4章 新しい魔王

第十九話

「あ~、やっぱりコージ君だったのねぇ~♪」



間延びした声で出迎えてくれたのは、すっかり元の話し方に戻ってしまったミラルダさんだった。


実は浩二、ここに来るまでにちょっとした騒動を起こしてしまっていた。



遡る事一時間程前。


浩二はソフィアと一緒にサキュバス領へと向かう為地下一階の転送の間にいた。

そして、いざサキュバス領へと浩二は何の気無しに魔法陣に足を乗せた瞬間、バチンッ!と電気が走る様な音と共に魔法陣が消失した。



「え?…何!?」


「…は?…ああぁーっ!しまったっ!」



キョトンとするソフィアの横で浩二が何かに気付いたように頭を抱える。



「コージ…?何をしたの…?」


「えー…と、多分『絶対魔法防御』のせいかと…」


「…コージ…アンタ何してるのよ…この魔法陣、新たに作るの大変なのよ?」


「…すみません…」


「…はぁ…仕方ないわね…後からシルビアに連絡付けないと。」



額を押さえ首をフルフルするソフィア。



「いや、本当に面目無いです…」


「良いわよ。まだ慣れてないんだもんね。でも、気を付けなさいよ?間違っても城の大結界とかに触れないようにしないと。」


「色々不便だなぁ…」


「仕方ないわよ。力の代償ってヤツよ。それより…どうやってサキュバス領に行こうかしら…」


「あぁ、それなら大丈夫。サキュバス領には一回行ってるから。」



そう言って浩二は右手を翳しゲートを開く。



「なる程、あの時の無駄は無駄じゃなかったのね。」


「あぁ、でも…」


「ん?何?」


「問題は俺がゲートを通れるかどうか…って事だよ。」


「…あ!…どうするのよ…」



浩二は額に手を当てウンウンと唸りながら打開策考える。

そして出した結論が…



「コージ…貴方本当に脳筋ね…」


「仕方ないだろ?…それ位しか思い付かないんだから…」


「それにしたって…出した結論がゲートが消失するよりとか…」



そう、浩二は身体に触れた瞬間からゲートが消失を始めるのならば…消失する前に素早く通り抜けてしまおう…と言うものだった。



「まぁ、取り敢えずやってみよう。ソフィアは下がってて。」


「…気を付けてね?コージ。」


「…頑張るよ。」



浩二は一度ゲートを消し、自分の身長程のゲートを作り…半身になりゆっくり右脚に力を込める。

手加減無しの全力で『瞬動』を使うつもりらしい。



「…よし!…行くぞ…っ!…ふっ!」



小さく素早く息を吐き出した次の瞬間、浩二の姿はゲートの向こう側にあった。

と、ここまでは良かったのだが…


ゲートを抜けた先でゴオオッ!と激しい轟音が響き渡ったかと思えば、浩二が通り過ぎた後ろの木々が根元から引っこ抜かれ中を舞う。



「うおっ!?何だ!?」



当事者である本人も何が何やら分からない様子だ。


簡単な話なのだが…

浩二は音速を超えたのだ。

最上位種の手加減無しの全力。

まぁ、右手には足枷の鎖が装備されてはいるが…


所謂「ソニックムーヴ」という奴だ。

音速の壁を超えその衝撃波が通り過ぎた後ろの木々を吹き飛ばしたのだ。



「何事っ!?」


「何!?今の音!?」


「森が爆発!?」



その轟音を聞きつけたのだろう、サキュバス達が次々と現れる。


そこにはバツが悪そうに頭をポリポリとかく浩二が一人ポツンと佇んでいた。



「コージ様!?」


「あー…お騒がせしてすみません…」



もう、謝るしか無かった。


結果として、ゲート自体に触れなければ繋がった場所には行ける…つまりはのゲートを作り、ピョンと飛び込めば問題無い…という結論に達した。



「…移動するだけで森を吹き飛ばすとか…やっぱりコージは大人しくしていた方が良いんじゃないかしら…?」



浩二が通った後にゲートを抜けて来て辺りを見たソフィアが最初に口にした言葉である。


早々に『絶対魔法防御』で無効化されない『足枷の鎖・改』の開発が必要そうだ。



さて、話は冒頭に戻る。


様子を見に来たサキュバスさん達に頭を下げつつミラルダさんの住む滝の側の神殿まで案内して貰い、出迎えてくれたミラルダさんの口から最初に出された言葉が冒頭のアレである。



「…すみませんミラルダさん…領内の森を滅茶苦茶にしてしまって…」



サキュバス領に来てからずっと頭を下げっ放しの浩二。



「もぉ~、そんなの気にしなくて良いわよぉ~♪」



しかし、ミラルダはそんな浩二をギュッと抱き締め笑顔で言った。



「で、でも…」



浩二より身長の高いミラルダが抱き付けば当然そうなるが…

今浩二は二つの膨らみに頭が埋もれている。

そんな事は気にもせずミラルダは浩二に囁く様に口にする。



「一応この場所は「魔の森」よぉ~?あんなの二、三日で元に戻るわよぉ~♪」


「…マジですか?」


「マジ、マジぃ~♪」


「そっか…良かったぁ…」


「ふふっ♪コージ君はぁ、マジメねぇ~♪」



更に抱き締める力を強めるミラルダ。

しかし、ちっとも嫌じゃない…寧ろ気持ちが良…



「馬鹿コージっ!いつまでそうしてるのよっ!」



ソフィアの怒鳴り声で我に返った浩二は、慌ててミラルダから離れる。



「ああん♪もう離れちゃうのぉ~?」


「ミラルダさん、話が進みませんから…」


「ちぇ~っ、まぁ~そうよねぇ~♪今日はぁ~屑の事で来たんでしょ~?」



さっきまでと話し方は同じだが、明らかにミラルダの目の色が変わった気がする。



「ええ、スキルを取り戻しに来ました。」


「分かったわぁ、パルメぇ~案内してあげてぇ~♪」


「はい、ミラルダ様。コージ様、こちらです。」



パルメと呼ばれたサキュバスは、浩二に一礼すると先導して歩き出す。

浩二は後ろに付いて歩きながら気になった事を聞いてみる。



「ミラルダさんは来ないんですか?」


「ええ、今は私達が管理しています。」


「管理?」


「はい。そう言えばコージ様は知りませんでしたね。サキュバス領にはもう一つの顔があります。」


「もう一つの顔って…?」


「…先ずはご覧下さい。…さぁ、こちらです。」



ミラルダの住む神殿の様な入口から中に進む事数分、距離にして50m程進んだ場所に分厚い扉が現れる。

パルメはその扉を開くと、その先には地下へと続く階段が見える。



「ここを降りれば、目的の場所です。」



それなりに広く作られている地下へと続く階段。

螺旋状に続く階段を二人で降りてゆく…そして目的の場所に到着した浩二は言葉を失った。



「最終地下流刑所へようこそ…コージ様。」



パルメは浩二に向かい感情の篭らない声でそう告げた。


螺旋階段を降りてすぐ広い円形のエントランスの様な物があり、そこから放射状に長い廊下が三本走っていた。

その内の一本に目を向けると…


牢屋。


鉄格子が付いた牢屋が一本の廊下につき十部屋程並んでいる。

そして、その牢屋の鉄格子を挟んだ真向かいに用途不明の椅子が備え付けられていた。



「…流刑所…?」


「はい。此処は男性専用の最終流刑所です。あぁ、そんなに怯えないで下さい。コージ様を収容する為にお越し頂いた訳では有りませんから。」



顔に出ていたのだろう。

パルメはニッコリと笑いそれを否定した。

逆にその笑顔が怖かったりするんですが…


丁度その時、一人の若いサキュバスが鉄格子の前にある椅子に腰掛けた。

顎に人差し指を当て、難しい顔をしている。


次の瞬間



「ぐああぁあーーっ!!痛い痛い痛いっ!!」



男性の絶叫が廊下に響き渡る。

途端にざわめき出す周りの牢屋の中の男性達。


そして、次々と絶叫し出す男性達。

良く見ると、若いサキュバス達が次々と現れ最初の一人と同じ様に椅子に腰掛け、鉄格子越しに中の受刑者を難しい顔で見詰めていた。


響き渡る男性の悲鳴、絶叫、怒号。

まるで悪夢の様だ。



「始まりましたね。ここでは日に三回この様に若いサキュバスが訪れます。」


「…彼女達は…何をしているんです…?」


「わかり易く申し上げれば「訓練」です。」


「訓練!?」



これが?

この悪夢の様な物が訓練?



「コージ様はサキュバスの食事は何だかご存知ですか?」


「…え?えーと…男性の精神力と生命力ですよね?」


「その通りです。神に禁止されてからサキュバスは番以外の生命力吸収…所謂「エナジードレイン」を使う事を禁じられています。よって、普段は主に精神力を吸収…つまり「マナドレイン」にて食事を行います。」



前にソフィアに説明された通りだ。

パルメは続ける。



「実を申しますと…サキュバスという種族は、マナドレインを使えないのです。」


「…え?」


「あぁ、語弊がありましたね、生まれながらに「マナドレイン」を使えないのです。サキュバスとして生まれ落ちた時点で「エナジードレイン」は使えるのですが、マナドレインは訓練にて習得しなくてはなりません。」


「成程…それは分かりましたが…あの絶叫や悲鳴は一体…」


「手際の悪いマナドレインは精神的苦痛を伴います。実際に肉体的ダメージはありませんが、精神的負担が激しく日に三回か限界なんです。いくら犯罪者とは言え、殺してしまっては先に繋がりませんから。」



まるで拷問だ。

ここに収容される位だから、余程の事をして来たのだろう。



「…不謹慎かも知れませんが…良いですか?」


「はい、どうぞ。」


「…練習相手は…その…足りてるんですか?」



彼女はここを最終流刑所と言った。

つまりはそれ相応の事をしないとここへは送られないという事だ。

結城クラスの犯罪者が常に現れるとは考えにくい。



「……実を申し上げますと…全く足りません。ここ数百年、この場所に送られて来る様な重犯罪者と言われる者は殆ど現れていませんので…」


「…やっぱり。…あの、パルメさん。俺に考えがあるんですが…」


「?」



多分上手くいく。

それには先ず結城からスキルを奪ってを得ないとな。



「…取り敢えず結城の所へ案内して貰えますか?」


「…あぁ、はい。こちらです。」



明確な答えを伝えないまま首を傾げるパルメに案内を頼み結城の元へ向かう浩二。

やがて三本の廊下のうち一本の最奥の牢屋へ辿り着くと、そこには質素な服に身を包んだ結城が力無く横たわっていた。


どうやら日に三度のが終わった直後らしく、パルメを見てビクッと身体を跳ねさせた結城は、濁った目で浩二を見ると鉄格子に駆け寄り必死に訴えかけてくる。



「岩谷っ!助けてくれっ!頼むっ!このままじゃ殺されるっ!」


「…大丈夫だよ。簡単には殺さない筈だから。」


「なっ!?貴様っ!今の俺を見て助けようと思わないのかっ!人で無しっ!!」



はぁ…こんな奴に勇者にスキルを全部返すまで会いに来るのかと思うと…気が重い。



「俺はドワーフだからな。さて、チャッチャと終わらせるか。」



鉄格子にしがみついていた結城の腕を徐に鷲掴みにすると、『掠奪』を使い『女神の加護』を奪う。

そして腕を離し何の感情も含まない表情で結城を見ると「じゃあな。」とだけ口にしてその場を後にする。



「…嘘だ…加護が…俺の加護が…」



膝をつきワナワナと震えブツブツと呟きながら床に目を落とす結城。

そして歩き去る浩二の背中に絶叫とも取れる叫び声を上げる。



「貴様あっっ!!返せぇっ!俺の加護を返せぇぇっ!!」



その言葉にピタリと動きを止めた浩二は首だけで振り返り



「お前に加護なんて最初からねーよ。」



そう言葉を投げつけ、結城の叫び声が木霊する地下流刑所を後にした。



□■□■



「女神様…取り返しましたよ。」



螺旋階段を上り終えた所で浩二は女神に語りかける。



〔……っ!コージ君っ!!〕


「うおっ!?…びっくりしたぁ…どうしました?女神様。」



感極まった様に名を呼ばれた浩二は突然の事にビクッと身体を縮めて驚く。

そう言えば名前を呼ばれたの初めてだな。



〔…ありがとう…本当にありがとう…っ!〕


「そんなに嬉しかったんですか?」


〔勿論だよ!…実を言うと…もっと時間が掛かると思っていたんだよ。君に『絶対魔法防御』のスキルが発動した時点でね。〕


「…成程、確かにスキル全般が使えなくなりましたからね。」


〔…だから半ば諦めていた。…なのに君はものの数日で打開策を見つけてしまった。あの時、君に『魂転写』のヒントを与えたのは私自身の為でもあったからね…全く…私は女神失格だよ…〕



喜ぶと同時に自己嫌悪に陥る女神。

全く…この女神様は本当に人間臭いな。



「仕方ありませんよ…あんな奴と一緒にいたら気落ちするのも無理無いですし…それよりも、女神様に言っておきたいことがあります。」


〔…なんだい?〕



少し緊張しているのを感じる。



「お帰りなさい、女神様。」



浩二はニカッと笑って嘘偽り無く思った事をそのまま口にする。



〔……ただいま…コージ君っ!〕



そう言った女神の顔が見えたのなら…きっと満面の笑みだっただろう。



□■□■



「お帰りなさぁ~い♪」


「あ、はい。ただいま。」



浩二の姿が見えたミラルダは首に絡まるように抱きつき出迎える。

新婚の奥さんみたいだ。



「コージもミラルダも場所を弁えなさいよねっ!」



そしてソフィアが怒る。

もう一連の流れの様に定着しつつあるこのやり取りに何処か癒される浩二。

先程までいた場所が場所だけに助かります。


首に絡まるミラルダを優しく引き剥がしながら浩二は先程思い付いた事をミラルダに話してみることにした。



「ミラルダさん、真面目な話があります。」


「…は~い…」



ミラルダは名残惜しそうに浩二から離れると、近くにあった椅子に腰掛ける。

一緒にいたパルメとソフィアも同じ様に椅子に座る。



「えーと、あの場所を見て来ました。で、新たな罪人の確保が滞っている今、このままではマナドレインを使えないサキュバスが出始めても不思議じゃありません。そうなると、満足に食事すら出来なくなりかねません。」


「……続けて。」



ミラルダの言葉使いが変わった。

真面目に聞く体制に入ったらしい。



「そこで、俺からの提案です。まずミラルダさんが俺にマナドレインを使います。俺がそれを覚えて、そのマナドレインを魔核に込めて魔道具化します。このマナドレインの魔道具を必要数作り、マナドレインを使えないサキュバス達に使ってもらおうかと。」


「…魔道具にするのは良いし、それを皆に使って貰うのも良いわ。でも、魔道具が壊れた時どうするの?これから先永遠にその魔道具をコージ君が修復してくれる訳では無いのでしょう?」


「えーと、魔道具はあくまでも補助具と考えています。魔道具を使って正しいマナドレインの使い方を実際に感覚として学べば習得も早まる筈です。しかも、魔道具を使えば犯罪者を使わなくてもマナドレインを使えますので更に習得が早まります。」


「…成程。あくまでも魔道具はマナドレインを習得する為の補助に使うのね?」


「はい。しばらく魔道具を使ってマナドレインを使い続ければ、やがては魔道具無しでも使えるようになる筈ですから。」


「…分かったわ。コージ君のその提案、有難く受け取るわ。でも、先ずは実験的に数人の若い娘達に使わせてみましょう。」



良し。取り敢えずこれで暫くは大丈夫だろう。

丈夫で壊れづらい魔道具を作らなきゃな。


等と頭の中で構想を練っていると…



「そ・れ・でぇ…私はコージ君のマナを吸い取れば良いのよね?」


「あ…は、はい。」



気付くと超至近距離にいたミラルダが耳元で囁く。

浩二は慌てて右手を差し出す。



「抱き付けないのは…残念ねぇ。まぁ、仕方ないか。それじゃぁ~頂きまぁす♪」



ミラルダは浩二の気で出来た濃紺の義手を優しく両手で包む様に握ると目を閉じる。

やがてゆっくりと身体から何かが吸い取られる感覚がしてくる。



「…ん…っ…コージ君のは…マナまで美味しいの…ね。」



時折身体をビクッと震わせながらゆっくり味わう様に浩二の精神力を吸い取ってゆく。

そして十数分程してミラルダは瞳を開く。

頬は薄く紅潮し、何故かその瞳は潤んでいるように見えた。



「…ふぅ~、ご馳走様…コージ君♪」


「はい、お粗末様でした。」


「ふふっ、ちゃんと「マナドレイン」は覚えられたぁ?」



撓垂れ掛かるように身を寄せ、潤んだ瞳で舌舐めずり…

この人…分かっててやってるな。

ドキドキする心臓を押さえ付け、平常を装う浩二。



「えーと…はい、覚えました。ありがとうございます。後はレベル10まで上げるだけですね…この辺りに魔物って出ますか?」


「出るわよぉ。だって此処は「魔の森」だもん♪」


「ですよね。ちょっと行ってきます。小一時間位で帰って来ますから。」



纒わり付くミラルダを引き剥がしながら浩二はチラリとソフィアを見る。

あー、やっぱり睨んでる睨んでる…



「…もう…コージ君ったら、つれないんだから…ええ、行ってらっしゃい。」


「…私はここで待ってるわ。…ふん、馬鹿コージ。」



ちょっと残念そうなミラルダさんと不機嫌なソフィアに見送られ、浩二は魔の森へと向かい走り出そうとした所で声が掛かる。



「あ、お待ち下さい、私が道案内致します!」



パルメがそう言って浩二に歩み寄る。



「ありがとうございます、それじゃ道案内よろしく。」


「はい、任されました。」



二人は軽く挨拶を交すと、パルメの先導で魔の森に消えていった。


そして残った二人。



「ねぇ、ミラルダ。」


「なぁに?ソフィアちゃん♪」


「…言葉使い…戻ってるわよ?」


「もう、普段の姿も見せちゃったし良いかなぁっ…て。」


「…そう。ミラルダが良いなら良いけどね。」


「もぉ~っ♪ソフィアちゃんってばぁ♪」



素っ気なく答えたソフィアに思い切り抱きつくミラルダ。

先程の浩二の様に膨らみに埋まるソフィア。



「ぷはぁっ!苦しいわよミラルダっ!その魔乳で窒息させる気っ!」


「ありがとうね、ソフィア。でもコージ君なら大丈夫でしょ?」


「…多分ね。でも、所構わず誘惑するのは止めなさいよね!」


「ん~?こうやってぇ?」



再び埋まるソフィア。



「むぐっ…!ぷはぁ…っ!だからっ!何なのよこのデカさはっ!腹立つっ!」



何とか魔乳から脱出したソフィアは憎らしげに二つの膨らみを揉みしだく。



「ああん♪ソフィアちゃんのエッチぃ♪」



何だかんだで仲の良い二人が文字通り乳繰り合っていたその頃、浩二とパルメは森の中で魔物を探していた。


そう、探していた・・・・・のだ。

魔物の巣窟とも言える「魔の森」で。



「…なかなか魔物って居ないものなんですね。」


「……おかしいです。」



パルメは浩二の質問への答えとも取れる言葉を呟く。



「…何か変なんですか?」



普段の森の様子を知らない浩二は首を傾げながら問い掛ける。



「ええ…明らかにおかしいです。普段ならこの辺りに来るまで軽く3、4グループの魔物の群れに遭遇してもおかしくありませんから…」


「…理由は分かりますか…?」


「…今の時点では何とも…取り敢えず戻りましょう!」


「ん!了解!」



短く返事をした浩二は来た道を戻ろうと振り返る。


そして見えた。


サキュバスの街へと大挙して向かう魔物の群れが。


「パルメさん!あれ!」



浩二は魔物の群れの方向を指差す。

パルメは浩二が指差す方向を見て…そして青褪める。



「…何なんですか…アレは…?」


「何って…普通じゃないんですか?」


「あんな群れ…見た事ありません…しかも良く見れば数種類の魔物が混ざり合ってます。魔物が群れを成すことは良くある事ですが、本来別種の魔物同士が群れを作るなど有り得ません。」


「…んー…良く分かりませんが、取り敢えず緊急事態なんですね?…直ぐに戻りましょう!」


「はい!…って…え?」



浩二の言葉に返事を返した途端、突然足元に出来た大穴に驚く間もなく落ちていくパルメ。

そして、浩二は当たり前の様にゲートに飛び込みパルメを抱きかかえる。



「え?…ええーっ!?」



完全にパニクるパルメ。

落ちた先は先程までミラルダやソフィアと話していた場所。

そこにはまだ二人が浩二の帰りを待っていた。

突然頭上にゲートが開き最初は驚いていたソフィアも、やがて額に手を当て首を振る。



「よっと!」



軽い感じで着地を決める浩二。

目を白黒させて戸惑うパルメ。

驚くミラルダ。

そして…



「だから、いきなり足元にゲート作るんじゃないわよっ!」



浩二を殴るソフィア。



「痛っ!何で殴るんだよ!」


「次やったら殴るって言ったわよね?」


「ええー!?あれソフィア以外にも適用されるの!?」


「当然じゃない。彼女を見なさいよ…何が起きたか分からないって顔してるじゃない。」


「え?…あの…あれ?…」



未だに頭が付いてこないパルメ。

やがて周りを見て浩二を見て状況を把握したのか、真っ赤になりながら浩二の肩に手を置き立ち上がる。



「…コージ様…次は事前に一言お願いします…」


「え…あー…すみません。」


「ずるいわぁ!パルメばっかりぃ!私にもお姫様抱っこしてよぉ!」



頬を膨らませ浩二の首に絡みつくミラルダ。

話が進まないので、取り敢えずミラルダをお姫様抱っこして説明を始める。



「えーと、今この街に魔物の大軍が押し寄せて来てます。」


「そ、そうです!ミラルダ様っ!お姫様抱っこされながら「んふふー♪」なんて言ってる場合じゃ無いですよ!」


「えーと…コージ?その魔物ってどの位でここまで来そうなの?」


「んー…あと15分って所かな?…取り敢えず今俺が行ってチャッチャっと時間稼ぎして来るわ。」


「ちょっとコージ!時間稼ぎって…」



浩二はソフィアの言葉を最後まで聞く前に再び足元に作ったゲートに飛び込み行ってしまった。

ミラルダをお姫様抱っこしたまま。



「もう!馬鹿コージっ!…貴女パルメって言ったわね。今すぐサキュバス達に連絡して何処か安全な…そうね、中央の広場に集まりなさい。コージの事だから心配は要らないと思うけど…一応用心の為にね。」


「…あの…コージ様は大丈夫なんでしょうか…?」


「大丈夫よ。貴女達の長の懐きっぷり見たでしょ?…それにコージはあぁ見えて一応最上位種だからね。…それより、心配なのはコージが何をやらかすかの方よ…」


「…最上位種…!?」


「そうよ。ほら、急いでサキュバス達を集めて!何かが起きる前に…!」


「は、はいっ!」



パルメは直ぐに仲間達を集めるべく部屋から飛び出した。


最早心配は魔物の大軍では無く、浩二の行動の方へとシフトしていた。

確かに、ちょっと本気を出して移動しただけで森を吹き飛ばすのだ…考え無しに行動されれば何が起きるか分からない。



「…天変地異とか起きなきゃ良いけど…」



ソフィアの心配の規模も大概だが、心配の種が浩二ならば仕方の無い話だ。

彼女は深い溜息をつきながら額を押さえるのだった。



□■□■



「えーと…この辺りで良いかな。ミラルダさんちょっと提案なんですが…」


「んー?なになにぃ?」



お姫様抱っこされて御機嫌のミラルダは浩二に耳を寄せる。



「サキュバスの街の外周を壁で囲っちゃって良いですか?」


「んー…良いけどぉ…出来るの?」


「はい…多分。」


「なら、コージ君に任せるわぁ♪」



この後に起こる現象の事など想像もせず浩二に丸投げしてしまうミラルダ。



「それじゃ、早速…」



そう言って右手の掌を上に向けると、ジャラジャラと生成される超高純度の魔核。

そのうちの一つを地面へと落とすと、素早くその場を離れる。

次の瞬間、物凄い勢いで迫り上がる土の壁…その高さ十数m。

同時にサキュバスの街とは反対側の地面が激しく抉られてゆく。



「さぁ、どんどん行きましょう!」



浩二は一個の魔核で出来る壁の長さを計算しつつ、物凄いスピードでぐるりとサキュバスの街を一周しながら次々と魔核を地面へと落としていった。

ミラルダをお姫様抱っこしたまま。


次々と隙間を埋めるように迫り上がる土の壁、まるで堀のように抉れてゆく地面。

やがてものの十数分でサキュバスの街は立派な土の壁に囲まれ、その周りには深い堀が出来上がっていた。

更に、サキュバスの街に流れ込んでいた川の水が壁に塞き止められ堀に流れ込む。



「こんなもんかな。」


「………」



特に気負った様子も無く言い放つ浩二。

気が付くと、お姫様抱っこされながら唖然とするミラルダがいた。



「…さて…そろそろだと思うけど…」



浩二が出来立ての城壁の上で観察を始めると、まるで出番を待っていたかの様に無数の魔物がサキュバスの街へと押し寄せて来た。

先頭を走るのは浩二がシュレイド城の城壁でも見たあのマッドブル達だ。

彼等は目の前に壁があることに気づくと、まるで当たり前の様に頭を下げその立派な角で壁を突き破ろうとしている。




「コージ君っ!流石にあの数のマッドブル相手じゃ分が悪いわ!」


「多分大丈夫ですよ。」



浩二とミラルダのやり取りなどお構い無しに次々と堀へ飛び込み、水飛沫を上げながら壁へと激突してゆくマッドブル達。

そして、何故かギイィン!!と響く金属音。



「…え?」



土壁からは絶対にしないであろう音を響かせ次々とマッドブル達の突進を受け止める土の壁。


ミラルダはまだまだ浩二の事を甘く見ていた。

恐らくソフィアならば気付いていた筈だ。

あの浩二が作る土壁が普通の土壁である筈が無いと。



「上手くいったみたいで良かった。」



浩二は次々とマッドブル達を跳ね返す壁を見て満足気に頷く。



「…どうして…?」


「壁にする土を高圧縮したんです。魔核を使ってますから、一応この壁も魔道具ですよ。」


「…魔道具?…これが…?」



サキュバスの街をぐるりと囲んだ立派な土の壁を見てミラルダは呟く。

この規模の壁を見て誰が魔道具だと思うだろうか。



「俺のスキルで結構自由に魔道具を作れるんですよ。何だか作れる魔核もパワーアップしたみたいだし、込める命令も結構複雑な物で大丈夫みたいです。」


「…ふうん…なんて命令を込めたのぉ?」


「えーと、魔核に込めた命令は「土を圧縮して壁を作れ」と「壊れたら自動で修復しろ」です。」


「…成程ねぇ…ソフィアの気持ちが少しだけ分かった気がするわぁ。」


「え?」


「ううん。何でも無いわぁ♪それでぇ?この壁はどの位まで耐えられるのぉ?」



浩二はミラルダの質問に空を見上げ「んー」と唸りながら答えを探す。

そして満足のいく答えが見つかったのか笑顔で口を開く。



「大体グレートブルの突進位なら無傷で跳ね返せますね。」



そう言って右拳で壁をコンコンと叩きながらニカッと笑う。



「…いや…え?」



ミラルダが聞きたかったのは壁がどれ位保つのかであり、決して強度の話をしている訳では無い。

しかし、浩二の口から出たのはとんでもないものだった。

グレートブルと言えば、突進力で言えば魔物の中でも随一と言っても過言では無い強さを誇る。

過去にあのシュレイド城でさえ、何度か城壁を崩された経験があるのだ。

その突進を無傷で跳ね返す?

ミラルダは気を取り直し本来の質問をぶつける。



「えーとね、コージ君。私が聞きたいのは、この壁が魔道具としてどれ位この形を維持出来るか…と言う事なの。」


「え?…あぁ、勘違いしてました。えーと、ずっとですね。魔核が破壊されない限りは周囲の魔素を集めて勝手に回復しますし。」


「…え?…ちょっと、コージ君…何を言って…」



浩二の洗礼をまともに食らうミラルダ。

言葉遣いもいつの間にか素に戻ってしまっている。

今この場にソフィアがいたなら、優しくミラルダの肩に手を置き首をフルフルと振るだろう。

これがコージなのよ…と。



「あ!…壁が要らなくなったら言って下さい!直ぐに元に戻しますから!」



ミラルダの戸惑いを別な方向に勘違いした浩二は慌てて付け足す。



「そんな!このままで良いわ!…ごめんなさい、ちょっとびっくりしちゃって…効果の無くならない魔道具なんて聞いた事ないから。」


「あー、確かに魔道具って言いましたけど…厳密には「ゴーレム」なんです。この場合だと素材が土だからクレイゴーレムかな?ですから、自らを維持する為に周囲の魔素を燃料にするんです。手足は付いていませんが、魔核に刻まれた命令を遂行する立派なゴーレムです。」


「成程ねぇ、確かにゴーレムって言われれば納得出来る…かしら?」



性能や規模を考えれば決して只のゴーレム等とは呼べないが。



「ソフィアや人族組に作った武器も魔道具じゃなくゴーレムですしね。」



ミラルダの耳がピクリとする。

浩二の言葉を聞き逃さなかったミラルダは思い出す。

事あるごとに自慢して来るソフィアの『カグヅチ』の事を。

あのアーティファクトクラスの魔道具の事を。


口では大した事は言っていなかったが、正直羨ましかった。

しかし、ミラルダは性能が高いから羨ましいのでは無い。


浩二が作ってくれた物だから羨ましいのだ。

その個人を思い、その個人の為に作った物。


欲しい。


浩二が自分の為に作ってくれた物が。


こうなるともう我慢が出来なくなった。



「コージ君…私も…欲しいな…」


「…え?何をです?」


「…だからぁ…ソフィア達みたいな…私だけの…その…」



急に乙女になるミラルダ。

普段の振る舞いは何処へやら。



「…んー、あ!武器ですか?」


「…うん!武器じゃ無くても良いの!コージ君がくれる物ならどんな物でも!」


「はい、分かりました。ミラルダさんにはお世話になってますし、今度作って来ますね。」


「やったぁ!ありがとう!!」



満面の笑みで浩二の首に抱き着くミラルダ。



「うわっ!びっくりしたぁ…そんなに喜んで貰えるなら作り甲斐もあります。…でも…あんまり期待しないで下さいね…?」


「うん!コージ君大好きっ!!」



勢い余って浩二の頬にキスをするミラルダ。



「ミラルダさん!?」


「ふふっ、ソフィアにはナイショよ?」



浩二は突然の事にドキマギしてしまう。

反応に満足したのかミラルダはその隣で満面の笑を浮かべていた。

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