で持ちながらこちらに来た。


「おーいミリアル、ちゃんと大司教様と呼ばないと駄目だぞー」

「あう、ごめんなさい」

「いやいや、構いませんぞ。寧ろずっとそう呼んでくれて結構!」

「は、はあ……それでミリアル、どうしたんだい?」

「感謝の乾杯しにきたの。みんなでやれば嬉しい気持ちでいっぱいになるって母さまが言ってるのー」


 そう言って、両手で一生懸命腕を伸ばして俺たちの前に差し出したので、屈みながら三人で交互に乾杯をした。側室ははおや譲りの将来は美人に違いない、可愛らしさと無垢な笑顔につられて自分の顔が緩むのが判る。これが天使の微笑みか! これで絆されないやつは極刑だ! 惚れたやつも極刑だ!

 隣の大司教殿を見ると何だか肩に力を入れながら鋭く娘を見つめていたと思ったらカッと目を見開き厳めしい表情から一気にふにゃりっと輪郭が崩れるほどの喜んだ顔で――


「天使かっ! ここにも天使がおった! はっ! 神が再降臨為された? 私めはどちらの姿で崇めれば良いのでしょうか……どっちもアリ!」

「大司教殿……?」

「はっ! ん、ゴホン。では失礼します」


 取り繕うように咳払いをし、傍に控えている給仕に杯を返してそそくさと退出していった。妙なテンションはともかく……成程、天使ではなく神だったのか。娘は女神だった? アリだな。さすが大司教の位にいる御老人、慧眼である。でも、光神イーツァって男神の像だったんじゃね?


 トテテとミリアルも妻達の方へ戻っていった。それを微笑ましく見送ってるとまた横から声が掛かる。


「我が主よ。祝いの杯を重ね合わせてもよろしいでしょうか」

「ああ、ラーンス、もちろん良いとも。」


 朗らかなそれでいて力強い声は聞くだけで安心に、頼りになると思わせる。濃い茶髪を伸ばして後ろで束ねた少々ゴツイ顔立ちだが美丈夫と言ってもいい。俺よりも背が高く、料理長バルダリオよりはガタイが大きくはないがその分日頃の訓練の賜物か、鍛えられて引き締まった肉体は年とともに今が一番脂の乗っている時であろう。国の騎士団、その中でも錚々たる近衛騎士団の実力の頂点に立ち、団長として束ねる至高の騎士。我がアルクウィル騎士団団長ラーンスロット。分厚い胸板にぶ熱い心を持った勇猛な騎士である。


「お前、こんな時に帯剣せずともいいだろうに」

「こんな時だからですぞ。それに見張りの番がいる手前、自分だけ飲んだくれる訳にはいきますまい」

「相変わらず、無粋だねえ」


 腹心と言ってもいい部下なので、気楽な口調で話しかける。筋肉隆々で逞しい上半身は騎士のチュニック正装っぽいんだが腰には金属製の腰当に帯剣していた。靴も膝まで覆っている金属靴だし。

 コイツ、脳筋だからあまり格好に頓着しないんだよな。多分、副官が忠言しなかったら全身板金鎧フルプレートで参加して来るんじゃね? どこの殴り込みだよ。俺、殴り一発で伸される自信あるわ。


「それに何やら城内が昼下がりより少し騒がしい気がするんですなあ」

「うーん、そりゃあ催しの準備をしてたんだから騒がしくもあろう」


 いまいち俺の言葉に納得していない様子だ。だがコイツの幾多の修羅場を潜り抜けて身に着けた本能的な危機察知で何かを感じたかもしれないから無視は出来ないか……?


「王よ、失礼ながらも今の会話が聞こえたので……お耳に入れたいことが御座います」

「シャスティアか、どうした?」


 目の前に現れたのは、ハイエルン族のシャスティア。宰相を務めながらも王宮魔術師師団長もこなす、我が国の頭脳と言って良い、無くてはならぬ人材だ。いや居なくなったらホントに国終わっちゃうよ? 何か不満があって職を辞めようなら王位を譲ってでも引き留めるわ。魔法の扱いも一流で、魔法使い、魔術師とクラスが上がっていくがシャスティアはその上の魔導師ウォーロックの位に認定されている程だ。たまに機嫌悪い時は、膨大な魔力が駄々洩れするので勘弁してほしい。あんな魔力で魔法を撃たれたら俺、一発で蒸発される自信あるわ。王様よえー。


「この宴の最中、騒がしい事態が生じるやも。ただ王は動ずることなきように」

「ふむ。……暗部は?」

「敢えて動かないようにしていますね。暗殺の類ではないので」

「宰相殿はこのそぞろ心になる訳を知っておいでの様子ですな?」


 分かっていて何故防がない、と暗に含むような口振りのラーンスに片手を挙げて御する。まあ我が国が暗殺を送られる程の喧嘩を売られる情勢にはなっていないし、帝国へのご機嫌取りはバッチリそつが無い。妻達のご機嫌取りには苦労しているが。


「警戒するほどじゃあないと? じゃあ身内の出来事か? 一体何が起きるというんだ」

「そうですね、珍事か、椿事ちんじが起きるかと」

「それ、どちらも同じじゃね?」

「変事か異変でも構わないんですが」

「それ、どちらも同じじゃね?」


 予言めいた事を告げるが、シャスティアは不確定な事柄をあまり言わないのを、長年の付き合いで解っている。推論や仮説を立てまくって構築した理論を述べているに過ぎないんだろう。そのメヌ神も驚く未来予測で、妻の御機嫌加減を前もって教えてくれないかね?


「……んで根拠は?」

「王子と王女」

「把握」


 察したわ。身内の出来事に納得すぎて全く異論がないし。そもそも今此処に居ないのが怪しすぎるわ。演説をした俺達の居る後ろには城の内部に通ずる大扉がある。そこで皆で落ち合って挨拶に赴いたんだが、双子達が現れなかった。まあ別に強制参加でもないが、お祭り好きで料理長に餌付けされているアイツらが来ないわけがないと思う。大方、やんちゃをやらかして此処に来られない事態になっているのだろう。


「しっかし、何もこんな日じゃなくてもいいだろうに」

「まあ、そうですねえ」


 思わずため息つきそうになるのを堪えるが愚痴はこぼしてしまう。


「しれっと何事もないという顔で二人が現れれば、それは既に成しえた後でしょう。もし事が起これば、私も微力ではございますがお子様方の手助けに参ります。どちらにしても王には見守っていて欲しいのです」

「まあ別に満更でもないが……起こる前に止めてもいいんじゃないか?」

「大人では戯れ事に見えても、子供にとっては試練に等しい事案。貴方達にもそんな経験がおありでしょう?」


 俺とラーンスは、その言葉にやんちゃだったガキの頃を思い出し、顔を合わして肩をすくめた。


「子供の頃を引き出すのは、ズルいですよ。教育係殿」


 物心ついた時から全く容姿が変わっていない美しいハイエルンの女性を見ていると、たまに自分だけが成長したような、自分だけが時を刻んでいるような奇妙な感覚に陥りそうになる。非常に容姿が優れていて惚れそうになるかも知れないが、鬼の教育係の姿を思い出すと、先に恐れの気持ちの方が沸いてくるわ。


「ま、やんちゃなアイツらが起こすことくらいなら、酒の肴にもなるだろうよ」

「しかし、分かっていて動かないというのは自分の性分には合いませんなあ……」

「あら、貴方にも相応しい役目がありますよ?」


 考えるよりも身体が先に動く脳筋ラーンスがやきもきする言葉にシャスティアが応える。


「主君に忠誠誓うは騎士の誉れ。御子息もその戒律に入っておられるでしょう?」

「言われるまでもない。騎士道はあれど、子供を守るのは人として当然のこと」

「はい、言質は取りました。では暫く、私にエスコートされなさい」

「ええ……?」

「貴方に筋肉突貫されると、試練がお遊戯になってしまうのよ。私の傍にいて勝手に動かないように、一緒にお食事を召し上がりましょう」

「エスコート逆だし。そこは普通、ダンスの申し込みじゃないか?」

「帯剣するような武骨な方はお断り」


 と俺に臣下の礼をして、じゃあ行くわよとばかりに先に大階段を下りて行った。ラーンスも慌てて俺に礼を取ってから早歩きで後を追って行った。


 俺一人だけ残されたので、妻達の方へ向かおうかと思い辺りを見回すが近くには居ない。階下を見渡すと……俺達が会話している間に既に妻と娘三人でビュッフェの方に移っていたのか、そこで姿を見つけた。あっれー、置いてけぼりじゃん! 文字通りの大黒柱に、もちぃっと気遣いしてくれない? 三人でキャッキャウフフしてる姿を見てると疎外感半端ない。王とは孤高であるな……。泣いてなんかいないんだからね! 俺も混ざるぞおおっ!


 身体強化を使ってジャンピング合流をしたいが、後で殴られるので後ろからご機嫌伺いながら混ざるとするかな。そう考えながら階段を下りていく途中、大広間の外へと続く大扉の方で、黄色い声のような歓声が聞こえた。よく見ると、あれはリーシャじゃないか? 貴族の子供達に囲まれてテキトーにあしらっている様子だ。アルスは一緒に居ないみたいだな……。何時も一緒にいる双子が片割れしかいないのは怪しいわ。シャスティアは見守れとは言ったが、やはり気になるものではある。少しだけ探りを入れてみるかな……。


 俺は妻達の方へ行くのを止め、もう一人の娘、リーシャに向かって歩き始めた。



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