3.夜間飛行

 高速魔導航空船の旅は、中々に快適だった。

あの同盟守護者達にもついに妨害されることはなく、無事に聖なる剣を持ち帰ることができるのだ。

 船内に同盟守護者に連なる者がいないかと警戒して暫くは気が抜けなかったが、一緒に食事でもどうだと誘ってきた幾人かの他には話しかけられることもなかった。仮眠を取り、起きたのはエンデギの発着地に到着する直前だった。


 ウルタミシュはエンデギの魔導航空船のタラップを降り、夜空煌くオアシス都市の土を踏んだ。イコラントの湿っぽい空気よりもエンデギの夜風の方が温度は低いが、こちらは服装のためか不快感はなく、寧ろ涼しさが心地良いくらいだ。

 日が沈んで随分経ったが、既に予定が遅れ気味だというのに朝まで待っているというわけにもいかないだろう。ウルタミシュは自身の所属する教団、ペウセシド教ダシェナ派のエンデギ支部を探して歩くことにした。



 静まりかえった通りの中、星明かりに照らされて僅かに輪郭が浮かび上がる尖塔がある。ダシェナ派のエンデギ支部だ。ウルタミシュは扉に付けられた、女性の手を象ったドアノッカーをコンコンと鳴らした。

 真夜中だというのに、全く憚ることなく打ち鳴らされるノックの音。無視しようとするが、規則正しく鳴らされ続けている。それはやっとうとうとし始めた支部長の眠りを覚ました。支部長は目を擦りながら起き上がり、失礼極まりない来客に文句を言ってやろうと扉を開けた。


「なんですかねぇ……こんな真夜中に……」

「失礼する。『不死隊』所属、黄昏のウルタミシュだ。浮遊の絨毯を借りたい」

「戦士様!? これはこれは……失礼などと……ええ勿論、お貸しいたします」


 支部長ともなれば、代理人直属の神の戦士、それも主席である「黄昏」の称号を持つ少女のことは当然知っている。その黄昏の戦士が真夜中に訪ねて来て、浮遊の絨毯を借りたいというのだ。支部長は大声で下男を呼び、すぐに絨毯を持ってくるように言った。


「戦士様、少々お待ちくださいね。取ってきますのでその間は中へどうぞ」

 支部長とウルタミシュは支部の中に入って絨毯を待った。支部とはいえ、ただの礼拝場所なので何かあるというわけではなく、ウルタミシュは柱にもたれて腕組みをし、軽く目を閉じた。


「お聞きしてよろしいのかわかりませんが……浮遊の絨毯でどこに向かわれるのですか。いえ、極秘任務でございましたら、それは……」


 支部長はおそるおそると言った様子で絨毯の使い道を聞いた。ウルタミシュは背中を指差して答える。


「イェセクに聖なる剣を持ち帰る。予定より帰還が遅れていて、一刻も早く剣を届けなければならない。夜中に馬を走らせるのも可哀想だろうと思ってね」


 馬を起こすことに罪悪感はあるのに、我々に対しては特にそういった感情はないんですねと支部長は皮肉を言いたかったが抑え、ウルタミシュが背負う長剣へ目を向けた。聖なる剣とのことだが、襤褸布に覆われていて神聖な気配など感じない。

 支部長の思いを感じ取り、ウルタミシュは襤褸布を解いて刀身を支部長に見せる。刀身が現れる前に「おおっ」とわざとらしく声を上げてみせた支部長だったが、全容が明らかになった後の反応は布が巻かれていた時よりも覇気が失われていた。


「聖なる剣……なんだか、その……思っていたより地味でございますね……」

「……光り輝くものが必ず黄金とは限らないように、物の真価は目で見るだけではわからないだろう」

「も、申し訳ありません」


 などと話していると下男が絨毯を抱え持ってきた。ウルタミシュは襤褸布を巻き直して受け取る。


「助かった。後で謝礼と共に返却する」


 礼を言うなり丸められた絨毯を空中に広げ、中空に浮かぶ絨毯の上に膝をつくと、角の部分を二箇所持って夜空へ飛び立った。


 エンデギからイェセクまでは決して近くはない。しかし行けない距離でもない。どちらも国境沿いにある。ウルタミシュは風避けの魔術と追い風の魔術を使用し、更に速度を上げる。

 イェセクはエンデギから北北西の方角に進んだ地域にある。エンデギとその隣のナムナーク首長国とは友好関係にあるためか国境は曖昧だ。

 ダシェナ派の本部が位置するイェセクの古都「ダシェナニ」は温帯気候と乾燥気候を隔てる巨大な崖を中心に形成されており、エンデギから向かうのならば乾燥気候の側からとなる。

 

 方角を見失わないように左右のバランスを一定に保ち、地平線の先を見据えながらウルタミシュは絨毯を滑らせていた。草も疎らで目印の無い荒野で、しかもかなり速度を出しているため正確な距離は見当もつかないが、空の状況からいってもうすぐ見えてくる頃だろう。空が白みはじめている。

 視界のどこに崖が現れてもいいように視線を動かして目的地を探した。



 ほどなくして、視界を覆うほど雄大な崖が空気遠近の彼方から現れた。かつてのイェセク首都であり、ダシェナ派の本拠地でもある崖都「ダシェナニ」だ。絨毯の速度を下げ、徐行しながら日干し煉瓦と漆喰の家々が立ち並ぶ崖下地域を通り抜ける。


 ダシェナニの崖上と崖下では、街並みが全く異なる。崖上は、円形や方形の移動式住居に暮らし、昔ながらの遊牧民の生活を続けている。一方の崖下は、日干しレンガで作られた美しい街並みをしており、交易も盛んに行われている。そしてこの二つの地域を繋ぐ崖の中腹の地域は、上下の上下の文化が混ざり合いながらもより洗練さが増していた。


 ダシェナ派本部は、崖の中腹部分に掘られた洞窟寺院だ。平時は油圧式昇降機で本部まで昇るが、折角浮遊の絨毯に乗っているのだ、直接本部に帰還することにした。

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