第二十話


浩二は取り敢えず壁の強度に問題は無いと確認した後街へと戻る事にした。

今度はちゃんと横向きにゲートを開いて。



「ただいま、ソフィア。」


「あっ!コージっ!何したのよあの壁っ!!」



お帰りを言う前に先ずは突っ込むソフィア。

気持ちは分かる。

突然十数mの壁がぐるりと街を取り囲んだのだ…ものの十数分で。



「あぁ、取り敢えず魔物の群れに備えて高圧縮した土壁でサキュバスの街を囲んだんだ。今の所大丈夫そうだから一旦帰って来た。」


「…土を…高圧縮…?…あぁ、待って今落ち着くわ…」


「ソフィア?」


「…うん、よし。取り敢えず、おかえりコージ。今の所魔物は大丈夫なのよね?」


「あー、うん。大丈夫だと思う。」


「なら良いわ。お疲れ様コージ。」


「…ソフィア…慣れてるのね…」



ミラルダがソフィアを生暖かい目で見詰める。



「ミラルダ…?貴女もこれからコージと長い付き合いをするつもりなら覚悟しておいた方が良いわよ?」


「いつもこんな感じなの?」


「そうね…大体こんな感じね。」


「…そう。」



二人揃ってジト目を浩二へとプレゼントする。



「…何となくだけど…失礼な事考えてない?」


「そんな事ないわコージ。それよりサキュバス達に壁の事説明しなきゃ!後、他にも色々起きてるから!」


「分かった。すぐ行こう!」


「ほら、ミラルダも一緒に行くわよ。」


「え、ええそうね。」



流石はソフィア、切り替えが早い。

伊達に浩二が進化する前から振り回されてはいないのだ。


しかしミラルダは、ソフィアのその姿を少し羨ましそうに見詰めるのだった。



□■□■



浩二とミラルダはソフィアに連れられてサキュバスの街の中央広場へと辿り着くと、そこには少なくない数のサキュバス達が集まっていた。

するとソフィアは直ぐに歩み寄り、早速話を始める。



「えーと…誰だったかしら?さっき問題があったみたいな事言ってたわよね?」


「あ、はい。私です。凄く言い難いのですが…」


「良いわ。些細な事でも構わないから言ってみて。」


「あの…完全に街が壁に覆われていて…壁の向こうに行くには飛ばなくてはいけないのかと…」


「あ!」


「…コージ…」



完全防御ばかりに気を取られて、出入口の事を失念していた浩二。

今のサキュバスの街は完全に陸の孤島だ。



「すみません!直ぐに出入口を作ります!…それで、どの辺に作れば良いですか?」


「…転移陣がある辺りでいいんではないでしょうか?一応獣道とは言え道もありますし。…ミラルダ様、宜しいですか?」


「良いんじゃないかしらぁ?」



代表して提案したパルメはミラルダに最終確認をする。



「…それで…どうします?門にするとか、洞窟みたいにするとか、あ、あとサキュバスが触れた時のみ出入口が現れるようにするとか…」


「そんな事出来るのぉ!?」


「え?どれです?」


「サキュバスのみに反応する様に出来るって奴よぉ!」


「ええ、出来ますよ。壁の中の魔核全てに命令を刻めば、サキュバスが土壁にさえ触れれば出入口の場所は問わなくなります。」


「凄いじゃない!それでお願いするわコージ君!」


「了解しました。…えーと、それじゃサキュバスの誰か一人付いてきて貰えます?血が必要なんで。」



浩二の「血が必要」と言うワードにざわめき出すサキュバス達。

微妙に浩二との距離を取り始める。



「ん?…何でみんな…あぁ!血が必要って言っても数滴ですよ?魔核にサキュバスの情報を憶えさせるだけですから…そんなに怯えないで下さいよ…」



ちょっと悲しくなる浩二。



「なんだぁ…てっきり「生贄」が必要なのかと思ったわぁ。」


「怖っ!?生贄とかそんな怖い事しませんよ!」


「なら、私が行くわぁ♪」


「分かりました。それじゃ行きましょう!」



浩二は後に続くミラルダを連れだって土壁へと走り出す。


十数分後、浩二は辿り着いた土壁に右手を当てると目の前の土壁が小さく口を開き魔核を露出させる。

浩二は露出した魔核に手を翳すと、やがて魔核は淡い光を放ち始めた。



「それじゃミラルダさん。この魔核に血を一滴垂らして貰えますか?」


「ええ、分かったわ。」



ミラルダは左の人差し指を鋭い爪で軽く切ると、魔核に滲んだ血を一滴垂らす。

すると魔核に波紋が広がり、やがて波が収まった頃魔核の光もゆっくりと消えていった。



「よし。完了です。ミラルダさん、試しに壁に手を当ててみて下さい。」


「…こう?」



浩二に言われるまま掌で土壁に触れた途端、目の前に高さ2m半程の縦長の楕円形をした穴がポッカリと開く。

厚さ1m程の壁を貫通した穴を見ると、向こう側の景色が見えた。



「成功みたいですね。」


「…凄い…こんなにあっさりと…」


「もう一度近くの壁に触れれば穴は閉じます。」



ミラルダはポッカリと口を開いた穴のすぐ隣の壁に触れると、瞬く間に穴が閉じまるで何も無かったかのように元の土壁に戻ってしまった。



「うん、問題無いな。」



戻った壁を右手でコンコンと叩きながら確認する浩二。

そして振り返る。



「さぁ、次行きましょう!後2、30箇所はありますから!」


「…え?」



浩二の言葉に耳を疑うミラルダ。

この後、浩二とミラルダは壁沿いに数十km移動しながら次々と改良を加えて行った。


そして、ミラルダが浩二と一緒に居たいが為に付いて来た事を後悔したのは…壁の半分にも満たない頃だった。



□■□■



「あぁ~…疲れたわぁ~…」



帰って来るなり飛び付くようにソファーに寝転がりながら愚痴るミラルダ。


時間でいえば丁度夕暮れ時。

昼頃に広場を出たので壁の改良に実質5、6時間はかかった計算になる。



「ミラルダさん、お疲れ様でした。」


「もぉ…本当よぉ。まさかあの壁全部見て回るとは思わなかったもの…」


「まぁ、これで陸からの攻撃はほぼ防げますし取り敢えず一安心ですね。」


「コージ君とデート♪…なんて思って付いて行ったあの時の私を張り倒したいわぁ…」



ミラルダはまだまだ浩二に対しての認識が甘い様だ。


浩二は基本何かを始めたらその底無しの体力で休憩など考えず突っ走るのだ。

上位種だから疲れたぁ…位で済んでいるが、通常種ならばとうに倒れている。



「付き合わせてしまってすみません…」


「あー!そんなつもりで言ったんじゃないのよ?」



申し訳なさそうに謝る浩二に慌ててフォローを入れるミラルダ。

言ってしまえば今回の事に限ればミラルダの自業自得なのだ。



「あ!そうだ!ミラルダさん、今お腹空いてませんか?」


「え?それは確かに空いてるけど…」


「えーと、実験も兼ねて俺にエナジードレイン使ってみませんか?」



浩二のエナジードレインと言う言葉に疲れなど何処へやら、跳ねるようにソファーから起き上がる。



「良いの…?…でも実験って…」



流石に今日一日浩二に振り回されたミラルダは、多少警戒しつつも無意識に舌舐めずりをしてしまう。

それ程までに浩二の生命力は美味らしい。



「えーとですね、取り敢えず見て下さい。」


浩二は左腕に意識を集中する。

丹田で練り上げた気が左腕から霧のように立ち上ぼり、やがて腕に巻き付くように渦を巻き圧縮されてゆく。

そして出来上がる左腕のみの純白の鎧。



「…コージ君…?それは?前は黒っぽかったわよね?」


「ええ。種族進化して絶対魔法防御のスキルを手に入れてから、鎧が黒から白に変わったんです。…これはあくまで推測なんですが…今迄の鎧は気と精神力が混ざり合ったものだったのが、今は絶対魔法防御が精神力のみを遮断して気のみになったせいだと思うんです。」


「…気…のみ?」


「はい。言ってしまえば純粋な「生命力」の塊です。」



その言葉を聞いた瞬間、ミラルダの我慢が限界に達した。

ミラルダが四つん這いで浩二ににじり寄って来る。

いつもの様にガバッと来ない分若干怖い。



「あ、ミラルダさん?一気に行くとヤバイかも知れませんから気を付けて下さいね?」


「…うん。」


「多分かなり濃いですから。」


「…うん。」


「…聞いてます?」


「…うん。」



うん、聞いていない様だ。

最早浩二の生命力以外眼中に無いらしい。


そうこうしている間にミラルダが浩二の左手を優しく包む様に握ると上目遣いでこちらを見る。



「…いただきまぁす♪」



舌なめずりをした後ゆっくりと瞳を閉じてドレインを始める。



「…ん…っ!」



ビクッと身体を震わせ軽く眉間に皺が寄る。

後は時折身体を震わせ、艶のある声を漏らしながら吸い続ける事数分。

やがて膝立ちだった足も力が抜け女の子座りになり、呼吸も荒くなっていた。



「ミラルダさん?そろそろ…」


「~~っっ!!!」



浩二がミラルダを止めようと夢中になってる彼女の肩に右手を置いた瞬間、ビクッ!と自らを抱き締めるように一際大きく身体を跳ねさせると、声にならない声を上げその場に崩れ落ちてしまった。


なんだろう…俺の生命力を吸うとこうなるのはデフォルトなのだろうか。

おっと、そんな事考えている場合じゃないな。



「ミラルダさん!大丈夫ですか?」


「…ん…っ!…コージくぅん…っ」



明らかに発情した声を上げ抱き着いてくるミラルダ。

柔らかな膨らみが押し付けられ、色々ヤバい。



(冷静になれ俺、冷静になれ俺っ!ミラルダさんは生命力を吸って性的快楽を感じているだけなんだ…っ!)



呪文の様に唱えながら自分を落ち着かせ、抱き着くミラルダの背中を優しく撫でる。



「…んっ…」


「…大丈夫ですか…?」


「…ん…もう少し…このまま…」


「はい。ゆっくり気分を落ち着かせて下さい…」


「…うん…ありがとう…」



どれだけそうしていただろう…

数分か…数十分か…

やかてミラルダは頬を紅潮させたままゆっくりと浩二から身を離す。


恥ずかしいのか、若干俯き加減で浩二を見る。



「…ごちそうさまでしたぁ…相変わらず…凄かったわぁ…」


「満足しました?」


「ええ、もうお腹いっぱぁい♪」


「それで…前回との違いとか…分かりましたか?」


「えーと…なんて言えばいいかしら…凄く濃かったわ。だから、ゆっくり吸わないと一気に達しちゃう感じ…?」



人差し指を口に当てて子首をかしげながら言う。


今達しちゃうとか言わないで欲しい…



「今ぐらいドレインしてどれ位保ちます?」


「んー…特別力を使わなければ2、3日は大丈夫だと思うわ。」


「成程…意外と燃費は良いんですね。」


「違うわぁ、コージ君のが特別なのよ。確かに濃いってのもあるけどぉ、なんて言うのかしら…純度?が凄く高いの。だから…こう、スーッて入って来る癖に身体の中で一気に熱くなってぇ…色々大変なのよ。」


「…一般的な生命力とは違うんですか?」


「全然違うわ。もう、コージ君のを知ってしまったらぁ…絶対他じゃ満足出来ないわぁ。一種の麻薬ね…しかもサキュバス専用の♪」


「それはまた…喜べばいいのか、何と言うのか。」


「ふふっ♪」



麻薬ねぇ。

習慣性があるという事なんだろうか…?

まぁ、今回はミラルダさんが満足したみたいだし良しとしよう。


今回のドレインは実験も兼ねてと言ったが、生命力の濃さを確かめたかった訳じゃない。


絶対魔法防御が体外に展開される範囲を知りたかったのだ。

先程土壁の上に立つ際に両足にのみ気の鎧を纏ったのだが、普段通りの厚さで魔道具である土壁に影響は出なかった。


よって今回は、身体にほぼ密着した普段通りの厚さの鎧の腕からドレインは出来るのか…というものだ。

結果はフィールドの上に作った生命力で出来た鎧に対して直接ドレインが成功した事から、どうやら絶対魔法防御のフィールドは思いの外身体に密着している事が分かった。



「ミラルダ様、いらっしゃいますか?」



浩二の考察が終わった頃、部屋のドアをノックしてミラルダを呼ぶ声がする。

この声はパルメさんだな。



「いるわよぉ、どうしたの?」


「失礼します。お帰りになっていたのですね。あ、コージ様もお疲れ様でした。実は…滝と泉が…枯れてしまいまして…」


「え!?枯れた!?…理由は分かっているの?」


「…はい…」



返事をして浩二へと視線を送るパルメ。



「え?…俺?」


「…はい…大変申し上げにくい事なのですが…」



あれ?

この流れ…何か聞き覚えが…



「コージ様が作られた壁が…街に流れ込む川を堰き止めていまして…」



あー…やっぱり。

二人とも作業を終え直接ミラルダの家へと転送して来たので、滝の存在に全く気が付かなかった。



「すみません!直ぐに何とかしますっ!」


「あ、いえ!もうそろそろ外も暗くなりますし…」


「でも、大切な物なんでしょう?」


「…はい、生活用水や水浴びに使っていましたから…」


「あぁ!それはダメだ!急ぎましょう!パルメさん、案内して下さい!」


「え?あ、はい!」



慌てる浩二に急かされパルメは枯れた川とその畔の泉へと案内するべく部屋を飛び出して行った。



「…私にドレインされたばかりなのに…元気ねぇ…」



残されたミラルダは頬に手を添え溜息をつくのだった。



□■□■



「ここです。」



パルメに案内され街から少し森へ入った場所には、川だったと思われる溝とそれに合流する形でほんの少しの水が残った泉があった。



「いつもならばここに川が流れ、この泉の湧き水が川に流れ込む形なんですが…」



パルメが浩二に分かりやすいように説明する。



「…成程…壁を作る時に結構深くまで土を集めたせいで川だけじゃなく湧き水まで堰き止めちゃったのか…本当に申し訳ないです…」


「…いいえ!そんな!コージ様はサキュバスの街を守る為にあの壁を作って下さったのに…」


「…でも、そのせいで川と泉を枯らしてしまった。…何とかしなきゃな。」



浩二は腕を組み唸りながら考える。



(壁に穴を開けて川の水を引いたら…魔物まで入ってきてしまうし…何も無い所から水が出る訳ないし…ん?何も無い…?あ!あるじゃないか!が!)



「パルメさん、サキュバスの誰かで水魔法使える人いませんか?」



浩二は後ろで黙って見ていたパルメに問いかける。



「いることはいますが…そんなに凄い使い手では無いですよ?」


「大丈夫です。練度は問題じゃありませんから。」


「分かりました。少しお待ち下さい。」



そう告げるとパルメは水魔法が使えるサキュバスを連れに街へと戻って行った。



「さて…上手く行けばいいけど…」



浩二はパルメを待つ間、これからする事の手順を頭で詰めていった。



□■□■



「は、は、初めましてっ!コージ様っ!わ、私はアイリスと言いますっ!ど、どうぞよろしくお願いしますっ!」



10分と待たずにパルメが連れてきたアイリスという名のサキュバスはガチガチに緊張しながら浩二に挨拶をする。



「あ、はい。よろしくお願いします。早速ですが、一つお願いがあります。」


「な、何でしょうか…っ!」


「えーと、やっぱり二つにします。一つ目は取り敢えず落ち着いて下さい。」


「あ!すみませんっ!」



もう、既にパニクってるし。

浩二はアイリスに歩み寄ると、正面に立ち両肩に手を置く。

ビクッと身体を震わせるアイリス。



「大丈夫です。ゆっくり深呼吸して下さい。今から貴女にお願いするのは、俺の目の前で魔法を使って見せてもらう事です。こんな状態では上手く行きませんよ?…大丈夫…ゆっくり息を吸って…ゆっくり吐いて…」



浩二はアイリスが落ち着く様に務めて優しく語り掛ける。

更に右手から超微量の生命力をエナジードレインで送り込む。


目を閉じて深呼吸を繰り返していたアイリスもやがて落ち着いたのか、ゆっくりと瞳を開く。



「動揺してしまってすみませんでした…コージ様が私に用事があるって聞いた時はどうしようかと思いましたが…思ったより優しい方で良かったです。」


「…俺は単に水魔法を見せて貰おうと思っただけだよ…?誰に何を聞いたの…?」


「…えーと…森の見回りの娘達が…全員纏めて失神させられた…って。」



あー、そんな事もありましたねー



「アレは正当防衛です。」


「…後、サキュバスクイーンであるミラルダ様を一瞬で失神させた挙句、周りのサキュバス達も次々と失神させていったとか…」



あー、ありましたありました。



「大変不本意ですが…あれはミラルダさん推奨のサキュバスの黙らせ方だそうです。」


「そんなっ!?ミラルダ様がそんな事を!?」


「まぁ、ああでもしないと帰して貰えなかったもので…」


「は、はぁ…そうなんですか…」



どうしよう…何だか若干引かれている気がする。

実際全部本当の事だしな。


でも、このままじゃ埒が明かない。



「アイリスさん…でしたっけ?」


「あ、はい!」


「俺は基本的に平和主義なんです。出来れば何の問題も無く皆が幸せに暮らせればそれが一番だと思いますし。今回の魔物の大軍も、やる気になれば全滅させる事も出来ました。でも、例え魔物でも理由も調べずに皆殺しなんて真似したくなかったんです。だから壁を作って防御に徹しました。」


「………」


「まぁ、結果的にこうして川や泉を枯らしてしまって申し訳ないと思っていますが…」


「そんな事っ!」


「…だからお願いします…あんまり怯えないで下さい…これからする事はアイリスさんの協力無しでは出来ないんです。」


「…私…の?」


「はい。俺はスキルで他人の使った魔法やスキルを見真似して覚える事が出来るんです。ですから、今から貴女に水魔法を使って見せて貰いたいんです…良いですか?」


「…はい。私でお役に立てるのでしたら…」


「ありがとうございます。助かります。」



浩二は改めてアイリスに頭を下げた。



「そんなっ!頭を上げて下さいっ!」


「…ありがとう。」


「分かりましたからっ!それで…私はどうすれば良いですか?」


「えーと、そこの川だった溝辺りに水魔法で水を出して貰えますか?」



浩二は既に枯れて水が無くなってしまった川だった溝を指差す。



「…分かりました。」



アイリスは右手を前に翳すと目を閉じて集中する。

やがて翳した掌の前に水色の輝く球体が生まれたかと思うと、その球体から少なくない量の水が噴き出す。



「おお…!凄いな…」


「いいえ…そんな…」


「やっぱり魔法って凄いなぁ。何にも無いところからこんな量の水が出るんだから。」


「…コージ様…あの…そろそろ…」



そう言って少しフラついて来たアイリスを後ろから優しく支える浩二。



「ありがとうございました。お陰で『水魔法』覚える事が出来ました。」



浩二はステータスに『水魔法(見習い)』がある事を確認してアイリスにお礼を言う。



「アイリスさんはそこで休んでいて下さい。あ、少しドレインしますか?」



そう言って右手を差し出す。



「え!?あ、大丈夫です!少し休めば回復しますからっ!」


「…でも…フラついてますよ?」


「あのっ…私…下手ですし…」


「あぁ、成程…なら俺が譲渡しますよ。大丈夫です、極微量づつ流しますから。」


「…でも…」



少し上目遣いで遠慮をしているアイリス。

恐らく他のサキュバスから聞いた話を思い出し怯えているのだろう。


浩二はそんなアイリスの手を包み込む様に優しく握る。



「大丈夫です。俺は恩人に不粋な真似はしません。だから…貰って下さい。」


「…はい。…では、お願いします…」



アイリスはキュッと目を閉じる。



「そんなに緊張しないで…ゆっくりいきますから、キツくなったら言って下さいね?」


「…はい…っ!」



心の準備が出来たようなので浩二はエナジードレインを使いゆっくりと極微量づつ生命力を流し始めた。



「ん…っ!」


「あ、キツいですか…?」


「いいえ…びっくりしただけです。」


「良かった。なら続けますね。」


浩二は務めて優しく生命力を流し込んでゆく。

やがて、キツく瞑っていたアイリスの瞳は緩み、頬か赤みを帯びてくる。



「…コージ様…そろそろ…んっ…大丈夫…です…」


「はい。…どうです?回復出来ましたか…?」


「…はい。ここに来る前より…ずっと…」


「それは良かった。それじゃ、俺は作業を始めますね。アイリスさんは落ち着くまでゆっくりしていて下さい。」


「はい。ありがとうございました。」



アイリスのお礼に笑顔で応えると、彼女に背を向け早速枯れた川に向かい右手を翳す。



「先ずは見習いをレベル10まで上げないとな。」



そう呟いた浩二の背中をアイリスは何処か熱にうなされた様な瞳で見詰めるのだった。



□■□■



「…凄まじいですね…」



パルメは驚きを通り越し呆れてさえいた。


自分がアイリスを連れて来てからまだ数十分しか経っていない。

にもかかわらず川は既に元の状態を取り戻しつつあった。


水源は勿論浩二だ。



「んー…あと3上げればMAXだな。」



疲れた様子など微塵も感じさせずステータスで『水魔法(見習い)』のレベルを見ながら、翳した右手から溢れ出す様に噴出する水を川へと送り込んでいる。



「…あの…コージ様…?大丈夫…なんですか?」



後ろからパルメの隣で浩二の水魔法を見ながら、アイリスが心配そうに問いかける。



「ん?何が?」


「いや、ですからそんなに続けて魔法を使ってしまって…大丈夫なのかな…と。」


「あぁ、うん大丈夫。後数時間位ならこのまま続けられるよ。」


「「数時間!?」」



話を聞いていたパルメまでもが驚愕する。


浩二自身は数時間と口にしたが…実の所、この程度の魔法ならば明日の日が昇るまで使い続けても浩二の精神力の半分も消費しないだろう。

更に『水魔法(見習い)』のレベルがMAXになれば、今と同じ事を10分の1の消費で出来るようになるのだ。


精神力の自然回復を加味すれば恐らく浩二の寿命が尽きるまでここで水源として働いても全く問題は無いレベルである。


しかし、未だに浩二の中では「自分は魔法が苦手」という意識があり、正確な精神力の上限を自分自身でも把握していないのだ。



「…流石は最上位種…と言った所ですね。」


「さ、最上位種!?コージ様が!?」


「あぁ、貴女は知りませんでしたね…とは言え、私が知ったのもつい先程なんですが。彼はドワーフの最上位種「エルダードワーフ」です。」


「………」



最早驚きで声も出ないアイリス。

自らが生きている間に最上位種と出会う等とは思ってもみなかった様だ。


それもその筈。

この世界に上位種と呼ばれる個体は数十体程だと言われている。

更にその上となる最上位種ともなれば、確認されているだけで数体しかいないと言われ、その殆どがこの大陸の中央に聳え立つ大山脈の頂きに住むと言われている『龍種』である。

普通に生活していればまず出会わない存在なのだ。


その存在が、今目の前でせっせと川の水源をしているのだから笑えない。


そして、その存在は二人の考えなど何処吹く風、新たに驚くべき行動に出た。



「うっし!レベルもMAXになったし、作りますか。」



浩二は『水魔法』を覚えた事を確認すると川の水源をやめて右手で魔核を三つ作り出し、そのうちの一つを徐に地面へと落とす。


すると、地面が輝き出し5m程の岩山が迫り出してくる。

その中腹には大きめの穴が空いており、浩二はその穴に残り二つの魔核を投げ込んだ。

やがてその穴から光が溢れ出した次の瞬間、浩二が出していた水の倍以上の水量の水が噴き出す。


水は地面へと降り注ぎ、やがて枯れた川へと流れ込む。



「うん、水量はこんなもんで良いかな?パルメさん、どうです?」


「…え?…あ、はい。問題ありません。」


「良かった。もし、水量が足りなかったり多かったら何時でも言って下さい。直ぐに調整しますので。」


「…えーと…コージ様…この水は何処から…?」


「あぁ、説明しますね。この岩山っぽいのは魔道具です…名前はありませんが。この魔道具が周囲から魔素を集めて水魔法で水を出し続ける仕組みになっています。ですから、魔素が無くならない限り半永久的に水を吐き出し続けます。」


「…半永久的に…こんなに綺麗な水を…?」



魔法で作られた水は不純物を含まない為、川の水より遥かに衛生的だ。

生活用水に使うのであればこちらの方が良いだろう。



「…美味しい…」



パルメは水嵩の増してきた川の水を手で掬い口に運ぶ。

良く冷えた口当たりのい水。

今迄の川の水は煮沸しなければとても飲めるものでは無かった。

それがこれからは何時でもこの綺麗な水が飲めるのだ。



「後、滝壺の先の川も壁で塞がっている筈ですからそっちには小さめの溜池を作って、余剰分の水は魔素に戻して大気中に放しましょう。そっちも後からチャチャっとやっちゃいますから。でも今は先に…」



浩二は泉を指差す。



「泉を直しちゃいましょう。」



と軽く言い放った。


パルメもアイリスも、ここまで来るともう言葉にならない。

今までの常識が全く通用しない相手なのだ。


浩二は枯れた泉の中央に立つと、新たに作り出した魔核を足元に落とす。

すると今度は硬そうな白い石が地面から生えて来る。

その高さ2m程の白い石は徐々に形を変え…二人も見た事のあるある人物の姿を取る。



「…ミラルダ…様?」



そう。

その姿はこの街の長、ミラルダの姿だった。

身体に布を巻き肩に水瓶を担いでいる…若干本人より知的に見える。



「はい、そうです。…で、こうして…っと。」



浩二は石像の担いだ水瓶に水魔法と魔素急速収集の魔核を放り込む。

やがて、先程の岩山の様に水瓶から光が溢れ、そして光が収まる頃、綺麗な水が流れ落ち徐々に泉が綺麗な水で満たされてゆく。


いつの間にか空に浮かんでいた月がその光で泉をキラキラと照らし、なんとも幻想的な光景を生む。



「うん!なかなか良いじゃないか。」



水面に反射する月明かりを受けるミラルダ像にご満悦の浩二。

そして気を良くした浩二は更にやらかしてしまう。


右手に新たに作った魔核を握ると、浩二は魔核の許容量ギリギリまで生命力を込め始めた。

高純度の魔核は浩二の生命力をどんどん溜め込みやがてもう一つの太陽と言わんばかりに光り輝く。



「んー…これが限界かな?」



小さな太陽を掌でコロコロしながら呟く。

そして徐に水瓶へと放り込んだ。


辺りが静まり返る中、水瓶から溢れる水に変化が現れた。

キラキラと輝くそれはまるで見ているだけで心が癒される様な錯覚さえ覚える。



「…何をされたんですか?」



パルメは思わず口にする。

水質の明らかな変化に聞かずにはいられなかったのだ。



「俺の生命力を魔核に込めて水へと徐々に溶け込むようにしました。皆さんはここで水浴びするらしいので…少しでも心地よくと思いまして…」


「生命力を…泉の水に…?」



パルメは理解した。

浩二の行動をでは無い。

ミラルダの友人であるソフィア。

彼女がことある事にとるあのポーズ。



(確かに…こうなりますね…)



パルメは額を抑え首を振るのだった。

いつものソフィアの様に。

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