第十四話


ゲートを抜けるとそこは訓練所だった。

浩二よりも先に抜けた王女一行は一箇所に固まり周りを警戒している。



「そんなに警戒しなくても大丈夫だって…あ、ソフィア!戻ったよ!」



最初にソフィアの姿を見つけ浩二が声を掛ける。



「コージ!無事で良かった。…で、そちらが王女様御一行?」


「あぁ、スミスさんは知ってるよね。えーと、こちらが第三王女のリリィ様だ。で、こっちが王女様を守ってた勇者二人。」



王女とスミス、勇者二人がソフィアに軽くお辞儀をする。

これは…多分気付いてないな…



「ようこそシュレイド城へ。私は『鍛冶の魔王』ソフィアよ。」


「っ!?」


「なっ!?」


「!?」


「魔王っ!?」



あぁ、良い反応だ。

心做しかソフィアが嬉しそうだ。



「来たか。」


「遅かったじゃなぃ♪コージ君♪」



その後ろから巨体を揺らして現れたドルギス。

何故か浩二に撓垂れ掛かるミラルダ。

そして、ドルギスの巨体とミラルダの見た目に口を開いたまま動かない王女様御一行。



「お二人共久しぶりです。ほら、ミラルダさん離れて…ソフィアが怖い顔してますよ?」


「あらぁ♪ソフィアちゃんたら…ヤ・キ・モ・チ?」


「ち、ち、違うわよっ!馬鹿コージっ!」


「えぇっ!?俺!?」


「お前等…話が進まん。初にお目にかかる人族の王女よ。俺はドルギス。『鎧の魔王』と呼ばれている。」


「も~、ドルギスは硬いんだからぁ…初めましてぇ♪王女様ぁ♪私はぁミラルダ。『魅了の魔王』でぇす♪」



「「「「!?」」」」



三人の魔王の登場に動きの止まる一行。



「大丈夫ですよ王女様。もし敵対しているなら挨拶どころか、既に人族領は滅んでます。」


「…そう…ですね。」


「彼等を呼んだのは、これからこの場所に送られてくる勇者や兵士達が、結城のスキルによる呪いや催眠に掛けられている可能性があるので、その対応をしてもらう為です。」


「…成程…では、我々が一方的に御世話になるのですね…お見苦しい所をお見せしました。私が人族王家第三王女リリィです。今回はどうぞよろしくお願いします。」



王女は震える身体を何とか正し、三人の魔王にお詫びと御礼をする。



「構わないわ。コージの頼みだもん、断る理由が無いわ。」


「俺もソフィアに頼まれたに過ぎん。そう畏まるな王女よ。人族へ特に含む所はない、安心してくれ。」


「私はぁ、コージ君に会いに来たついでだしぃ♪気にしなくて良いわぁ♪」


「…あ、ありがとうございます。」



予想の斜め上を行く言葉に戸惑う王女。

実際まともな返答はドルギスだけである。

そして、後の二人は浩二ありきの言葉。



「…岩谷さん…貴方は一体何者なんです…?」


「いやぁ…妙に気に入られてまして…」



実際浩二自身も身に覚えが無いのだから仕方がない。

その時、



「あぁーーっ!麗子ちゃんだぁっ!!」



唐突に蓮の元気な声が訓練所に響く。



「蓮っ!元気だった?」


「うん!麗子ちゃんは?どうしてこんな所にいるの?」


「あー…浩二に連れてこられたんだ。」


「お兄さんに?」



蓮は浩二の方を見て首を傾げている。

あぁ、これは三人にもちゃんと説明しなきゃ駄目かな…



「ソフィア、もう隠すのは無理そうだし…ちゃんと話といた方が良さそうだな。」


「そうね…それじゃ食事の後にでも作戦会議も兼ねて話しましょうか。」


「だな。色々情報の摺り合わせもしたいしな。」


「王女様?それで良いかしら?」


「あ、はい。お任せします…」


「何を言ってるのよ。貴女も参加するのよ?」


「え!?私もですか?」



ソフィアは呆れたように俯いて首を振る。

そして、王女の側へ歩み寄りそっと耳元で



「貴女のお父様は残念だったわ…でも、残った王族は貴女一人…違う?」


「っ!!」


「…心中はお察しするわ…でも、この件に片がついたら国を纏めるのは貴女の仕事なのよ?」


「…はい…分かっています…」


「なら良いわ。」



ソフィアは王女の肩をポンと叩くと彼女の真正面に立ち瞳を真っ直ぐに見つめて口を開く。



「出来る限りの協力はするわ。だから安心なさい!」


「…ありがとうございます。」


「ふふっ、良いのよ。先ずは食事が先よ!腹が減っては何とやらって言うでしょ?」


「ふふっ…はい。ありがとうございます。」



王女は笑顔でソフィアの後に付いていく。

遅れてスミスと勇者の二人も。



「お兄さん…人族国でなにがあったの?」


「飯の後でちゃんと話すよ。舞と栞も含めてね。」


「…うん、分かった。」



浩二は駆け寄って来た蓮にそう告げると、元気の無い彼女の頭をクシャっと一撫でする。



「蓮には元気でいて欲しいな…」


「…うん!私に出来る事があったら言ってね!」


「あぁ、頼りにしてる。」



蓮は無理矢理笑顔を作ると浩二を追い越して走り去ってしまった。



「…結城の奴…巫山戯るなよ…」



蓮の不器用な笑顔を思い出し腸が煮えくり返る思いを拳を握ることで耐える。

怒りで身体から漏れ出てしまう青い靄を纏いながら。



□■□■



「さて、先ずはどうやって乗り込むか…だけど…」


「コージ…アンタ色々漏れてるわよ…」



未だに靄が収まらない浩二。

それを見たソフィアが頭を抱える。

すると…



「もう我慢出来なぁ~い!」



少々色の混じりすぎた声でミラルダが後ろから浩二に抱きつく。



「ちょっ!?ミラルダさんっ!?」



色々と密着されて慌てふためく浩二。

そんな浩二にお構い無しで更に密着してくる。

次の瞬間、彼女の身体に浩二の青い靄が吸い込まれていく。



「ふふっ♪…お姉ぇさんに任せてぇ♪…って、嘘っ!?」



突然ミラルダの身体がビクンと跳ねる。



「…っ!!…はぁんっ!…こんなにぃ…っ!!」



突然身悶えながら崩れ落ちるミラルダ。

自らの身体を抱き締めるように座り込み甘い声の混じった息を荒くしている。



「コージっ!時と場所を考えなさいよねっ!」


「えぇっ!?また俺っ!?」



作戦会議はミラルダの体調が回復するのを待つ事になった。

その間、浩二が女性陣からの無言の圧力を受け続けたのは言うまでもない。



「ごめんなさぁ~い…つい…」


「ついじゃないわよ…全く…」



何とか回復(?)をしたミラルダが恥ずかしそうに頭を下げる。



「一体何があったんです?」


「ん~…食事?」


「アレが!?」


「ち、違うわよぉ~…何時もはあんなじゃないものぉ~」


「コージ…多分だけど…コージのエナジー…所謂生命力とかが普通の人より濃かったせいだと思うわ。」


「…生命力?」


「簡単に説明すると、精神力と対になる物よ。」


「成程…確かに体力には自信がある。」


「凄かったわぁ~♪あんなに…濃いの…初めてぇ♪」


「「言い方っ!!」」


「まぁ、コージの場合は間違いなく『操気術』の影響ね。」


「…あぁ、成程。」



確かに身体から出る青い靄は操気術で精神力と気が混じったものだったが。



「成程じゃないわよ…全く…少しは抑える努力をしなさい。」


「すみません…頑張ります。」


「まぁ、コージの体力の方は作戦に影響無いのよね?」


「全く。」


「なら良いわ。もう…会議遅れちゃったじゃない…」


「面目次第も御座いません…」


「はぁ、それじゃ会議を始めましょう!」



今一締まらないが、作戦会議が始まった。



□■□■



「なぁ、麗子のスキルって…展開したまま移動って出来るのか?」


「残念だけど無理よ。一箇所に展開したら、私の精神力が尽きるまでは時間制限無しだけど。」


「そうか…やっぱりバレずにって理由には行かないか。」



展開したまま移動出来るなら一緒に行動すれば姿や音も気取られずに行動出来るんだが…



「そうね。多少は仕方ないわ。」


「なら、やっぱり俺が単騎で乗り込むのが妥当か。」


「確かにコージの戦闘力なら間違いないわね…でも、結城の事だけが気掛かりね…」


「まぁ、なる様になるだろ。どうしようも無くなったら…その時は素直に倒すよ。」


「コージ…」


「それに、ちょっと考えもあるし。それより、受け入れ側の方頼むな。結構ポンポン送ると思うから。」


「全く…『転送』って本来そうポンポンと使えないんだけどね…」


「コチラは任せておけ。俺とミラルダが居れば状態異常に関する心配は無い。」


「安心してぇ♪コージ君のお陰でぇ♪久しぶりにフルパワーだからぁ♪」


「よろしくお願いします。多分、兵士達もかなり疲労してる筈だから、舞と栞…回復頼むな!」


「はい!頑張ります!」


「頑張るよ!お兄ちゃん!」



既に三人には結城の話はしてある。

結城が殺人をしている事と同級生が殺された事実を知り複雑な表情を浮かべてはいたが、何とか気持ちの整理はついたようだ。

しかし、結城の言葉を舞に伝えた所…



「気持ち悪いです。」



だそうだ。

この発言には蓮も驚いていた。

少なくともこの世界に…いや、魔族領に来るまではこんな発言間違ってもしなかったそうだ。



「きっと心境の変化があったんだと思うよー。でも、悪い方には行ってないから大丈夫!」



と言うのが蓮の意見だ。

確かに、あまり人見知りしなくなった気もするし、たまに毒舌気味の言葉を投げ掛けられている気もする。

まぁ、悪くは無い…かな?

いや…優しくして欲しいです。



「取り敢えず蓮と猛と麗子は留守番な。」


「おう!」


「えぇ。」


「えー!」


「えーじゃない。今回の作戦に戦闘はないんだから、近接格闘も遠距離砲台も要らないよ。」


「お兄さんと一緒に行っちゃ駄目?」


「駄目だ。万が一蓮が結城に操られたら俺は蓮に攻撃出来ない…いや、したくない。だから、恐らくは必要無いだろうけどもしもの時の為に受け入れ側に待機しててくれ。」


「分かった…気を付けてね?お兄さん…」


「おう!任せとけ!」



役に立てなくて歯痒いのだろう。

蓮は黙って俯いてしまう。



「俺の目が届かない間…舞を守ってくれ…な?」



浩二は優しく蓮の頭を撫でる。



「…分かった。本当は舞を守るのはお兄さんなんだからね!」


「分かってるよ。舞も蓮も栞もちゃんと俺が守ってやる。」


「…違うんだけどなぁ…」


「ん?」


「んーん、何でもない!それじゃ舞のところに行くね!」


「あぁ、頼んだ。」



蓮が手を振りながら回復組である二人の元へと駆けて行った。



「成程…これが鈍感系って奴か。」



隣で猛が腕を組みながらウンウンと頷いている。



「ん?なんだ?」


「何でもねーよ兄貴。」


「そうか…あ、この件が終わったら例のアレ作ってやるからな。」


「マジか!?楽しみにしてるぜっ!」


「あ、あと麗子。もう少し離塔の結界維持頼むな。王女様はまだあの塔に居ることにしときたいんでな。」


「この腕輪があれば楽勝よ。任せといて。」



腕を前に出し、浩二から貰った腕輪を見せる。



「王女様はソフィアと一緒に城内で変わった所がないか使い魔で確認してくれ。何か分かったら念話で連絡を頼む。」


「了解よ。」


「分かりました。気を付けて下さいね岩谷さん。」


「はい。それじゃ、行ってきます!」



浩二は王女とソフィアにそう告げると、ゲートを開き躊躇いも無くその中に飛び込む。


向かう先は…懐かしいあの地下牢だ。



□■□■



「さて…どうなってるのやら…うわぁ…」



到着した浩二の目の前に広がるのは、狭い通路にこれでもかと言わんばかりに詰め込まれた兵士達の姿だった。



「これはまた…勇者達の牢に着くまでに一体何人居るんだよ…」



兵士達は浩二に気付くと生気の無い目をこちらに向けヨロヨロと、しかし確実に浩二へと向かってくる。



「んじゃまー、やりますか。」



浩二は首をゴキゴキと鳴らすと、先頭の兵士に一瞬で詰め寄る。



「ちょっと痛いかも知れないけど、我慢してくれよ?」



そう言って無造作に右拳を兵士の土手っ腹に叩き込む。

踏ん張りの効いていない兵士は浩二のステータスも相まって5人程が纏めて後ろへ吹っ飛ぶ。

その先には六角形のゲートがポッカリと口を開けていた。



「ほい、五名様ご案内っ!」



巫山戯た物言いと共に兵士達はゲートに次々と吸い込まれるように消えていく。



「さぁっ!どんどん行くぞっ!」



ゲートを閉じた浩二はすぐ様次の兵士達へ向かい走り出した。



□■□■



「うわっ!また来たっ!」


「マジか!?本当に全員送る気かよっ!」



魔族領にあるシュレイド城、その中にある訓練所ではちょっとしたお祭り騒ぎがおきていた。



「次は上か!」



猛が見上げた先では…丁度地面から3m辺り上に六角形のゲートが現れ、無造作に数名の兵士を放出していた。



「ドルギスさん、ミラルダさんっ!こっちッス!」


「あぁ、分かっている。ミラルダ…」


「まっかせてぇ~♪」



無造作に地面へ転がされた兵士達にミラルダが手を翳すと、紫の靄が彼等を包み数秒としない内にその意識を刈り取る。



「仕込み完了よぉ~♪ドルギスぅ、後お願いねぇ~♪私はぁ、あっちの方仕込んでくるからぁ♪」


「任された。」


「それにしてもぉ…コージ君張り切ってるわねぇ♪」


「あぁ、コージも今じゃ俺達上位種の仲間入りだ…ほんの半月見ないだけで、これ程の事が出来るようになるとは…」



こうやって話している間にも次々と兵士達が人族領から六角形のゲートで送られてくる。



「これはぁ、将来は魔王かしらぁ♪」


「…全く…末恐ろしいな。」


「私達もぉ、負けてられないわよぉ~?」


「そうだな…やるぞ、ミラルダ。」


「えぇ♪頑張りましょぉ~♪」



勇者として召喚され『見様見真似』を持ち、魔族として上位種となった浩二は…この世界では明らかに異端だった。

勇者の技能を持った魔王。

彼はその頂きに一歩一歩近づいて行く。


しかし、彼自身はそんな事など知る由もなく今も人族領で絶賛お客様ご案内中だ。


実際彼の人柄もあるのだろう。


兵士であろうが、勇者であろうが、魔族や、そして魔王であろうとも浩二は普通に接する。

基本的に見た目や肩書きで相手を見ないのだ。


だからであろう、皆彼に対して友好的だった。


そんな彼は今…



「一体この地下通路の何処にこんなに兵士が居たんだよっ!」



溢れんばかりの兵士達に嫌気が差してきていた。

あくまで嫌気であり、精神力や体力が消耗して来たからではない辺りが浩二だろう。

既に三桁に届こうかという人数を魔族領へと送っている。

ただでさえ狭い地下の通路にこの人数の兵士達が集まれば…



「だぁっ!暑苦しいわっ!」



と、こうなる。

しかし、流石に三桁もの人数を送っているのだ、兵士の数は目に見えて減っていた。



「んー…あと数回…って所かな?」



まだまだ余裕があるのか、肩をグルグルと回しながら残りのお客様のご案内に向かう浩二。


やがて見張りと言うより、最早通路にすりきり一杯兵士達を詰め込んだ…という感じではあったが、その全てを送り終えた浩二は、やっとの事で最奥にある勇者達が囚われている地下牢に到着した。


そこには…身体の彼方此方を切り傷や火傷、中には欠損させ無造作に包帯の巻かれた勇者達が蹲るように収容されていた。

一応男女で分けてはあるが、どの勇者の目にも光は無い。



「…ここまでするのか…あの馬鹿は。」



彼等は浩二にとって、決して仲の良い相手では無い。

寧ろ、憎むべき相手な筈だった。

しかし、今浩二の頭に浮かぶのはただひたすらの哀れみ。

今の彼等は手を差し伸べなければ、確実に死ぬであろう弱者だった。



「…今回復できる奴等の所へ送ってやるからな…」



鉄格子を挟んで虚ろな目をした勇者へと話し掛けると、手を翳しゲートを開こうとしたその時、



「いやぁ!待っていたよ!岩谷浩二っ!」



浩二が通って来た通路から何が楽しいのか分からないがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた…結城真が現れた。



「…………」


「どうです?ここ、素晴らしいでしょう?ここはスキル牧場って言いま…………」



言葉を最後まで言い終わる前にその場から結城の姿が消えた。

正確には…落ちたのだ。

六角形のゲートへと。



「…………さぁ、今送ってやるからな。」



浩二は何事も無かったかのように勇者の転送を始める。


やがて、収容されていた勇者の半数を送り終えた頃…



「貴様っ!よくもこの俺をコ………………」



息を荒らげた結城が……戻って行った。



「……………」



浩二は黙々と作業の様に転送を続けた。



「…あ…りがと…う…」



最後の勇者が転送寸前に浩二へと掠れた声でお礼を言う。



「…気にするな。」



浩二は一言そう言うと勇者をゲートで転送させた。

そして、待つ事十数分。



「はぁ…はぁ…はぁ…貴様…っ!」


「…………」



浩二はスッと掌を結城に向ける。



「ハハッ!そう何度も掛かると思うなよ?」



浩二の掌の射線上から右にステップをして躱す結城。

その足元には六角形のゲート。


「……はぁ…帰るか。」



浩二はシュレイド城に戻ろうとゲートを開こうとすると、



〔ちょっと待って!帰ってどうするの!〕


「あ、女神様。」


〔あ、女神様じゃないよ!君何か忘れてないかい?〕


「…んー…?」


〔…全く…君は怒ると視野が狭くなるようだね。『強奪』覚えなくて良いの?〕


「あ。」


〔まぁ、アレを見たあとなら仕方ないか。ちょっと私に考えがあるから、わざと強奪されなさい。OK?〕


「はい。了解しました。」


〔うん。それじゃ、待とうか。〕


「あ。」


〔何?どうかした?〕


「…今の転送先…ちょっと高めに出口作っちゃったから…」


〔あー…遅くなりそうだね…〕


「すみません…」



それから結城が現れたのは三十分以上経った頃だった。

何故か片脚を引きずりながら。



□■□■



「貴様っ!人の話を聞けっ!」



引きずった脚を擦りながら浩二を怒鳴りつける結城。

しかし、浩二が手を少しでも動かすとビクッと過剰反応する。



「…はぁ…俺さぁ、サイコパス野郎に話なんて無いんだが…」


「俺があるんだよっ!」


「…じゃあ、さっさと言えよ愚図。」


「ぐっ…貴様…っ!」


「…本当に帰るぞ?」


「…っ!」



憎らしげに浩二を睨む結城。


あぁ…本当に帰りたいよ…女神様。



「…はぁ…分かった、聞いてやるから早く話せよ。」


「よし!先ずは俺の彼女…舞を返せ!」


「…舞は嫌がってるんだが?」


「そんな筈は無い!俺と彼女は結ばれる運命なんだからな!」


「…えーと…何?」



運命?

あー…コイツ妄想癖もあるのか…

本当に…帰りたい。



「あのな?舞が「気持ち悪いです。」って言ってたぞ?」


「なっ!?バカなっ!彼女がそんな汚い言葉を使うはずがない!貴様か?…貴様が拐かしたんだなっ!」



どうすりゃ良いんだよコイツ。

本気で困ったぞ?

仕方ないな…



「もう、良いからさっさと戦おうぜ?使えよ…『千里眼』でも『透視』でも『催眠』でも『生贄』でもよ?」


「!?何故俺のスキルが見える!?隠蔽は完璧な筈だっ!」



コイツ…迂闊すぎるだろ…

自分で全部言っちまった。



「後は…『強奪』か…?」


「っ!?!?」



声も出ないぐらい驚いている。

何か…心配になって来た…


これ…


絶対に誰か居るだろ…


ちょっと鎌掛けてみるか。



「なぁ、結城。お前じゃ話にならんわ…出せよ、居るんだろ?参謀がさ…」


「なっ、何を言っている…っ!」


「だってさ、今のお前見てたら…絶対この計画立てたのお前じゃないだろ?」


「お、憶測で物を話すのはやめろっ!」



うわぁ…

凄い動揺してるんだが。

等と考えていたその時、



「ぐ…っ!」



突然金縛りにあった様に身動き一つ取ることが出来なくなった。

そして、不意に聞こえる男の声。



〈結城よ…今の内にスキルを奪うのだ!〉


「おおっ!助かったっ!」



動けない浩二にそれなりのスピードで距離を詰めた結城は、彼の肩をポンと一度だけ叩く。

そして、聞こえてくる女神様の声。



〔ああぁ~、奪われちゃう~〕


〔…何やってるんですか…女神様。〕


〔いやいや、今結城に私が強奪されたんだよ!『女神の加護』が強奪されちゃったんだよ!〕


〔…でも、話してますよね?今。〕


〔もう、ノリが悪いなぁ…ま、それだけ信頼されてるって解釈で良いのかな?〕


〔はい。女神様ですから。間違ってもあんなカスにどうこうされるわけないでしょうし。〕


《まぁね。それじゃ、色々調べて来るよ。君はちゃんと魔族領に戻って『強奪』のレベル上げとく事。いい?》


《了解しました。女神様も気を付けて。》


《はいはーい!それじゃ、行ってきまーす!》



そう言い残して女神様は結城に強奪された。

相変わらず緩いというかなんと言うか…

でも、お陰で落ち着いた。

この金縛りもちょっと気合入れれば簡単に…待てよ…うん、いい事思い付いたぞ。



「ハハッ!ざまぁ無いなクソがっ!お前はこれから俺にスキルを全部奪われた挙げ句にステータスも奪われて死ぬんだよっ!簡単に死ねると思うなよ?」



下卑た笑みを浮かべながら浩二に近付き息巻く結城。


(あ、そうだ。今の内に『強奪』の説明見とくか。)


浩二は結城の言葉など気にも留めず、鑑定でたった今見習いになった『強奪』の詳細を確認する。



□■□■



『強奪』

他人のスキルを奪うスキル。

スキルを奪う対象の身体に触れることで所有するスキルをランダムで一つ奪うことが出来る。

奪えるスキルは一人につき一日一つ。

奪ったスキルは奪われた段階のレベルで固定され、スキルを使ってもレベルが上がることは無い。

再び対象に触れることで任意でスキルを所有者へ戻す事も出来る。



□■□■



(へぇ…色々制約があるんだな。一人につき一日一回、しかもランダムか。これ、見習いだとどうなるんだろ?失敗したりするんだろうか?)


「おい!貴様聞いてるのか!」


(取り敢えず目的も達成したし…御暇しますか。…でもその前に…)


「クソッ!馬鹿にしやがってっ!」



反応を示さない浩二に馬鹿にされたと思い激昂した結城は、動けない…と思っている浩二に殴り掛かる。


結城のそれなりに痛そうな拳が顔面に当たる寸前に、浩二は強引に金縛りを破り首を捻り躱す。

そのまま躱した結城の腕を掬い上げるように腕を振り抜くとゴリッ!と嫌な音を立てて浩二の拳が結城の顔面にくい込む。



「ぐべあぁっ!」



アニメの悪役が出す様な聞いたことの無い声を上げ、錐揉みしながら反対側の壁まで数m吹っ飛んだ結城は、そのまま壁に激突して崩れ落ちる様に意識を失った。

実に綺麗なクロスカウンターだった。



「ふう。スッキリした。」



清々しい顔で結城を一瞥した浩二は、取り敢えず空を見上げ口を開く。



「何処にいるか分からんからこのまま話すけど…お前は何者だ?結城を使って何をする気だよ。」



暫くしても返事が無いので「外したかな?」等と考えていると、



〈お前…何者だ…?我の拘束をあれ程簡単に跳ね除けるなど…有り得ん…〉


「あー…そっちか。何者って…それはこっちの台詞なんだが。」



浩二は若干左側から聞こえた声の方向へ振り向きながら答える。



〈我はリッチー。死者の王よ。〉


「ふーん…で?その死者の王様が何で結城なんかのお守りしてんの?」


〈そ奴は我の計画の為の駒でしかない。随分と波長が合ったのでな…それより貴様は何者だ?〉


「俺は只のドワーフだよ。」


〈…まぁ、言いたくないならば構わん。〉


「信じろよ。」


〈…馬鹿を言うな。魔力の低いドワーフに、そんな馬鹿げたことが出来る筈が無い。〉


「出来ちまったんだから仕方ないだろ?」


〈…ふん。まぁ、今回は引く。まだまだこ奴にはやって貰わねばならんことがあるからな。〉


姿の見えない声がそう言うと、反対側で気絶していた結城がむくりと立ち上がる。

酷い顔だが、どうやら乗り移られているようで呻き声一つあげない。

五月蝿くなくて助かるが。



〈貴様とはまた相見えるだろう…この国を取り返したいならばな。〉


「いや、別に国自体に用なんか無いが…」


〈戯れ言を…では、然らばだ。〉


「人の話を聞けよ。」



浩二の言葉を全く信じていないリッチーは、別れの言葉を口にすると、黒い霧に包まれ結城ごと姿を消した。



「…何なんだ?…まぁ、後からソフィアにでも聞くか。…帰ろう。」



やっと用事の済んだ浩二は六角形のゲートを開くと、そこに飛び込むように魔族領へと転移した。

やっと帰れる…と心から喜びながら。


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