6.共同任務

「その顔を見ると、招集された理由もおおかた見当が付いているのだろう?」

「……エンデギの新興宗教絡み……でしょうか」

「そうだ。黄昏のウルタミシュ、並びに白昼のクセルクセス。そなたらに新たな任務を言い渡す」


 数日後、ウルタミシュとセルセは代理人の前に立ち、新たな任務を言い渡されていた。潜入任務に行きたいというセルセの希望は叶えられた。誇らしげなセルセとは対照的に、青い髪の側近が苦虫を噛み潰したような顔をしていることから、どうやらひと悶着はあったとみえる。

 代理人のアーラーストヤ・ベグは、癖のある白髪をクルクルと弄びながら任務の内容を告げた。


「調査の結果、ロンギア共和国が関与している可能性が高いと分かった。件の宗教はロンギア工作員の助力の下『神偶創造』を行おうとしている。故に、我ら教団のみでは対処困難と判断し、同盟守護者の協力を仰ぐことにした」


 側近が深刻な顔で続きを引き取る。ウルタミシュは、自分が何をすればよいかに焦点を当てて話を聞いていた。あれこれ考えて立案するのは上の仕事だというのが持論である。


「エンデギの鳥葬場からの遺骨の持ち出し、並びに多発している人攫いについても、新興宗教の仕業と考えるのが妥当であろう」


 平静を装いながらも、急に出てきた聞き慣れない言葉の羅列にウルタミシュは困惑した。ロンギア共和国は大陸南西にある超大国だ。それが何故遠く離れたエンデギの出来事に関係するのか。神偶創造が何なのかもさっぱりわからない。同盟守護者……それだけは聞き覚えのある単語だった。しかも、つい最近。


「この場に、同盟守護者のお二人を招いた。……代理人から、同盟守護者の方とウルタミシュはイコラントで面識があると伺ったが、そうなのか?」

「……あまり良い思い出というわけではありませんが、一応は面識があります」


 やって来ている同盟守護者がその二人かどうかは知らない。

 側近の指示で、客間に繋がっている横の扉が開かれた。扉から現れたのは、知り合いとはいえる女が二人。ウルタミシュは渋い顔をして腕を組んだ。


「イレーヌ、ジャネット……」


 イレーヌ・ラ・トゥールとジャネット・バロー。イコラントで聖剣ヴァザメラクを巡る逃避行をする羽目になった理由の二人である。ところで、代理人には二人と知り合ったなど伝えてはいない。


「ウルタミシュ! 久しぶりー! ってそんなに昔じゃなかったっけ」

「また会えて嬉しいわ」


 同盟守護者の二人は、やけに気さくにウルタミシュに話しかけてくる。親しげな様子に、セルセが二人との関係を尋ねた。


「知り合い?」

「少しだけ。聖剣絡みで関わりがあったくらい」


 あからさまに触れてほしくなさそうな様子を見て、ウルタミシュから詳しく訊くのは諦める。おほん、と側近の咳払いで話が続けられた。


「偵察と事後処理は我々が、潜入は同盟守護者の方と称号持ちの二人が行う予定です。イレーヌ・ラ・トゥール殿と我々はエンデギの封鎖及び緘口令について話し合いを。そして、ジャネット・バロー殿は不死隊の二人に説明をお願いしたく」


 同盟守護者も二人だけで来たわけではないそうで、兵を使ったあれこれについて話合うらしい。話し合いのためにイレーヌと代理人達はぞろぞろと客室に退去し、場にはウルタミシュとセルセ、ジャネットが残された。


「えーと、そちらがクセルクセスさん? どこから話したらいいのかしら」

「どうぞセルセと呼んでください。僕達は、実は何も分かってなくて……任務の内容も知らされていないんです。ねっ、ウルタミシュ」

「…………」


 セルセは気を遣うようにウルタミシュの様子を窺う。ウルタミシュは腕組みをしたまま、ジャネットの方を最大限に警戒していた。


「聖剣が所有者の下に戻るのは確認済みよ。今回は聖遺物関連じゃないから安心して。起こっていることと、行われようとしていることについて知識はあった方がいいでしょう?」

「……どうぞ、続けて」


 ウルタミシュは依然として用心しながらも、話を聞く姿勢をとった。余計な知識は不要だが、任務内容も分からないのでは話にならない。それでは不死隊として不適格だ。


「どこから話したらいいかしら」

「神偶創造、が初めて聞く言葉で……お聞きしても?」


 セルセは持ち前の快活さで会話を進める。ジャネットは質問に快く答えた。


「神偶創造っていうのは……乱暴な言い方をしてしまうと、多くの力を束ねた神のような存在を造って召喚してしまおうという試みのことなの。ロンギア共和国が人類史以前に開発した禁忌の術といわれているわ。一人の憑代に神を降臨させ、生贄と魔力を捧げることで抑止力に仕立て上げる──そういう術よ」


 禁忌、憑代、生贄という物騒な単語に、セルセのみならずウルタミシュも眉を顰める。此度の新興宗教は手段を選ばず、エンデギを教団の支配下から独立させるために武力行使を試みているのだとか。民衆がそんなやり方について行くのかは甚だ疑問だが、ロンギア工作員の口八丁手八丁でうまく丸め込まれているというのが現地得られた情報だったらしい。


「召喚者は『使徒』と呼ばれ、神の力を一部共有できる状態になる。あくまで理論上では、使徒が神を制御できるのだけれど」


 ジャネットはそこで一旦言葉を切った。


「神は神の行動原理で動くから、人が制御するのはまず不可能。第一、そんな非人道的な手段であってもてっとり早く力が得られる、と民草が都合の良い解釈を始めたらどうなるか……想像は容易いわ」


 大軍を派兵すれば、不完全に明るみに出てしまい、ロンギア工作員の手すら離れて儀式が独り歩きしかねない。なるべく秘密裏に神の顕現を阻止したいというのが、同盟守護者と教団共通の認識であるらしかった。


「幸いにも、まだ神偶創造は行われていない。魔力の源となる地脈をこちらで抑え、召喚を行わせなければひとまずそれでいい。ロンギアとの関係悪化は、今は目を瞑りましょう」


 ウルタミシュ達四人は、神偶創造に使われる生贄を解放するなり処分するなりして、召喚を阻止するのが任務だった。ウルタミシュは腕組みを解き、自分の中の最後の疑問を投げかけた。


「万一、召喚の阻止に失敗したらどうする?」


 もちろん、阻止できるのならそれに越したことはない。だが、どう考えても正気ではない思考回路で神偶創造を遂行しようとする相手方に対し、計画の一端しか知らないこちら側が召喚を阻止することは極めて難しい。次の、更に次の手まで考える必要があるだろう。

 ジャネットはウルタミシュの目を真っ直ぐ見つめて言った。


「その時は……殺してちょうだい。あなたの聖剣ならできるはずよ」

「それが任務なら」


 ウルタミシュは顔色一つ変えずに即座に姿も知らない神を殺す算段を練り上げ始め、セルセは当然のように出てきた神殺しの概念に驚きの声を上げる。


「殺す……って、その神って生きてるんですか?」

「ええ。そうともいえるわね」


 ジャネットも、ウルタミシュと同じくあくまで落ち着き払っていた。ウルタミシュはそんなセルセに対して、やはり職業兵士には向いていないのではないかと案じ始めた。この鳥一匹締めたこともない青年は、宗教家か政治家の方が向いている気がするのだった。




 ジャネットがイレーヌと合流して立ち去った後も、セルセの表情は晴れない。いや、清々しい顔をしているのも不気味ではあるのだが。血腥い話が多かったから気分が優れないかと尋ねると、セルセは小声で逆に聞き返した。


「さっきジャネットさん達が言ってた神──僕は神とは思いたくないんだけど、それって僕達が信じている神様とは……違うよね」

「違う」


 セルセの不安を払拭するように素早く否定したものの、ウルタミシュにも自信はなかった。

 人類史以前に作り上げられた術ならば、神という概念そのものすらもかの国によって生み出されたのではないか。


 神聖同盟を締結しているベルグランとイコラントの二国をはじめとする西方の国々、そしてイェセク並びにエンデギなどの大陸中央部の国家は、その多くがロンギア共和国より派生した宗教を国教としている。黄昏と黎明の二元論を信仰の中心とし、何に重きを置くかはそれぞれ異なってはいるものの、根幹は同じだ。大本のロンギアとは、文化の違いなどによって国交が正常だった時期がないほどに衝突を繰り返してはいたが。


 夥しい犠牲を強いる「神」とやらが、自分達が信仰する「神」とは別物と言い切れるのだろうか。いや、成り立ちを考えるのなら寧ろ──


「──神なき治世の存在を、今の世界は認めない」


 思考に割り込むような声に、思わずウルタミシュは跳び上がりかけた。いつの間にか、アーラーストヤが超然とした笑みをたたえてウルタミシュの傍に立っていた。

 相変わらずの要領を得ない言葉は、同じ台詞が他の者の口から出たなら背信行為にもなりかねない。セルセは過剰なほどに驚き、畏まっていた。


「だ、代理人っ!? 互いの情報共有について、同盟守護者の方々と話されていたとばかり……」

「とうに終わった。黄昏に用向きが、少し」


 アーラーストヤはウルタミシュに向き直り、抑揚なく用件だけを伝えた。


「ウルタミシュ。そなたに……聖なる剣の継承者に話がある。出立の日、そなたが思う場所に来るがいい」


 音もなく、気配もなく、突然現れて短く用事を告げ、それだけ言って部屋から出て行った。帰りはパタパタと足音を立てながら退室するところにやっと人間味を感じる。

 ウルタミシュと会話する際は、公の場で発言する時より幾分砕けた様子ではある。そうしている時でも常に情報を厳選して言葉を発しているらしく、内容は曖昧さを通り越して理解困難だ。代理人だけの掟でもあるのだろうかと邪推してしまうほどだった。


「代理人から話があるとか、やっぱりウルタミシュは凄いな。二人だけの秘密の場所……は下世話すぎるか。まあどんな言い方でもいいか。あるの? そういうの」

「ない」


 偶にこういうことはあるが、何を言っているのかウルタミシュには半分も分からない。セルセが少し元気を取り戻したことに安堵しつつ、任務の成功を誓うのだった。

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聖戦を絶つ剱 久守 龍司 @Lusignan

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