3章 勇者ご乱心
第十三話
「ソフィア、落ち着いて詳しく聞かせてくれるか?」
「…あ、えぇ、そうね。」
ソフィアは目を閉じるとゆっくり深呼吸する。
繰り返すこと数回。
やがて目を開けたソフィアは先程よりも落ち着いて見える。
「取り乱してごめんねコージ。」
「いや、良いんだ。スミスさんの事があるから急いで来てくれたんだよな?」
「えぇ、それもあるわ。」
「それも?」
何やら思っていたより複雑な話のようだ。
「勇者の一人…名前はユウキだったかしら…彼がスキルを使って勇者達のスキルを奪い始めたの。」
「ユウキ…あれ?なんか…聞いたことがあるような…」
「知ってるの?知り合い?」
「いや………あっ!思い出したっ!この世界に来て初めて話し掛けてきた男子生徒の名前だ!イケメンでモテそうな感じの。」
やっと結城の事を思い出した浩二。
ナオと二人でこの世界に来てすぐに俺を気遣い話し掛けてくれた男子生徒。
その彼がどうして…
「一応怪しいスキル持ってたから監視はしてたのよ。そしたらある日突然そのスキルが消えて無くなってしまったの。」
「スキルが消える?そんな事あるのか?」
「可能性はあるわ。まぁ、彼の怪しいスキルありきの話なんだけどね…」
「そのスキルってそんなにヤバいのか?」
「えぇ、使い方によってはかなり。名前は『強奪』」
名前を聞いただけなのに、あんまり良いイメージが湧かない。
そして、何と無くスキルの効果も当たりがつく。
「もしかして…スキルを『強奪』するのか?」
「ご名答。で、話は最初に戻るけど…多分、誰かの『隠蔽』ってスキルを強奪してスキルを隠蔽したんだと思うわ。もしその場合、今後彼自身の意思以外では彼のステータスは見られなくなった…って事よ。」
「つまり…今後彼がどれだけ強奪してスキルを得ても、確認ができないって事か。」
「そういう事になるわね。」
勇者達のスキルを根こそぎ手に入れていたら…一体どれだけの事が出来るようになるんだろう…
まぁ、少なくとも『人族領の城を乗っ取る』ぐらいの事は出来るみたいだが。
しかし既に乗っ取られた以上、あまり悠長にしている訳にもいかない。
「取り敢えず、ソフィアはもう少し詳しく城の様子を伺ってくれるかな?…例えば、スキルを取られた勇者や城の兵士とか王族の現状とかさ。」
「分かったわ…調べてみる。…コージ?いい?先走って単独突入だけはしちゃダメよ?」
「大丈夫だよソフィア。いくら俺が馬鹿でもそこまで無謀じゃないさ。」
「…なら良いわ。それじゃ調べて来るわね…それじゃまた後で。」
「あぁ、よろしく頼む。」
ソフィアは浩二に向かい小さく頷くと、足早に部屋を出て行った。
その姿を見送った浩二は一人小部屋で話しかける。
「女神様、今の話聞いてました?」
〔うん、ちゃんと聞いてたよ。〕
「幾つか質問があるんですが良いですか?」
〔良いよー!ドンと来い!〕
「あ、ありがとうございます。」
いつも通りの高めのテンションに調子が狂う浩二。
しかし、お陰で少し落ち着いた。
さっきまでは、ソフィアに言われなければ即『転送』で人族領に向かうところだったから。
ソフィアもソフィアで流石、分かってらっしゃる。
「『強奪』のスキルに関してですが…奪われたスキルは取り返せますか?」
〔んー…奪った本人なら戻せると思うよ?〕
「やっぱりか…」
〔全く…君も人が良いね。奪われたスキルを返してやろうなんてさ。〕
「…意味もなくただ奪われたってのが気に入らないだけです…『見様見真似』を持ってる俺が言うのも何ですが…」
〔『見様見真似』と『強奪』は違うよ。前者は文字通り見て覚える。でも後者は奪うんだ。後には何も残らない。それに君はいつだって覚えたスキルを大切にしてるじゃないか。〕
浩二は気にしていた。
自分の持つ『見様見真似』というスキルが他人のスキルを無断でコピーしているだけじゃないか。
狡い…方法じゃないか…と。
しかし、女神様は言った。
見て覚える…と。
確かに見様見真似には見習い期間がある。
きっとこれはそのスキルをただ使えるようにするのではなく、身をもって覚えさせる為じゃないのか。
このスキルは『強奪』しているのではない。
見て使って覚えているのだ…と。
「ありがとうございます…女神様。」
〔何の事だい?…全く君は真面目だねぇ。覚えちゃった!ラッキー!ぐらいでいいのに。〕
「性格ですから。」
〔ふふっ、そんな君も好感が持てるよ。そんな君にサービスだ!〕
「…サービス?」
〔そう。実は君が『強奪』を覚えさえすれば、『強奪』を使って奪われたスキルを持ち主に返すことが出来る。〕
「本当ですか!?」
〔あぁ、本当さ。ただし!奪われたスキルを今度は全て彼から君が奪う必要がある。〕
「…成程。」
〔出来るかい?〕
「…やります。全て奪い返して勇者達に返してやります。」
〔そっか。ふふっ、頑張って!私がちゃんと見守ってるよ。〕
「はい。ありがとうございます。」
この世界の女神様が見守ってくれてるんだ…きっと上手く行く。
我ながら損な性格だとは思うが…気に入らないものは仕方が無い。
浩二は自らに気合を入れ、ソフィアの報告を待つ事にした。
□■□■
(これはまた…趣味が悪いわね…)
ソフィアは使い魔を通して見ている城内の光景に顔を顰めた。
浩二達が初めて王と顔合わせしたあの部屋。
そこには、防具も付けずに真剣で切合う二人の勇者の姿があった。
そして、玉座には…当たり前の様に脚を組み堂々と腰を下ろし、その光景を嫌らしい笑みで見下ろしている結城がいた。
〔やぁ、やっと来たね魔族さん。〕
〔!?〕
突然の事に声も出ないソフィア。
それはそうだろう。
使い魔がいることに気付き、尚且つ念話で話かけてきたのだから。
〔えーと、そっちに行った岩谷さんに伝言を頼むよ。「早く来ないと勇者が全滅しちゃうよ?」ってね。〕
〔…貴方は…一体…〕
〔あ!あと、俺の新堂さんをちゃんと連れて来い…ってね。〕
そこまで言うと、結城はソフィアの返事を待たずに指を一振する。
その瞬間、目に見えない何かが使い魔を襲い…あっと言う間にその場から消滅した。
ソフィアは視界を失い呆然としていた。
「…はぁ…これは…どう伝えたものかしら…」
彼女は浩二に話さなければならない内容を考え頭を抱えるのだった。
□■□■
「コージ、あれから色々分かったわ。実は中には話したくない内容なんかもあるんだけど…もう、良いわ。全部話す。」
「そんなに酷いのか…?」
夕食を終えた後、浩二はソフィアの部屋に呼び出され今日の偵察の内容も含めて今後のプランを話し合う事になった。
内容が内容だけに、三人の人族組は呼んでいない。
まだ聞かされてはいないが、三人には刺激が強い内容なことも何と無くソフィアの表情で分かった。
浩二は膝にナオを抱き、優しく撫でながらソフィアに偵察内容を聞いていた。
「多分察しはついていると思うから、最初から飛ばして行くわ。まず、既に勇者の数人は殺されたわ。」
「……そうか。」
「この殺された勇者のスキルは既に奪われていると考えて良いわね。これが勇者のスキル一覧で、赤い線が引いてあるのが恐らく奪われたスキルよ。」
ソフィアは一枚の紙を浩二に見せる。
結構な量のスキルが記載されているが、その中の4つに赤い線が引かれていた。
「『催眠』『千里眼』『透視』『生贄』か…字面がヤバそうなのが二つ程あるな…」
「その四つについては既にスキルの効果が分かっているわ。内容はこっちの紙よ。」
□■□■
『催眠』
相手に催眠をかけることが出来るスキル。
催眠による暗示の内容はスキルレベル依存。
スキルレベルが上がるにつれより複雑な催眠が可能で、より解けにくくなる。
かかりやすさはレベル依存で、相手がスキル所有者よりもレベルが高いと著しく成功率が下がる。
『千里眼』
遠くを見通せるスキル。
基本的に建物や障害物の中は見られないが、『透視』と併用する事により見透すことが出来るようになる。
見通せる距離はスキルレベル依存。
尚、会話や音は聞き取る事が出来ない。
『透視』
建物や障害物を透かして見る事の出来るスキル。
透視出来る厚さはスキルレベル依存。
『千里眼』と併用する事で遠くの物を見透す事も可能。
『生贄』
スキル所有者の命令で死んだ者のステータスを一部自分のものに出来るスキル。
いかなる場合でもそこにスキル所有者の指示があった場合は成立し、直接殺す必要は無い。
奪い取るステータスは最大値の15%固定。
スキルを使用した場合、業が上がる。
□■□■
「これは明らかに計画的に奪ったな…『千里眼』と『透視』なんてどう見てもワンセットだしな。…それにしても、『催眠』と『生贄』か…特にこの『生贄』ってのがヤバ過ぎるな。」
「殺してステータス奪うとか…そりゃ業も上がるわよ。」
「で、その業って徳と反対の業か?」
「えぇ、そうよ。詳しくは分からないけど…碌でもない効果があるのは間違いないわね。」
〔『業』って言うのは『徳』と対になる数値で、上がると負に偏ったスキルの効果が若干だけど上がるよ。〕
「うおっ!?」
突然会話に乱入して来た女神の声に驚いて変な声が出る。
「コージ!?いきなりどうしたの!?」
ソフィアは浩二の声に驚く。
どうしようか…
この際、ソフィアにも女神様の話をしとくべきか…?
〔えーと、女神様。ソフィアに女神様の事を話しても大丈夫でしょうか?〕
〔んー、良いんじゃないかな?彼女は上位種だしね。それに一度は私と会話してるんだから。〕
〔え?…あぁ、進化の時ですか。〕
〔そうそう。それじゃ、私から話しかけてみるね。〕
〔あ、ちょっ!〕
浩二の静止も聞かずに女神はソフィアに話しかける。
〔ソフィアちゃん、久しぶり。〕
「ふえっ!?」
〔私の声、覚えてるかい?〕
ちょっと可愛い声で驚いたソフィアは、女神の問い掛けに思い出すように瞳を閉じ…やがてワナワナと震える声で言葉を紡ぐ。
「……ま、ま、まさか…」
〔多分それで合ってるよ。〕
「あの時の…天の…声…?」
〔あぁ、今は女神様って事になってるよ。〕
「女神様…」
〔うん。今は彼のスキルとして頑張ってるよ。これからよろしくねソフィアちゃん。〕
「は、は、はいっ!よろしくお願いしますっ!……って…スキル?…コージ…まさか…」
ガチガチに緊張した挨拶を終えた後、女神が発したスキルの言葉を聞き頭にクエスチョンマークを浮かべ、そして…思い出した様にジト目がこちらに向けられる。
「コージ…質問よ。進化の時に貰ったユニークスキルの名前を言ってみなさい。」
「…はい。『素手の極み』と『女神の加護』です。」
「…はぁ…この際ユニークスキルを二つ覚えた事に関しては驚かないわ。…問題は『女神の加護』?ってスキルね。」
〔そう。それが私と会話するスキルだよ。この世に一つしかない唯一無二の彼専用スキルさ。〕
「コージ…いくら何でも女神様と会話って…」
ソフィアが今までに無いほどドン引きしている。
〔まぁまぁソフィアちゃん。このスキルは私が彼を気に入ったから、半分強引に私が作ったスキルだから、そんなに引かないであげてね。〕
「…分かりました。…女神様に気に入られるとか…やっぱりコージは普通じゃ居られないのね…まぁ、良いわ。」
〔そんな事より、さっきの話には続きがあるんだ。〕
「さっきの話?」
ソフィアが可愛く首を傾げる。
「あぁ、ソフィアには聞こえてなかったもんな。業ってのについて女神様が知ってる事を教えてくれたんだよ。業ってのが上がると負に偏ったスキルの効果が若干上がるらしい。」
「…負に偏ったスキル…ねぇ。」
「うん。それで、業には更に追加で何やらあるらしい。それをこれから女神様が教えてくれるんだよ。」
〔説明ご苦労様。それで、その追加情報なんだけど…業が上がり過ぎると種族進化出来なくなる。更に場合によっては種族が魔物へと変わる場合すらある。〕
「…魔物へと堕ちる…?」
〔そう。言うなれば『進化』じゃなく『魔族化』だね。〕
「洒落にならないな…そこまでリスクのあるスキルなんだから、やっぱり効果も強力なんだろうな。」
〔これはあくまで予想なんだけど…彼の目的は君を殺してステータスを奪う事なんじゃないかな?〕
「…確かに…コージのステータスなら15%でも洒落にならない数値よね。」
「…それなら俺だけ狙えば良いのに…」
浩二はソフィアの様に頭を抱えるのだった。
頭を抱える浩二を見てソフィアは情報を追加する。
「コージのステータスが目当てってのも多分間違いじゃないわ。でも、もう一つは舞よ。」
「え?舞?」
頭を抱えていた浩二の動きが止まり、微かに青い靄が浩二の身体から見え隠れし始める。
「結城が昨日使い魔を通して様子を見ていた私に念話を送って来たわ。一つは『早く来ないと勇者が全滅しちゃうよ?』って。もう一つは『俺の舞もちゃんと連れて来い』ってコージ宛に。」
「俺の舞?」
「えぇ。確かにそう言ったわ。」
結城と舞は所謂彼氏と彼女だったのだろうか?
なら何故舞はこちらに付いてきたのか…
等と浩二が考えていると、ソフィアが呆れた顔で口を開く。
「詳しくは私からは言わないけど…舞は少なくとも結城の彼女ではないわ。彼女の想い人は他にいるしね。」
コージ貴方よ…とは口には出さず、視線で察してもらおうとするもそこは浩二、気づく筈も無い。
「そうか…なら結城の独り善がりって事になるな。」
「そうね。間違いなく片想いね…まぁ、結城の方はそうは思っていないみたいだけど。」
「これは…舞だけは連れて行けないな。…もう俺一人で行ってぶっ飛ばしてくるかな…」
浩二の発言に躊躇が無くなって来ている。
ソフィアもそうだが、自分の仲間と認めた人が他人に傷付けられるのを激しく嫌う性格の様だ。
「ダメよコージ。今のコージを人族領へ一人では向かわせられないわ。結城がどんな手を隠し持っているか分からない以上はね。」
「でも、時間が経てば経つ程結城の力が増すんだろ?…はっきり言って他の勇者が何人死のうが知った事じゃないが、スミスさんと王女様だけは助けたい。」
「コージ…落ち着きなさい。スキルを返す予定の勇者まで死んでしまってどうするのよ…」
「…でも…」
「今は情報を集めて共有するのが最優先。それにスミスって隻腕の人と王女は無事よ。」
「本当か!?」
「えぇ本当よ。今は城の北にある離塔で立て篭もっているわ。二人の勇者に守られてね。」
「勇者二人?」
「そう。多分結界系のスキル持ちなんでしょうね…運がいいわ。」
「そうか…でも、ずっとスキルを使い続けるのは無理だよな…ソフィア一つ思いついた事があるんだが…」
浩二は真面目な顔でソフィアを見詰める。
「な、何よ?そんな真剣な顔で…」
「ソフィアにお願いがあるんだ…
□■□■
「リリィ…少し休んだ方が良い。ここは俺と勇者が死守するから。」
「そんな訳にはいきません!スミスや勇者様が頑張っているのに私だけ休むだなんて!…あっ…」
立ち上がり抗議してきたリリィがフラつき崩れ落ちそうになる所をスミスが抱き留める。
「ほら、言わんこっちゃ無い。あんな事があったんだ…少しでも休んどけ。」
「でも!」
「良いから…な?…それに、俺の勘なんだが…助けが来る気がするんだよ。」
「…助け?」
「あぁ、義理堅い奴だからな…きっと来てくれる。」
「…誰なんです…?こんな場所まで…危険なのに…」
スミスはリリィをベットへ横にさせながらニカッと笑って口にする。
「…今に解るさ。」
確証はない…しかし、何故か理由もなく信じている自分がいる。
アイツはきっと来る。
「なぁ、コージよ…」
離塔の最上階。
見えない空を見上げてスミスは地下牢にいた頑張り屋のことを思い出し、小さく呟いた。
□■□■
「はぁ…またとんでもない事考えるわね…コージ。」
「無理かな?」
「…多分大丈夫よ。まずは催眠に対応するなら…ミラルダね。あと一応呪いにも注意するとなるとドルギスにも応援要請しとこうかしら…」
「なら俺はチャッチャと作って来るよ。そのまま人族国へ向かう。頼むなソフィア。」
「…分かったわ。コージ…?無理はダメなんだからね?」
「あぁ、大丈夫。今回は戦闘が目的じゃないからな。」
「それじゃ、一時間後に。」
「分かった。頼むなソフィア。」
「任せて!」
ソフィアはグッと拳を握ると足早に部屋を出て行った。
「さて、それじゃ俺も行くか。」
浩二は肩にナオを乗せたまま地下の小部屋へと向かった。
□■□■
「どうだ?二人共。」
「ついさっきやっと諦めてくれたよ…」
「本当に…執拗いったら無いわ。」
二人は明らかに疲れた様子で床に座り込んでいた。
「これ、いつまで続くんだろうな…」
「分かんないよ…まさか結城がトチ狂うなんて思って無かったし…」
「俺達はたまたま王女さんの近くにいたお陰でこうやって無事で居られるけどさ。」
「…これ…無事って言えるの?」
「捕まったり死んだりしてないだけマシだろ?」
「まぁ…ね。」
「なぁ、スミスさん…これいつまで続くんだ?」
離塔で兵士達の攻撃を結界で防ぎ切った勇者の一人が様子を見に来たスミスに愚痴る。
「どうだろうな…今はまだ分からん。この離塔の上り階段は幅が狭いからこの程度で済んでるんだがな。」
この離塔は本来殺さなければならない程の罪を犯した貴族や王族を殺さずに幽閉する為のもので、窓は小さく格子が嵌められ唯一の通路とも言える螺旋階段は人が一人余裕を持って昇れる程度しかない。
これは兵士一人でも脱獄に充分対応出来るようにする為だ。
「結城の狙いはお姫様なんだよね?…何考えてんだろ…結城の奴…」
もう一人の勇者が嫌な顔をする。
「さぁ?王女さん綺麗だし、下衆な理由でも不思議じゃないんじゃないか?」
「アンタ…最低ね…」
「いやいやいや!俺じゃないぞ?俺はそんな事しないぞ?」
「…まぁ、良いわ。スミスさん、これ…今日はもう来ないかしら?」
「んー…多分な。流石に丸一日攻め続けたんだ兵士も疲労が溜まってるだろうしな。」
「でも、操られてるんでしょ?彼等も。」
「例え操られてるとしても、あんな事を続ければ普通に動けなくなるだろ?取り敢えずここは俺が見張るからお前等飯食ってこい。」
「おっ!やったーっ!腹減ってたんだわ!」
「やった!ごっはん♪ごっはん♪」
二人は碌に食事もせずにこの部屋を死守していたのだ。
空腹もピークだったのだろう。
二人は食事が用意されている部屋へと飛び込む。
その時、二人の目の前に六角形の何かが浮かび上がる。
「何っ!?」
「敵かっ!?」
二人の勇者が警戒する中、六角形をくぐり抜けるように銀髪の青年が現れる。
「あれ?…スミスさんは?」
離塔に無事到着した浩二はここに居る筈のスミスを探し…そして、振り返り…二人と目が合う。
「あ、二人が王女様を守ってくれてた勇者か。ありがとうな。それで、スミスさん知らない?此処に居たはずなんだけど…」
「アンタ誰よっ!」
「…ちょっと待て!何か見た事あるぞ?」
「何?アンタの知り合い?」
「んー…あー!思い出した!地下牢の!」
「はぁ?地下牢?知らないわよこんな銀髪…あっ!」
どうやら浩二の事を思い出した二人の声が部屋の外まで聞こえたのだろう、「どうした!?何かあったのか!」とスミスが部屋へと飛び込んで来た。
そして髪色がすっかり変わってしまったものの、忘れるはずも無いあの頑張り屋の姿が目に入るや否や、逞しい片腕で抱きつきその背中をバンバンと叩く。
「おい!久しぶりだなコージ!!」
「痛っ!痛いですよスミスさん!」
「何だよ!来るなら来るって言えよな!」
「いやいや、伝える手段ありませんから。」
「そういやそうか。…まぁ、良いわ。それで?ただ顔を見に来たわけじゃねーんだろ?」
「はい。そこの勇者二人にも渡す物があるんだ。」
浩二は持って来た大きめの袋から腕輪を二つ取り出し二人の勇者に渡す。
「これは?」
「…何なのよコレ…?」
「ここに来る前に急いで作って来た魔道具だよ。二人は結界維持が大変だろうと思ってね、魔素を急速に集めて溜め込める腕輪だ。精神力の消費がかなり少なくなる筈だ。」
「マジか!?」
「ちょっ!アンタ信じるの!?」
「スミスさんがあれだけ信用してるんだ、心配ねーよ。だろ?」
「あぁ、おかしな細工はしてないさ。二人には感謝してるんだ。王女様とスミスさんを守ってくれてたんだからね。本当にありがとう。」
浩二は胡座をかいたまま二人に頭を下げる。
疑っていた勇者も浩二の行動に戸惑う。
「別にアンタの為に守ってた訳じゃないわよ。」
「分かってる。それでも結果は変わらない。本当にありがとう。」
「う…分かったわよ!」
バツが悪くなったのだろう。素直に真っ直ぐに礼をする浩二から視線を外すと貰った腕輪を腕に嵌めた。
「これ、どう使うの?」
「普通に腕に嵌めたまま魔法なりスキルを使えば、精神力より先に腕輪に蓄積された魔素が消費されるようになってる。」
「おおっ!すげぇ!本当に精神力消費されねーわ!」
説明を受けている横で早速スキルを使った勇者が驚きの声を上げる。
「…マジで?」
「おう!スゲーぞ?全く疲れねーから!」
「…ふうん…」
もう一人の勇者も半信半疑でスキルを使用してみる。
「…うわ…本当に全然消費されないのね。」
「だろ?なぁ、これどのぐらいまで消費無しでいけるんだ?」
「んー…大体上位魔法二回分ぐらいかな?まぁ、常に魔素を集め続けてるからすぐに回復するけど…」
「はぁ!?」
「なっ!?」
浩二の言葉に目を見開いて驚く二人の勇者。
こんな所でも浩二は相変わらずのようである。
「おいコージ、俺には何か無いのかよ。」
「スミスさんにもちゃんと持って来ましたよ…ってか、こっちがメインなんですけど。」
何やら仲間外れ感を出していたスミスへ、浩二は袋から布に包まれた義手を取り出すと布を取り払いスミスに見せる。
「おっ!義手か!」
「はい。ずっとお世話になっていたお礼です。」
「嬉しいねぇ!義手ってのは高くてなぁ。」
「喜んでもらえて良かった。早速付けちゃいましょう。あ、その前に血を一滴貰えます?」
「血なんて何に使うんだ?」
そう言いながらもナイフを使い血を取る準備をするスミス。
「この義手も魔道具なんです。だから、魔核に遺伝子情報を読み取らせて生身の腕と同じ様に動かせる様にするんですよ。あ、この魔核に垂らして下さい。」
「ん?いでんしじょうほう?まぁ、良く分からんがコージの言うことなら間違いないか。」
浩二は義手の根本にある魔核を指差すとスミスに差し出す。
スミスは躊躇いもなく指先を切り魔核に血を一滴垂らす。
すると、魔核が淡く輝きやがて静かに光が収まる。
「良し。さぁスミスさんこれで完了です。付けてみてください…そのまま嵌め込む感じで…」
「こう…か?おおっ!吸い付くみたいにくっ付いたぞ!」
「動かしてみてどうです?」
「すげぇ!全く違和感を感じねぇ!とんでもねーなこの義手…ん?」
「どうしました?」
「…おい…コージ…この義手、感覚まであるぞ?」
「へ?」
「剣を握ったらグリップを握る感触を感じるんだよ。」
鞘を付けたままの剣を持ったスミスが驚きの声を上げる。
「…マジですか?」
「…おいコージ…まさか知らなかったのか?」
「…いや…だって義手の試しとか出来ないし…」
「…全く…爆発とかしたらどうすんだよ…」
「…爆発か…アリだな。」
「ねーよ!」
「いやいや、こう…相手の顔面鷲掴みにして爆発とか!ロマン満載じゃないですか!」
「なんで目をキラキラさせてんだよ!」
その時、勇者の一人が浩二の手をギュッと握り、
「分かるぜ!そのロマン!」
「おぉ!分かってくれるか!」
「あぁ、後は爆発前に技名叫べば完璧だな!」
「素晴らしい!分かってるじゃないか!」
そして二人はスミスの方へ視線を向ける。
付けないの?ねぇ付けないの?と言う念を込めて。
「巫山戯んな!俺は人間破壊兵器になるつもりはねぇよ!」
スミスの拒否にガックリと肩を落とす二人。
「なんで男ってこんなに馬鹿ばっかりなのかしら…」
「一緒にしないでくれると助かる。」
肩を落とす二人を冷めた目で見詰めながら溜息をつくスミスと勇者。
「良し…それなら、新たに作ろう…そして君に授ける。」
「マジか!?」
「あぁ、使ってくれるか?」
「勿論だ!もう技名も考えてある!」
「ほぅ…聞いてもいいかな?」
「その名も『バーストエンド』だ!」
「素晴らしい!」
コージと勇者はガッチリと握手を交わす。
「君の名前は?」
「俺は猛。
「熱くて良い名前だ。なら猛と呼ぼう。」
「俺は浩二の兄貴と呼ばせてもらうぜ!」
これから長い付き合いになるであろう異世界初の浩二の舎弟が生まれた瞬間であ×××った。
「で?コージは人族領に何をしに来たんだ?まさか魔道具を渡すだけの為に来たんじゃ無いんだろ?」
義手の手を握ったり開いたりして感触を確かめるようにしながらスミスが問いかけてくる。
「えぇ、スミスさん達は結城の事をどれぐらい知ってます?」
「一応、勇者数名を殺しスキルを奪い、地下牢に残りの勇者を閉じ込めている事位なら分かっているが…」
「成程…こっちの情報とあまり変わりませんね。兵士達はやっぱり催眠で?」
「あぁ、勇者を地下牢へ閉じ込める時にかなりの死傷者が出たが…アイツらは皆結城に操られていた様だ…」
勇者を閉じ込める際に兵士を使ったか…
恐らくは『生贄』も発動済みだろうな…
全て計算尽くか…反吐が出る。
「地下牢には兵士が詰めているんでしょうね…」
「あぁ、逃げられない様に勇者に『半人前』まで付けてな。」
「そう考えると…王女様やスミスさんは良く無事でしたね…」
「本当に偶然だった。この二人が王女の近くに居て、たまたま俺が傍を通りかかっただけだ。だから、近くて安全に籠城出来る此処に逃げ込んだのさ。」
この二人の勇者が王女様の近くに居たのは結城にとっても誤算だったんだろうな。
今の所結城のスキルに盗聴の様なスキルは確認出来ていないが、この場所は大丈夫なんだろうか…
「なぁ、スキルの名前を教えろとは言わない。だから、質問にだけ答えてくれ。」
「なんだ?兄貴。」
「何よ…」
明らかに警戒されてるなぁ…
まぁ、スキルに関しては隠していた方が有利に働く場合が殆どだしな。
「二人のスキルは透視や盗聴を防ぐ事は出来るか?」
「俺のは物理の結界だけだよ。」
「…私が使えるわ。スキル名は教えないけど…今も展開中よ。」
「そうか…安心した。なら、作戦に変更は無しだ。」
「作戦?」
「あぁ、でもその前に君の名前を教えてくれ。俺は岩谷浩二、好きに呼んでくれ。」
「…私は…麗子。
「分かった。よろしく麗子。」
「えぇ、よろしく浩二。」
呼び捨てにされた。
まぁ、一向に構わないんだが。
「それで?作戦ってなにをする気なの?」
「勇者と兵士を纏めて魔族領へ飛ばす。」
「はぁ!?何言ってんの!?」
「いや、だから勇者と兵士を…」
「綺麗に言い直さなくて良いわよ!聞きたいのは方法よ!方法っ!」
「あぁ、俺の『転送』で飛ばすよ。俺がここに来たみたいにね。」
「……一体アンタ何者なの…?」
麗子が唖然としながら何とか口にする。
「一応こっちに来る前はしがない社畜だったんだけどね…何の因果かドワーフに…気付いたらハイドワーフですよ…」
「…アンタ…上位種だったの…?」
「スゲーな…流石兄貴だ!」
「まぁ、だから方法はなんとでもなるが…出来たらあんまり目立ちたくない。後、王女様にも了承を得たい。受け入れ側は既に準備済みだ。」
ソフィアが対策済みの筈だ。
呪い対策にドルギス。
催眠対策にミラルダ。
結城が勇者達に何かを仕掛けていても、三人の上位種相手では簡単には行くまい。
「そう言えば…アンタと一緒に居なくなった三人は…」
「彼女達は元気でやってるよ。特に蓮はな。」
「…そっか…良かった。」
「へぇ…そんな顔も出来るんだな。」
「なっ!な、何よっ!変な事言わないでよっ!」
「いや、きっと安心したんだろうなと思ってさ。」
顔を真っ赤にしてアタフタして、今度は眉間に皺を寄せて睨んでくる…真っ赤になったままで。
きっと心配だったんだろうな…この娘も優しい娘だ。
「…貴方は…岩谷さん…ですか?見た目が少し変わった様ですが…」
その時、後ろのドアが開き休んでいた王女が部屋へと入って来た。
どうやら起こしてしまったらしい。
まぁ、これだけ騒げは当然だが…むしろ都合が良い。
「こうして顔を合わせて話すのは初めてですね…初めまして、岩谷浩二と言います。地下牢に居た頃色々と手を回していただいていたようで、ありがとうございました。」
「そんなっ!私なんて何も出来ずに心苦しいばかりで…」
「いいえ。ナオが助かったのも、俺の骨折の治療も王女様の許可があったからだと聞いています。本当にありがとうございました。今度は俺が助ける番です。」
「…助ける?この状況を何とか出来るのですか?」
「はい。その為にここに来ました。」
ハッキリと告げた浩二の言葉にハッとしてスミスの方を見る王女。
目線を合わせたスミスは軽くウインクをする。
「成程…貴方の事だったんですね、スミスが言っていたのは。」
「…えーと…話が見えませんが…?」
「ふふっ、秘密です。」
王女の顔に少し笑顔が戻る。
やっぱり女性は笑っていた方が良い。
「あー…まぁ、と言う事で取り敢えず逃げましょう」
「逃げるとは…?何処へですか?」
「魔族領です。」
「っ!?」
「安心してください。王女様は知らないでしょうが、魔族と言うのはあくまで人族が勝手に付けた肩書きでしかありません。確かに色々な種族の人達が居ますが、皆いい人達です。」
「……本当ですか?それは貴方がドワーフだからでは?」
「いいえ。一緒に行った舞や蓮、栞も勇者にも関わらず他種族と楽しくやっていますよ。これから飛ぶシュレイド城は規模も大きく、勇者と残りの兵士達を全員連れて行っても問題ない広さです。」
「……分かりました。貴方を信じます。」
「ありがとうございます、王女様。これはあくまで結城への対処の為です。事が済めばちゃんとこの城へお送りしますので安心してください。」
「はい。よろしくお願いします。」
スミスが王女の肩に手を置くと王女はスミスの表情を伺う。
彼が笑顔で頷くと安心したのか胸に手を当て息を吐く。
「それじゃ…早速行きましょうか。」
浩二は軽い感じで目の前に六角形のゲートを作り出す。
「さぁ、結城に感づかれる前に。」
スミスはゲートを前に少し怯える王女の手を取り一緒にゲートを潜り、次に勇者の二人。
全員潜ったのを確認した浩二は自らもゲートに飛び込むと、六角形のゲートは静かに空気に溶けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。