第十六話
「それはぁ~、災難だったわねぇ~♪」
他人事の様に言うミラルダ。
「何なんですか!あの残念美女の群れは!」
浩二とソフィアはミラルダに連れられサキュバスの住む町まで案内された。
例のサキュバスさん御一行は「放って置いても大丈夫よぉ~♪」と言うミラルダさんの言葉により放置が決まった。
鬱蒼とした森を抜けると、少し開けた場所に綺麗な滝が流れ落ちる切り立った崖が見えてくる。
サキュバス達はその崖の壁面をくり抜き家として使っていた。
翼を持つサキュバスだからこその芸当だ。
「夏は涼しいしぃ~、冬は暖かいのよぉ~♪」という事らしい。
その中央、滝の流れ落ちるすぐ側にある神殿の入口の様な場所にミラルダさんは住んでいた。
外側から見ると分からなかったが、中は広くしっかりとした間取りに削り取られた後に硬化処理がされているのだろう、言われなければ人口洞窟の中などとは思いもしないほどだ。
「あの娘達はぁ~、適齢期でぇ尚且つ一度でも「エナジードレイン」を経験したことがある娘達よぉ~♪」
「…適齢期?」
「えぇ~、お年頃って事よぉ~♪」
「…必死過ぎません?目なんて血走ってたし…」
「仕方ないわよぉ~♪だってぇ、エナジードレインって気持ちが良いものぉ~~♪」
「…えーと…取り敢えず分かりやすく説明して貰えます?」
間延びした話し方な上にイマイチ要領を得ない。
すると、ヤレヤレという感じでソフィアが話し始めた。
「何から話せば良いかしら…」
「もう、最初からお願い出来ますか?」
「…分かったわ。」
その昔、サキュバスという種族はどの領地でも見ることが出来る普通の存在だった。
しかし、女性しか存在しない彼女達の食料は主に「生命力」。
しかも男性のものに限られた。
ある時、人族の男の「生命力」が一番美味しい。
そんな噂が流れ始めた途端、サキュバス達が人族国へと大挙して押し寄せた。
いとも容易く魅了された人族の男性はみるみる数を減らし、やがて絶滅寸前まで来た所でようやく『神』が動いた。
神は言いました。
【今後、サキュバスは
サキュバス達は悲しみました。
何故ならば、マナドレインは確かに腹は膨れるが…そこに快楽は生まれないのだから。
後にサキュバスは領地を作り、他種族へ向けこう言い放ちました。
「今後、如何なる理由が有ろうとも我が領内に無断で入った場合、男性はいついかなる場合であってもエナジードレインされる事を了承せよ。又、番に選んだ男性以外のエナジードレインはしないゆえ、他国との交友はこのまま続けさせてもらいたい。」と。
他種族はそれを了承した。
今までも、風俗並びに男性の性的暴行事件の減少にサキュバス達が一役かっていたのだから。
こうして、エナジードレインを封印されたサキュバスさん達。
お年頃になると生涯を共にする番を探すのだが…
他種族の領地へと働きに出ている者はまだ良いのだが、そうでない者は偶然領地に入り込んだ男性を捕まえるしか方法は無く…
「さっきのコージみたいになる訳よ。」
「いやいやいや、「なる訳よ」ってレベルじゃ無かったぞ!?アレ一般人には耐えられないって!色々ヤバいって!」
「お年頃だものぉ~♪身体中からチャームも溢れてるだろうしねぇ~♪コージ君良く無事だったわぁ~♪」
「…アレは…無事の部類なんだ…?」
「え~、だってぇ、死ななかったじゃなぁい♪」
「怖っ!サキュバス怖っ!」
身震いをする浩二。
しかし…人によってはあの死に方も悪くないのだろうか…?
美女に揉みくちゃにされて窒息死。
うん、字面だけ見たら幸せそうだ。
実際は目が血走ってたり、地面から笑いながら現れたりするんだけど…
「それでぇ~?今日はぁ、何をしに来たのぉ~?」
「あー…色々衝撃的過ぎて忘れてました。」
「何か、エナジードレインについて教えて欲しいらしいわ。」
「例のぉ、リッチーの事ぉ?」
「そうです。エナジードレイン対策に俺もエナジードレインで対抗しようかと思いまして。」
腕を組んで「んー」と小首をかしげて唸るミラルダ。
たわわなアレが押し上げられて大変な事になっている。
「コージって…大きい方が好きなの…?」
視線に気付いたのか、ソフィアがジト目で問い掛けてくる。
「ん?あぁ、別にこだわりは無いよ。」
「…ホントに…?」
「誓って。」
「…そう。」
素っ気ない返事の割には何処か嬉しそうなソフィア。
そして、唸っていたミラルダが口を開く。
「なぁんだぁ~、コージ君てぇ~、おっぱいにぃ~興味無いんだぁ~」
「いやいや、その話かよ!」
「冗談よぉ~♪」
浩二は額を抑えて首をフルフルする。
「まぁ~、真面目な話ぃ~コージ君には必要無いかなぁ~♪」
「ん?必要無い?対策がですか?」
「そうよぉ~♪だってぇ~、うちのお年頃の娘たちを40人近く相手にしてぇ、全く堪えてないんだもぉん♪コージ君ったらぁ♪ゼ・ツ・リ・ン♪」
「止めい!」
「でもぉ、サキュバスのエナジードレインってぇ、結構強力なのよぉ?神様から禁止される位はねぇ♪」
「確かにねぇ…コージなら余裕よね。」
「でしょぉ~♪」
「もう、いっそパンク狙いでコージの方から生命力注入しちゃえば?」
「確かにぃ、リッチー位ならパンクさせられるかもぉ~。」
何やら二人で盛り上がり始めた。
注入?
なんの事だ?
「あの…注入とは…?」
「コージ君はぁ、私のドレイン覚えたのよねぇ~?」
「はい。」
「ならぁ~、奪うだけじゃなくぅ~譲渡も出来る筈よぉ~♪」
「…知らなかった…」
浩二は失念していた。
『エナジードレイン』の詳細確認を。
□■□■
『エナジードレイン』
対象の生命力を奪ったり、譲渡したりする事が出来るスキル。
奪った生命力は自らの身体に蓄積され、不足分は補われるが、その最大値を過剰に超えた場合生命の危機も有り得るので注意が必要。
譲渡する場合も自らの生命力を分け与える為、こちらも注意が必要。
どちらの場合も使用者本人の生命力に依存する。
□■□■
「コレ…先に見てたら…ここに来る必要無かったんじゃ…」
「コージ君ってぇ~ドジねぇ~♪」
「ちゃんと確認ぐらいしなさいよね…」
「すみません…お騒がせしました…はい。」
「全く…まぁ、コレで何とかなりそうかしら?」
「あぁ、多分大丈夫だ。ドレインの匠のお墨付きだしな。」
早く終わらせよう。
これ以上被害が広がる前に。
しかしその頃、人族国では大きな動きがあった。
城下町及び近隣の町村から遠方の領土までに渡り、女性のみが招集されたのだ。
その招集には身分の差など関係無く、全ての女性が対象、そして強制であり、催眠を受けた城の兵士や騎士達が迎えに出向き、抵抗する者にはその場で容赦なく制裁が加えられた。
当然の事だが、貴族達は挙って反対したが受け入れられる筈も無く、表裏関係なく武力で対抗した者達は皆一人として城から帰って来る事はなかった。
〔君も、思い切った事をしたねぇ…〕
「男なら誰もが夢見る「ハーレム」ってヤツですよ女神様。」
〔んー…まぁ、分からなくもない動機だけど、コレはやり過ぎだよ。〕
「ハハハッ!今の俺には女神の加護があるんですから!何が怖いと言うんですか!」
〔あー、ソウデスネ…〕
帰りたい…女神は心底思った。
あの突飛も無い行動をとりつつも、何処か心安らぐ…あの浩二の元へと。
□■□■
「ハーッハッハッハーッ!!あーっ!笑いが止まらんっ!自分の運の良さが怖いぐらいだっ!」
結城は奪ったスキルの中に『女神の加護』の文字を見た瞬間に身震いしたかと思えば、狂った様に笑い出した。
「岩谷の野郎っ!ザマぁ無いな!寄りにもよって『女神の加護』を強奪されるんだもんなぁ!」
彼は勘違いをしていた。
浩二の強さの理由がこの『女神の加護』だと。
女神の加護のお陰で全てが上手くいっていたと。
勘違いもここまで来れば滑稽だ。
当然、黙って見ていられる女神では無い。
〔えーと、結城君だったかな?〕
「はっ!女神様っ!?」
〔あー…うん、女神様だけど。〕
「嬉しいですっ!俺にもやっと加護が貰えたんですねっ!」
強奪しておいて貰えたとか言い始める。
〔えーと結城君?私は特別何もしないよ?〕
「良いんです!女神様がついていて下さるなら百人力ですから!」
〔…あー…ソウデスカ…〕
最早会話にすらならない位の興奮状態だ。
自らに女神が舞い降りたと。
良くある物語の主人公の様に、全てが自分の思い通りになるのだと。
〔(あー…彼には悪い事をしたなぁ…色々調べて来るなんて言っちゃったし…まさかコイツがここまで頭が沸いてるとは…)〕
姿は見えないが、恐らくはソフィアと同じ様なポーズを取っているであろう、女神は溜息をついた。
次の日からの結城の行動は迅速だった。
自らの欲望を満たす為の行動に出たのだ。
『女神の加護』を手に入れた彼は…完全に箍か外れてしまった。
城下町に繰り出し、目に付く女に片っ端から催眠を掛け城内へ連れ込む。
更には有力貴族達を催眠で思いのまま操り、領土中の女性を掻き集めた。
逆らう者は全て『生贄』を掛けた後に催眠を掛けた貴族達に殺させた。
結城自身はと言えば、毎日朝から晩まで肉欲に塗れ自らの欲望を満たしていた。
その相手の女性達は誰一人としてその目に光は無く、全ての女性は催眠で自由を奪われその尊厳さえも蹂躙されていた。
その行為を無関心に眺めていた女神は遂に口を開いた。
〔君は『新堂舞』の事が好きなのでは無かったのかな?〕
「ええ、彼女は俺の運命の女性ですから。」
周りに全裸の女性達を侍らせながら当たり前の様に言う。
〔ふむ。では、その女性達は何なのかな?〕
「あぁ、コイツらは「道具」ですよ。肉欲を満たすだけの道具。」
〔その光景を見たら…彼女はなんて言うかなぁ。〕
「舞なら分かってくれますよ。何せ彼女は俺と結ばれる運命なんです。大丈夫ですよ女神様、ちゃんと舞の事もこうして愛してやりますから。」
そう言って結城は肉人形と化した女性達を貪り始めた。
〔……死ねば良いのに。〕
女神の口にした辛辣な言葉すら結城の耳には届かなかった。
□■□■
〈全く…あ奴は我より余程闇に近い存在じゃ無かろうか…〉
誰も居ない玉座に一人…いや一体のリッチーが佇んでいる。
〈まぁ、今は好きにさせておこうか。いずれ我が肉体として働いてもらう訳だしな。〉
その一言だけ呟くと、リッチーは音も無くその場から溶けて消えた。
□■□■
〔結城君。君に言っておかなきゃならない事がある。〕
「あぁ、女神様。おはようございます。」
もう日も高くまで上った頃、やっと眠りから覚めた結城に女神が話し掛ける。
〔既に手遅れかも知れないが…女性達を元の住処へ帰し、リッチーと手を切りなさい。〕
「何故です?全てはこれからなのに。」
〔…忠告はしたよ。コレは一時的とは言え君のスキルになった私のケジメみたいなものだ。〕
「優しいですね、女神様。でも、心配は要りません!きっと全てが上手く行きますから!」
〔残念だよ。まぁ、死神が来るまで残された余生を楽しむと良い。〕
そう言い残して女神は二度と口を開く事は無かった。
最後の忠告はした。
後は待つだけだ。
彼女の…『女神の加護』の本当の持ち主を。
結城にとっての『死神』が来るのを。
□■□■
「もう帰っちゃうのぉ~?ゆっくりしていけば良いのにぃ~」
「そうも行きませんよ。人族国の事も気になりますし。」
浩二の腕に抱きつきながら、本当に残念そうにミラルダは言う。
「またぁ~、遊びに来てねぇ~?」
「えぇ、必ず…あの歓迎さえ無ければですが…」
「それならぁ~、大丈夫よぉ~♪ほらぁ♪」
その光景を見て浩二は言葉を失った。
ミラルダの家を出てすぐの場所にサキュバスさん達が跪くように頭を下げて並んでいたのだ。
そして、皆チラチラと浩二の姿を見ている。
「…コレは一体…」
浩二がその光景に驚いていると、一人のサキュバスが浩二に向けて口を開く。
「コージ様っ!先程は申し訳ありませんでしたっ!まさかミラルダ様の番の方だとはつゆ知らずっ!」
「は?」
番?俺とミラルダさんが?
どうやらサキュバスさん達は勘違いをしているようだった。
「えーと…俺、フリーですよ?」
「…え?…本当ですか…?しかし、ミラルダ様がそんなにご執心な所、初めて見ましたが…」
浩二は腕に絡み付くミラルダを見る。
笑顔で「んふふぅ~♪」とか言ってる。
「あー…確かに気に入られてはいる様ですが…本当にフリーです。」
その言葉を聞いて騒めくサキュバスさん達。
「ではっ!私達にもチャンスがっ!?」
「は?」
「駄目よぉ~、コージ君はぁ私のだものぉ~♪」
「狡いですよっ!ミラルダ様っ!あんな美味しいのを独り占めなんてっ!」
サキュバスさん達は「そうだ!そうだ!」と口を揃えて抗議する。
中にはあの時の事を思い出し、自らの身体を抱き締めハァハァ言ってる人も居る。
「えーと…俺はもう帰っても良いですか?」
「「「「ええっ!?」」」」
「いやいやいや、用事は済みましたし…」
「そんな事は言わずにっ!せめて後一日…いや、半日でも良いですからっ!」
サキュバスさんが縋り付いて来る。
その時、ミラルダが浩二の腕に抱きつきながら口を開く。
「ねぇ~♪コージ君はぁ♪サキュバスのぉ~、だ・ま・ら・せ・か・たぁ♪知ってるわよねぇ~♪」
「……アレですか…?」
「そぉ♪ア・レ♪」
「…はぁ…」
浩二は深く溜息をつくと、手始めに腕に絡み付き余裕そうにしていたミラルダの肩に手を置く。
「え?えぇ?ち、ちょっとぉ~、私は良いの…はぁあんっ!!」
最後まで言い終わる前に浩二の右手が青く輝き、その光が『エナジードレイン』によってミラルダの身体に注ぎ込まれると、危険な嬌声を上げてミラルダが痙攣しながら崩れ落ちた。
ゆらりと浩二の身体が揺れ、青く輝く両手をワキワキしながらサキュバスさん達に近付いていく。
「あ、あの…コージ様…?」
「…欲しがり屋さんは…何~処だ…」
「ひっ!?」
一瞬で身を翻そうとしたサキュバスさんの肩に手が置かれる。
「まぁまぁ、遠慮しないで。」
ニッコリと笑う浩二がそこに居た。
□■□■
「容赦無いわね…」
一部始終を見ていたソフィアが呟く。
浩二は瞬動を使い、次から次へとサキュバスを仕留めてゆく。
やってる事は彼女達の肩にに手を置く…ただそれだけなのだが…
時間にして数十分。
この場にいた全てのサキュバス達は…
「…全く…困ったもんだ。」
腰に手を当て仁王立ちする浩二の周りには、ピクピクと痙攣しながら幸せそうな表情を浮かべて転がっていた。
「コージ…貴方本当に底無しね…」
疲れた様子も無く仁王立ちしている浩二に呆れた声で話し掛ける。
「まだまだ行けるぞ?」
「行かなくても良いわよ…さ、帰るんでしょ?」
「あぁ、そうだな。」
浩二はそう言うとソフィアを自分に引き寄せ、足元に六角形のゲートを作り出す。
「ふえっ!?」
それは浩二に引き寄せられたからなのか、突然無重力になったからなのかは分からないが、ソフィアが可愛い声を上げると同時に二人の姿はサキュバス領から消えたのだった。
□■□■
「今度やったらぶん殴るからねっ!」
「…既に殴られましたが…すみません。」
ぐわんぐわんする頭を撫でながら謝る。
ソフィアの部屋に開いたゲートから落ちてくる二人。
すぐ様ソフィアを抱き上げ着地する浩二。
浩二を見て真っ赤になるソフィア。
ワナワナと震え出しお姫様抱っこされながら浩二の頭を殴るソフィア。
とまぁ、こんな感じだ。
「もう!…まぁ、良いわ。取り敢えず私は人族領の様子を見てくるわね。」
「あぁ、頼む。俺は助けた勇者達の様子を見てくるよ。」
「分かったわ。それじゃあね。」
ソフィアがそう言って部屋を出た後、浩二は訓練所に向かう。
人族へと貸与えた棟が訓練所の先にあるのだ。
やがて訓練所へと到着してすぐに異変に気付く。
魔族側の兵士と人族側の兵士が向かい合い何やら騒いでいるのだ。
ただ事ではない雰囲気を感じた浩二は駆け寄る。
それに気付いた人族の兵士が浩二に向かい突然怒鳴りつけて来た。
「貴様だなっ!こんな場所に我々を送り込んだのはっ!」
「は?…えーと、そうですが?」
「今すぐ我々を人族国へ帰せっ!この魔族のスパイがっ!」
「………」
言葉が出ない。
別に自分自身は大した苦労をした訳じゃない。
ただ、コイツ等を助ける為にどれだけの魔族側の人達が協力してくれたと思ってるんだ…
勝手だな…
勝手過ぎる…
「聞くか聞かないかは任せる。今、人族国では勇者の一人が城を乗っ取り好き勝手している。お前等はそいつに催眠で操られ王女様を襲っていた。だから王女様を助けた。お前達も呪いと催眠を解き助けた。悪い事か?」
「出鱈目を言うなっ!王女様まで拐かしたのかっ!」
「…はぁ…分かった。帰してやる。もう知らん…勝手に死ね。」
浩二は目の前の五月蝿い兵士の足元にゲートを開き『転送』で、人族国へ送る。
出口は城門の前だ。
目の前で起きた事が理解出来ないのか、残りの兵士達は黙り込む。
「どうした?後送って欲しい人はいないのか?」
「…貴様っ!彼を何処へやったっ!」
「人族の城の前だよ…お前も行けば分かるさ、ほら。」
また一人人族国へ送り返す浩二。
「…………」
「もう良いのか?それとも全員送ろうか?言っておくぞ?俺はこれからその勇者を倒しに行く。そいつの裏にはリッチーもいる。もしそこで催眠状態のお前等が居たら…容赦なく倒すからな?」
黙り込む兵士達。
浩二は振り返ると魔族側の兵士達に頭を下げる。
「すみません。コイツ等が失礼をして。」
「いやいや、コージの旦那が頭を下げるなんて!大丈夫ですよ。気にしてませんから。なぁ?」
魔族の兵士さんの言葉に皆笑顔で頷く。
本当にいい人達だ。
浩二は振り返り人族の兵士に向け口を開く。
「謝れとは言わない。だから、騒がず大人しくしててくれ…恥ずかしいよ、お前等…」
「…………」
無言のまま動かない兵士達を見て溜息をついていると、突然ソフィアが血相を変えて走って来た。
「どうした?ソフィア。何かあったか?」
「はぁ、はぁ、はぁ、結城が…動いたわ。それも最低の方向に…」
浩二は頭を抱えた。
何だか…面倒臭くなって来た…と。
「…最低の方向?」
「…えぇ。コージ…ちょっと耳を貸して…」
「ん?」
浩二はソフィアの口へ耳を寄せる。
恐らくは周りには聞かせられない内容なんだろう。
ソフィアは結城が人族領で行った行動を掻い摘んで話す。
次の瞬間…
浩二の身体から青く輝く靄が溢れ出す。
いや、それは最早『靄』と言うより『炎』。
二人の様子を見ていた魔族陣営の兵士達は驚き後ずさる。
更に人族の兵士の反応は過敏で、腰を抜かす者や、逃げ出す者までいる始末だ。
それ程迄に浩二の変化は劇的だった。
「コージ…私は今すぐミラルダに連絡を取るわ。貴方は…もう止めないわ…行きなさいっ!」
「……あぁ、行ってくる…」
ソフィアは最早止められないと覚悟を決めたのか、真剣な顔で浩二に言い放つ。
そして浩二は…一言だけソフィアに言葉を残し、その場から消えた。
遂に動いた浩二。
もう、誰にも止められない。
事態の原因を止めるまでは…
やがて、浩二が居なくなった訓練所を静寂が包む。
その静寂を打ち破るようにソフィアが口を開いた。
「貴方達は幸せよ?あれだけコージが怒ってくれるんだもの…あんなに…杜撰に扱われたにも関わらず…ね。」
腰を抜かして身動き一つ取れなくなっていた人族の兵士達へと。
□■□■
場所は変わって人族国。
城の前に飛んだ浩二は巨大な城門を前に無言で佇んでいた。
何故直接結城やリッチーのいる場所へ飛ばなかったのか。
理由はソフィアの話にあった「操られている貴族達」が原因だ。
城へと抗議する為に攻め込んだ貴族の私兵が誰一人として戻らなかった事を考えれば、場内に転移したのでは彼等を救えない。
城門から真っ直ぐに…ワザと自分の位置を奴に知らせ、こちらに向かわせる。
催眠がどの程度の意識レベルまで有効かは分からないが、気絶すれば催眠に掛かろうがそうでなかろうが問題では無い。
ならば…全て…
目に付く全ての人族を殺さずに戦闘不能にする。
それが、浩二の選んだ答えだった。
「…取り敢えず…派手に八つ当たりでもするか。」
城門の直ぐ目の前、大体5m程離れた所に立つとゆっくりと気を練り始めた。
すると、浩二の身体から溢れていた靄が急激に渦巻き丹田の辺りに吸い込まれてゆく…
やがて全ての靄が吸い込まれるのと同時に、浩二は半身に構え右拳を引く。
ゆっくりと鼻から空気を吸い込み…口から吐き出す。
次の瞬間、浩二の右拳が一瞬揺らいで一回り大きくなった様に見えた。
脈打つ様に揺らぐ拳はその脈動に合わせて青く輝く光を放ち始める。
徐々に間隔の短くなる脈動。
強くなる光。
そして…空気を大きく吸い込み…
「…フッッ!!」
短く吐き出した息と共に振るわれた右拳。
別段速い訳でも無く、力んだ様子も無い。
しかし、起こった現象は常軌を逸していた。
鼓膜が破れるかと思われる程の轟音を伴った大爆発。
そして、目の前にあった十数メートルはあろうかと言う立派な城門は、左右に隣接する城壁ごと跡形もなく木端微塵に吹き飛んだ。
「…ふぅ…少しは…落ち着いたな。」
別に大した事はしていない様な口振りで目の前の惨状など気にもとめず、ゴキゴキと首を鳴らしながら城へと歩を進めた。
□■□■
「なんだ!?何が起きたっ!?」
相も変わらず猿の様に励んでいた結城が女の上で狼狽えながら叫ぶ。
そして、慌てて身なりを整え玉座の間に飛び込むと誰かを探すようにキョロキョロしながら怒鳴り散らす。
「リッチーっ!リッチーっ!何処だっ!」
〈…何だ?騒がしい。〉
「今の爆発は何だ!?何が起きたっ!?」
〈来たのだよ。お前を止めにアイツがな。〉
「アイツ…?誰だっ!?」
〈数日前に王女や兵士、勇者を攫って行ったアイツだ。〉
「…岩谷か!?クソっ!人が楽しんでいる時にっ!」
自分勝手に怒り出す結城。
しかし、次の瞬間には下卑た笑みを浮かべドッカリと玉座に腰掛け足を組む。
「貴族共はけしかけたんだよな?」
〈あぁ、既に向かわせている。…が、用心した方が良い…あ奴は普通では無い。〉
「ハッ!一人で数百相手に何が出来る。」
〈……………〉
どうやら、結城よりリッチーの方が正しく浩二を理解している様だ。
ただ、用心した所で何一つ変わらないのだが。
リッチーは、最悪の事態を想定し、結城に話し掛ける。
〈結城よ。あ奴はここに来る。お前も戦う準備をしておけ…〉
「たかだかドワーフ如きに負けるはずが無い!今の俺のステータスは前の時に比べて跳ね上がってるからな!」
〈油断は死を招くぞ…?〉
「ハッ!ここに来るまでに『生贄』を掛けた貴族共も居るんだ。追加で数百のステータスを吸い上げれば岩谷なんて楽勝さ。」
〈……そう上手く行けば良いが…〉
「心配性だなぁ、リッチーは。」
結城の根拠の無い自身に危機感を抱くも、当の結城がコレではどうする事も出来ず、リッチーは仕方なく覚悟を決め浩二を待ち構えるのだった。
〈(こ奴が死ぬ前に…身体を奪う準備をしておかねばな…)〉
リッチーの考えなど知る由もなく結城は余裕の表情で浩二を待ち構えるのだった。
□■□■
「おおっ!来た来たっ!」
そこら中の扉という扉から次々と現れる人、人、人。
思い思いの武器を装備し、浩二に向かい油断なく構える。
その瞳には微かではあるが光が見える。
「へえ…完全な催眠状態にはしなかったんだな。案外利口…あぁ、リッチーの入れ知恵か。」
結城がこんなに気の利いた手を考え付くはずがない。
催眠は深ければ深い程自我が失われる。
つまり、培って来た戦闘技術も十全に発揮出来ないことになる。
「まぁ、やる事は変わらないがな。…お前等…死ぬなよ?」
一言だけ注意を促した浩二が貴族達の目の前から掻き消える。
「痛いの位は我慢な。」
次に浩二が現れたのは、一番貴族達が密集している場所のほぼ中心部だった。
そして振るわれる拳。
手加減しているとはいえ、まともに受ければ重症は免れない。
従って浩二は貴族達の武器や鎧の厚い部分を狙った。
ステータスに任せひたすら拳を振るい続ける。
一度に数人の貴族が周りを巻き込み盛大に吹っ飛ぶ。
貴族達はすぐに体制を立て直そうとするも、その時には既にそこに浩二の姿は無く、別な場所で新たに数名の貴族が吹っ飛んでいた。
「さぁ、チャッチャと終わらせるぞ。」
右手に青く輝く靄を纏いながら浩二は腕を回した。
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