第10話 リアティルドの心情

正直魔王なんて大したことないと思っていた。こっちはS級精霊だし、魔王なら3分は掛かりそうだけどその妹なら一瞬で殺れるって。だからメルティと一斉に攻撃を仕掛けた。女性一人に二人でだなんて私達精霊のポリシーに関わるけど魔王に関わる者をそのままにしとくわけにはいかなかった。だからなるべく痛みも分からないくらい一瞬で追い詰めて倒そうと思ったのに・・・。


そこは流石は魔王の妹と言うべきか。突如大きな石の塊を出した妹さんはそのまま私達に向けて落としてきた。


すぐに受け止める体制に入るけれど妹さんの攻撃の威力が私達を上回った。


メルティだけでも助けようと手を伸ばすけど大きな影が近付いてきて瞬時にそれは叶いそうにないと思い知った。


最強精霊が二人居たにも関わらず少しも傷付けられないなんて情けない。精霊だからそう簡単に死にはしないけどきっとこの人に監禁されて外に一生出して貰えず酷い仕打ちをたくさんされるに違いない。私は悔しさにそっと目を閉じた。



「う、ん…此処は…」

「あっ、目覚めた?」


目を開けて真っ先に視界に入り込んできたのは魔王の妹さんだった。


悪あがきに後ろへと下がるが案外すんなりと移動出来た事に違和感を覚える。


「え、手錠は?」


なんと手錠などで縛りもせずにベッドの上に寝かされた状態だったのだ。


「あのね〜!流石にそこまでしないわよ。貴方達を連れて来たのは念の為、ね?」


妹さんは私の言葉に怒ってる様だった。



魔王の妹と言えどそれは流石に失礼でした。


反省するとします。


それは兎も角此処から逃げる方法を考えなくては。・・・メルティは?


「何処に居るのメルティ!」


「あ、あぁ〜・・・メルティならそこのソファーに」


妹さんは困った様に頬を掻きながら視線をソファーの方に向けた。そこにはソファーの上ですやすやと気持ち良さそうに眠っているメルティの姿が。


敵の在り処で良く眠れますね!私達このままだと殺されるんですよ!?


ゆさゆさと揺らして起こしてみるけど全く起きる気配がない。それを見兼ねた妹さんが


「気持ち良さそうに眠ってるしもう少し寝かせといてあげて」


なんて優しい人だろう・・・じゃなくて!


「こんな危険なところで寝かせられるわけないじゃないですか!」


キッと睨みつけるけど妹さんは力なく『アハハ…』と笑うだけだった。


「別に私は貴女達に何かしようとしてるわけじゃないのよ?貴女達がなんで魔王をそこまで許せないのかも分からない。・・・魔王が何をしたのか教えてくれる?」


真剣な眼差しで問う妹さんに魔王の悪事を言って良いのか分からなくなる。確かに魔王の悪事は許せることじゃないけどそれを身内の方に言うのは心苦しいものがある。だけど、やっぱりこのままにしとくわけにはいかなかった。これはいけないこと…それを教えてあげなくては。


「ま、魔王はとんでもない奴です。これまで魔王にはたくさんの人々が泣かされてきました。」

「ま、魔王は一体どんな酷いことを?」


妹さんの緊張が伝わってきてこの先を本当に言って良いのか躊躇ってしまう。


だ、ダメだ!言うって決めたんだから!


首を横に振って再度口を開く。


「魔王は突如街の食堂に現れ笑いながら言ったのです」

「な、なにを?」

「・・・・・・・此処にある全ての食べ物を寄越せと」

「・・・・・・んん?」

「それだけじゃありません。泣いて泣き止まない赤ん坊を母親から取り上げ、空の旅と言って空高くへと上って行ったのです!私達が着いた頃には気絶してる母親の隣で楽しそうに笑ってる赤ん坊が居ました。」

「な、なるほど。確かにそれは恐ろしいわね」


俯きながらぷるぷると震える妹さんにやはりこの事実は辛かったかと思い知る。


おのれ、魔王め!こんなに自分を心配する妹さんを悲しませる様な事をして!


他のお客様が居るにも関わらず食料を全て寄越せなどなんとも横暴すぎる!しかしその後何故かその食料の金額以上のものを置いってたみたいだけど。あの母君だって自分の子供がいきなり得体の知れないものに奪われ空へと消えたときは気が気じゃなかったことだろう。でもその赤ん坊は決して泣き止まなかったのに空から戻ってきた時はずっと笑っていたらしい。


とにかく、魔王に皆困ってるのだ。いつかは誰かが魔王を倒さなければずっと悪夢を見続けなければならない。


でもそれは今日じゃないと思い知った。


魔王の妹さんにも勝てない様じゃ魔王に勝つなんて無理な話だ。


「貴女は知らなかった様ですので今回のところはもう良いです。ですが伝えといてください。いつまでも逃げれると思うな、と」


そう言って妹さんの横を通り過ぎメルティを起こそうとする。しかしその直後に聞こえたのは妹さんの地を這うような声だった。


「許せない・・・」


妹さんの口から零れたのは『許せない』、『呪ってやる』と言った魔王を恨んでるかの様な言葉だった。


「リアティルド!」

「は、はい!」

「許すですって!?そんなの良いわけないでしょ!あの人にはどんだけ困らされたと思ってるの!いい!?貴女達は一生魔王を許してはダメ!!」

「りょ、うかいです」


妹さんはこちらにゆらゆらと近付いてきて肩を掴むとそのまま激しく揺らしてきた。痛いので正直止めてもらいたい。魔法は最強だが、体は普通の女の子と一緒なのだ。普通に怪我するし普通に酔う。だけどそれを妹さんに伝える勇気は今の私に持ち合わせてなかった。


「ん〜…?なになに、なにごと〜?」


緊張感の漂うこの場に似つかわしくないのんびりとした声が聞こえてきた。


おのれ!今まで散々寝てた癖に起きるタイミングも悪いって何事だ!でもこの空気に堪えられなかったから今回ばかりは感謝します。


「メルティ、遅いですよ!?此処にはもう用はないですからさっさと帰りましょう!」

「えぇ〜?リアティルドは何をそんなに慌ててるの?」


手を引っ張って外へ連れ出そうとするけどメルティは寝惚けてるのか動こうとしなかった。その間に妹さんが私達の間に割り込んで肩を掴む。


「・・・まだゆっくりして行っても良いんじゃない?もっと二人と話したいなー?」

「あれ?どうして魔王の妹君が居るの?」


そりゃあ妹さんの家ですからね!


妹さんはにこにこと笑みを絶やさずに私達を見つめていた。その笑顔がどこか魔王を感じさせられる。




もう逃げることは不可能だと思い、私は肩を落とした。

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