第3話 セルジュ・アンドレの狂愛

俺の大切な女性を裏切ったあの女を俺は絶対に許さない。


俺、セルジュはこの学園に通ってすぐの頃彼女に出会った。美しいセミロングの銀髪、金色の瞳・・・。他の御令嬢とはどこか違う見た目に俺は惹かれたんだ。誰かと話したい、親しくなりたいと自分から思ったのは初めてだった。それからは毎日彼女に話し掛けた。最初は国を支える四大家系の御曹司だからと言ってどこか他所他所しかった彼女だったが次第に打ち解けてくれたのか自然に笑うようになっていた。そんな彼女の笑顔を見たら胸がキュッと締まる感じがしたんだ。恋をちゃんとしたことがないけどこれが恋なのだろう。そう思うくらい俺は彼女・・・ミスティアにゾッコンだった。


だけど最近、ミスティアの様子が変だ。どこか遠くをボッーと見つめてることが多くなった。けれど俺が話し掛けたら驚いた様に目を見開き焦点が合うとすぐに笑顔を取り繕う。どうしたのかと理由を尋ねたら『なんでもない』と必ず答える。俺じゃあ頼りないのか・・・。いや、ミスティアは優しいから一人で抱え込んで溜め込んでるだけだ。


ミスティア、安心して?俺が君の不安を取り除いてあげるから。


次の日から俺は、ミスティアの周りを監視する様になった。ミスティアに話し掛ける者全てを。女生徒に男生徒、教師までも怪しいと疑った。でもミスティアは話し掛けて来る生徒全員に笑顔で接していたのだ。それを見てミスティアは美しく、魔力も高い事からこの学園の人気者だった事を思い出した。そんな事実にもやもやしながらも凄く安心する俺が居た。人気者の彼女に何かする輩が居る筈ない。居るとしたら彼女の美貌に嫉妬する者だろう。


・・・まぁ、ミスティアに触れたあの男子生徒は後で脅しとくけど。


取り敢えずはミスティアの身に何もない事に安堵して自室に戻ろうと種を返した。そんな時、コソコソとひとつの影が立ち入り禁止部屋に留まってるのが見えた。


そこは危険な薬品とかがあるから一般人が立ち入っては駄目な筈だけどな。ここの教員でさえもちゃんとしたプロの方しか立ち入っては駄目な事になっている。ここは生徒会長に知らせるか。いや、ここからシリルの部屋までは遠すぎる。ならば俺が直接注意を促せるしかないだろう。そう思って静かにその部屋の中を覗いてみるとなにやら一人の御令嬢がコソコソと戸棚を開けていた。


「・・・そこは立入禁止の筈だよ。」

「ひぅっ!せ、セルジュ様!?」


俺の気配に気付くことなく目の前の事に夢中になってる御令嬢に出来るだけやんわりと声を掛ける。するとその御令嬢から出たのは色気とは程遠い小さな悲鳴だった。


「ど、どうしてこちらに?」

「ちょっと用事があってね。で、今何隠したの?」

「あっ、そのぉ・・・」


御令嬢を壁際まで追いやって問いかけると御令嬢は頬を薄っすらと紅く染め視線を彷徨わせていた。


「・・・ねぇ、教えてよ。」


なかなか口を割ろうとしない御令嬢の耳元で甘く囁やけば御令嬢の体が震えたのが分かった。本当はこんなの俺の柄じゃないからやりたくなんてない。ましてやミスティア以外になんて。俺が愛を囁くのもこんな風に近付くのもミスティア以外真っ平ごめんだ。でも俺はやるよ?ミスティアの為にね。


「ご、めんなさい・・・」


暫しの攻防戦後、やっと観念したのか御令嬢から肩の力が抜けたのを感じた。そして謝罪と共に目の前に突き出される瓶状のもの。その中には緑色の液体が入っていた。


「・・・私、ある方に頼まれてミスティア様に害を及ぼそうとしていたんです。」


・・・別にミスティアの事は一言も言ってないけどこうも簡単に明かしてくれるとは。伝える手間が省けて助かるな。


さて、問題はこの御令嬢が言っていた“ある方”だけど・・・。誰がミスティアにそんな事を?ミスティアが誰のモノか分かっていてしてるのか。いや、分かってないだろうな。分かっていたらそんな恐れ多い事をする筈ない。ならばソイツを突き止めてその命を持って償わせるしかない。勿論、全生徒の前でね。そしたら今後ミスティアに何かしようとする輩が消えるだろうし。ミスティアには笑顔が戻って俺は邪魔な虫が消えて一石二鳥ってね!


「成る程ね。それじゃあ、その者の名は?」

「っ、それは・・・」


御令嬢は辿々しくだがなんとか言葉を繋ごうとしていた。そんな彼女を見て自身が優位に立ってるこの状況に口元が緩みそうになるのを必死に隠しながら次の御令嬢の言葉を待った。


「・・・あら?何をなさっておるのですか?」

「っ、イザベラ様。」


彼女は確か、イザベラ・マリエールと言ったか。ミスティアとは真逆の厚めな化粧、お世辞にも品があるとは思えない長い赤い爪、彼女がこちらに近付くにつれて漂う強烈な薔薇の匂い。どれもが不愉快極まりないものだった。


「ごきげんよう、セルジュ様?」

「・・・やぁ、マリエールさん!」


折角もう少しで犯人が割り出せるかと思ってたのにこの女邪魔しやがって。


そう思っていても顔に出してはならないと心掛けて笑顔で接する。そしたらイザベラ・マリエールと言う女は口元を緩ませて俺に肌を密着させてきた。


「こんなところにわざわざ貴方様の様な方がいらっしゃるのには何か訳があるのでしょう?私に言ってくださればお助けしますわよ?」


御令嬢の癖にはしたない紅い口紅を付けたまま女は口元を歪ませた。


「別に。ただ彼女が立入禁止の場所に立ち入っていたから注意してただけだよ。」


それに嘘偽りはない。本当に最初は注意をしようと近付いただけ。そしたら彼女が如何にも怪しい物を持っていたから結果的に問い詰めることになったけど。


「まぁ!生徒会長でもないのに熱心なのですね!」

「・・・シリルの手を煩わせるわけにはいかないだろ?」


これは嘘。シリルのとこにわざわざ行かないのは俺のやってる事が本当は私事だからだ。見回りなんて面倒事、俺がやる訳ないだろ?それなのにこの女は本当に感心してるかの様に胸前で小さく称賛の拍手を行っていた。


「流石ですわ、セルジュ様。貴女もあまりセルジュ様を困らせてはいけませんわよ?」

「あっ、はい・・・申し訳御座いません。」


そう言って頭を下げる彼女を見下ろしてるとイザベラ・マリエールが『嗚呼、そう言えば』となにか思い出したかの様に口を開いた。


「貴方が持ってるその緑の液体、確かバレット様もお持ちの様ですが最近は変わったものが流行ってるのですね?」


バレット・・・?どこかで聞く名前だけど。


『ミシェル・バレットって言うんだけどね、その子が本当に面白いの!』


・・・そんなまさかな。


「その方はもしかしてミシェル・バレットって言う御令嬢かな?」

「まぁ、流石はセルジュ様ですわ!全生徒の名を覚えてるとは。えぇ、その通りですわ。ミシェル・バレット様がそれと似た物をお持ちです。」


衝撃だった。彼女の親友が彼女を殺めようとするなどそんなのある筈などない。そう、信じて居たかった・・・。だってその御令嬢の話をしてる時のミスティアはとても輝いていたから。生き生きとしてたから。それこそ俺と居る時よりも。何度その御令嬢に嫉妬したか、憎んだか。いいや、そんな事はどうでも良い。本当にその者がミスティアに危害を加えようとしたのか確かめるべきだろう。もしそれが本当なら・・・。


俺が、始末するしかない。


腰に収めてある剣の柄を握り締めながら大切な者を守る為、決意を強く固めた。



そこからすぐに俺は行動に移した。まずはシリルにミシェル・バレットの持ち物チェックを行う様に直談判しに行った。だがシリルは首を振って了承を得てはくれなかった。


「・・・ミシェル・バレットが本当に何かしたと言う証拠があるのならお前の言う通りにしてやろう。しかし、ただの思い込みで学園の生徒を困惑させるのは感心しないな」


思い込み?だったら何だ。ただの思い込みだろうと関係ないんだよ。ミスティアを守る為なら全ての人間を疑って問い詰めたって良いんだから。そう思っていても反論出来ないのは鋭い翡翠色の瞳に睨まれたからだ。俺は昔からシリルの瞳が嫌いだ。全てを見透かすかの様な瞳。力強く人々を魅了させるその瞳が大嫌いなんだ。多分、シリルがミスティアの事を好きになってしまったら勝てないだろう。そこはシリルが自分の気持ちに疎いのに感謝する事にしよう。


しかし、シリルの頭の硬さは相変わらずの筋金入りだ。ミシェル・バレットはほぼ黒確定なのに。こちらには目撃者やミシェル・バレットを手伝ったと思える女生徒だって居るのだ。・・・そうだよ。その女生徒に手伝って貰えば良いんだ。まぁ、手伝って貰うと言ってもミシェル・バレットのバッグを持ってきて貰うだけだけど。だけだと言っても他者の持ち物を勝手に持ち去るのは立派な罪に問われる。あっさり引き受けてはくれないだろう。でもあの御令嬢からしたら今更って感じだろう。だってもう既にミスティアを殺めようとした罪に問われてるのだから。本当は今すぐに告発しても良いのだが今回はそれを利用させて貰うとしよう。


ミシェル・バレットのバッグを持ってくること・・・。それが今回の事に目を瞑る条件だ。



早速俺はあの女生徒を個室に呼び出した。こんな話、他の者に聞かれたら困るからね。


女生徒はあの時の事があるから俺を警戒してる様だった。しかし俺を見つめる不安げな表情は呼び出された理由に見当でもありそうだ。その期待に応える様に今回呼び出した理由を述べて、手伝って欲しい事も伝えた。最初は首を振って無理だと言っていたが思った通り軽く脅せば顔面蒼白になりながらもすぐに頷いてくれた。



暫く待っていると女生徒が罪悪感いっぱいの顔で俺の前に現れた。あまりにも遅いから逃げたかと思ったけどそんな馬鹿な事する訳ないよね。俺から逃げれる訳ないんだから大人しく言う事聞いとかないと苦しい目に遭うのは自分なんだから。


取り敢えず女生徒からカバンを受け取り中身を拝見させて頂こうとジッパーをゆっくりと開けた。


魔力底上げの本に、最強剣術士になる本?なんだ、これは。何故、Bクラスの奴がこんな本を読んでいるんだ。魔力なんて簡単にあがる筈ないし、Bクラスの奴が最強の剣術士になるなど 以ての外だと言うのに。


そんな事よりも早く証拠を探さなければ。無造作に本を置いて再びカバンの中に手を突っ込んだ。本を二冊抜いただけでカバンの中が凄いスカスカだ。彼女は普段からカバンにあまり詰め込まないタイプなのか。でもそのお陰もあり目当ての物はすぐに見つかった。目の前の女生徒と同じ類の瓶に入った紫の液体。見るからに女生徒が持ち出そうとしていた緑の液体よりも危険な物だろう。これをミスティアに使われていたら今頃・・・。考えただけでも身の毛がよだつ思いだ。


シリルにこれを提出すれば流石に動かざるを得ないだろう。丁度明日は学園でパーティーが開かれる予定になっている。その時を狙って今までの悪事を公にしてしまおう。嗚呼、明日が楽しみだ。これでやっとミスティアに笑顔が戻る。邪魔者が消える。・・・俺だけを見てくれる。そう考えたら自然と口元がにやけてしまった。



瓶を抜いたバッグをさっさと御令嬢に渡して再び生徒会室へと足を運んだ。一応断わりを入れて中に入ると何か言いたげなシリルを押し切って例の瓶をシリルの目の前のテーブルに置いた。その瓶を見たシリルは目を見開いて、俺と瓶を交互に見てきた。


流石はシリルだ。この瓶が何なのか良く知ってる様だった。仕方あるまいと言った感じで立ち上がってどこかに連絡し出すシリルを見つめながら本人にバレない様にほくそ笑んだ。


本当は俺からしたらミシェル・バレっトがやっていようが、やってなかろうが関係ないのだ。ミシェル・バレットと言う女はミスティアの心の大半を奪っている。たまにあの女の話をしてる時にミスティアは頬を染めながら話していた。もしかしたら友達以上の感情を抱いてるのかもしれない・・・そう思った事もあったが断じて違うと願いたい。だって、ミスティアは俺の恋人なのだから。告白をしたらすぐに頷いてくれた。ミスティアが愛してるのはあの女ではなくて正真正銘俺なんだ。だが生かしておいても後々面倒なだけだ。だから明日、全て終わらせようと思う。ミスティアを誑かしたとして公開処刑させて頂こうか。すぐに斬り掛かっても良いんだけどそれじゃあミスティアを悲しませてしまう。だから向こうからこちらに弁解しようと近付いてきたら誤って斬ってしまったと言う事にしてしまえば優しいミスティアはこちらに寄り添って味方をしてくれる筈だ。ミシェル・バレットも無実は勿論、真実だとしても決して認めないだろう。


自分でも実に頭が冴えてると思った。きっとこの作戦は上手く行く。そう、信じて疑わなかったんだ・・・ミシェル・バレットの言葉を聞くまでは。





「ミシェル・バレット、この瓶はお前の持ち物だな?」


ミスティアと楽しげに話してるミシェル・バレットに近付くシリルを筆頭に立つ俺達、A組。いきなり話し掛けられたミシェル・バレットは勿論のこと、ミスティアも驚いてる様子だった。不安げにこちらを見上げるミスティアが堪らなく愛おしい。安心させる様に微笑めば反対に不安を加速させた様だ。今度はミシェル・バレットの方を心配そうに見つめていた。


ミシェル・バレットがミスティアを虐めた・・・そう結論を付けてミシェル・バレットをこの学園に置いとけないとなった。シリルが突き出した退学処分の紙を見てミシェル・バレットは固まっていた。きっと次の瞬間には許しを許しを請う筈だ。そう思っていたのに、ミシェル・バレットが言ったのは誰もが思っても見なかった事だった。


「・・・分かりました、早々にこちらを去らせて頂きます。」


なんと、ミシェル・バレットは去ると言ったのだ。正直意外だった。今まで問題を起こしてきた生徒は全員、許しを得ようと見苦しくも土下座までしていたのだから。まぁ、俺達A組に情など存在しないから全て切り捨てたけど。だから今回も見苦しい言い訳を聞かされるかと思ってたのに。


どうして、認めるんだよ。外がどんなとこなのか知ってるだろ?ミスティアや皆の前で見苦しく頭を下げろよ。そう思っていてもそんな表情を見てしまえば何も言えない。意地を張ってる様に見えない、本当に心からそれを望んでるかの様な穏やかな笑み。それはシリル達、皆も一緒みたいで。ミシェル・バレットが立ち去る間誰も何も言えずにただ、ミシェル・バレットの後ろ姿を眺めるしかなかった。



やっと動けたのはミシェル・バレットが完全に立ち去って暫く経った後の事だった。ハッとなって俺の腕の中に居るミスティアを見ると小刻みに震えていた。


もう、大丈夫。悪女は完全に立ち去った。これで君を虐める者は居ないよ。だから笑って?ミスティア・・・。


そんな願いを込めて、未だに震えてるミスティアの髪に優しく口付けした。



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