2.故国への道のり

 収穫があったのかなかったのか。あてにならない同盟守護者からの報せを待たなければならない状況は不服だ。

 もちろんただ待っているつもりはない。ウルタミシュは去り際に一つ細工をしていた。聖剣を入れた箱の中にウルタミシュの魔力と呼応して熱を発する魔水晶を仕込んでおいたのだ。近寄れば温度を上げるというだけの仕組みだ。ウルタミシュは種族特性上、温度が分かる器官を持っている。荷運び人も同盟守護者も人間族であるから、感知できるのはウルタミシュだけだ。



 石室までの道は既に覚えていた。帰路で反対側に向かっていった馬車の轍の通りにいけばいい。


 この先に違いない。


 夜明けにはまだ遠い。同盟守護者たちが気付いたときが面倒だ、ウルタミシュは小走りで宿屋に戻った。



 ウルタミシュはベッドから上半身を起こすと髪を紐で結い、薄手のチュニックの上に一枚、二枚と服を重ねる。最後に掛け布団代わりにしていた砂色の上着を羽織って帯をすると、聖剣の方に目をやった。このままでは持ち歩くのに不便だ。

 ヴァザメラクを革のベルトで縛り、小柄なウルタミシュでも背負えるように地面との角度を垂直より平行に近い形に固定した。

 これではすぐに引き抜くことはできないが、敏捷性が必要とされる局面に於いては、ヴァザメラクのような長剣を抜刀しても無用の長物になりかねないのだからこれで問題はない。万一戦闘になった場合のために、帯の左側に細身の曲刀も帯剣している。


 元々軽装でこの地にやって来たため、ほかに荷物は武器の手入れ道具と替えの下着などが入った紐付きの皮袋だけだ。

 支度を終えたウルタミシュは素泊まりの宿を出て貸し馬車屋へ向かった。ぐずぐずしてはいられない。こうしている間にも、聖剣が消えていることに気付いた同盟守護者が追ってくるかもしれないのだから。

 幸いなことに、長い間刀身が隠されてきた剣であったからかはたまた引き抜ける者がいるとは思わなかったのか、すれ違う人々の誰もウルタミシュの担ぐ聖剣に気を留める者はいなかった。

 ウルタミシュは貸し馬車屋の受付で縄を綯っている壮年の男に話しかける。


「すみません。カブリオレでルマリヨンまで」


 ふつうこのような小さな村にはひとりふたりしか乗れないカブリオレは無い場合がほとんどだ。が、つい最近まで聖剣の伝承が伝わる観光地だったこの村には残っていると確認済みである。

 遠距離走行代のチップを含めた代金を渡すと、貸し馬車屋の男は頷き「ちょっと待ってな」と厩舎へ向かう。しばらくすると少々古びた二輪馬車が出てきた。栗毛の馬を馬車につなぎ、話しかけたのと同じ壮年の男が御者台に座る。ウルタミシュはその隣にひらりと飛び乗った。


 ルマリヨンはイコラント王国の首都に比肩する人口と、凌駕するほどの工業力を持つ大都市である。

 ルマリヨンから高速魔導航空船に搭乗して、山脈を越えた先のエンデギというオアシス都市へ向かうというのが、ウルタミシュの計画だった。

 エンデギはウルタミシュが所属する教団の影響が及ぶ文化圏だから、同盟守護者も干渉できないだろう。


 問題点は、滞在していた村とルマリヨンの距離が近いことだった。馬車一本で辿り着けるのは強みだが、仮に同盟守護者がウルタミシュを追っていたとするならば真っ先に想定する行先だ。

 目立つのを極力避けるため、聖剣には石室で持ち帰ろうとした時のようにボロ布を巻いた。魔除けなどの装飾品も外して皮袋に収納し、髪は掴まれないようにシニョンに纏める。曲刀は上着の内側に隠した。



 早朝に村を出て、昼前にはルマリヨンに到着した。街の外に馬車の検問の列が並ぶが、乗ってきたカブリオレは街の内側に入るわけではないので手前で止まる。


「着いたよ。気をつけてな」

「ありがとう。あなたに幸せがありますように」


 降りて御者の男に礼を言うと、馬車は転回して今しがた通ってきた轍に車輪を戻して帰っていった。

 昼間は街の門が開け放たれており、歩行者は自由に行き来することができる。ルマリヨンの街は高層の店や住宅が区画に沿って整然と立ち並んでおりなかなかに見応えがあるが、あいにく今堪能している暇はない。


 ウルタミシュはなるべく人混みに溶け込むようにして高速魔導航空船の搭乗場所を探した。目立つ容姿なので多少は注目を浴びてしまったが不可抗力だ。高層建築が多い場所が発着に向くはずもないので、もっと開けた場所に出る必要がありそうだ。入ってきた門の通りを真っ直ぐいくと、ちょうど正面は広場のようになっている。

 広場には種族も人種も様々な人々が忙しなく行き交っていた。イコラント王国は人間族国家だが、他国との往来の多いルマリヨンは国際色豊かだった。


 高速魔導航空船の手掛かりを探すため、不自然にならない程度に周囲を見渡す。どれもウルタミシュにとっては書物で読んだ程度の縁遠いものばかりだった。菓子店のショーウィンドウ、オーダーメイド魔導具の工房、活版印刷所…………見つけた。高速魔導航空船の搭乗場所への道案内だ。矢印が書いてある。


 ウルタミシュは矢印で示された方角へ進み、人の流れに乗って搭乗場所へ来ることができた。壁に設置された木製の運行予定表を見ると、次の便は運良くエンデギまでの直通だ。運行予定表ではエンデギが最も遠方にあって便数も少ないので、本当に幸運だった。


 魔導航空船とは、その名の通り魔導エネルギーの駆動力で上空を移動する船のことだ。ウルタミシュがこれから乗るような長距離飛行するものは、速度が速いことから高速魔導航空船と呼ばれている。

 

 切符を購入し、既に到着していた魔導航空船へ乗り込んだ。自由席とのことなので、三階建ての一番上の階で窓から死角の席に座る。聖剣を座席の下に置くと、ウルタミシュは皮袋から乾燥デーツの入った小袋を取り出して一粒口に放り込んだ。濃厚な甘みが口に広がる。酸味を足すために続けて干しオレンジも食べた。さっぱりとしていて美味しい。

 急いでいて今日一日何も口にしていなかったため、やっと食事にありつけたといったところだ。

 イェセクでは間食を何度も摂る部族もあり、一度の食事量はあまり多くないのが一般的なためにウルタミシュも乾燥果物を幾つか食べて終わりにする。他には食い溜めすると動き辛くなるという理由もあった。


 出発が近い。緊張を緩めながらも油断なく窓の外に目を配ると、何人かの係員が集まっていた。その中に見知った顔が二つ。ジャネットとイレーヌだ。外を覗き込んだ拍子に目が合い、二人は指をさしてこちらを見上げ、何かを言っている。追いかけてくるならばルマリヨンだろうというウルタミシュの予想は当たった。出発を止めろとでも言っているのだろうが、もう遅い。二人は逆に係員にたしなめられたと見え、落胆したように引き下がっていった。


『まもなく出発致します。ルマリヨン発エンデギ直通便、機体名ウェルテクシアⅩⅩⅥ。離陸の際は大きく機体が揺れますのでご注意ください』


 魔導技術で拡大された声が機内に響く。聖剣が滑っていかないようにボロ布の上から足で固定して離陸に備えた。

 機体が揺れとともに速度を上げ始める。滑走をそれほど必要としない魔導航空船はふわりと空中に受かんだ。最初に大きく機体がふれたが、それ以降は振動することもなく、無事離陸した。

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