第九話



「お兄さん!おかえりーっ!」



蓮が元気に手を振りながら出迎えてくれた。



「おう、ただいま蓮。あれ?二人は?」


「舞ちゃんと栞ちゃんは今休憩してるよ。」


「そっか、頑張ってるんだな。」


「うん!…って…その子まさか…」



蓮がキラキラした目でタロスを見る。



「そう、新しくなったゴーレム、名前はタロスだ。」


「タロスです。蓮様よろしくお願いします。」


「うん!よろしくねーっ!タロスーっ!」



蓮はタロスの首に抱き着いて嬉しそうにしている。

やっぱり心配だったんだろうな。



「あ、そうだ蓮。俺も訓練したいんだけど、誰か適当な人いないかな?」


「訓練?多分居るよー、呼んでくるねっ!」



蓮はそう言うと訓練所の中央目掛けて走って行った。



「コージ…さっき倒れそうになったの忘れたの?」


「大丈夫大丈夫!訓練位なら。」


「全く…ちょっと待ってて。」



そう言ってソフィアは近くのドアを開け中に入ると、数分で何かを持って出て来た。



「ほら、ポーションよ。一応体力も回復するから飲んでおきなさい。」


「あ、ありがとう。…ソフィア…?随分と綺麗な色のポーションだけど…」



浩二の知っている下級ポーションとは明らかに違う濃い透き通った青色の液体が入っていた。



「一応中級ポーションよ。上級は切らしているらしくて。」


「中級…」



浩二の頭の中にスミスが良い笑顔でサムズアップしている姿が浮かぶ。

確か、クラスが上がるにつれ不味さも上がる仕様だった筈だ。

意を決して浩二はポーションの蓋を開けると、漂ってくる爽やかな香り。

清涼感を感じさせるハーブの香りだ。



「クソッ!俺は騙されないぞっ!」



そう言って浩二は一気にポーションを煽る。



「……ぐぼぁっ!あぁあっ!不味ぅっ!あぁっ!ゲホッ!ゲホッ!」


「コージ!?」


「あぁ…ダメだ…こんなの製品化しちゃダメだ…」



地面に膝を付きガックリ項垂れながら呟く浩二。



「大丈夫!?コージ!」


「ソフィア…」


「何?何処か具合が悪いの?」


「…俺…自分の原点を思い出したよ…」


「え?コージ…何?」



そう、原点。

あれだけ思い焦がれた原点。



「俺…美味しいポーションを作るよ…」


「……そんなに不味かったの?」


「…俺の知る限りの青臭い物を全て濃縮して、それに生臭さを足した感じの味だ。」


「…それはまた…なんかゴメンねコージ。」


「良いんだ…ソフィア。お陰で原点を思い出せたよ…ありがとう。」


「…う、うん、どういたしまして?」



項垂れたままの浩二をソフィアが複雑な表情で見ていると、蓮が兵士達を引き連れて帰って来た。

兵士達?



「お兄さん!皆がお兄さんとやりたいって!…どうしたのお兄さん?」


「蓮の嬢ちゃん。コージの旦那なんだか既にグロッキーなんだが…?」



連れられて来た兵士が浩二の様子を見て蓮に尋ねる



「ふふふ…やってやるよ…」


「…お兄さん?」


「やってやらぁっ!何人でもかかって来いやぁっ!」


「お兄さん!?」



やり場の無い遣る瀬無さが爆発した浩二のキレ方に少し後ずさる兵士達。



「あー…すみません。叫んだらスッキリしたんで、始めましょうか。」


「お、おう。」



混乱する面々を他所にスタスタと訓練所の中を進んでいく浩二。



「えーと、誰から始めます?あ、武器は自由で。俺は素手でやりますから。」


「おい…馬鹿にしてるんじゃねーよな?」


「違いますよ…素手しか知らないだけです。」


「なら、良いけどよ…怪我しても知らねーぞ?」


「是非!多分そのぐらいで丁度いいと思うんで…」


「………」



黙り込む兵士達。

このままでは始まらないと、ソフィアが助け舟を出す。



「さっさと始めましょ。私が審判をするから。コージなんてケチョンケチョンにしちゃって良いわ。」


「おい。」


「それじゃ、始めっ!」



浩二はその場を動かない。

静かに腰を沈め、力を溜める。


そこへ兵士の上段振り下ろしが襲い掛かる。

腰の入った良い剣筋だ。


しかし、スッ…と浩二の身体が横にズレる。

その直後に兵士の剣が浩二の肩を掠め、地面へとぶつかる…と思いきや、剣が青い光を纏いそのままノータイムで真横への薙ぎ払いに変わる。

『パワースラッシュ』だ。

スキルで無理矢理剣の軌道を変える、そんな使い方も出来るようだ。


スレスレで躱していたのだから、避けようの無い…と誰もが思った薙ぎ払いを浩二は避けた…と言うより巻き込んだ。


素早く回転した身体で剣を腕ごと巻き込むように懐へ潜り、その拳は既に兵士の腹に当てがわれている。



「腹に力入れろよ?」



そう口にした浩二は腹に置いた拳を引くと、半歩踏み込む。

見た目は軽そうな…シュッと音がする突き。

その突きが兵士に当たった瞬間、後ろ足がタン!と子気味良い音を立てた。


周りのギャラリーがその音に気付いた時には、兵士は既に5m程吹っ飛んでいた。



「おい…今…何したんだよ…」


「なんか、随分と軽そうなボディだったんだが…」


「ただのボディであの体格差の相手を吹っ飛ばせるかよ!」



周りがざわめき始める。

ふと、倒れていた兵士がむくりと体を起こす。



「ゲホッ!ゲホッ!…かぁーっ!キツいわ…また随分と重い拳だな…」



咳込みながらも立ち上がろうとする兵士。

タフだね本当に。



「大丈夫ですか?」


「いーや、ダメだわ。足が言う事聞かねぇ。…暫く見学しとくよ。」



ガクガク震える足に拳を入れながらニカッと笑う。

あぁ、スミスさんと同種だ。



「それじゃ、次の相手は?誰かコージをケチョンケチョンに出来ないの?」


「おい。」


「次は俺がやるわ!」


「良いわ。それじゃ、始めっ!」



□■□■



「行っくよーっ!」


「また蓮か。良く続くな。」


「えー!だって楽しいよ?」


「それには同意だが…周りを見てみろよ。」


「んー?」



周りを見渡すと彼方此方に蹲ったり、座って観戦したりヤジを飛ばしたり、はたまたタロスと組手を始める兵士達までいる。

そして、その兵士達を癒して回る舞と栞。


浩二は数十人の兵士と模擬戦をし、その尽くを倒した。

何度か兵士を挟んで蓮が連戦してたりするが。


浩二は足枷が取れた効果をこれでもかと言うぐらい感じていた。

疲れにくい事は当然として、身体が思い通りに動く。

頭で描いた通りに動いてくれる身体。

ほぼタイムラグ無しに発動できる操気術は、今までと同じ力で発動しても威力がまるで違う。

これが本来の力なんだなと漠然と理解する。


そして、更に修練を積み身体と頭の摺り合わせが必要な事も。



「まぁ、良いや。良し、来い!」


「よーし!火炎球っ!」



ソフィアは既に飽きたようで、兵士達を癒していた舞と栞に合流し、ヤジを飛ばしている。



「うん、大分慣れてきたな。」



飛んできた火炎球を青く光る手の甲で軽く払い、返す手で握り潰す。



「ほら!蓮ーっ!もう貴女しかいないわ!コージをケチョンケチョンにするのよっ!」


「おい。」


「あははーっ!無理だよソフィアちゃん!お兄さん強いもん!」



ソフィアが飛ばしたヤジを笑い飛ばす蓮。

凄く楽しそうだな。



「これが最後そうだし、派手にやるぞ蓮!」


「うん!んーっ!…火炎連弾っ!」



蓮の残りの全力なのか、十数発の火炎球が浩二に殺到する。

浩二も負け時と丹田に力を込め、青く光るビー玉ぐらいの火炎球を同じ数作り出すと、迫り来る火の玉に狙いを付ける。



「ファイアーバレット!」



言ってみただけだ。

言わなくても発射出来るが、これが様式美と言うもの。


浩二の放った青い火の玉は、青い尾を引き蓮が放った火炎球その全てを空中で派手な爆発音付きで相殺した。



「疲れたねー!お兄さん!」


「あぁ、流石に疲れたわ…」



二人共訓練所の地面に大の字だ。



「お腹すいたねー…」


「おおっ!そうだ!晩メシっ!」



ガバッ!と起き上がりソフィアを見る浩二。

そんな浩二をジト目で見つめるソフィア。



「言えばすぐにでも出て来るわよ…」



ソフィアはため息をつくと、二人を立たせるために手を貸す。


もう頭の中は夕食の事で一杯なのだろう、疲れなど忘れたように食堂へ急ぐ浩二を止めたのはソフィアの一言だった。



「コージ!その汚れたままの身体で夕食を摂るつもり?」


「あー…そう言えば…」


「全く…着替え用意するから浴場で身体を流しなさい。」


「風呂があるのか!?」


「あるわよ。凄いのが。」


「良し!風呂に行ってくるっ!」



今度はあらぬ方向に走り出そうとする浩二。



「待ちなさいコージ!何処に行くのよ!」


「何処って、風呂に決まってる!」


「何処にあるか分かるの…?」


「……さぁ?」


「はぁ…どれだけお風呂が好きなのよ…今着替えを用意したら案内するわよ…」


「一緒に入るのか?」


「な、な、な、何言ってるのよっ!コージの変態っ!」



一緒に風呂に入るのは変態なのか。

まぁ、確かに見てみたい気もするが…



「ダメよっ?そう言うのは、ちゃんと段階を踏まないと…っ!」


「あぁ、済まない。今度な。」


「違うわよっ!今度とか、そういうのじゃないわよっ!」


「そうか。残念だ。ソフィアの背中でも流そうかと思ったんだが…」


「…残念…っ?…まぁ…いつか一緒に…入っても…って!あぁあっ!もう!」


「どうしたソフィア?」


「どうもしないわよっ!コージなんて湯に沈んじゃえっ!…ふんっ!」



ソフィアはプンプンと怒りながら着替えを取りに行ってしまった。


その後、浩二とソフィアのやり取りを後ろから見ていた三人からジト目がプレゼントされた。



「岩谷さんって…アレですか?」


「舞…多分アレだよ。」


「そうですね…きっとアレです。」


「ナァーーォ…」



呆れた様な鳴き声と、『アレ』と言う謎のキーワードと共に。



□■□■



「あ”ぁ~~…生き返るわ~…」



湯船に肩まで浸かった浩二は魂の声を漏らす。


城にある大浴場。

テニスコート5、6面分は優にあるであろう、文字通りの大浴場だ。

一般兵士にも解放されており、浩二の他にも少なく無い人数の兵士達が訓練の疲れを熱い湯で癒していた。



「よっ!コージの旦那!今日はお疲れっ!」



一人の兵士が浩二を労うと、隣に浸かる。



「あぁ、お疲れさん。」


「…ふぅ…堪んねぇなぁ…熱い湯ってのは…」


「普段は違うのか?」


「まぁな…この湯があるからこの城に兵士として志願した所もあるし。普通、水浴びや身体を布で拭くぐらいだよ。」


「…それはキツイな…風呂は、魂の洗濯だ。」


「いや、全くその通りだ。」



この城の兵士は志願制で、各領地から数年おきに交代で兵士としての任務に着くらしい。

この世界でも比較的強い部類に入る魔物が多く生息する大森林に囲まれているにもかかわらず志願する兵士が絶えないのは、ひとえにこの大浴場の魅力らしい。

気持ちは分かる。

風呂は人類の英智の結晶だと言っても過言では無いとさえ浩二は思う。



「…ふぅ…幸せだ…」



深めに湯に浸かりながら浩二は体を弛緩させ



□■□■



「魂の洗濯が終わった後は晩メシだっ!」



浩二が腹が激しく泣き喚くのを押さえつけて食堂のドアを開け放つと、そこには夕食の準備をするメイド達とすでに席に着いていた四人がいた。



「遅かったわねコージ。お湯はどうだった?」


「最高でした。もう、俺ここに住もうと思う。」


「ふふっ、良かったわ。さぁ、席について。皆で食べましょ。」


「おう!」



やけに機嫌の良くなったソフィアも気になるが、今は晩メシだ!

テーブルに並べられた豪華な料理の数々。

浩二の腹は限界寸前だった。



「「「「いただきます。」」」」


「ナァーォ!」



四人(+1)が揃って口にする。

ソフィアは両手を組み祈っている。



「さぁ、食うぞっ!もう我慢出来ん!」



浩二は胃袋に求められるままに、どんどん口へと料理を放り込んでいく。



「やべぇっ!美味いぞっ!」


「美味しいねーっ!」


「本当に美味しいです。」


「向こうのお城で食べたのよりずっと美味しいです!」


「ふふっ、良かったわ。沢山あるから遠慮なく食べて。ナオもね。」


「ナァーーォ」



ソフィアは嬉しそうに四人と一匹の食事風景を眺めながら自分も食事を始めた。



□■□■



「ふぅ…もう入らん…幸せ…」



食後のデザートまで平らげた浩二が腹を擦りながら椅子に背を預ける。



「ふふっ、お粗末様。今日はコージがこの世界に来てから初めてのまともな食事だと思って、ちょっと豪勢にしたのよ。」


「そうだったのか…なら、もっと味わって食べたら良かったな。」


「良いのよ。コージのその幸せそうな顔が見られれば充分よ。」


「…ソフィア…ありがとう。」



心からの感謝の気持ちを込めてお礼をする。



「何か…何か俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ。」


「良いわよ、そんなの…」


「衣食住全て世話になってるのに、このままって訳にもいかないだろ?」


「そうね…分かったわ。何かあったらお願いするわね。」



ソフィアは苦笑しながらも、気持だけは受け取ってくれたようだ。

今はそれで良い。

いつか、必ずこの恩に報いよう…浩二はそう誓ったのだった。



□■□■



その日の夜。

浩二はベットに寝転がりながらステータスプレートを見ていた。



□■□■



名前 岩谷浩二イワタニコウジ

年齢 26

種族 ドワーフLV1

職業 人形師 氣法師

筋力 620

頑強 740

器用 500

敏捷 600

魔力 240

スキル

『人形師』LV1

『傀儡師』LV5

『魔核作成』LV3

『操気術』LV10

『見様見真似』LV--

『火魔法(見習い)』LV6

『パワースラッシュ(見習い)』LV3

『パワースラスト(見習い)』LV3

『鑑定(見習い)』LV6

『転送(見習い)』LV1

『半減の呪い(見習い)』LV1

『剛力「鉱物」(見習い)』LV1

『風魔法(見習い)』LV1

『瞬動(見習い)』LV1



□■□■



「やっぱり増えてるか…」



予想通りスキルが新たに増えていた。



「このまま増え過ぎると、レベル10にする前に消えちゃうな…」



そう。

見習いスキルは一定期間使わないと消滅してしまうのだ。



「取り敢えず、明日はひたすら魔法撃ちまくるか…ポーション煽りながら…」



浩二は中級ポーションの味を思い出しながら苦い顔をする。



「でも…スキル覚えたからには身に付けたいしな…」



下級ポーションの在庫がある事を願いながら浩二は眠りに落ちていった。



□■□■



「良し!やるかっ!」



朝食を摂り、ポーションの在庫が中級しかない事に愕然としながらも、萎えるやる気を何とか振り絞る。


するとそこへ回復魔法の訓練をしに来たのだろう、舞が現れた。

一人の様だが、蓮が一緒じゃないとは珍しい。

舞は浩二を見つけると、嬉しそうに駆け寄って来る。



「おはようございます、岩谷さん。これから訓練ですか?」


「あぁ、おはよう舞。うん、魔法を撃ちまくろうかと思って。」


「魔法を?…岩谷さん、精神力の方は大丈夫なんですか?」



そう言えば、舞は操気術の事知らなかったっけ。

浩二は舞に操気術の応用で精神力を体力で補える事を話す。



「成程…なら、私に協力させて貰えませんか?」


「ん?協力?」


「はい。私が岩谷さんの体力を魔法で回復させます。それなら私の訓練にもなりますし…その…」



舞の視線が浩二の足元に置いてある瓶に向けられる。

中級ポーションの瓶だ。



「マナポーションの方がまだマシな味ですし…」


「…マナポーションも…やっぱり…?」


「はい…凄く…酸っぱいです…」



味を思い出したのか、舞の顔が酸味を感じたように歪む。



「…これは…いつかポーション自体を改良しなきゃダメだな!」


「私も手伝いますっ!」


「ありがとう、舞!」



二人の何かが通じ合った瞬間だった。

それはさておき、浩二は今日訓練する魔法を既に決めていた。


まずは『火魔法』

蓮から覚えた魔法だ。

蓮の様にソフトボール大ではなく、ビー玉ぐらいの大きさで気の影響か何故か炎が青い。

それでも蓮の火炎球と相殺出来るぐらいの威力はある。

今日は一度に出せる数を増やしていこうと思っている。


次に『風魔法』

昨日の兵士との模擬戦で戦ったエルフの剣士さんが使っていたものを覚えた。

これは攻撃では無く防御で、圧縮した風の盾みたいなものだった。

浩二はこれを盾ではなく身体に纏うつもりだ。

想像次第で応用が利くのが魔法の利点であり、操気術の中に身体に纏うものもあるので、想像もしやすい。


最後に『転送』

これはナイスバディのサキュバスクイーン、ミラルダさんから覚えたものだが、実は浩二は昨夜試しに使って見たところ、穴の大きさは30cm程で持続時間は大体5秒ほど。

何より、何故か浩二の作る穴は正六角形だった。

実は面白い使い方を思い付いたので今日試してみるつもりらしい。



「さて…始めようか。回復頼むな舞…多分無茶な使い方するから、結構な頻度で枯渇寸前になると思うから。」


「え?…あ、はい。」



いきなりの枯渇宣言に戸惑う舞。

彼女は知らないのだ。

浩二のドMな訓練風景を。



「さて…まずは…風魔法だな…」



そう言って浩二は目を閉じ、自分の身体に風が纒わり付くイメージをする。

やがて、緩やかな風が浩二の周りを流れ始め、やがてその風は速度を増し、更に密度を上げていく。



「紫の…風?」



舞の呟くような言葉に気付いた浩二は目を開き自分の身体を観察するように見る。



「へぇ…風は紫なんだな…」



エルフの剣士さんが使っていた風の盾は薄い緑だった。

浩二の気が混ざると火は青、風は紫になる様だ。


すると浩二は徐に火炎球を一つ作り出すと、少し離れた場所から自分に向けて青い火炎球を放った。


青い尾を引きながら浩二に向かって来た火炎球は浩二に当たる寸前に風により軌道を変えられ、浩二のスレスレを通り過ぎ地面へと突撃し、小さな穴を穿って消えた。



「成程、ガードじゃなく受け流しなんだな…」



自分の体を使った実験によって、この纏った風の性質を理解すると、浩二は次のステップに進む。



「…え?」



舞が驚いた声を上げる。

彼女の目の前で浩二が青い火の玉を次々と作り出し、身体の周りに浮かべ始めたのだ。


そう、舞が驚いたのは…

風魔法を使いながら・・・・・火魔法を使い始めたからだ。



「岩谷さん!無茶です!いくら精神力を体力で補えても、こんなの保つ筈ないです!」



だから舞は浩二に忠告する。



「大丈夫…じゃないけど…まだまだ行けるよ…一応、回復魔法用意しておいて…」



しかし、浩二は額に汗を浮かべながら、それでも笑顔でそう言い放った。

ドMの面目躍如である。


やがて、浩二は15個目の火の玉を出した段階で膝を付く。



「かぁー…っ!キツいわ…舞…回復よろしく…」



そう言って器用に片手の風だけ消して舞に差し出す。



「あっ!はいっ!」



舞は差し出された手を両手で包み込む様に掴むと、浩二の身体に流れ込むイメージをしながら回復魔法を使う。



「あぁ…凄いな舞…こんなの知ったら…ポーションなんて使えないや。」



流れ込んで来る優しい力に身を任せる浩二。

それでも魔法の維持は止めない。



「ふふっ、ダメですよ岩谷さん。ちゃんと一緒に美味しいポーション作るんですから。」


「ははっ、そうだったな。」


「でも…」


「ん?」


「今は…私に頼って下さい…頑張りますから。」


「うん。ありがとう舞。」



笑顔でお礼を言うと、舞は名残惜しそうに手を離す。



「さーて…こっからがキツいぞーっ!」



キツいと言いながら嬉しそうな浩二。

もう彼は真性に違いない。


舞は黙って見守る。

マナポーションを飲んで酸味に顔を歪めながら。


やがて浩二は人差し指と中指を揃えて空を指差す。

良く見るとそこには六角形の何かが二枚浮かんでいる。

結界を挟んで…だ。



「良しっ!行けっ!ファイアーバレットっ!!」



浩二が叫ぶと、体の周りを浮遊していた青い火炎球が一斉に六角形の何かに向かい殺到する。

互いにぶつからない様、青い尾を交差させながら我先にと言わんばかりに。


やがて最初に到着した火炎球が六角形の中心に当たったと思われた瞬間、火炎球はもう一つの六角形へと転移し空の彼方へと青い尾を引きながら消えていく。

次々と六角形を潜り空の彼方へ旅立つ火炎球。

最後の火炎球が六角形を通り過ぎた時、六角形もまた空気に溶けるように霧散していった。



「良しっ!成功…だな!…っと…舞…よろしく…」



よろめきながら舞に手を差し出す浩二。

しかし、その手に触れるものはいない。



「舞?」


「……あっ!すみません!今回復します!」



呆然としていた舞は浩二の呼び掛けに気付くと慌てて彼の手を握り癒し始める。



「…いやぁ…やっぱり…良いわ…舞の癒し。」


「…あの…さっきのは?…何だか…火炎球が結界をすり抜けたように見えたんですが…」



浩二を癒しながらも舞が疑問をぶつける。

目の前で起きた現象を理解出来ないのだ。



「あぁ、あれは『転送』を使って、結界の中から結界の外へと転送したんだよ。」


「え?…転送?…待って下さい…と言うことは…岩谷さん…魔法を三つ同時に使ったんですか…?」


舞は信じられないものを見るような目で浩二を見る。



「あぁ、でも『転送』は魔法じゃなくスキルだけどね。」


「…ソフィアさんの気持ちが少し分かりました…」


「え?何か変だった?」


「…はい。変です。凄く変です。」


「舞!?」



舞は隠すこと無く言い放つ。

やがて、回復が済むと浩二に向き直りジト目で口を開く。



「岩谷さん。『転送』は確かにスキルですが、あれは魔法です。しかも、空間操作系の上級魔法です。」


「マジで!?」


「はい。人族の城の書庫で見ましたから。かなり精神力を消費する筈です。」


「あぁ、確かに結構キツかったな…」


「結構キツいで済ます辺りが変な理由です。」


「舞…結構容赦ないね…」



普段と違う舞の遠慮が無い物言いに驚く。



「一体どれだけ体力があるんですか…普通は倒れます。間違い無く。」


「体力には自信があるんだ。」


「全く…これは…心配で目が離せない気持ちも分かります。」


「何か…すいません。」


「…分かりました…」



舞はグイッとマナポーションを飲み干すと、酸っぱい顔をしながら言い放つ。


「今日はとことん付き合います!もう、手加減なんてしません!」


「舞!?」


「癒され過ぎて気持ち良くなっても知りませんからねっ!」



舞は今度は座った目で浩二を見ると徐に自分の横にマナポーションの木箱を置く。



「さぁ、始めましょう!私がいるからには絶対倒れさせません!」


「あの…舞さん?」


「頑張りましょうね!岩谷さん!」


「お、おう。」



目の笑っていない笑顔で舞が気合を入れる。

どうやら、舞の変なスイッチが入ったらしい。



□■□■



「あ~~っ!蓮ちゃ~ん!口の中がずっと酸っぱいよ~っ!」


「はいはい、で?何本ぐらい飲んだの?」


「えーと…20本…ぐらい?」


「20本!?いつもの兵士さん達の時だって、5本も飲めば充分だよね?」


「うん…流石に最後の方は勢いで飲んでた…」


「流石お兄さん!普通じゃないねー!」


「外からも見えてたでしょ?」


「うん、青い花火みたいだった!」




舞と蓮は湯に浸かりながら今日の訓練所での話をしていた。

蓮が今日一日城の兵士達と城の外周警備に付き合っていた為、二人がどうなったかを聞きたがったのだ。

何を隠そう、一人で舞を訓練所へ向かわせたのは蓮なのだから。



「全然色っぽい話にならなかったんだねー」


「それは…最初から期待してなかったよ…」


「まぁ、お兄さんだしねー」


「どちらかと言えば…驚いてばっかり。」


「何があったの?」


「えーとね…」



舞は浩二のドM的訓練風景を詳細に語る。



「うわぁ…もう、流石としか言えないわー」


「でしょ?…岩谷さんって…ずっとあんな感じで訓練してたのかな?」


「さぁ?牢に住んでた頃の話はあんまり知らないからなー」


「蓮ちゃん…だから住んでた訳じゃないって…」



すると、突然会話に混ざる声が



「ずっとそんな感じだったわよ?」


「そうなんですか?」



身体を洗い終えたソフィアと栞が会話に入って来た。



「おかえりー、ソフィアちゃんと栞ちゃん!」


「…ソフィアさん…その話詳しく…」


「聞きたい?」


「「「聞きたい!」」」


「ふふっ、それじゃ今日は私の部屋で女子会ね!」



ソフィアが悪戯っぽく笑いながら仕切る。



「やったー!女子会っ!」


「女子会ですか?」


「楽しみですっ!」


「ふふっ、お菓子と紅茶も用意させるわね。何なら…一緒に寝ちゃう?」


「きゃーっ!ソフィアちゃんと添い寝っ!」


「私…蓮ちゃん以外とは初めてです。」


「お泊まりなんて、ドキドキです!」


「それじゃ、お風呂から上がったら枕持って私の部屋に集合ね!」



こうして女の子四人の女子会兼お泊まりが決定した。



□■□■



時同じくして男子浴場。

そこには魂の洗濯をする浩二がいた。



「…はあ”ぁ~~…染みるわぁ~~…」



さっさと身体を洗い終え、湯に浸かる浩二。

何しろ、今日は殆ど汚れていない。

ずっと魔法しか使っていないのだからまぁ当然か。


結論から言えば、魔法三種はめでたくLV10になり、見習いが消えLV1に戻っていた。

最初に元々レベルの高かった火魔法が最大になり、次に風魔法、そして転送の順だ。


火魔法が最大になった後は、風魔法を色々試してみた。

纏うだけではなく、何か出来ないかと。


結果、飛んだ。

正確には大ジャンプの方が近いかも知れない。


足の裏に風をひたすら圧縮した後、真下に噴き出す…ただそれだけだ。

初めて試した時は、真上に10m程盛大に吹っ飛んでしまい、空中で態勢を整えようと再び風を足の裏に圧縮した辺りで背中から地面に着地した。

考えてみたら、空中で多少強めの風を足から噴出した所で風を受け止める土台が無ければただの扇風機と変わらない訳で。


舞には余計な回復までさせてしまったが、彼女は最初は驚いていたが、やがて笑って癒してくれた。

「流石岩谷さんです!予想の斜め上を行きますね!」とか言いながら。


最終的にはホバーの様に足の裏から風を噴出し続け30cm程浮くという、何とも微妙で燃費の悪い技に落ち着いた。



「あんまり役に立ちそうも無いよな…燃費悪いし…」



顔を半分お湯に沈めながらブクブクする。

しかし、「要研究だな!」と目はキラキラしていた。


最後に『転送』

これは面白い事に、レベルが最高になるまでは穴自体の大きさは変わらなかったが、同時に展開出来る穴が三組に増えた。


まぁ、増えた所で同時に三組展開すると穴を通過させる為の火の玉すら作れないぐらい体力、精神力共に枯渇してしまうが。

しかし、見習いが消えた『転送』は直径で1m程の穴を開けることが出来るようになった。


結局夕方辺りまで訓練を続け、舞と浩二はお互いヘロヘロになりながら訓練所を後にした。


あ、最後にちょっとした悪戯のつもりで舞の足元に『転送』で落とし穴を作り出した。



「きゃっ!」



可愛い声を出して穴に落ちた舞は、浩二の頭の上に作った出口から落ちてくる。

そして、そのまま浩二の腕の中にスッポリと収まる。

お姫様抱っこの形で。


混乱する舞。

ある意味悪戯は成功だが…



「ははっ!ごめんな舞。今日はありがとうな。」



舞は自分の今の状況を理解すると、湯気が出そうなほど真っ赤になって俯きながら



「…はい。」



そう返事をする事しか出来なかった。

しかし、その指は浩二の袖をキュッと掴んでいた。



□■□■



「と、まぁそんな感じよ。」


「…今日の私みたいですね…」



ソファーに腰掛け人属領での浩二の訓練風景を語るソフィア。

舞は呟くように言葉を重ねた。



「そりゃーレベルも上がって無いのにステータス上がるわー」


「ですね…やり過ぎです…」



どうやら四人の中に浩二のドMっぷりがしっかり刻まれた様だ。



「あれでレベル1だもんねー」


「そうよ、コージってレベル上げる気あるのかしら?」


「何か…あんまり気にしてなさそう…」


「…と言うより…忘れてるんじゃ…」



舞の「忘れてる」のワードにハッとする面々。



「あり得るわー!だってお兄さんだもん!」


「コージ…やっぱりコージはコージね…」


「お兄ちゃんって、自力で強くなろうとしますよね…」



三人がそれぞれ感想を述べる。

酷い内容だが。


そんなこんなで女子会の夜は更けて行った…

女子会なのに色っぽい話にならないのは相手が浩二だからだろうか…


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