第十七話


『操気術』


気を操り、半物質化した気を武器にも防具にもする事が出来る。

体力を消費する事で持続時間が伸びる。

物質化した気は肉体から長時間離すことは出来ず、投げるなどした場合は数秒で消失する。

スキルレベルが上がれば、気と魔力を練り合わせることにより精神力の代わりに体力で肩代わり出来るようになる。

『操気術』を行使するものを『氣法師』と呼ぶ。



浩二はこの場を使い『操気術』で出来ることを色々験すつもりでいた。

実を言えば、城門破壊の時に使用した爆発も実験的側面が強かったりする。

あれは『紅蓮の篭手』の「火属性魔素を圧縮して放つ」と言うものを「気」で代用した物だ。

終わってみれば篭手よりも遥かに破壊力が上だった訳だが、アレは明らかに「浩二の感情」がプラスされていたからであり、普段からあの破壊力ではないだろう。


何はともあれ、溢れ出す程に余剰しているのであれば使わないのは損というもの…と言うのは建前で、以前よりソフィアに「抑える努力をしなさいよね。」と言われていたからである。


しかしながら、抑えろと言われて直ぐに抑えられるならば漏れ出たりしない。


ならば、常に消費する…もしくは使い続ける他ない。


と、言う事で…



「まずは身体に圧縮して纏うか。」



洗脳された貴族や兵士達の攻撃を躱しながらサラッと口にした浩二は、丹田で練り合わせた気を圧縮しつつ体に纏う。

以前地下牢で試した薄い膜とは違い、今回は明らかに鎧の姿を取っていた。

色合いも青と言うより黒に近い。

恐らくは「青」を圧縮…つまりは重ね合わせた事で黒に近くなったのだろう。


見た目も、鎧とは言えゴテゴテした物では無く身体にフィットする様なボディスーツの様な感じであり、意図したつもりは無いだろうが…その姿は以前作り上げた「タロス」のそれに酷似していた。


「タロス」と言えば、現在はシュレイド城内にてメイド達と一緒に様々な事を学んでいる。

種族進化した浩二に低レベルの魂転写を行われた「タロス」は浩二が創り出した初の「マシナリー」となり、思いの外人間的感情を持ち合わせ新たな知識を得る事に貪欲になった。

やはり、産みの親に似るのだろうか…時折蓮と組手をしている姿を見掛けるが、その姿は何処か楽しそうにすら見えた。


話を戻そう。


浩二が濃紺の鎧を身に纏うと、貴族達に若干の戸惑いが見られた。

しかし、それは攻撃の手を緩める理由にはならず鎧を纏ったまま棒立ちの浩二を四方から串刺しにすべく槍が振るわれる。



「さて、どんなもんかな?」



達人の放つ突きに比べるのは可哀想だが、一般的な通戦闘ならば優位に立てるレベルの突きを浩二は余裕の表情で待つ。

やがて接触する穂先と鎧。

そして、ギイィン!と金属同士が接触した様な音を立てて鎧はしっかりと槍を受け止めた。



「今の音、物理結界に攻撃した時と似てたな。」


次々と振るわれる槍、剣、短剣、その尽くを弾き返しても尚、濃紺の鎧は傷一つ無く窓からの光を青く反射させていた。



「うん、鎧はこんなもんだな…次は…武器か…」



相変わらず武器となると気の乗らない浩二。

他人の武器は喜び勇み作るのに、いざ自分の武器となると話は違う様だ。

そして、数秒考え込むと、何やら閃いたように拳を握ったり開いたりし始めた。



「確か…身体から離れたら数秒…だっけか?」



そう言って何かを握るようにすると、徐に近くの柱目掛けて何かを投げ付けた。

ゴオッ!という何やら硬いものが当たった音がして直径1m程の立派な柱が半分程欠けて崩れ落ちた。



「うわっ!強過ぎたか…これじゃ死んじまうな…」



初めての事で力加減がいまいち把握出来ていない為か威力が有り過ぎたらしい。


浩二が投げたのは…所謂「気」の塊である。

本来は先端を尖らせたり、スパイクを付けたりと殺傷能力を上げて放つ物だが、今回は相手を殺さずに戦闘不能にしなければならない為不可だ。

しかも、今しがた投げ付けた球体は硬度的に鉄球と変わらない。



「んー…もう少し柔らかくならないかな…せめて硬質ゴム位で…」



そうして出来上がる硬質ゴム球(気)。

操気術マジ万能。

しかし、浩二は次に起きる事を予想してはいなかった。



「これで…どうだっ!」



近場にいた貴族にゴム球を投げ付ける…それなりの力で。

次の瞬間、浩二の顔の横スレスレを物凄い勢いで通り過ぎるゴム球。



「うおっ!」



変な声を上げて身を縮める浩二。

その間にもゴム球は辺りを反射しまくりながら貴族達を沈めてゆく。

言ってしまえばソフトボール大のスーパーボールが超高速で飛び回るのだ…無差別に。

そして、数秒の後に霞のように消えてしまった。



「危ねぇ…」



金属の穂先すら跳ね返す鎧を着ているにも変わらずビビる浩二。

どんなに重装備でも怖いものは怖いのだ。

しかし、今の跳弾で数十の貴族が泡を吹いて倒れたり気絶したりしていた。



「ふむ…ある意味密閉空間では使えるな…怖いけど。」



怖いと言いながらも新たに5個程ゴム球を作り出す。

しかも、先程よりも一回り大きい。

それを見て露骨に怯える貴族達。

浩二の鎧姿より怯えるとはこれ如何に。



「うっし!行くぞっ!うりゃっ!」



少々楽しくなって来ている浩二。

一気に5発のゴム球を投げ終わると、油断なく身構える。

辺りを縦横無尽に飛び交うメロン大のゴム球。

次々とアウトになってゆく貴族達。


そして、楽しそうにその尽くをスレスレで躱す浩二。


やがて、2セット程楽しんだ辺りで貴族達が全てアウトになった。

前歯が折れていたり、足が変な方向を向いていたり、肋骨が砕けていたり、目の周りに青アザを作ったりしているが、全て漏れなく生きていた。



「うん。思いの外楽しかったな。」



趣旨が変わって来ているが結果は変わらないのでOKだ。


貴族達の生きたままの無力化に成功した浩二は、軽い足取りで玉座の間へ向かう。

可哀想ではあるが、最早結城とリッチーのみとなった時点で勝ち確である。



「さっさと終わらせて帰ろう。」



怒りの多少鎮まってきた浩二は纏っていた濃紺の鎧を消し、玉座の間の扉に手を掛け少し重いその扉を開く。

城門の様に破壊はせずにごく普通に。

結果としてそれは正解だった。



「……何だよ…コレは。」



誰に言った訳でも無く、自分に言い聞かせる様に呟いた浩二。


扉を開いて最初に目に入ったのは、玉座の間を埋め尽くさんばかりの全裸の女性達だった。

当然の様にその瞳には何も映っていない。


もし、浩二が扉を破壊していたならば…彼女達も恐らくただではすまなかっただろう。


踏まえた上での布陣なのだ。

彼女達の利用価値は、結城の中ではもう既に壁でしか無い。

いや、自分と彼女達を天秤に掛けた上での結論なのだろう。



「…………」



浩二にはそれが分かってしまった。


故に…


怒りが一気に頂点に達し理性を塗り潰す。

それを表すように身体中から溢れ出す青く輝く炎。

ユラユラと揺らめき陽炎のように浩二の姿が揺れる。


その姿を見て尚、奴は口を開いた。



「何だよぉ~っ!派手に壁を壊してくれりゃぁ~肉壁共のステータス貰えたのになぁ。」



ブチッ!



何かが切れた音がした。

只でさえボヤけていた視界が赤く染まる。


そして、次の瞬間には目の前に結城のニヤケ面があった。



「死ね…下衆が。」



浩二は振り上げた拳を振り下ろす。

手加減など一切排除した「殺害」する為の拳を。



〈この時を待っていた。〉



ふと声が聞こえる。



〈貴様なら挑発すれば簡単に乗って来ると思っておったが…馬鹿め。〉



続いた言葉と同時に結城の姿がボロボロのローブを着た骸骨に姿を変えた。

そして、空を切った浩二の拳を見送りその肩に手を置く。



〈貴様の生命力…頂くぞ。〉



肩に置かれたリッチーの手から、浩二の生命力がグングン吸い取られてゆく。



「く…っ!」



抜けていく何かを身体に力を入れ耐える浩二。



〈無駄な事よ…死者の王たる我のドレイン、そう易々と耐えられるものか。〉



勝利を確信したリッチーは骸骨ながら笑っているようにも見える。



「ぐあ…っ!…結城は…結城はどうしたっ!」


〈中々生きが良いな…奴なら既に虫の息よ!後は貴様の生命力を得た後、奴の身体を頂くだけだ。〉


「最初から…っ!それが…くっ!…狙いか…っ!」


〈その通りよ…奴の勇者としての身体を頂き、後は王女さえ手に入れればこの国は我の物よ!我の牧場として末永く飼ってやるわ!ハッハッハッハッ!〉



リッチーは、床に膝を付き苦しそうに喘ぐ浩二を高笑いしながら見詰め、これが最期と言わんばかりに生命力を吸い上げる力を高めた。



□■□■



リッチーが封印されていたのは人族の城から北へ数km程離れた渓谷の底にある洞窟の中だった。

封印されてから数百年。

長い時間を掛け大地から力を吸い上げ、死体や死霊を使い獲物を集め更にそれ等を死体に変え使役する。


リッチーをこの場所に封印した勇者は、輝聖石という聖なる力を発する鉱石を使い封印を施した。

この鉱石は定期的に聖なる力を注がなけれは劣化し、やがては只の石と変わらなくなる。

しかし流石は勇者、彼が行った『聖石封印』のスキルは、道端の石コロですら輝聖石に変え『闇』の属性を持つ存在ならばほぼ脱出不能の檻を創り出す。

それならば劣化もせず、ほぼ永遠に封印出来るのだ。


しかし、穴はある。

元々この輝聖石、硬度はあまり無く風雨に晒されると容赦なく風化する。

だから勇者は洞窟を選んだ。

人気の無い、生物もあまり生息しないこの洞窟を。


しかし、数百年と言う年月は輝聖石にとってあまり歓迎できる年月では無く…劣化により封印の力は弱まり、リッチーの力が漏れ出す結果となった。

更に「勇者の力で封印した」という事実が、永遠に封印出来ると言う勘違いに拍車をかけた。



『闇』は『闇』を好む。

リッチーの瘴気に惹かれ、アンデッド達が集まり出し…やがて討伐をしに来た兵士や冒険者が新たな仲間に加わる。

いつの間にかこの洞窟は人族にとって無視出来ないほどの「アンデッドの巣窟」に姿を変えた。


そして再び月日が流れ…


リッチーは、パワーレベリングに訪れた一人の勇者に出会う。

勇者の名は『結城真』

リッチーである彼が驚く程の『闇』の持ち主であった。

今考えれば、結城もリッチーの瘴気に惹かれた『闇』だったのかも知れない。


リッチーは観察した。

今回の勇者達のスキルを。

人間関係や性格を。

短所や長所、好き嫌いを。

そして、結城のスキルの中に『強奪』を見つけた時…アンデッドでありながら天にすら感謝した。


そこからは慎重に事を進めた。

既に数百年もの年月封印されて来たのだ…今更何を焦る。

結城の『闇』につけ込み巧みに操り、勇者達から主要スキルを奪わせた。


そして遂に…


アンデッドでは破壊不可能な輝聖石を勇者である結城に破壊させる事に成功した。


後は…


後の勇者に対抗すべく出来る限りのスキルを集め…そして…



結城の身体を奪うだけだ。



□■□■



計画が今やっと成就する。


リッチーは浩二の生命力を全て吸い尽くすべく力を込める。



〈フフフッ…貴様の生命力…有効に使わせて貰うぞ。〉



勝利と計画の成就を確信したリッチーは、最後の言葉と言わんばかりに浩二に向けて手向けの言葉を投げ掛けた。



ガシッ!



その時、精神体であり触れられない筈のリッチーの腕を浩二がガッチリと掴む。

その手には濃紺の篭手が。



「そんなもんで良いのか…?」


〈なっ!?〉


「いやぁ、色々教えてくれてありがとうな。」


〈き、貴様っ!?何故っ!〉


「名演技だったろ?」



リッチーに向かいニカッと笑う浩二。

目は全く笑っていないが…



〈馬鹿なっ!?我のエナジードレインを受けて…何故生きていられるっ!?〉


「何故だろうな…?でも、サキュバスさん達の方が数万倍強力で気持ちも良いぞ?」


〈サキュバス…だと!?〉


「まぁ、いっか。んじゃまー、たっぷり召し上がれ。」



浩二がそう告げると、リッチーの腕を掴む手から青く輝く靄が立ち上り始めた。

そしてその靄は握られた腕から生命力に満ち溢れた奔流となって一気にリッチーの全身へと行き渡る。



〈ぐあぁあっ!!〉



その奔流は楽々とリッチーの許容限界を超え、苦しみながら必死に浩二の腕を引き剥がそうとする…も、それは叶わない。



〈貴様ぁっ!何をしたぁっ!ぐっ!〉


「何って…生命力の譲渡だけど?…欲しかったんだろ?俺の生命力。」


〈馬鹿なっ!?我が…ぐっ…取り込みきれない等と…〉


「あー…言っとくけど、これで三割弱だからな?」


〈なっ!?〉



リッチーに見開く目があれば恐らくは目を剥いて驚いていただろう。


この世に存在し始めて数千年。

自らの存在を脅かす者など時の勇者唯一人。

その勇者でさえ、滅ぼす事は叶わず封印するに留まったのだ。


なのに…

目の前のこの存在は一体何者だ?



〈貴様っ!一体何者だっ!〉



リッチーは浩二に対して二度目になる質問をする。



「だから、ドワーフだと言ったろうに。」



浩二はそのまま前回と同じ答えを返す。



「巫山戯るなぁっ!!」


「おっ?何怒ってんだよ…そんなに信じられんなら、鑑定で見りゃ良いじゃねーか。」



浩二の言葉にリッチーは軋む身体に鞭打ちながら鑑定をして…



〈こんな馬鹿な話があるかっ!〉



逆ギレした。



「な?だから言ったろ?」


〈ぐあっ…有り得ん…有り得ん…だが…致し方ない…っ!〉


「ん?」



納得がいかないのか、ブツブツ何かを言っていたかと思えば、突然浩二の手を振り解こうとしていたリッチーの抵抗が弱まる。

次の瞬間、リッチーは掴まれていた片腕を切断し一目散に逃げ出した。



「あっ!」


〈肉壁共っ!時間を稼げっ!〉



咄嗟に追いすがろうとした浩二へと全裸の女性達が押し寄せる。



「くそっ!」



流石の浩二も、無抵抗無防備な女性を跳ね除けたり出来る筈も無く、あっさりとリッチーを逃がしてしまう。



「あーあ…まぁ、行き先は一つだろうけど…」



恐らくは結城の所だろう。

万が一違っても、探し出して滅ぼすだけだ。

等と多少物騒な事を考えていると…



「コージっ!」


「ん?ソフィア?」



名を呼ばれ振り向くと、そこにはソフィアと…



「…………」



今まで見た事の無い冷たい目をしたミラルダさんがいた。


すると突然ミラルダが浩二に向かい歩き出し、その横を通り過ぎると全裸の女性達に向かい掌を向ける。



「……これは悪い夢…今は…ゆっくりお休みなさい…」



とても澄んだ…慈愛に満ちた声を女性達に掛けると、紫の靄が玉座の間一面に広がり全ての女性達を包み込む。

やがて靄が晴れるとそこに立っている者は一人もいなかった。


ミラルダは、一番近くの女性の頬に触れ



「…屑は私がちゃんと始末するから安心してね…」



と、ゾクリとする程の殺気を放ちつつ優しく撫でるとすぐに立ち上がり浩二の方を向く。



「コージ君。お願い、彼女達を一度シュレイド城に送って貰えるかしら?」


「…場所は?」


「訓練所で良いわ。サキュバス達が準備してる筈だから。」


「分かりました。」



浩二は倒れている女性達を務めて優しく城へと転送する。

やがて、最後の女性を送り終えた浩二はミラルダの方へと視線を送る。



「ありがとうコージ君。私じゃあの人数は送れないから…」


「いいえ。彼女達の意識を奪って貰えて助かりました。流石に力技って理由には行きませんでしたから。」


「そうね。それじゃ、屑を仕留めに行きましょう。場所は私が分かるから案内するわ。」



気配を探り居場所が分かるらしく、ミラルダが案内役を申し出てくれた。

案内理由が物騒だが。

いつもの間延びした言葉遣いから一転して綺麗な話し方をしているのは…恐らくかなりお怒りだからだろう。

不謹慎かもしれないが…真面目な顔で綺麗な言葉遣いをしているせいか…普段より数倍魅力的だ。


でも…



「俺はいつものミラルダさんの方が好きだなぁ。」


「…何言ってるのよ…」



ソフィアが呆れた顔で浩二を見る。



「…サキュバスはね…色んな種族の女性達から蔑んだ目で見られてきたの。でも、当のサキュバス達はそんな事なんてお構い無しにこう言い放ったわ。「女性の敵はサキュバスの敵だ」ってね。」


「………」


「女性しかいないサキュバスらしいわよね。だから、彼女達と身近な酒場や娼婦の女性達からは絶大な信頼を得てるのよ。サキュバス達がいる店は間違いが起きない…ってね。」


「…そっか。」


「だから、今回の事は本当に許せなかったんでしょうね…女性の意思も尊厳も踏み躙る結城の行動が。」



成程…同じ女性だからこそ許せないんだな…

浩二は少し考える素振りを見せると、小走りで先を歩くミラルダに追いつき彼女に話し掛ける。



「ミラルダさん。結城の処理は任せます。リッチーの方は俺に任せて下さい。」


「…コージ君……ありがとう。」



お礼を言ったミラルダの表情はとても柔らかく、そして綺麗だった。



□■□■



ミラルダに案内されてたどり着いた場所は…



「懐かしいな…この場所…」



人族の城にある訓練所だった。


そして、そのほぼ中央に結城真がいた。

中身は恐らくリッチーだろうが。

身体からはドス黒い瘴気を放ち、顔は嫌らしい笑を浮かべている。



「やっと来たか、待ちくたびれたぞ?」


「は?逃げておいて何言ってんだよ…」


「う、五月蝿いっ!こ奴と同化した我ならば貴様など取るに足らんわ。」


「ふーん…ミラルダさん…お先に失礼しますね。」


「えぇ、頑張ってコージ君。」



浩二は笑って頷きリッチーに向き直ると、再び濃紺の鎧を身に纏う。



「さて、取り敢えずはぶん殴るか。」



作戦も糞もない。

ただあのニヤケ面に一発入れる。

結城との距離は10m弱…その距離が一瞬で縮まった。


ぶん殴ると口にしてから一秒と経たないうちに結城の顔面にめり込む浩二の拳。


しかし…



「…こんなものか?」



ニヤケ面のまま顔で浩二の拳を受け止めたリッチーは、自信に満ちた声で言い放った。



確かな手応えを感じたにもが変わらず、リッチーは吹っ飛びもせず特に何かをしたような素振りも無くただ純粋に浩二の拳を受け止めた。



「へぇ…随分とステータスが上がってるんだな…」



結城と同化したリッチーを鑑定して呟く浩二。



□■□■



名前 結城真ユウキマコト

年齢 17

種族 人族

職業 勇者

状態 憑依

筋力 2250

頑強 1820

器用 1830

敏捷 1760

魔力 2050

スキル

『千里眼』LV7

『透視』LV6

『催眠』LV7

『MP自動回復』LV7

『HP自動回復』LV6

『隠蔽』LV6

『パワースラッシュ』LV3

『パワースラスト』LV4

『忍び足』LV5

『跳躍』LV4

『居合』LV2

『料理』LV7

『裁縫』LV7

『耐熱』LV3

『耐寒』LV4

『火魔法』LV5

『水魔法』LV4

『土魔法』LV3

『風魔法』LV4

『鑑定』LV5

『強奪』LV--

『生贄』LV--

『女神の加護』LV--



□■□■



よくもまぁこんなに奪ったもんだ。

ステータスも恐らくは殺した兵士や貴族達のものだろう。

確かにこれだけのスキルとステータスがあれば自信満々になるのも分からなくもないが…



「既に貴様よりステータスも上よ!安心しろ…ちゃんと貴様のスキルもステータスも奪ってやるからな!ハッハッハッハーッ!」


「ふむ。なぁ、ソフィア?これ外して殴っても平気かな?」



浩二は右腕の鎧だけを消し…アレを見せる。



「コージ…アンタなんでそんなもの付けたまま戦ってるのよ…」



ソフィアは額を抑え首を振る。



「いや…だって殺しちゃったら不味いでしょ?」


「…はぁ…多分大丈夫よ。…でも、少しは手加減しないと駄目かもね。」


「そっか。了解したよ。」



リッチーに向き直る浩二。

その目の前で怒りに震えるリッチー。



「貴様等っ!我を無視するとはいい度胸だっ!」



激昂したリッチーはドス黒い瘴気を腕に纏わせ力任せに浩二を殴りつける。

が、浩二はピクリともその場から動かずダメージを受けた様子すら感じられない。


すると、何故かリッチーは殴りつけた腕を押さえ素早く飛び退き浩二から距離を取る。

そして押さえられた腕からは、少なくは無い量の血が滴り落ちていた。



「何故だっ!?何故我がダメージを受ける!?」



何が起きたのか分からないのか、ワナワナと怒りに肩を震わせている。

そこまで経ってやっと浩二が口を開いた。



「分からないなら、俺のステータスを見てみれば良い。」


「…何を言って……っ!?!?」



浩二のステータスを見たのだろう、リッチーの顔から嫌らしい笑が消える。


今の浩二はステータスの数値が跳ね上がっている筈だ。

足元に転がっている『足枷の鎖』を外した事によって。


『半減の呪い』が外れて二倍。

を外した事により『素手の極み』が発動し、筋力、頑強が共に五倍。


今の浩二を下手に高いステータスで殴り付けた場合。

馬鹿げた頑強値により、攻撃した方が自らのステータスのせいでダメージを受ける事になる。

浩二に攻撃するならば、せめて魔法を使うべきだった。



「…この化け物め…っ!」


「失礼な。」



アンデッドに化け物と言われる浩二。



「化け物はお前だろ?ま、取り敢えず女神様返してもらうわ。」



そう口にして瞬時に間合いを詰めると、リッチーの土手っ腹に浩二の拳がめり込む。

色々と何かが潰れた感触を浩二の拳に残し、リッチー本人は斜め上方へと吹っ飛んで行った。



「あ、ヤバイな。」



そう呟いた浩二が再びその場から掻き消える。

次に浩二が現れたのは、絶賛飛行中のリッチーの目の前。



「ほら、戻れ。」



軽い感じで顔面に蹴りを入れる。

打ち返されたピンポン玉のように戻ってゆくリッチー。

そのまま踏み固められた地面へ激突し、派手な音と土煙を上げ数回バウンドする。



「危なく城外まですっ飛ばす所だった。」



ふう。と、なんの感慨もなしに戻ってくる浩二。

当然一瞬で。



「コージ…ちゃんと手加減した…?」


「したした。あれ以上どうやって手加減するんだよ。」


「…本当に大概ね…コージ。」


「失礼だな。」



最早勝負になるとかならないとかそんな問題にすらなっていない。

リッチーとは軒並み1000以上ステータスに差があり、筋力と頑強に関して言えば大人と子供ぐらいの差が開いてしまった。



「さて…女神様?」


〔君っ!何で私を奪わないんだっ!〕


「え?」



女神様にそう言われた瞬間、浩二の足首をリッチーが掴む。



「隙だらけだっ!貴様のスキル…頂くぞっ!」



土煙の中から酷い顔をしたリッチーが這い出て来るなり浩二の足を掴み『強奪』を使う。



「…ん?」


〈なっ!?何故だっ!?何故奪えんっ!?〉


「…あ。」



浩二は結城のステータスを見ると何かに気付いてリッチーへと言い放つ。



「『強奪』…強奪してたわ。」


「はぁ!?」



もう何度目かの驚きの顔を浩二へ向けるリッチー。



〔酷いよ君っ!私より『強奪』を選ぶなんてっ!〕


「いやいや、女神様。強奪はランダムですし。」


〔そんな…私はどうなるんだ…〕


「…申し訳ありませんが…明日まで待って下さい。」


〔…こんな奴と…あと一日…〕


「…えーと、女神様?ランダムですから、上手く行けば明日ですけど…失敗したら最後になる可能性だってありますよ…?」


〔……私は絶望したよ…〕



余程結城との生活が嫌だったんだろうな…

でも、こればかりは仕方ないよな…うん。


女神様とそんなやり取りをしていると…



「くそっ!仕方が無い…っ…奥の手を使わせて貰おう。」



強奪に失敗したリッチーが浩二から距離を取り何やら三下の負け台詞の様な事を言い出す。


リッチーは何やら黒い煙の塊の様なものを作り出すと、徐に右腕を突っ込む。

少し探る様な仕草を見せ、ニヤリと嫌な笑みでこちらを見ながら煙から腕を引き抜くと…



「っ!?」



リッチーの右手に何やら握られてぶら下がっていた。

それは…


あちこちボロボロになり…

綺麗な毛並みを血の塊で赤黒く汚した…


浩二の愛猫…ナオだった。



「……ナ…オ…?」



変わり果てたナオの姿を見て光の消えた目で呟く浩二。


その浩二の姿を見て満足そうに笑うリッチー。

そして口を開く。



「安心しろ、まだ生きている…辛うじてだがな。」



何が楽しいのだろうか、心底楽しそうに既に意識は無いであろうナオの首を掴みブラブラと揺らしながら、リッチーはピクリとも動かなくなった浩二をニヤニヤとした顔で眺めている。


最初に口を開いたのはソフィアだった。



「アンタっ!!ナオに何をしたのよっ!!」



怒りで拳を血が滴るほど握り締め、睨み付けるように言い放つ。



〈コレをやったのは我では無い。こ奴…結城が暇つぶしと言いながら貴重な『釈迦の手』とか言うスキルを使って魔族の城から攫ったのよ。〉


「………」


「最初は嬉々として甚振っておったが、女共を攫うようになってからはそっちにご執心でな…何かに利用できるかもと我が拾っておいた訳だ。」



そう言って再び黒い煙の中へとナオを無造作に放り込むリッチー。



〈さて、言わなくても分かると思うが…抵抗するなよ…?〉


「………」


〈そうさな…まずは我の『強奪』を返してもらうか。〉


「………せ…」


〈…聞こえなかったのか?我は返せと言ったのだが…?〉


「…オを……えせ…」


〈…ん?何を言って…〉


「ナオを……返せ!!」



爆発的に高まる浩二の殺気。

それに合わせて吹き出す青く輝く炎。

瞳は暗く沈み、最早見えているのは目の前の憎き相手のみ。


浩二の身体がゆらりと揺れた。

次の瞬間、頭上に現れる夥しい数の濃紺の杭。

その全てがギラりと青く光る先端をリッチーへと向けていた。



〈なっ!?貴様っ!我に手を出せば貴様の…〉


「………五月蝿い。」



その言葉がトリガーになっていたかの様に全ての杭が一斉にリッチーへと押し寄せる。

流石に身の危険を感じたのだろう、素早く身を翻すが…



〈ぐあっ!〉



一本の杭がリッチーの右足を結城の身体ごと地面に縫い止める。

後はもうどうする事も出来ず…次々と降り注ぐ濃紺の杭に身体中を貫かれ地面へと縫い付けられてしまった。



〈ぐぅ…っ!があっ!〉



苦痛に歪むリッチーの顔。

口からは大量の血を吐き出し、杭に貫かれた身体からは夥しい量の血を流している。


その姿に何の感情の変化も見せず、浩二は徐に結城の髪の毛を鷲掴みにすると、強引にリッチーから引き剥がす。



「ぎゃあぁあぁぁっっ!!!」



リッチーでは無い声で絶叫が聞こえる。

結城自身が目覚めたのだ。

肉体から精神体を強引に引き剥がす行為は、肉体では無く精神に多大な負担と苦痛をもたらす。

リッチーが抵抗した事により、結城のその苦痛は更に増していた。


ブチブチと音を立てて杭から引き剥がされる肉体。

最早損傷の無い部分など見当たらない程にボロボロになった結城の身体を浩二は無造作に後ろへと放り投げる。


そして、訓練所の地面をゴロゴロと転がり血と土に塗れたその身体は無言で冷たい視線を向けていたミラルダの目の前で止まった。


やがて紫の靄に包まれる結城の身体。

ミラルダが手を翳し必要最低限のレベルで傷を塞いでいるのだ。


生きているのかさえ怪しかった結城の傷はみるみる塞がり、やがて光の消えかかった瞳でミラルダを見た結城はパクパクと口を動かし何かを伝えようとするが、口から出るのは呻き声だけ。

そして、それを冷たい目で見ていたミラルダが徐に結城の頭を踏み付ける。



「勝手に口を開くんじゃ無いわよ。」



結城はミラルダの足の下で再び意識を失った。


そして残されたのは、濃紺の杭で地面に磔にされたリッチーの精神体と…

怒りの炎を揺らめかせ暗く沈んだ瞳でリッチーを見下ろす浩二のみ。



〈ぐう…っ…き、貴様…っ!こんな事をしてタダで済むと…〉


〔済むよ。〕


〈だっ…誰だっ!〉



突然響いた声に警戒を顕にするリッチー。



〔君。チャンネル合わせと調整は私がやる。だから君は『転送』でナオを救い出してあげなさい。〕


「…女神様…?」


〔あの子の存在に気付かなかった私の落ち度だ。さぁ、早く。あの子が待ってる。〕


「はい!」



女神の言葉を聞き、浩二の暗く沈んだ瞳に光が戻ると素早く目の前に六角形のゲートを片方だけ作り出す。

両手をゲートに差し込み探る様に動かしていると…やがて目的の存在を見つけ、ゆっくり優しくゲートから引き出し胸に抱き締める。



「ナオっ…ナオっ!」



まだ微かに温もりのある愛猫を胸に抱き、何度も何度もその名を呼ぶ。

やがてピクリと微かに動いたナオは、ゆっくりと顔を浩二に向けて薄く瞳を開く。



「ナオっ!!」



浩二の呼び掛けに口を開くも声が出ないナオ。


その時…



〔…浩二…〕



浩二の頭の中に聞いたことの無い女性の声が響く。



「…え?」



まさかと思いナオの姿を見る。



「…ナオ…なのか?」


〔…うん。〕


「…そっか。話せたんだな。」


〔…ゴメンね…本当はもっと早く話したかったんだけど…勇気がでなくて…〕


「…勇気?」


〔…実はね…私中身は人間なの。〕


「…!!」



突然ナオに話しかけられた事にも驚きだが、更に上を行く告白に驚きを隠せない浩二。



〔…驚いたでしょ?…あっちの世界でもずっとそうだったんだよ?〕


「…知らなかった…いや、妙に人間臭いとは思ってたが…」


〔ふふっ…酷いなぁ…でも、話せるようになったのはこっちに来てからだよ。〕


「そっか。」


〔…ホントはね?ずっと、ずっと浩二と話がしたかった。〕


「…なら何で…」


〔…怖かったの…〕


「え?」


〔…だって…猫なのに中身は人間なんだよ?…そんなの…気味悪いじゃない…〕



見上げるナオの顔は何処か悲しそうだ。

その顔を見た浩二は、深い溜息をつくと優しくナオの頭を撫でながら口を開く。



「馬鹿だなぁ…そんな事で気味悪がったりする奴が、猫にプロポーズするかよ。」


〔…あ。〕


「思い出したか?」


〔…うん。そうだったね…浩二は猫にプロポーズする変態だもんね。〕


「失礼な。」


〔ふふっ。〕



浩二がナオの鈴が鳴る様な心地いい笑い声を聞いていた…その時、


一本の剣がナオと浩二を貫いた。


突然放たれたその剣はナオを貫き完全に浩二の心臓をも貫いていた。



「ぐ…っ…」



片膝を付き、倒れそうになるも身体に力を入れ耐える。

今倒れては…ナオを守れない、その一心で。


完全に油断していた。

ナオとの会話以外全く気に留めていなかった。



〔浩二ぃ…ゴメンね…また…〕



ナオが泣きそうな声で謝ってくる。

自分だって痛いだろうに。



「大丈夫だよ…ナオ。それよりナオは大丈夫か?」


〔ははっ…駄目みたい…嫌だよぉ…浩二ぃ…〕


「…ナオ?」


〔…浩二ぃ…もっといっぱい話したかったよぉ…一緒に居たかったよぉ…〕



声だけで分かる。

泣いているのが分かる。


ゴッ!


浩二は自らを殴り、薄れそうになる意識を繋ぎ止める。



「ナオ。よく聞いてくれ。」


〔…うん。〕


「ナオは俺に魂を預ける覚悟はあるか?」


〔…今更そんな質問必要ないよ…私は浩二を信じてるもん。何をされても平気だよ。〕


「…分かった。暫くお別れだ。でも、直ぐに会えるさ。」


〔…うん。楽しみにしてるね。〕


「あぁ、それじゃ…おやすみ。」


〔…うん。…おやすみ…浩二、大好き。〕



ナオの最後の言葉を聞いた浩二は、作り出した魔核をナオに近付ける。

するとナオの身体全体が淡く光りだし、その光が魔核へと吸い込まれてゆく。


全ての光を吸い終えた魔核を浩二は優しく握る。



「待ってろよ…ナオ。」



掌の中の魔核に話し掛けると、一度だけ魔核の光が瞬いた気がした。


不意にグラつく浩二。


力一杯地面を踏み締め耐えると、ナオを押さえ一気に剣を抜き取る。

噴き出す血などお構い無しにすぐ様魔核を作り出すと、胸に空いた大穴に無造作に放り込む。


無事に壊れた心臓に届いたのだろう、浩二の胸から青い光が溢れ出しやがて静かに脈動を始めた。



「ふう…何とか間に合った…かな?」



明らかな失血状態にも関わらず、強がる様に口にする浩二。

そのままこちらを指差し口をパクパクさせているソフィアに向かい歩き出す。



「コージっ!大丈夫なの!?」


「んー…大丈夫…かな?…はは…」



フラつきながら話す浩二に肩を貸すソフィア。



「全然大丈夫じゃ無いじゃない…全く。」


「それよりソフィア…ナオを預かってくれないか?」



そう言ってナオの亡骸と魂が宿る魔核をソフィアに手渡す。

ソフィアはそれ等を大切そうに受け取ると、浩二の顔を見て話し掛ける。



「ナオとは話せたの?」


「あぁ、ちゃんと話したよ。」


「そう。なら良いわ。」


「それじゃ…仕留めて来るわ。」


「…大丈夫なの?」


「これ位ならハンデにもならないさ。」



明らかな強がりだと分かっている。

でも、きっと止まらないだろう。

だから…



「早く帰ってご飯にしましょ。」



ソフィアはそう言って送り出す。

不意にそのソフィアの横を通り過ぎ浩二を後ろから抱き締める人物がいた。



「もう…無茶ばっかりするんだから…少しじっとしててね?」



前の様に色々押し付けるような抱き締め方では無く、柔らかく包み込む様に浩二を抱き締めたミラルダは自分ごと包み込む様に紫の靄を作り出す。

やがて徐々にではあるが、浩二の生命力が回復し始める。

元より自己回復力の高い浩二だ、相乗効果でみるみる回復してゆく。



「あぁ、ミラルダさんって良い匂いだなぁ…」


「何を言ってるのよ…馬鹿ね…」



あぁ、やっぱりこのミラルダさんも良いかも。

等と思っていると…



「…私も何か回復手段が欲しいわね…」



幸せそうな浩二をジト目で見てソフィアが何やら企んでいるようだった。



数分後三割程回復した辺りでミラルダさんがギブアップした。

浩二から離れる際、耳元で



「またコージ君の…ご馳走してね?」



と囁き、軽くウインクまでしてくる。

不覚にもドキドキしてしまった…

もしかして…ミラルダさんの本来の姿ってこっちなんじゃなかろうか。



さて、そろそろ終わらせよう。


浩二がリッチーのいる場所を見ると、既に杭は消えており身体を幾分薄くさせたリッチーが立ち上がりこちらを睨んでいた。



〈回復は済んだようだな。〉


「黙って待ってるなんて、随分紳士的じゃないか。まぁ、不意討ちで心臓を潰されたけどな。」


〈ふん。事も無げに立ち上がっておいて良く言う。〉


「そっちは準備は済んだのか?」


〈…我は既に虫の息よ。先程の不意討ちで仕留められなかった段階で勝負はついておるわ。〉


「でも、やるんだろ?」


〈当然だ。ここで引いては最上位種の名折れよ。我の存在を全て賭けてでも一矢報いてくれる。〉



意外と紳士的で驚いた。

最初からこうやって挑んで貰えたら…



「…初めからこうやって戦ってれば…」


〈それは無意味な問答よ。我は我のしたい様に事を成そうとした。貴様がそれを止めた。だから今があるのだよ。〉


「…だな。」


〈…最後に貴様…いや、貴殿の名を聞きたい。〉


「俺は浩二。岩谷浩二だ。」


〈なんと!勇者であったか…いやはや二度も勇者に阻まれるとは…最早こうなる運命だったのかもしれんな…〉


「勇者じゃない。俺はドワーフだ。」


「ハッハッハ!そうであったな。…では…そろそろ始めようか。」


「あぁ。そうしよう。」



互いの距離は10m程。

最初に動きを見せたのはリッチーの方だった。

一瞬で全身が黒い霧へと姿を変え、最早人の姿など欠けらも無い。

そしてその霧が一気に収束する。


そこにあったのは、先程浩二を貫いた一本の剣。

しかし、放つ禍々しさが桁違いであった。



「へぇ…いかにも精神体らしい戦い方だな。」


「フフ…貴殿にダメージを与えうる手段はもうそれ程残されていないからな。これならば…貫ける!」


「成程な…なら俺も正面から受け止めよう。」



そう言って浩二は半身に構える。

浩二が最も得意で…最も信頼出来る型だ。


そして…そのままゆっくりと気を練り始めた。


今浩二に残された精神力も生命力も既に三割を切っている。

それ等を全て掻き集め、丹田にて練り上げる。


全てを込めて迎え撃つ為に。


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