12. する覚悟、される覚悟(前編)




(おお、本当に来やがった……!)

(張り込みを提案した人が何言ってんの?)


 咄嗟にペンダントを手で覆って光を遮りつつ、死角であろうポイントまで音を立てずに移動する。ヤツに気付かれないところまで着いて首飾りから手を離した時には光が消えていた。切り替えの術式を組んでるのかな。とりあえず僕とミューンは物陰からそっと覗き込んで様子を伺う。誰も居ないと思ったのだろうか、鼻歌まじりで部屋を見回している。その完全に油断しきっている姿を見て、僕はほくそ笑む。

 これも普段からの善因善果のお陰だろうか。魔王と遭遇からのご都合主義が続く展開に今が人生の絶頂期かと浮かれそうになる。マテ、それだとまだ子供なのに後の人生衰退しかないじゃねーか。だがこのフィーバーな強運ならば、また新しく覚えた不正イカサマがシャスに通用するかもしれない。ようし、リベンジやっちゃうゾ!


 魔王討伐な野望を抱きつつも、悪霊の一挙手一投足を見逃さないよう目を凝らしている。アイツ足ないけど。


 そんな揚げ足はともかく、グリムオールは料理が入った皿の方に近づき、おもむろに蓋を開けた。いよいよ悪戯を仕込むか! と思わず止めようと中腰になる。だがヤツは一瞥しただけで何もせずに蓋を閉じ、他の皿や鍋にも目もくれずに部屋に置かれている予備の積まれた食器の方へと向かって行った。……何だ? 行動指針がらしくないと感じつつ、観察を続ける。


 悪戯をする対象を前に気合を入れたのか短い腕をまくり上げる様に挙げてから、行動に移した。裏返して埃が入らない様にしていた器を逆に向けたり、違う種類で分けて積んでいた食器を交互に積み替えたり、食器棚の引き出しを開けっ放しにしたり、滅多に使わない調理器具を前面に押し出し、使いそうな器具は奥に引っ込めたり……


 せっっっこ!


 なんつーせこくて地味なことしてるんだよ。僕は思わず嘆息する。今日日きょうび其処ら辺の悪戯小僧だってこんなことしねーよ。悪霊らしく、つまみ大食いしたり、魔王の靴を隠したり、綺麗なところに指を滑らしてアラ、埃がありましてよ? と従者にいびり姑ゴッコしたら腕を掴まされて指が赤くなるまで涙目でチェックさせられたりしろよ! あれ、自分の方が邪悪ぽくない? 魔王への悪戯なら僕協力するよ? もうアイツ、放っておいていいんじゃないかな。やってることがミューン並みのくだならさじゃあね。


(うわー、アンタがやりそうな悪戯ね)

(……)


 お互いをどういう目で観ているか良く解った。よろしい、ならば戦争だ。

 妖精族との国交断絶を辞さない覚悟で一触即発の危機になっているのを背にグリムオールは鼻歌しながら陽気な感じで悪戯を続けていた。その後ろ姿は、アラアラ、こんなにしてしょうがないわねー、と子供の片付けをする親みたいであった。やってることは真逆だけど。


 まあしかし見逃すわけにもいかないので、真面目に試練をこなそうか。


 さて、ここで剣を振り回すのは宜しくない。暴れてテーブルを倒したり、料理を落としたりするのは避けなければならない。現状では捕らえるのが最良かな。だが相手は幽霊系ゴーストタイプで透過持ちである。強い魔力を擁するモノには透過出来ないことは先の戦いで立証済み。だけども果たしてヤツを掴めるのか。ヒトは誰しも魔力を少なからず持っているが、少ない魔力だと人体をすり抜けれるかもしれない。されたら気持ち悪そうなんでご遠慮頂きたいから、堅実に行きましょう。そう、魔力オドを多くすればいいじゃなーい。




 魔術に詳しくない人々からは一括りに魔力と呼称されるが、厳密には外魔力マナ内魔力オドに分類されている。


 内魔力オドは全ての生物が宿した体内を巡る魔力マナである。諸説や一部の方々は”氣”と呼んだり”聖気”、”邪気”など解釈と考察を論じているらしいが、僕は学者じゃないし王子様なので別に理解出来れば呼び方には気にしない。時によって言い分ければ良いだけだ。

 外魔力マナはこの世界を内包、循環する魔力のことを指す。創世記で語られる源龍の想いが万物の活力、すなわちマナになった。魔法はマナを操り、自らのオドと融合出来て始めて発動する。それが出来る資質を持つ者だけが魔術師、魔導師と呼ばれるのだ。ちなみに魔法にも旧魔術、フェーン魔術とあるのだがそれは省略。


 神々の戦いの時、ヒトという眷属は尖兵として造られた。平均的に卒なくこなすヒューマン族、精霊とマナの扱いに長けたエルン族、 力強い生命を持つドロフ族、 物を創りだすロット族、戦いの補佐をするリトルリーフ族。

 マナが得意な者、オドが強い者、両方使える者、使えないが知識や技術で支援する者。それぞれの長短を合わせて闇の眷属と争ったのだ。


 マナやオドの扱いが巧いのは勿論戦いにおいて有利だが、だからといって、日々の技術の研鑽や体力作りを無碍には出来ないし、無駄ではない。筋肉は嘘付かないと常々騎士団長脳筋も言っている。それに加えて、マナとオドという力を使いこなせねば、英雄へと為しえないだけだ。そうでなければヒトの眷属よりも何倍もデカい魔物を相手なんぞ出来ない。大人が赤子を軽くあしらうが如く、大きさとはそれだけで脅威だ。矮小なる我らが闇の軍勢に対抗しうる力、大物殺しジャイアントキリングを光の神々は与えたもう。後はそれを使って罠と数の暴力で行ってらっしゃい、と神は突貫役を命じたのでした。もうちょっと楽に出来る力をお恵み下さい。

 そうして神々は内輪揉めによって荒れた大地を去り、残されたヒトや魔物の楽園となったのである。あ、これはあくまで僕の個人的な解釈なんで責任持ちませんよ?




 長々と解釈垂れたけど、要はオドは脳筋戦士用魔力、マナは凝り性魔術師用魔力と区別すれば解りやすい。そして僕はオドが強めでマナも少し扱える万能型オールラウンダーなのだ! 器用貧乏ではない。決して、飽きっぽい性格に合ってるとかでもない。だから初級魔法のライトを扱えるし、こうやって……内魔力オドを活性化し、魔力を身に纏うことも出来る――!


 これは身体強化アクセルという文字通り身体能力を底上げするオドの術の手前の状態ってとこか。魔力を練り上げて操作したのである。僕はまだ子供で未熟なので魔力は多くない。身体強化をするとすぐに魔力切れになってしまうので、身体の前面と特に両手を覆うように省魔力で操作した。それを維持したまま、油断仕切っているヤツまで素早く近づく。間合いに届き、大きい木や岩に抱き着くみたいに後ろから体を広げて飛びつき両腕をがっちりと掴んだ。


「つっかまーえた!」

「ゲエェェーッ!?」


 跳躍して上から奇襲の形で体重を掛けたので、ヤツは動揺したのか浮遊感が途切れて組んだままポテっと地面に落ちる。

 このまま部屋の外……潜入した方とは別の出口へと引き摺り出すのが良いんだけど、状況を察したのかグリムオールが抵抗し始めた。くっ……思いのほか力が強いな。気を散らす感じでコイツに話しかける。


「ところでお前、なんで料理には悪戯しないの?」

「バッカヤロウ! つまみ食いはいいが、丹精込めた料理を無駄にすることは許さん!」

「ええ奴やーん」


 ミューンの好感度が上がった。おい、騙されかけてるぞ。一見良い奴に思えるが、ロクデナシしてる奴が捨てスライムを抱いていたら胸キュンキュンするような勘違いだからね。溶かされるぞ。


 ――解説しよう。人の情念で生まれたグリムオールは戦乱時において食糧難の貧苦の念をも取り込んでいるのだ。食い物の恨みは恐ろしいぞ。食い物粗末ダメ。大自然の恵みに感謝を。あれ、良い奴じゃない?――


 マウントポジションを取って徐々にだけど出口へと引っ張っていくが……この時、僕は気付いていなかった。コイツの大きさに。先の僕たちとの闘いで、ダメージを受けて縮んでいたのが、最初会った時と同じくらいまでことに。子供一人くらい背負って浮くことなんてわけなくできることに。


「テメェ、いいかげんに離しやがれッ!」

「わっ!?」


 拮抗しているうちに僕を抱えたままヤツが奮起をして天井近くまで浮き上がってしまった。今更手離すわけにもいかないので、体重を掛けて下ろそうとしたけど上手く行かない。


 そして互いに声を張り上げて罵りながら争っていたからか、騒ぎを聞きつけて部屋を覗きに来た料理人と目が合った――――



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