第十五話
「ほらほらほらーっ!どんどんいくよーっ!」
「ちょっ!まっ!蓮っ!マジでっ!うおっ!」
人族の城からゲートを潜り帰って来ると、そこには元気に猛をリンチしている蓮の姿があった。
いやぁ…帰って来たなぁ。
微笑ましい光景に頬が緩む。
「あっ!お兄さんお帰りーっ!」
「おう!ただいま。」
荒んでいた気持ちも何処かへ行ったようだ。
「…助かった…お帰り兄貴…」
「おう!ご苦労さん!」
「本当だよ…何だよ蓮のあの弾幕…俺の結界は物理だっつーの。」
蓮の暇潰しに付き合わされたのだろう、ぐったりしている猛。
蓮は底無しだからなぁ。
「暇だから相手しろって言うから、軽い気持ちでOKしたんだけど…完全に舐めてたわ。少なくともいい勝負は出来ると思ってたのに…」
「蓮はこっちに来てからずっと兵士さんや俺と訓練してたからなぁ。」
「それにあの二人…何なんだよあの回復力…新堂の回復呪文も凄かったけど…小鳥遊は正直見違えたよ。『桜花』だっけ?何なんだよ…あの回復範囲。」
「あの二人だってずっと訓練所の兵士達を回復しまくってたんだぞ?マナポーションで精神力回復しながら毎日な。」
「自分の置かれてた環境の温さを身に染みて感じたよ…」
少し悔しそうな猛を見て浩二は嬉しくなる。
きっと彼も強くなりたいんだな…と。
「んじゃ、俺と毎日ぶっ倒れるまで訓練するか?嫌でも底力が付くぞ?」
「マジか!?…って兄貴…蓮より強いんじゃ…」
「多分間違いなく強い…筈だ。」
「何が「多分」よ。強いに決まってるじゃない…いつも手加減してる癖に。」
「あ、ソフィア。ただいま。」
「お帰りコージ。で?首尾はどう?」
「バッチリだ。『強奪』を見習いして、結城をぶん殴って来た。」
「…殴る必要はあったのかしら?」
「あぁ、アレは殴る。俺じゃなくても殴る。」
「…相当な奴だったのね…その結城っての。」
「何て言うか…色々破綻してたわ。きっと強い力を得て
「…成程ね。で、どうする?今日は休む?人族の兵士や勇者は心配いらないわよ?コージが送って来た全ての人族は催眠も呪いも解いて回復させたから。今はベッドでスヤスヤよ。」
「そっか。ドルギスさんとミラルダさんは?」
「さっき帰ったわ。あんなだけどそれなりに忙しいのよ?あの二人。」
あの二人にはお世話になりっぱなしだな…今度ちゃんと御礼しなきゃ…
「王女様とスミスさんは?」
「今は人族へと貸与えている棟にいるわ。会いに行く?」
「いや、それよりもやらなくちゃいけない事があるんだ。」
「?」
浩二は『強奪』の詳細を見せなからソフィアに説明を始めた。
□■□■
「よし!今回は成功だ!」
「マジかよ!?何で俺の時は成功するんだよ!」
たった今浩二にスキルを奪われた猛が非難してくる。
昨日は夜も遅い事もあり効率が悪いという事で、朝食後から城中のスキル持ちを当たって片っ端からスキルを奪いまくっている。
当然、ちゃんとその場でスキルを返しているが。
丁度猛で二十人目だ。
「しかも、『物理結界』LV8とか…返すの惜しい気も…」
「え?返してくれるんだよね?」
「よし!次行くか!」
「そうね。」
「おいっ!兄貴!?ソフィアの姉御も「そうね。」じゃねーよ!」
「冗談だよ。ほら。」
浩二は猛の肩をポンと叩き、たった今奪った『物理結界』のスキルを返す。
「あぁ…お帰り俺のスキルっ!」
自分を抱き締めるように悶える猛。
「コージ?今レベルどのぐらい?」
「えーと、見習い5だな。」
「まだまだ先は長いわね…体力と精神力は大丈夫?」
「余裕!」
「なら、次行くわよ。」
浩二とソフィアは次の獲物を求め歩き始めた。
実はこの『強奪(見習い)』は、成功率が低い。
本来の10%の威力…つまり成功率一割なのだ。
しかも…
「成功しないと、経験値入らないってのはキツいな。」
「仕方ないわよ…見習いだもん。」
「まぁ、そうだよな。」
そう。
成功しないとスキルの経験値が入らないのだ。
今まで二十人中成功したのは猛を含めて五人。
スキルのレベルは今の時点で5
つまり、後5回成功させる必要がある。
「ねえコージ?ちょっと今思い付いたんだけど…スキルさえ持って居れば、どんなスキルでも構わないのよね?」
「え?あぁ、そうだと思う。」
「なら、メイドの休憩室に行きましょう!」
「メイドさん!?」
「あら?メイドだって立派なスキル持ちよ?『裁縫』『料理』『清掃』中には『毒見』とか『目利き』なんて変わったのも居るのよ?」
「へぇー」
「それにこの城で働くメイド達は必ず何らかのスキルを持っているわ。もっと早く気付けば良かったわね。」
確かに。
この城のメイドの総数は数十どころでは無いんじゃないだろうか。
「ソフィア?城のメイドさんって何人ぐらい居るの?」
「えーと…確か百数十人ぐらいかしら?」
「百!?」
「あのねコージ。この城…一体どれだけ広いと思ってるの?ハッキリ言って数十人じゃ、掃除すらままならないわよ?」
「あー…確かに。」
「兵士よりも圧倒的に多いんだから。兵士はいざとなれば転移陣でいくらでも呼べるしね。」
「成程…」
「ほら、着いたわよ。」
ソフィアが一つの扉を指差す。
思ったよりも普通だ。
「ソフィアよ。入るわね。」
ソフィアはノックをすると返事も待たず扉を開ける。
浩二は嫌な予感がした為、一度様子を伺う。
「あら、着替え中だったのね。ゴメンね?」
「いえいえソフィア様。」
等と扉の中から聞こえてくる。
「……危なかった…」
ラッキースケベなど浩二は望んではいないのだ。
華麗にフラグをへし折った浩二はソフィアに呼ばれ部屋に入る。
「あ、コージ様もいらしたんですか?」
上下下着姿のメイドさん達が綺麗なお辞儀をする。
「まだ着替え中じゃねーかっ!」
慌てて部屋から飛び出す浩二。
きっちりフラグを回収した様だ。
「どうしたのよ!?コージ!」
「…ソフィア…こっちではメイドさんって着替え見られても平然としてるんだな…」
「そっちは違うの?」
「…はい。普通の女の子な反応されます。」
「成程ね。ちょっと認識が違うわ。コージは「私のお客様扱い」だから平気なのよ。普通に兵士や一般人相手なら手痛い反撃を食らうはずよ。」
「…恥ずかしいので、普通に服を着てもらって下さい。目の毒です。いや、ある意味眼福ですが。」
「ふふっ、分かったわ。少し待ってて。」
そう言ってソフィアは部屋へと入って行った。
あー、びっくりした。
「コージ様、先程はお見苦しい所をお見せしてすみませんでした。」
ソフィアに促され改めて部屋に入ると、メイド服を着たメイドさん(?)達が、綺麗なお辞儀をして謝罪してくる。
「いやいやいや、悪いのは俺です!頭なんて下げないで下さい!」
「しかし、お気を悪くされたのでは?」
「そんな馬鹿な!眼福でした!」
「…コージ?」
「あ、いや、すみませんでした。」
「いいえ。私達はコージ様が仰られれば何時でも…」
「ストップ!!」
メイドさんが口にしそうになった言葉を大声で遮る浩二。
「それ以上は絶対に言わないでください。本気で怒ります。」
「…………」
「ふふっ、ね?言った通りでしょ?だから怒るって言ったのに。」
「ん?何の話だ?ソフィア。」
「彼女達はね、あくまでコージの事を主人と同等として見るって言って聞かなかったのよ。なら、そういう風に接してみたら?って、多分怒るわよって言ったのよ。」
「…すみません…」
「謝らないで下さい。でも俺は特別扱いより、友人として接してくれた方がずっと嬉しいですよ。気楽に笑ったり、怒られたりしたいです。」
「コージ様…」
「こんな俺が友人じゃ…駄目ですか?」
「そんな事はありません!…今の質問は…狡いです。」
「ははっ…すみません。でも、もっと気楽に接して下さい。嫌なものは嫌と言って下さい。本人の意思を無視して無理矢理なんて御免です。」
「…はい。分かりましたコージ様。」
何とか分かって貰えたようだ。
きっとメイドの立場ってこっちの世界ではこんな感じなんだろうな…
「えーと、それで…早速お願いなんですが…」
「はい。何でしょう?」
「貴女達のスキルを奪わせて下さい!」
「は…い?」
「コージ…圧倒的に言葉が足りないわ…」
「あぁ、違うんです!えーとですね…」
浩二は『強奪』を成長させたい事。
スキルはちゃんと返す事。
痛みや苦痛は無い事等をメイドさん達に説明した。
「成程…私達で御役に立てるなら何時でもどうぞ。」
「ありがとうございます。助かります。」
メイドさん達の了承を得た浩二は、早速彼女達のスキルを奪いまくった。
そのお陰もあり、メイドさんの半数に満たない人数で目出度く「強奪(見習い)」はレベルが10になり、晴れて『強奪』は浩二のスキルとなった。
奪ったスキルの中に『房中術』なるものがあった時にはどうしようかと思ったが、真っ赤になって俯くメイドさんが可哀想になり周りのメイドさんにバレないように返したというハプニングもあったが。
これで、結城からスキルを奪い返す準備は出来た。
後は…一日一回の制約があるから、取り敢えず結城を捕まえて毎日奪いまくれば全部終わる。
気になるのは…あのリッチーとか言う死者の王様だけだが…
「後で王女様に聞いてみよう。」
浩二はそう呟くとある事をする為に地下倉庫へと向かった。
□■□■
例の地下倉庫の隣にある小部屋。
浩二の工房(仮)に来た浩二は、ミスリルのインゴットをテーブルに乗せ何やら作成しようとしていた。
「約束は守らないとな。」
そう。
猛と約束した『爆発』する篭手を作りに来たのだ。
本来は思い付きで義手に内蔵する筈の機能だが、彼は義手を付けられない…故に篭手だ。
浩二はテーブルに乗せられたミスリルに手を翳す。
色は…赤…
指の可動の邪魔をしないように…プレートは薄く…しかし固く…固く…
掌の中心に…圧縮の魔核を…
手の甲に…火の魔素を集める為の魔核を…
ある程度は篭手に火を纏えるようにしよう…
よし!イメージは纏まった。
やがてミスリルが光を放ち、二つの魔核が生成され混ざり合う。
そして、光が静かに消えた後に残ったのは、綺麗な赤い篭手だった。
「うん、成功かな?」
浩二は篭手を右手に嵌めると、手を握ったり開いたりする。
「よし、指の動きは邪魔されないな。」
次に右手を手刀の形にすると、そのまま横に振り抜く。
すると、篭手は炎を纏い薄暗い地下室を照らすように尾を引く。
「うん。問題ないな。熱くもないし。後は…」
最後は例のアレだ。
浩二は六角形のゲートを開くと、いつもの城壁前へ移動する。
「あの岩当りが良いな。」
手近にあった浩二の倍はあろうかという大岩の前に立ち掌を向ける。
やがて、魔核が急速に火の魔素を圧縮し始める。
そして、魔核が眩い赤い光を発し始めた辺りで浩二は圧縮魔素を解放する。
ズゴオォンッ!!と物凄い轟音が響き、目の前が砂煙で見えなくなる。
それが晴れた時…目の前の大岩は影も形も無く消し飛んでいた。
「……コレ…生物に使って良いのか…?」
明らかにオーバーキル臭がする篭手をマジマジと見つめる浩二。
「ま、いっか。」
ここに、又もやアーティファクト級の魔道具が生まれた。
名前は『紅蓮の篭手』
今回は名付けの先生が居ないので、浩二が名付けた。
浩二にしてはまともなネーミングである。
「さて、早速猛に授けて来るか。」
浩二は意気揚々と猛の元へ向かうのだった。
□■□■
猛は訓練所にいた。
少しでも強くなろうと、蓮と一緒に兵士達と訓練中だった。
そして、浩二が訓練所に到着した時には息を乱して地面に座り込んでいた。
「おう、猛!精が出るな。」
「あぁ、兄貴か。全く…蓮の体力にはついて行けねーよ。」
「まだまだ、直ぐに差なんて埋まるもんでもないだろ?焦るな焦るな。」
「そりゃ、そうだけどよ。」
「それより、出来たぞ!例のアレだ。」
「マジか!?」
「あぁ、ほら。」
浩二は布に包まれた篭手を猛に手渡す。
猛は待ち切れないのか急いで布を取り払う。
「おおっ!カッケー!!装備しても良いか?」
「あぁ、その為に作ったんだからな。」
「うっしゃ!…おぉ…軽いし…動かしやすいな。」
猛が手首を回したり手を握ったり開いたりしながら篭手の着け心地を確かめている。
「先ずは説明を聞いてくれ。」
「おう!」
「その篭手の名前は『紅蓮の篭手』手の甲についている魔核で火の魔素を集めて放つことが出来る。恐らくだが…普通に纏わせるだけじゃなく、飛ばしたり盾にしたりも出来る筈だ。色々試してみてくれ。」
「『紅蓮の篭手』かぁ…くうっ!カッケーなぁ!で?火を出せるんだっけか?…おおっ!本当だっ!凄ぇ!しかも全く精神力が減らねぇし!」
猛が右手に炎を纏わせブンブンと振り回している。
「後は極めつけ…と言うより本来の機能である『爆発』だ。」
その言葉を聞いた猛はピタリと動きを止め浩二の方へキラキラした瞳で駆け寄って来た。
「さっき確かめてみたんだが…俺の倍以上ある大岩が…消し飛んだ。」
「マジか!?」
「ちょっとやりすぎ感が半端ないが、要は使い所を間違えなければ大丈夫だろ?」
「あぁ、必殺技ってのはそういうもんだろ!」
まるで少年の様に目をキラキラさせて喜びを顕にする猛。
ここまで喜んでくれると、作ったかいもあったよな。
「で、今日の用事はそれだけじゃないんだ。」
「ん?他に用があるのか?」
「あぁ、猛が持ってる『物理結界』を見習いしたくてな。」
「見習い?」
「あぁ。」
浩二は自分の『見様見真似』のスキル詳細を猛に見せる。
「兄貴…これはまた…反則級のスキル持ってるなぁ…」
「確かにな。見習い期間中にレベルを10まで上げないと消えちゃうのが難点だけど…それでも破格の性能だとは思うよ。」
「で?俺は兄貴に『物理結界』を見せれば良いのか?」
案外あっさりと許可が出たことに多少の驚きを覚える。
「良いのか?自分のスキルがコピーされるのに。」
「良いも何も、見たいんだろ?良いぜ?隠したって仕方ないしな。『強奪』みたいに奪われる訳じゃないし。」
「ありがとう。」
「止してくれよ兄貴。俺は助け出して貰った上にこんな装備まで貰ったんだ。この位どーって事ねーよ。んじゃ、使うぜ?」
「あぁ、頼む。」
猛は腕を伸ばし掌を前に出すと目を閉じた。
次の瞬間、猛の目の前に透き通り青く輝く楕円の壁が出来上がる。
「おお…コレが『物理結界』か。」
「あぁ、一定の物理攻撃は全部コイツが肩代わりしてくれる。」
「攻撃してみて良いか?」
「……軽くな?嫌な予感しかしないからよ…」
「大丈夫だよ。軽く小突くだけだからさ。」
そう言って結界の前に陣取った浩二は、軽く…本当に軽くジャブ気味の突きを放つ。
威力よりスピード重視の突きだ。
猛の目には見えなかったようだが、浩二の拳が結界に当たった瞬間ギイィンッ!という金属音が鳴り響く。
「うおっ!…いつの間に攻撃したんだよ…」
いきなりの事に驚く猛。
「今の攻撃で後何回ぐらい耐えられる?」
「…あ、あぁ、後五、六発位かな?」
「成程…これ位か。」
そう言って無造作に先程の五倍程度の力を入れて同じ様に結界に突きを入れた。
すると、ギギギギィィンッ!!と連射したような音が鳴り響き、そしてパリィン!とガラスが砕けるような音を残し結界が砕け散って空気に溶けた。
「…兄貴…今の全然本気じゃないだろ?」
「ん?あぁ、大体三割って所だな。」
「…今ので三割とか…本物の化物だな…」
「失礼な。」
「いやいや、本気出されたら俺なんて瞬殺じゃん!」
「…今のお前ならな。でも、これから強くなるんだろ?」
「…勿論だ!蓮にだって今に勝ってやる!」
「よし!それじゃ訓練だ!早速だが…この『物理結界』の別の使い道を思い付いた。」
「別の使い道?」
「あぁ、多分可能な筈だ。戦闘の幅が一気に広がるぞ?」
浩二はニカッと笑うと、その使い方の内容を説明し始める。
「てな感じだ。んじゃ、取り敢えずやってみるか。」
「兄貴…本当に出来るのか?」
「あぁ、多分な。まぁ、見ててくれ。」
浩二はそう言うと、その場でジャンプする。
そして、そのまま落下すると思われたその時、浩二の右足の下に六角形の青く輝く板が現れる。
「ほっ!」
浩二はその板を足場にして更に高く飛ぶ。
同じ動作を繰り返す事数回。
浩二の姿は既に高さ30m程の所にあった。
今度は同じ要領で下りの足場を作り降りてくる。
「よっと!うん、成功だな。」
「…マジかよ…結界を足場にするとか、考えもしなかったわ…」
「コツは慣れるまで予め足場にする結界を設置しておく事だな。コレは結構使えるぞ?空中でいくらでも方向転換出来るからな。」
「成程な…よし!俺もやってみる!」
こうして二人の立体機動の訓練が始まった。
最初の頃は結界の設置場所がズレたり、タイミングが合わなくて失敗したりもしたが、空が赤く染まる頃にはほぼ失敗の無いレベルに達していた。
「ヤバイな兄貴っ!コレは凄ぇぞ!回避のバリエーションが今までと雲泥の差だ!」
「猛も大分上手くなったな。」
「大分コツが掴めて来たしな!後は要練習だ!」
「頑張れよ!」
「あぁ、それより兄貴…ちょっと本気の立体機動見せてくれねーか?目標にしたいからな。」
「ん?分かった。見失うなよ?」
そう告げた浩二はいきなりその場から掻き消える。
そして、辺りの空中を縦横無尽に飛び回る。
ただ方向転換の度にタンッ!という蹴り足の音だけを残して。
「…やっぱり凄ぇわ…こりゃ、遠いなぁ…」
やがていきなり猛の目の前に現れた浩二は息一つ乱してはいなかったのが彼にとって更に衝撃的だった。
しかし、彼は知らない。
これがあくまで『足枷の鎖』を装備した状態での「本気」だという事を。
□■□■
「浩二です。」
ドアをノックして名乗る。
「あ、どうぞ入って下さい。」
「失礼します…」
部屋の中から聞こえた声に返事をしながらドアを開き中へと入ると、そこには王女様とスミスがいた。
うん。ちゃんと服は着てるな。
日も落ちて夕食後、浩二は王女様の元を訪れていた。
当然、リッチーの話を聞く為だ。
「おい、コージ…何を畏まってんだよ?」
「いや、最近ちょっとアレな事がありまして…気を付けてる次第です…はい。」
「よく分からんが…まぁ、座れ。話があるんだろ?」
「あー、はい。」
向かい合わせのソファーに王女様と指し向かいで座る。
スミスは王女様の座るソファーの後ろに立っていた。
「えーと、単刀直入にお伺いします。リッチーという名に心当たりは有りませんか?」
「「!!!」」
二人の反応が重なる。
どうやら何かを知っているようだ。
「何処でその名前を…?」
「人族の城で…です。リッチー本人から自己紹介されました。」
「城で!?では封印が破られたのですか!?」
「封印?」
何か…嫌な予感がする。
結城の奴か?…結城の奴がやったのか?
「えぇ、代々王族が見張る封印の地が城の近くにあるのです。」
「まさか…そこって勇者達がレベリングしていた場所じゃ…」
「ビンゴだよコージ。」
うわぁ…まさか…
そこで結城がリッチーに勧誘されたんじゃ…
よりにもよってなぜそのダンジョンを使ってレベリングしているのやら…
きっと深い理由なんかがあるんだろうけど…
「何故その大事な封印の地をレベリングに使ってるんです?」
「…あー…近いからだ。」
無かった。
深い理由なんて無かった。
浩二が額を抑えて首をフルフルしていると、スミスが慌てた様子で追加情報を入れてくる。
「いや、コージ!違うんだ!近いって言うのは確かにあるが、あのダンジョンはモンスターの湧きが早いんだ。だから、勇者のレベリング以外にも定期的にモンスターを討伐してるんだよ。」
「…成程…つまりは「勇者のレベリング」の方がついでなんですね。」
「…まぁ、ハッキリ言えばそうなるな。」
きっと、湧きが早いってのは封印されていたリッチーの影響なんだろうな。
そういや…リッチーってどんな存在なんだろ…?
死者の王って言うぐらいだから、それなりに強いんだろうけど…
「えーと…凄く初歩的な質問しても良いですか?」
「ん?おう、なんだ?」
「リッチーってどんな存在なんです?」
「…コージ…そこからか…」
「いや、だから初歩的って言ったじゃないですか。」
呆れられた。
仕方ないじゃないか、知らないんだから…
「そうだな…アンデッド…ゾンビやゴーストって知ってるか?」
「はい、そのぐらいなら。」
「よし、で、リッチーってのはそのゴーストって種族の最上位種だ。」
「…つまりはアンデッドの親玉って事ですか?」
「あぁ、その認識で間違いない。闇を好み、人の魂を喰らいながら生き永らえる…そんな存在だ。」
「…えーと、自分以外の魂を奪わないと存在していられないんですか?」
「語弊があったな、正確には魂ではなく「生命力」だ。」
「結局は奪うんですね…」
「あぁ、奴らは肉体を持たない。故に自ら生命力を生み出せない。」
「だから奪うんですか?」
なんて迷惑な存在だ。
でも…
考え方を変えれば俺達も生き物を殺して生きてるんだよな…
なら、ちゃんと話し合えば共存も可能なんじゃ…
「それに、奴らは苦しむ者の生命力を好むそうだ。」
前言撤回。
よし、滅ぼそう。
「しかし、何で封印なんです?根っこから滅ぼせば良いのに。」
「簡単に言うな…相手はアンデッド、しかも肉体の無いゴーストの最上位種だぞ?まず、普通の物理攻撃は効かない。魔法防御力も桁違いに高い。通用するのは神官クラスの神聖魔法ぐらいなもんだ。」
「…そんな相手どうやって…あ!」
「多分当たりだ。当時の勇者に神聖魔法の使い手が居たんだよ。その勇者がひたすら削って削って、やっとの事で封印まで持っていったそうだ。」
「地味ですね…」
「仕方が無い話さ。他の勇者を連れて行けば、ドレインされて回復されちまうからな…単身乗り込むしか無かったのさ。」
厄介な奴に気に入られたな結城…
「って事は、リッチーを倒すには神聖魔法ってのを使うしかないんですね…」
「あぁ、奴の精神体に直接ダメージを与えなきゃならんからな。」
「成程…ん?精神体?」
聞いたことの無い言葉だが。
「ん?あぁ、精神体ってのは精神力の塊って感じだな。」
「えーと、精神力の塊なら、精神力でぶん殴ればダメージが通るんじゃ…」
「精神力でどうやってぶん殴るんだよ!」
スミスが何を言ってるんだコイツは…って言いたそうな顔で浩二を見る。
「えーと、こうやって…ですが?」
浩二は右手に青く輝く靄を纏わせる。
「なんだ!?その光!?」
「神聖魔法!?」
「いえ、これは『操気術』を使って気と精神力を練り合わせたものです。」
「あぁ、前に地下牢で言ってた「気」って奴か。」
「でも…その光…前に見た神聖魔法の光に良く似てます…少し青色の光が強い様ですが…」
「まぁ、取り敢えずこれでぶん殴ってみます。」
冗談のように軽く言ってはいるが、この男…至って真面目に言っている。
神聖魔法が付与された道具や武器を使うという選択肢が彼には無いのだ。
「でもよコージ…どうやって近づく?相手は近づけばドレインしてくるぞ?」
「ドレイン…かぁ。構わずぶん殴るってのは?」
「…コージ…お前…」
「いやいや、冗談ですよ?冗談!」
「………まぁ、取り敢えずドレイン対策はしといた方が良いな。下手をすれば近付く所か何も出来ずにお陀仏ってのも有り得るからな。」
「ドレインかぁ…こっちも負けずにドレインするとか…」
「ドレイン使えねーだろ?」
「そうですね…んー……あ。」
ドレインって、この間ミラルダさんのやってたみたいな奴かな…等とあのナイスバディを思い浮かべて…
ハッとしてステータスを開くとスキルを確認する。
「やっぱり…」
浩二の予感通り、スキル欄に『エナジードレイン(見習い)』という文字があった。
「あの時だよな…多分…」
「…コージ…まさか…」
「……使えます。」
「………」
「そんなに引かないで下さいよ!俺だって今気付いたんですから!」
「コージ…お前いよいよ人間離れして来たなぁ…」
「ドワーフですし…ってそんな顔で見ないで下さいよ!」
スミスにドン引きされながらも、取り敢えずドレインの綱引きは出来るようにはなった…が、
「『エナジードレイン』…どうやってレベル上げれば良いんだろ…」
浩二に新たな問題が出来たのだった。
□■□■
「あぁあっ!!岩谷のクソがっ!!」
玉座に腰掛けながら、彼に傅く女を躊躇いもなく蹴り飛ばす結城。
蹴り飛ばされた女の目に光は無い。
ヨロヨロとした足取りで女は再び結城の元へと歩み寄る。
「なんでこの俺がこんな目に合わなきゃならないんだよっ!!」
そんな女を足で踏み付けながら苛立ちに顔を歪める。
〈結城よ…苛立つのも分かるが…その位にしておけ。その女が死んでしまうではないか。〉
「あ?女なんて城下に行けば腐る程居るだろうがっ!」
〈…家畜とは言え増えねばこちらが飢える。程々にな。〉
「…なら…増やせば良いんだよな?」
結城は踏み付けていた女の髪を強引に引っ張り立たせると、身に纏っていた服を無造作に剥ぎ取る。
そして、その場で徐に行為に及び始めた。
〈……やれやれ…波長が合うとはいえ、コレは判断を誤ったかもしれんな…〉
呆れた口調でリッチーはその場を後にした。
「…舞…お前もいつかこうして…」
光を失った目をした女に覆いかぶさりながら、誰も居ない玉座の間で結城は呻くように呟いた。
□■□■
「と言う事で、ミラルダさんに会いに行きたいんだけど。」
朝食後、ソフィアの元を訪れた浩二はいつも通り唐突に切り出す。
「相変わらずいきなりね。人族領の方は良いの?まぁ、城下町の方で多少の被害がある位で今は済んでるけど…」
「あぁ、監視役を押し付けてゴメンな?」
「良いわよ。私にはこれ位しか出来ないしね。」
「いや、感謝してる。ありがとうソフィア。」
「べ、別に良いわよ。そ、それよりミラルダになんの用事?」
しどろもどろになりながら話を逸らすソフィア。
「あぁ、『エナジードレイン』について教えてもらおうと思ってさ。」
「『エナジードレイン』?コージ、ドレインなんて…あぁ、あの時覚えたのね?」
「そう。で、何だか雰囲気的に今回のドンパチで使いそうな感じだからさ。」
浩二はそう言って王女とスミスとのやり取りを説明する。
「コージ…貴方またとんでもない事を…」
「…やっぱり?」
「当たり前よ!何処の世界にリッチーとドレイン対決する馬鹿が居るのよ!」
浩二は自分を指差す。
額を抑えて呻くソフィア。
「あぁ、居たわね…馬鹿が。」
「失礼な。」
「しかも、何となく…何とかなるんじゃないかと思ってしまう辺り腹が立つのよ!」
「まぁ、本命は「気」を纏わせた拳でド突き倒す予定なんだけどね。ドレインは保険だよ。」
「リッチーをド突き倒すって段階で頭がおかしいけどね…まぁ、良いわ。案内するから着いてきて。」
浩二は手招きするソフィアの後に続く。
城の丁度中央。
地下一階にそれはあった。
「広いな…それに凄い数の転移陣だ…」
「一応、全ての種族の領土と直結してるわ。中には用心深く中継地点で検問張ってる種族も居るけど…」
「まぁ、どんな事に利用されるか分からないんだから、ある程度の用心は必要だよな。」
「まぁね。さ、ここからサキュバス達の住む魔の森へと飛べるわ。準備は良い?」
数ある転移陣の中の一つを前にしてソフィアが尋ねる。
「準備?」
「えぇ、心の。」
「は?」
「相手はサキュバスよ?コージ自分が男って自覚ある?」
「いやいや、まさか取って喰われる訳じゃあるまいし…」
「…………」
「え?喰われるの?」
「…………」
「ちょっと、ソフィアさん?」
「さぁ、行きましょう!」
「え?ちょっ…」
明確な答えを貰えないまま手を引かれ転移陣へと引きずり込まれる浩二。
心の準備をする間もなく、目の前に広がる鬱蒼とした森。
「着いたわ。急ぐわよコージ!」
「ちょっと?ソフィアさん?」
「本当に喰べられるわよ?主に性的に。」
「マジか…!」
その時、周囲の茂みがガサガサと揺れる。
そして現れたのは、最早隠す気が無いと思われる面積の服を身に纏ったサキュバスさん御一行だった。
「コージ…囲まれたわ…」
「え?え?何?」
「絶対に触れられてはダメよ…?」
「…えーと…もし、触れられたら…どうなります?」
「生命力を根こそぎ奪われた挙句、性的にも奪われるわ。」
「…童貞君歓喜の地だな…」
なんて会話をする間もジリジリと近付いてくるサキュバスさん御一行。
目なんて血走ってるし、ハァハァ言ってるし、折角の美人さんなのに…実に残念だ。
「…取り敢えず逃げますか。ソフィア?ミラルダさんがいる場所分かる?」
「このまま真っ直ぐよ。」
ソフィアが進行方向を指差す。
「了解…って!うおっ!」
「コージ!?」
「…へぇ…意外と…よっ!…素早いな…ほっ!」
まるで鬼を捕まえる鬼ごっこの様に彼方此方から群がる手を瞬動は使わずに避ける。
「案外と…イけるもんだな…ほっ!」
「結構余裕ね…コージ…」
「そちらこそ余裕過ぎませんか?ソフィアさん?」
その場にしゃがみ込み顎を手に乗せながら余裕の観戦を決め込むソフィア。
「だって私女だもの。」
「うわぁ…ズルっ!」
「コージ…上からも来たわよ?」
「は?…うわっ!」
浩二の頭をサキュバスの手が掠める。
蝙蝠のような羽根を背中に生やしたサキュバス数人が上空から浩二に迫る。
更に追加でご到着の様です。
「これは…ジリ貧だなぁ…」
それでも余裕があるのか、寸前で躱すのを止めない。
既に浩二の中では「襲われている」では無く「訓練」へとシフトしていた。
しかし、唐突に終わりは訪れる。
油断していたのだろうか…それとも予想外だったのか、地面から突然現れた二本の手に両足を掴まれた。
「何っ!?」
足元には血走った目を光らせ土に塗れた顔が浩二を笑いながら見ていた。
「怖っ!?」
それが浩二の最後の言葉だった。
後は雪だるま式にサキュバスに群がられ、あっと言う間にサキュバス団子が出来上がる。
「コージっ!?」
ヤバ気な雰囲気を感じ取ったのか、ソフィアが駆け寄ろうとした時、変化は訪れた。
折り重なる様に浩二に取り付いていたサキュバスが一人…また一人と剥がれ落ちてゆく。
その表情は何処か恍惚としており、身体をビクビクと痙攣させていた。
「へ?」
ソフィアが素っ頓狂な声を上げて立ち止まる目の前で、少しだけ見え始めた浩二の身体からは青く輝く靄が立ち上っていた。
やがて最後のサキュバスが浩二に縋り付くように崩れ落ちると、その場に立っているのはゼェゼェと息を乱した浩二ただ一人だった。
そして、叫ぶ。
「…全く…柔らかいわ…暖かいわ…いい匂いだわ…ただな…」
一拍置いて、
「窒息するわっ!!殺す気かっ!!」
□■□■
「しかし…コージって絶倫よね…」
「ちょっと待て!今の発言には語弊があるぞ。」
「だって…見てみなさいよ…」
ソフィアの顎が指す方向には…
辺り一面サキュバスさんだらけだった。
しかも、皆一様に何処か幸せそうな顔をして倒れている。
「何処の世界にこの数のサキュバスにドレインされて無事な奴が居るのよ…」
自分を指差す浩二。
ソフィアは額を抑えて首をフルフルしている。
「あぁ、居たわね…馬鹿が。」
「えぇ!?」
そんないつも通りのやり取りをしていると…
「あらぁ~、コージ君にぃ♪ソフィアじゃなぁ~い♪」
何時もの間延びした声を上げてミラルダが姿を現したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。