第二十一話


あの後浩二は一旦ミラルダ達の所へ戻り川と泉を修復した事を伝えると、一人で川の下流へと向かい溜池と余剰した水を魔素へ返還する魔道具を作り戻って来た。



「大丈夫、チャチャっと済ませて来るから。」



一緒に向かうと言ったミラルダや、浩二の様子を見にサキュバス領へ来たソフィア、今日はもう遅いからと止めるパルメとアイリスにそう言って飛び出して行った浩二が戻って来たのは、本当にチャチャっと済ませたのだろう、一時間にも満たない時間だった。



「取り敢えず、不具合がある様なら何時でも言って下さい。あ、後これを。」



そう言って浩二はミラルダに小さな皮袋を渡す。

ミラルダは首を傾げながら皮袋を開いて目を見開く。

そこには彼女を誘惑して止まない光を発した魔核が十数個入っていた。



「…これは…?」


「俺の生命力を限界まで込めた魔核です。泉の光が弱くなったら水瓶に放り込んで下さい。」


「…コージ君の…生命力…」



ミラルダがゴクリと喉を鳴らす。


あ、そう言えば女神様に確認するの忘れてたな。



〔えーと…女神様?〕


〔んー?なんだい?〕


〔サキュバス達が神様にエナジードレインを禁止されているって言ってましたけど…魔核にエナジードレインするのは問題ありませんよね?〕


〔うん、問題無いよ。そもそも特別何かペナルティがある訳じゃないしね。〕


〔そうなんですか?〕


〔あぁ、あくまで抑止する為の方便だからね。じゃなきゃ君にドレインしたミラルダちゃんも罰を受ける筈でしょ?あ、これは彼女達には内緒だよ?〕


〔あ、はい。分かりました。〕



あの時の俺から溢れ出た気を我慢出来なくて吸っちゃったやつか。

案外神様の制約が緩くて助かった。



〔あ、後気付いてないみたいだから教えとくね。〕


〔え?何ですか?〕


〔『マナドレイン』も精神力を譲渡出来るよ?〕


〔…マジですか…?〕


〔うん。マジ。〕



うわぁ…ならわざわざ魔物探しに森に行かなくても良かったじゃん…

いや、今回はそのお陰で魔物の大軍が見付けられたんだから結果オーライだな、うん。

ってか、スキル詳細確認しろよ俺…



〔やっぱり気付いて無かったね。本当に君は何処か抜けてるんだから。〕


〔いやぁ…確認ってついつい忘れちゃうんですよ。〕


〔んー、そうだ!なら、新しいスキルを覚えたりレベルが上がったりしたら私がアナウンスしよう!〕


〔いやいやいや、女神様にそんなことさせられませんよ!〕


〔だって君の事だからきっとまた忘れるよ?…それに…君はあんまり私を頼ってくれないから寂しいんだよ…折角君のスキルになったのに…〕


〔…うーん…分かりました。申し訳ありませんが、よろしくお願い出来ますか?〕


〔うん!了解したよ。〕



快諾した女神様は何処か嬉しそうだ。

なら、これで良かったのかな?



「……ジ!コージっ!」


「うおっ!?びっくりしたぁ…」


「突然黙って顔面百面相始めたからこっちがびっくりしたわよ!それより、ミラルダがブツブツ言いながら固まってるんだけど?」



ソフィアに言われミラルダを見ると、何やらブツブツ言いつつ皮袋の中身を見ながらニヤニヤしたり苦い顔をしたりしている。

あれは吸いたいけど我慢してる顔だ。



「ミラルダさん。今女神様に確認して来ました。その魔核から直接ドレインするのであればエナジードレインを使っても咎められないそうですよ。」


「ホントっ!?」


「あぁ、でも出来れば泉の生命力補充用に取って置いて下さい。」


「そうよねぇ…」


「そんな露骨にがっかりしないで下さいよ。…一つぐらいなら摘んでも良いですから。」


「本当に!?ありがと~っ♪コージ君大好きっ♪」


「うおっ!?」



浩二の視界が急に暗くなる。

単に抱き着いてきたミラルダの魔乳に挟まれ視界が塞がれただけだが。



「ミラルダっ!アンタは一々抱き着くんじゃないわよっ!コージもさっさと離れなさいっ!」



二人の間に割って入って来たソフィアのお陰で魔乳からの脱出に成功した浩二は何処か寂しそうだ。



「…コージ…アンタまさか癖になった訳じゃないわよね?」


「…そんな事はないぞ?」


「なら何でそんなに寂しそうなのよ!もう!ほら、帰るわよ!用事は済んだんでしょ?」


「あぁ、うん。そうだな。それじゃ、今度はマナドレインの魔道具作って来ますね。」


「ええ、色々ありがとうね、コージ君。」


「いいえ、こちらこそ予想以上に迷惑掛けちゃってすみませんでした。」


「そんな事無いわぁ、多分前よりずっと住みやすくなった筈だもの。ありがとう。こっちは一応あの魔物の群れについて調べてみるわ。また遊びに来てね。」


「はい、気を付けて下さいね。それじゃまた!」



浩二は笑顔で手を振るとソフィアの足元にゲートを作る。

「コージっ!アンタま……」とか言いながら落ちていくソフィア。

ゲートに素早く飛び込みソフィアをお姫様抱っこする浩二。


そして、何やらソフィアの喚き声を残しゲートは静かに閉じた。



「…何だか…嵐の様な方でしたね…」



パルメがしみじみと口にする。



「ふふっ♪あれがコージ君よぉ♪素敵でしょ?」


「…はい、ミラルダ様。」


「さ〜て♪それじゃ、早速コージ君が作ってくれた泉で水浴びでもしましょうか。」


「そうですね。…アイリス、貴女もどうです?」


「はい!ご一緒します!」



三人は連れだって泉へと向かう。


この後三人は浩二の生命力が溶け込んだ泉に浸かり過ぎてとんでもない事になるのだが…それはまた。



□■□■



シュレイド城へと帰った浩二は、ソフィアに殴られ、遅い夕食を摂り、ベットにて忙しく目まぐるしい一日を終えた。


そして次の日。


訓練所には蓮と麗子の魔法の的になる浩二と猛の姿があった。



「うおっ!ちょっ…待てって!おいっ!」


「頑張れー猛!」


「そのスキル狡いぞ兄貴っ!」



青い火の玉と氷の矢が辺り一面に降り注ぐ中、浩二の後ろに隠れながら猛が愚痴る。



「猛!アンタ往生際が悪いわよ!」


「そうだー!お兄さんに隠れるのは狡いぞー!」


「アホ抜かせ!何で俺が往生しなきゃならないんだよっ!」



うん。今日もシュレイド城は平和だ。

次々と放たれた魔法を身体に触れる前に『絶対魔法防御』でかき消しながら浩二はしみじみと思っていると…



〔コージ君、『マナドレイン(見習い)』がレベルMAXになったよー。これで『マナドレイン』を覚えたね。〕



蓮と麗子に精神力を譲渡している最中に女神様から緩い感じにアナウンスが入る。



「アナウンスってこんな感じなんですね。」


〔ん?もっと機械的な方がいい?〕


「と言うと?」


〔んーと、…コホン。〕



女神様は小さく咳払いをすると機械的に話し出す。



〔『マナドレイン(見習い)』がLV10になりました。

『マナドレイン(見習い)』が消失し、新たに『マナドレイン』LV1を取得しました。…どう?〕


「女神様…一体何処から声を出してるんです?女神様の欠片も見当たりませんが…?」



本当に機械音声みたいでびっくりした。



〔ふふっ、色々方法はあるんだよ。で?どっちが良い?〕


「最初のでお願いします。あんな機械音声女神様じゃありません。」


〔ふふ、りょーかい。それじゃまたね。〕


「はい。」



女神様との会話を終えて二人を見ると、何やら可哀想なものを見る目をこちらに向けている。



「ん?どした?」


「…アンタ…随分と豪快な独り言ね…」


「お兄さん…話したいなら私が話し相手になるよ…?」


「…え?あぁ、今女神様と会話してたんだよ。『マナドレイン(見習い)』のレベルがMAXになったってアナウンスをしてくれたんだ。」


「「女神様?」」



二人の声が綺麗にハモる。



「アレ?蓮には話してなかったっけ?種族進化した時に知り合ったこの世界の神様代行なんだって。今は俺の『女神の加護』ってスキルになって色々助言をしてくれてるんだ。」


「…アンタ…それって…実質この世界のトップじゃない!そんな人相手にあんな感じで話しちゃって良いの!?」


「んー…大丈夫なんじゃないかな?」


「…アンタの事が益々分からなくなって来たわ…」


「流石お兄さんだねっ!」



麗子は何とも微妙な表情を浮かべ、蓮はいつも通り元気一杯だ。



「兄貴、もう終わりで良いんだよな…?」



疲れ切った顔をした猛が浩二の後ろから歩み寄り話し掛けてくる。



「あぁ、お疲れ。ちゃんとMAXになったぞ。」


「そっか、良かった…俺は限界だわ…」



そう言ってその場に座り込む猛。



「だらしないわね…あのぐらいで。」


「巫山戯んなっ!お前らは兄貴に精神力回復して貰えるから良いけど、俺はひたすら避け続けてんだからな!アホみたいに魔法ばら撒きやがって!」


「お兄さんは避けてたよね?」


「それこそアホか!兄貴と一緒にすんなや!」


「失礼な!」


「兄貴はもっと自分の規格外さを自覚しろよな!」


「…俺ってそんなに?」


「…普通じゃないわね。」


「うん!」


「化け物だよ。」


「お前ら本当に失礼だな。」



実に容赦の無い物言いだ。

まぁ、浩二自身はこの位砕けた関係の方が気楽で良いようだが。


等といつもの様に平和な会話をしていると訓練所の入口からソフィアが駆け寄って来る。



「マナドレインは覚えられた?」


「あぁ、バッチリだ。そっちは?」


「準備出来てるわよ。…ねえ、本当にあの部屋でやるの?」


「うん。あの部屋が一番使いやすいんだ。隣に倉庫もあるしね。」


「なら良いけど…それじゃさっさと始めましょ。」


「だな。」


「兄貴?何か始めるのか?」



二人の会話を聞いていた猛が口を挟む。



「あぁ、これからナオの新しい身体を作るんだよ。」



□■□■



シュレイド城の地下にある倉庫と併設された小部屋。

又の名を『浩二の工房』

今迄いくつものアーティファクトクラスの魔道具が作られて来た場所であり…今日また一つのアーティファクトが生み出されようとしていた。



「それにしても…集まったなぁ。」



工房を見回した浩二は呟くように口にする。



「ナオが生まれ変わるのよ?立ち会わない訳無いじゃない!」


「…早くナオちゃんに会いたいです。」


「私もー!」


「私もです!」


「私は単に興味本位で来ただけよ?」


「兄貴、ナオってあの猫だよな?」



ソフィアに初期人族組の三人に二期人族組の猛に麗子。

はっきり言って狭い。

唯でさえ部屋の真ん中にあるテーブルが部屋の殆どを占めているのだ、周りに六人も人が居れば狭くもなるだろう。



「一つ言っておくけど…少しでも邪魔したら叩き出すからな…?」



少し低めの声でいつに無く真面目に話す浩二。

浩二にとってナオはたった一人の家族であり大切な存在なのだ。


いつもと違う雰囲気を感じたのだろう、皆壁に貼り付くように移動し無言で頷く。



「よし、始めるか。ソフィア、オリハルコン貰うよ?」


「ええ、好きなだけ使いなさい。」


「ありがとう。」



この中の数名がオリハルコンの名にピクリとする。

口には出さないが叫び出したい気分だっただろう事は容易に想像出来る。


そんな戸惑いなど気付きもせず浩二は隣の倉庫からオリハルコンのインゴットが満載された縦横50cm四方の木箱ごと持って来てテーブルの上へと乗せると、中のインゴットを全て取り出す。

高々と積み上げられてゆくオリハルコン。

やがて木箱四箱分程のオリハルコンが積み上げられた辺りで浩二はソフィアに視線を送る。


視線に気付いたソフィアは黙って頷くと、先程から抱えていた綺麗な装飾の施された箱を浩二に手渡す。


浩二がゆっくりと箱を開けると…そこには冷凍保存されたナオの亡骸と淡い光を放つ魔核が収められていた。

それを見て一瞬悲しそうな表情を浮かべた浩二は、壊れ物を扱う様に慎重にナオの亡骸と魔核を取り出しオリハルコンのインゴットの山の隣に置く。


そして、後ろに半歩程距離を取り目を閉じる。

ゆっくり息を吸い…ゆっくり息を吐き出す。


繰り返す事数分…浩二の呼吸音のみ響く静まり返った部屋の中で浩二の身体から白く輝く靄が立ち昇り始めた。


やがて靄がユラユラと揺らめき浩二の姿を隠してしまう程の濃度になった所で

浩二はゆっくりと右手を前に翳す。


次の瞬間、身体に纏わり付いていた靄が一気に右手に集まり眩い輝きを放つ。



「さぁ、始めようか。」



浩二は目を開き、真剣な表情で言い放った。

想像する…


ナオの新しい姿を…


元々人間だったのなら、姿は人型だな…

身体は内部部品も含めて総オリハルコン製…

一応猫の部分も残す…ならば…猫の獣人をイメージ…

体色は肌色…毛並みは猫の時と同じアメショー柄…片耳は茶色で…

顔は…ナオの魂から人間だった頃のものを…


次はスキルだな。


俺の使えるスキルで転写出来るものは全て…

聴覚、視覚、触覚、味覚、嗅覚は惜しみ無く魔核を使おう…

更に魔素急速収集と圧縮用とバッテリー代わりの魔核…


そして…


俺の魂を転写…


よし!



「クリエイトマシナリー!!」



浩二がそう口にした瞬間、右手の光がオリハルコンとナオの亡骸、魂を込めた魔核を包み込み一つの光の塊になる。

それと同時に浩二から何かがゴッソリと吸い取られる。



「ぐっ…久しぶりだな…このキツさ…っ!」



右手を翳したまま膝を付きそうになるのをグッと堪える。

何時もなら心配で駆け寄って来るソフィアも今日は真剣な表情で見守っている。


やがて光が人型を取り始め徐々に輪郭がハッキリして来る。


そして…



「…よし…完了だ。」



浩二が額の汗を袖で拭いながら口を開いた。


テーブルには、一体のマシナリーが横たわっている。


綺麗な銀髪に凛とした顔立ち。

その銀髪を掻き分ける様にピンと立った猫耳。

スレンダーでありながら出る所は出た健康的な身体付き。

そして身体の部分的に生えたアメショー柄の毛並みと長い尻尾。


浩二はまだ目の醒めないナオの身体に布を被せる。

恐らく裸であろう事を予想して準備していたのだ…浩二にしては気の利いた行動だ。



「…ナオ…」



浩二は静かに歩み寄り優しく声を掛ける。

しかし、ピクリとも動く気配が無い。



「…ナオ…?」



まさか…失敗したのか!?

浩二の頭の中で最悪の事態を想像したその時…



〔大丈夫だよ、コージ君。今ナオは私の所に来ている。〕


「女神様!?」



頭の中に女神様の優しい声が響く…と同時に、



〔浩二っ!今帰るからねっ!〕


〔こら、ナオっ!全く。〕



鈴を鳴らしたような、それでいて元気に話し掛けてくるナオの声が聞こえてきた。

その声を聞いた途端に浩二の顔に笑顔が戻る。


それにしても…何故ナオが女神様の所に…?

ん?…女神様の所…まさか…



〔コージ君…君は相変わらず滅茶苦茶だね。どれだけ本気で彼女を作ったんだい?…生まれてすぐに上位種とか…私ですら聞いたことがないよ。〕



そのまさかの答えが女神の口から浩二に伝えられた。



〔ははは…すみません…かなり本気でしたから…〕


〔まぁ、君は最上位種だからね…前例が無いのも無理は無いか。後少ししたら彼女をそちらに帰すから、もう少し待っててくれ。〕


「分かりました。ナオの事、よろしくお願いします。」


〔うん、任せておいて。〕


〔浩二ーっ!また後でねーっ!〕


〔だから、念話に割り込むんじゃない!…それじゃまたね。〕


「あ、はい。」



何だろう…凄く疲れたんだが。

きっと、ナオを作った時に力を使い過ぎたからだな、うん。きっとそうだ。



「コージ…?ナオはどうなったの?今、女神様と会話してたみたいだけど…」



女神様との会話終るのを待ってからソフィアが心配そうに浩二へと問いかける。



「あぁ、ナオは大丈夫だよ。今女神様の所に行っているみたいですぐに帰ってくるそうだ。」


「そう…良かった。…って女神様の所に!?…まさか…」



お、気付いたのかな?



「多分当たりだよ。ナオは上位種になったみたいだ。」


「…それはまた…生まれながらにして上位種とか…とんでもないわね…」


「俺が本気でやり過ぎたらしい…」


「ああそっか、コージだもんね…それは仕方ないわ。」


「え?それで納得しちゃうんだ?」



相変わらず浩二に対しての評価が酷い。


そんな会話をしてる二人を周りにいたメンバーが何が起きたのか分からない顔で見ている。

何とも微妙な表情…とでも言えばいいのか、眼の前で起きたぶっ飛んだ現象を見て言葉が出ない様だ。



「皆…何と無く言いたい事は分かるわ…これがコージよ。」



ソフィアが周りに気付いたのか酷い言葉で助け舟を出す。



「凄い凄いとは思ってましたけど…ここまでとは…」


「ねー…もうなんて言えばいいか分かんないよね。」


「…お兄ちゃんが想像より遥かに凄いって事だけは…分かりました。」



最初に口を開いたのは舞。

それに続くように蓮と栞も感想を口にする。

うん。引いているのが手に取る様に分かるな。



「兄貴って…絶対敵に回したらダメなヤツだよな…」


「…そうね…コレは予想を遥かに超えてるわ…」



続いて猛と麗子も…

うん?引く以外に若干怖がられてる?



「…えーと…そんなに引かなくても良いんじゃないか…?」



ちょと悲しくなって来た。



「…コージ…今のを見て驚くなってのは無理な話よ?」


「そうなのか?まぁ、確かにあんまり作ってる所は見せた事無いけど…」


「あのね…舞と蓮と栞はコージのステータス見てるしある程度の耐性はあるけど、あの二人に関しては前情報何にも無いのよ?…それでいきなりあの特殊なクリエイト見せられたら…そりゃ怖いわよ。」


「やっぱりこの作り方は特殊なのか?他のやり方見た事ないから知らないけど…」


「特殊も特殊よ。オートマタって言えば本当なら…全てのパーツを個別に作って組み上げるものなんだから。しかも、コージが作ったのはその上位互換であるマシナリーよ?少なくとも年単位はかかる筈よ。」


「年!?」


「そうよ。本来年単位かかるものをコージは十数分で終わらせちゃったの。しかもメイン素材以外は全部コージの自前で。いい?メインの素材以外に本当なら魔物の素材や植物から抽出した成分やそれ等を加工する道具何かも必要なのよ?」


「何だか…聞いてるだけで面倒臭そうだな…」


「何より…一番の壁は魔核よ。コージ、ナオに一体幾つの魔核使った?」


「…んー…正確には分からないけど、2、30個は間違いないと思う。」


「…アンタ…聞かなきゃ良かったわ…まぁ、それは置いといて魔核ってのは純度が上がればそれだけ入手が困難になるの。質が下がるとそれだけ刻める命令が少なくなって出来上がる物の質も下がるから、より純度の高い魔核を使うのが重要なの。知らないと思うけど…コージの作る魔核って、何個か売っぱらうだけで数十年遊んで暮らせる金額が手に入るレベルの純度なんだからね?」


「そんなに!?コレが…?」



浩二は何の気なしに掌に魔核を一個生成するとマジマジと観察を始めた。



「ちょ、ちょっと!?何よその魔核!?」



浩二が掌で転がす出来たてホヤホヤの魔核を見てソフィアが目を剥く。



「え?何って、自前の魔核だけど…」


「前に見た時と違うじゃない!」


「あぁ、エルダードワーフになってから作れる魔核の純度が上がったみたいなんだ。」


「聞いてないわよ!…まさか…ミラルダにあげた魔核って…」


「あぁ、うん。この魔核に生命力を限界まで込めて渡したよ。12、3個。」


「…その純度の魔核を…12、3って…」



ソフィアが額に手を当て力無く首を振る。



「…ソフィア?」


「…前言撤回よ。その魔核なら…数個売れば一生遊んで暮らせるわ…」


「マジで!?」



コレが数個で…!?

浩二は魔核を人差し指と親指で摘みマジマジと見詰める。



「もっと驚くのは…それだけの純度の魔核十数個に限界まで生命力を込めてもピンピンしてる浩二の体力の方よ…」


「いやぁ、そんなに褒めるなよ。」


「褒めてないわよ!呆れてるのよ!」


「ええー…」


「…そりゃ、その魔核数十個使って作れば上位種にもなるわよ…」


「…やり過ぎた…?」


「…間違いなくオーバースペックね…ナオが身体の性能に振り回されなきゃ良いけど…」


「…ナオ…すまん。」



浩二がナオに向けて両手を合わせ詫びを入れていると、眠ってる様に動かなかったナオの瞼がピクリと震えた。



「…ナオ?」


「…うぅ…ん…っ……浩二…?」



ナオの瞼がゆっくりと開き、目の前の浩二の姿を捉えると…



「…浩二…っ…浩二ぃっ!!」


「うおっ!?」



一糸纏わぬ姿で浩二の名を呼びながら、目にも留まらぬスピードで浩二に抱き着く。


そして…そのまま轟音を伴い浩二ごと後ろの壁をブチ抜いた。



「ちょっ!?ナオっ!?」


「浩二ぃっ!浩二ぃっ!!」



パラパラと瓦礫が降る中、力一杯浩二を抱き締め胸に顔を埋めながら何度もその名を呼ぶ。



「…お帰り…ナオ。」


「うん…うんっ!ただいまっ!」



優しく頭を撫でられながら満面の笑みで言葉を返す。


パッと見は感動の再会なのだが…

余りにも衝撃的過ぎて言葉も出ない面々。


壁をブチ抜く勢いで抱き着く方も大概だが、自らで壁をブチ抜きながらも平然と受け止める浩二もどうかと思う。



「…はぁ…ま、取り敢えず…お帰り、ナオ。」


「うん!ただいまっ!ソフィアちゃん!」



やはり一番最初に気を取り直したソフィアがナオを迎える。

浩二に馬乗りになりながら笑顔で応えるナオ。



「それはそれとして、まず服を着なさい!服をっ!」



素っ裸で浩二に馬乗りになっているナオに駆け寄り用意してあったのだろう白いワンピースをズボッと頭から被せる。



「んしょっ…と。ありがとう、ソフィアちゃん。」



袖から腕を出しながらお礼を言うナオ。

浩二に馬乗りのままで。



「良いから、さっさと浩二から退きなさい!」


「えー!」


「えー!じゃない!貴女下着も着けてないのよ?」


「あ、そっか。私、もう猫じゃないんだもんね。」


「まぁ、半分位は猫みたいなもんだけど…後から私の下着を…って…入るかしら…?」



ナオの身体を上から下まで視線で流した後言葉が尻すぼみになる。

明らかにソフィアとは違う体型だ。



「コージの変態っ!」


「え!?俺!?」



自らの身体をチラリと見た後、やるせなさの矛先が浩二に向いた。


そして、壁にポッカリと開いた穴の向こう側の三人の賑やかなやり取りを見ながら、ギャラリーが我に返ったのはもう少し後の事だった。



□■□■



「よーし!行くよーっ!」



訓練所にナオの元気な声が響く。

だが、元気な掛け声とは裏腹に物凄いスピードで浩二へと迫るナオ。

しかし…



「…あれ?」



気付けば浩二の横を通り過ぎ数m離れた所で地面に四つん這いになりながら急ブレーキをかけていた。



「だから言ったろ?少しづつ慣らせって。」


「う〜ん…この身体見た目は凄く好みなんだけど…出力おかしくない?」



やはり完全に身体に振り回されている様だ。

なまじ高性能な身体ゆえ頭で考えた動きが寸分の狂いも無く実行出来てしまう。

しかし中身は元普通の人間だった訳で、最近までは猫だった。

身体は動いても中身がついて行かないのだ。


今の動きも単純に高速で浩二へと迫る予定が、気づいた時には横を通り過ぎていた。

いくらスペックが高くても操縦者のレベルが追い付いていなければ宝の持ち腐れである。



「ゆっくり慣らそう。ちゃんと付き合うからさ。」


「うん。ありがとう浩二。」


「やっぱりいきなり組手はハードル高いからさ、取り敢えずその辺を適当に走ろうか。」


「りょーかい!」



浩二とナオは訓練所の壁沿いをゆっくりと走り始めた。


訓練所の外周は大体7、800m位で、そこを二人並んでゆっくりと走る。

すると、走り始めて直ぐに走り寄ってくる二つ影が二人と併走しながら話し掛けてくる。



「兄貴、何やってんだ?走り込みなんて珍しいな。」


「あぁ、ナオの慣らし運転だよ。」


「お兄さん!ナオちゃん!私も一緒に走るー!」


「構わないけど…徐々に速度上げてくからな?」


「蓮ちゃんも一緒に走るの?」


「走るーっ!」


「俺も。行ける所まで着いてくわ。」



こうして、ナオの慣らし運転という名の持久走が始まった。



□■□■



「はぁ…はぁ…はぁ…あぁー…っ!もう走れんわ!!」



最初に脱落したのは猛だった。



「猛ーっ!だらしないぞー!」



息も絶え絶え訓練所の地面に座り込んだ猛を追い越しながら後ろを振り向き声を掛ける蓮。

彼女はまだまだ余裕そうだ。



「あー…何でも良い、後は任せた…」


「んー、了解っ!」



蓮は猛に手を振りながら答えると、遅れを取り戻す様に走り出し二人に追いつく。



「蓮も無理しなくていいからな?実際結構走ってるし。」


「そうだよ?蓮ちゃん。」


「大丈夫、大丈夫っ!まだまだ行けるよっ!」



実際は結構なんてレベルでは無い。

あれから一時間弱、ほぼ全力疾走に近いスピードで永遠と走り続けているのだ。

まぁ、あくまで一般的な全力疾走だが…



「そっか。無理はするなよ?」


「分かってるよー!」


「ナオ?大分慣れてきたか?」


「うん。力加減が分かって来たかも。」


「よし!それじゃ、もう少しスピード上げるぞ?」


「うんっ!」



蓮が付いて行けたのはそこまでだった。


明らかに上がるスピード。

最早疾走ですらない。


蓮は「何処が少しだっ!」と突っ込みを入れたくなるのを堪え、猛の隣に腰掛けるのだった。



□■□■



「蓮ちゃん、岩谷さんとナオちゃんは?」



猛と蓮が座り込んで少しした頃、舞と栞が二人の所へ駆け寄って来た。

手には何やら包を持って。



「んーと…あの辺かな…?」



蓮の指差す人差し指が微妙に左右へと振られる。



「え?どこどこ?」


「あ!ほら、今少し見えた!」


「え?どこよ!」


「あの辺をずーっと見てればたまに見えるよ。」


「?」



舞と後ろで話を聞いていた栞が蓮の指差す方向を凝視する。

丁度緩やかなカーブを描いている城壁辺りだ。


二人が凝視する事数分…



「…あ!今のナオちゃんだ!」


「えー!栞には見えなかったよー!」


「ほらほら、あのカーブの辺り…よーく見てて…ほら!今!」


「…あ!本当だ!」



光に煌めく銀髪を靡かせ一瞬城壁を走るナオの姿が見えた。

…城壁を…走る?



「…えーと…ナオちゃん何をしてるの?」



姿が見えた事に喜んでいた舞が壁を走っている事の異常性に気付き問い掛けてきた。



「なんかな、走るスピードが早過ぎて城壁使わなきゃカーブを曲がれないみたいだわ。兄貴に関しては壁を使って曲がるの上手すぎて少し前から姿が見えないし…」


「え!?岩谷さんも一緒なの!?」


「…多分な。用があるなら呼んでみれば?アレは多分…夢中になり過ぎて止め時見失ってる感あるし…」



呆れ顔の猛がヤレヤレと首を振る。

やがて舞と栞は顔を見合わせせーので二人を呼ぶ。



「岩谷さぁーーん!ナオちゃぁーーん!」


「お兄ちゃぁーーん!ナオちゃぁーーん!」



すると、遠くに少しボヤけた二人の姿が見えたかと思った次の瞬間にはもう目の前まで来ていた。



「どした?」


「舞ちゃん!栞ちゃん!どうしたの?」



息も切らせず普通に問い掛けてくる二人。



「………二人は何処を目指してるんです…?」



舞の辛辣な質問に苦笑いする浩二。

実際には別な用事があったのだが、余りの事に口から出た言葉がコレだ。



「いやぁ…何か途中から楽しくなっちゃって…瞬動使わずに何処までスピード出せるか試したくなってさ。」


「酷いよ浩二!どんどん先に行っちゃうんだもん!」


「ゴメンな。でも、ナオも結構速かったぞ?大分慣れたんじゃないか?」


「んー…どうかな…前を走る浩二の真似してただけだしね。」


「兄貴の真似が出来る段階で色々おかしいからな?」



ナオの発言に思わず突っ込みを入れる猛。



「えー…だって、折角こんなに凄い身体作って貰ったんだよ?ずっと夢見てた事が出来るようになったんだから、手を抜くなんて事出来ないよ。」


「ナオちゃんの夢って…何?」



舞は、ナオの言う夢というものが気になり思わず聞いてしまう。

すると、少し寂しそうな顔を浮かべナオが口を開く。



「浩二と一緒に歩く事。猫の時には出来なかったから…」


「…ナオちゃん…」


「だから、これからも色んな事を一緒にしたい。こんな世界だもん、浩二の隣に並ぶなら…もっと頑張らなきゃ!」


「…ナオ。」



浩二は優しく笑いながらナオの頭を撫でる。

そして、ナオが猫の時の癖なのか耳の後ろ辺をコリコリと引っ掻くようにする。

ナオは気持ちが良いのか、顔をフニャっとさせて浩二に擦り寄る。



「あー…アレは完全に猫だな。」


「だね。いいなー!私もナオちゃん撫でたい!」



猫の時からナオに拒否され続けていた蓮が羨ましそうに浩二を見る。

そんな蓮を見てナオが口を開く。



「だって、蓮ちゃん撫で方が乱暴なんだもん…猫の時一回撫でさせてあげたら…痛かったんだからね?」


「…そう…だったの?」



何故撫でさせて貰えなかったのか、こんな所でその理由が明らかになった。



「ゴメンね…ナオちゃん…」



ガックリと項垂れる蓮。

その姿が余りにも不憫だったのだろう、ナオは名残惜しそうに浩二から離れると項垂れる蓮の元へと歩み寄るとその場でしゃがみ頭を差し出す。



「優しく撫でてくれるなら…良いよ…?」


「…っ…ナオちゃんっ!」



瞳を輝かせナオに飛び掛りそうになる自分を押さえ付け、ゆっくりとナオの頭に手を伸ばす。



「…ん…っ…」


「はあぁ…っ…柔らかい…幸せぇ…」



余程良い手触りだったのだろう、完全に顔が緩みまくっている。

まぁ、控えめに言ってナオの毛並みは手触りも最高だからな。


そんな蓮の姿を羨ましそうに見ていた舞が思い出した様に口を開く。



「あ、ナオちゃんの服、調整済んだみたいだから持って来たんだった。」


「本当!?やったぁ!」



舞の言葉に耳をピクッとさせたナオは素早く舞の元へと走り寄る。

うん、走る時の力加減も上手くなってるな。



「はい、ナオちゃん。…麗子ちゃんも言ってたけど…本当にこの服で良いの?」


「うん!ずっと着てみたかったんだぁ!」



舞から包を受け取り早速その場で着替えようとするナオ。



「ナオちゃん!ダメだよっ!」



白いワンピースを捲り上げようとしていたナオを舞が慌てて止める。



「えー!良いじゃん!」


「良くないよ!女の子なんだからっ!」



舞は包を拾い上げるとブーブー言っているナオの背を押し近場にある訓練所の小部屋へと連れて行ってしまった。



「…なんつーか…流石兄貴の飼い猫だな…」


「…色々奔放だよね。」


「…兄貴に似たんだなきっと。」


「失礼だなお前ら。」



蓮と猛の呟きに食いつく浩二。



「でも、すっごく可愛いよ?」


「うんうん、ありがとうな栞。」


「へへへー」



浩二に頭を撫でられてご満悦の栞。


そんな会話をしていると、着替えが終わったナオと舞が戻って来た。



「…ナオ?」


「どう?浩二っ!似合う?」



その場でくるりと回転して見せるナオ。

スカートが舞い上がり色々と見えたが…下着はちゃんと履いているようだ…いや違う。



「何でメイド服なんだ?」


「この城のメイド服見てからずっと着てみたかったんだ!…似合わなかったかな?」



俯き加減に上目遣いでこちらを見るナオ。

小聡明い…が可愛い。



「いや、似合ってるよナオ。」


「本当っ!やったぁ!ほら、見て見て!ここに穴開けて貰ったんだ!あと、スカートにスリットも!」



お尻を向けて尻尾をフリフリと動かす。

成程、尻尾を通す穴を開けて貰ったのか。

あと、良く見るとスカートの両脇にスリットが入っているようだ。

布同士を重ねるようにしてあるからパッと見は分からないが。



「あのままだと動きにくかったからね。」



確かに活動的なナオならではかもな。



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