13. する覚悟、される覚悟(後編)




  ◇◆◆◇




 オレは王宮料理人としてこの城に来たけどまだ日が浅く、料理の腕前はそれなりの自負を持ってるがやはり先輩達の方が経験を積んでいるからか、此処ではまだ調理見習いで精進する日々を送っていた。何時かはオレも王族をも唸らせる一品を造るんだと志を抱えて。幸い、先輩達は気さくな感じでオレを可愛がってくれて尊敬の念を覚えている。切磋琢磨するライバル同士だろうけど、仲間意識の方が強い感じがした。ただ気になったのは、料理人としては妙に筋肉質というか、ガタイがいい人が多かった。ある日の休憩中、先輩達との何気ない会話の中で、

 

「お前もいつか一人前になってダンジョンで食材を狩らないとな」


 と、さも当然のようにダンジョンアタックを勧めてきた。冒険者する料理人って何だ? オレ、お城に勤めてるよな? まあ、ダンジョン産の素材を使って料理を作れって意味かな? と、自分なりに解釈した。さすがに王宮だけあって、魔物素材でもレア物が仕入れられるからだ。オレも早く一品を任されるよう頑張らないとな。


 さて、今日は夜会があるから朝から仕込みで大忙しだ。先輩達が腕を振るってオレ達見習いがサポートしながら、その技術を観察して自分の物へと昇華させていく。そうやって次々と料理が出来上がっては、隣の部屋へと保管の為に運んでいった。


 そういえば朝のミーティングでいつも通りの打ち合わせをした後、最後に変な話を付け加えられたな。何でも、王家の方々がひっそりとつまみ食いをなされに来るかもしれないだそうな。別に目上なんだから堂々と味見で来ればいいのに、と軽く受け止めたが、周りの先輩達の反応は違った。その告知を聞いた途端、怒気を帯びた顔つきになったのだ。なかには王子許すまじ、今日こそ卸す、等呟いている人もいた。あれ……? 目上の方が来るって話だよな?


「いいか、奴らは羽虫の如く神出鬼没に現れる。油断せず、見つけたら容赦するなよ」

『おうッ!』


 なんか黒いヤツの話してるみたいだけど、これ王族の話だよな? 不敬罪で物理的に首離れないよな? いつもとは違う変な気合の入った掛け声で締めくくり仕事を始めていったのを、今まで忙しかったが昼下がりにて少し落ち着いてきた時ふと思い出した。


 休憩を挟みつつ、仕事をこなしていく。そろそろ夜会も近くなってきたな。やりがいがある仕事なんで時間が立つのも早い。少し体を解していると、仲間から声が掛かる。お、もうオレが哨戒する番か。

 仕事として覚えさせられた哨戒スキルで見習い同士、交代しながら定期的に調理場を巡回しているのだ。……哨戒する料理人って何だ?


 ふと我に返って疑問を感じた時、前方から騒ぎ声が聞こえた。あっちは夜会の料理が置いている部屋だな。多分、誰も居ないはずだが……気のせいかと思ったがもし料理に何かあったら一大事だと考え直し、部屋を覗き込むと……


 大きな羽虫と共に剣を背負った子供が青丸い魔物に跨って浮遊していた。


 ……どこかの魔物使いテイマーが迷い込んだのか? 魔物そざいならもう解体済みなんだが。

 頭ではそう考えていたんだが、身体は違った。オレの意思とは関係なく、部屋の入口近くに備え付けてある鐘を手にして意識した時には既に厨房の方へと鳴らしていたのである。

 見習いとして不測の事態の為に無意識で咄嗟に鐘を鳴らすまで訓練をした成果が表れたのだ。


 なあ、オレ料理人、だよな?


『ッ!』


 警報の鐘が鳴った瞬間、厨房に居た先輩達のギンっと殺気に満ちた鋭い眼差しがほぼ一斉にこちらへと向ける。

 それは戦場の最前線に構える陣営の食糧庫への襲撃。少ない食糧を狙いに来た敵軍を許すまじと一片の曇りもない憎悪に満ちた騎士達さながらで、その視線を受けたオレも思わず恐怖した。血塗れの魔物用の大きい肉切り包丁を持った人なんか騎士より迫力あるぞ……。あっちの魔物を出汁に煮込んでいる人なんか何かの呪い薬を作っている魔法使いに見えるんだが。そんな魔界からの使者達が一斉に此方へと向かってくる様子にオレは固まって見ることしか出来なかった。


 そして先輩達の奥にて調理をしていた、オーク……いやオーガも斯くやという程の筋肉隆々な体格をした人物もこちらへと顔を向けていた。そう、その方こそ――




  ◇◆◆◇




 しまった!


 捕まえるのに必死で、アルスぼくは思わず声を荒げてしまった。


 夜会も近い中、このお宝部屋を守る為、料理人たちも誇りを賭けて哨戒していたに違いない。騒げば見つかるのも必然であった。哨戒する料理人って何だ?

 ぱっと見、ダンジョン潜ってなさそうな新入りさんて感じだ。ならば付け入る隙があるか、ダンジョン潜る料理人って何だ?


 あ、お構いなく――取っ組み合いのまま、そう声を掛けようとする間もなく部屋に備えてあった鐘を厨房に向けて鳴らしやがった! 早い、早いよ、見敵警鐘調教済みすぎるだろ。


 鐘が鳴るや否や、調理場全体がピリピリとした雰囲気に変わった気がした。


 動くと切り裂かれるかのような空気に僕とグリムオールはピタっと固まってしまう。やがて大勢の足音と共に現れたのは……魔界からの使者たちであった? なんか血塗れ包丁を持った魔物や調理服に怪しい液が付着した魔女がいるんだけど。此処調理場だよね? 料理人だよね? 調理場ダンジョンで宝箱の罠に引っ掛かって魔物が大量に召喚された気分である。


 まさに襲い掛からんとする魔物の群れが突如出入口の方から割れ、奥から誰よりも背が高く、頑強な格幅を持った人物が前へと出て来た。


 自然を愛する熱い種族ドロフであり我が国が誇る王宮料理人たちの長を務める、豚ちゃん……いや鬼ちゃんも斯くやという程の筋肉モリモリな大男、バルダリオの登場である。


 ボスきたー!


 元冒険者で料理好きが高じて料理人とジョブチェンジし、王宮料理長までクラスチェンジした猛者である。今でも料理長自ら先頭に立ち、騎士を引き連れて食材を狩っているというそっちの方まで猛者である。騎士より強いのかよ。王族も胃袋掴まれてるので逆らえない。無敵かな?


 ドロフ族はオドの扱いに長けた生まれついての戦士であるけれど、自然信仰者ドルイドという穏やかな面も持っている。その肉体を活用した農耕、採掘を最も得意としており、血が他種族と比べて濃いからか、肌も浅黒い者が多いのが特徴だ。部族か家系かは詳しく判らないけども、顔や体にタトゥーを刻む習わしがあるらしい。調理服が破けんとばかりな筋肉質に鋭い眼光と顔に刻まれた刻印も相まって、それはダンジョンの主さながらな風格である。いや、もうそのまんまじゃん。

 ダンジョンの主が最奥の手前の部屋へと現れたようなものである。ボス部屋で待機お願いできませんでしょうか。


「ごきげんよう、アルス王子よ。夜会が待ち切れなくて、おやつを催促しに来たのかな? 出来ればもう少し我慢して頂きたいのだが。その方が晩餐も美味しかろう」

「事情があってね。見れば判るけど、今取り込み中なんだ。あ、出来れば手伝って貰えたら助かる」

「それは王子次第、ですな。何時からテイマーに鞍替えしたのかは存じないが、此処は食材しかないですぞ。それとも食材が目当てかな? いや……、既に腹の中に入っているようだ」

「いやいや、此処には来たばかりだから。すぐに退出をす……」

「妖精よ、帝国風はどうだったかな?」

「もうちょっと、とろみが欲しい」

「ミューン、あとでしっぺな!」


 打てば自白するが如く脳を介さないで話す妖精は後でギルティだ! 今は僕がギルティされそうだが。


「ボス、物的証拠がありました!」

ボスて」


 やっぱり此処はダンジョンじゃないか。ていうか、いつの間にかボスの配下がテーブルの下に隠しておいた、僕たちが使用した食器を見つけてるし。

 供述証拠と物的証拠により真っ黒と確信したバルダリオが、一歩前へ踏み出すと同時に傍に控えていた魔物が手にしていた血濡れ包丁を恭しくささっと渡す。オイこら、悪ノリが過ぎるだろ。ボス戦闘形態になったら、冗談にならないくらい似合っていて怖いんだよ! お命、頂戴されそう。


「つまみ食いをするということは、下ろされてもいい覚悟を持っているのだな」

「あっれー、いつの間にか命が上乗せレイズされている!?」

「オ、オレはつまみ食いしてねェぞッ!」

「ほう、ではこの場で一番に捌かれる人物は決まった、な」

「裁かれるんだよね? その包丁使わないよね!?」


 あ、これアカンやつじゃね。今日は蘇生薬持ってきてないよ! 元々ないけど。


 あまりの威圧感と恐怖で、思わず僕とグリムオールはお互いに震えてしまう。

 ダンジョンのボスの号令で、魔物が連携攻撃をかましてきそうで絶体絶命な状況である。

 今日は夜会で多くの料理を仕込まねばならないこの忙しい時に何しとんじゃク〇ガキ、というような顔つきに見える。僕一応王子様なんだけど。建前でも澄ましてくれない?


「観念しろ。王から、不届き者には容赦しなくて良い許可を得ている」

「ク〇父」


 おっと、身内の裏切りにお澄まし出来なかった。成程、君たちの気持ちが良く解った。王め、自分も子供の頃はつまみ食いをしてただろうに! 己のことは棚に上げて何てことをしやがる。ったく、僕だけがこんな目に合うのは癪に障るし、もし僕に子供が出来たら同じ目に合わせてほくそ笑んでやるぞ! ……成程、父さんの気持ちが良く解った。こうやって親の意思は子に継がれていくのか。血は争えないわ。


 ともあれ、この状況を何とか乗り越えねばならない。

 取りうる選択は……悪役王子の如く、不敬罪を言い渡して悪評を買い、城の皆から全無視される。罪を認めて、下ろされる。普段から良い子にしてるおかげかテヘペロで謝ったら赦してくれるのを期待する。


 ……どの選択肢も悲劇にしかならないじゃん。逃げるしか、手はない。


(お、おい……ここは逃げないと十枚下ろしされるぞ)

(オマエ、王子だよな!?)

(前に、悪役領主ゴッコでおやつを十倍に増やせと無茶ぶりしたので恨まれてるかも知れない)

(オマエ、オレ様より邪悪じャねェ?)


 脱出する手立てはある。厨房の方ではない、もう一つの本館へと繋がっている出口から逃げるんだ。しかし魔物たちがそうはさせまいと行く手を阻んでいる。僕たちはそれを浮いたまま対峙している。そう、浮いているのだ! 今はコイツに抱き着いたまま、宙に浮いたままなので、包囲網を飛び越えて出口まで行けるのではないか。ふはは、地の利は我が軍にあり。今こそテイマーの真髄を見せてやろう。あ、王子だった。さあ、火トカゲより早く飛ぶのだ!


「ほら、飛んで逃げるぞ!」

「オ、オウ!」


 高尚でもない気持ちで奇妙な一体感を得た僕たちは希望という光に向かって飛び出す。


 真っ直ぐ、天井に、向かって。


 ……えっ天井!? グリムオールが丸っこい体形で顔を天井に向けたので僕は腕に掴まって半ばぶら下がった状態になる。スピードを落とさず浮き上がっていくのでぶつかると焦って思わず手を放してしまった。そしてヤツは――そのまま天井をすり抜けて消えていった。

 ああ、そうだよね……。もし幽霊ならそうするよね。誰だってそうする。自分だってそうする。だけどね……


 ここは普段いがみ合ってる者同士が共通の敵を前に共謀するのが劇場脚本の定番だろ!


 落下しつつも頭は冴えてて、周りが遅く見えるような中、くだらないツッコミをして受け身を取ろうかと身構えるが、いつの間にか僕の真下に来ていたバルダリオが落ちてきた僕を受け止める。襟首をむんずと掴み軽々と片手でぶら下げられた。

 目の前まで持ち上げられ対面した寡黙なボスの眼光に負けて視線を外す。あ、詰んだわ。


 これはアレだね、ダンジョンのボス戦で決着つくまで閉じ込められて逃げれないあるあるだよねー。


「何か言い残すことはある、か?」

「……ゴメンね、テヘっ」




 この後、めっちゃ皿洗いさせられた。因果応報である。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る