2章 レベルアップと種族進化

第七話

シュレイド城。


浩二達が人族の国から昨夜転送で転移してきた城だ。

大陸中央の大山脈の麓、その小高い丘の上にあり、周囲数百キロが鬱蒼とした森林に囲まれた、およそ人が近寄る事の無いような場所にあるにも関わらず、その重厚感と存在感は大魔王が住んでいると言われれば成程と納得してしまうだろう。

それもその筈、ソフィアの話によると、その昔本当に『大魔王』なる人物が根城にしていたらしく、その頃にはこの広大な森林は無く、それなりの規模の城下町があったそうだ。


その『大魔王』も、過去の勇者達に倒され、永らくこの辺りも無人だったらしいが、現在は統治する国や街に住む『魔王』達が会議や交友等に利用している。


多数の長距離転移陣が未だに稼働している事もあり、各拠点に瞬時に行き来出来るのが主な理由だそうな。



「森林浴ってより、密林浴だな…」



今浩二はその城の周りにある森林に来ていた。

久しぶりに森林浴をしたいと言い出した浩二に「森林浴?」と首を傾げるソフィアに案内されて来てみたのだが



「こんな場所に来て…何が楽しいの?」



連れて来たソフィアが言う。

違う…違うんだよソフィア。

森林浴ってのは、こう…都会の喧騒を忘れ、木洩れ日の中で涼やかな風を感じつつ癒される為にするものであって…



「こんな…何とか探検隊みたいなのを望んでた訳じゃない…」


「ナァーーォ…」



浩二の肩でナオも同意する。



「じゃあ、帰る?」


「んー…久しぶりの外だし…もう少し…」



と、不意に遠くで獣の遠吠えらしき鳴き声が聞こえてきた。



「…帰ろう。」



このままでは、癒しどころか大冒険に発展しそうだ。



「そうね、そろそろ朝食の時間だし。」


「おぉー!朝メシっ!」


「ふふっ、帰って一緒に食べましょ。」


「おう!…って昨日の二人は?」


「昨日のうちに自分の領地に帰ったわよ。いつでも会いに来てねぇ~♪ってミラルダが言っていたわ。」



浩二の前を歩いていたソフィアが振り返りながらミラルダの真似をする。

似てないが可愛い。


本当に美少女なんだよなソフィア。

これで魔王なんて名乗ってるんだから分からないものである。



「ん?どうしたの?」



浩二が黙ってソフィアを見つめていたのが気になったのか、彼女が子首をかしげて尋ねてくる。

小聡明い。



「いや、ソフィアって美少女だなぁって思ってさ。」


「な、な、な、何言ってるのよっ!いきなりっ!」



そしてこのスレてない反応。



「そんな事より、朝メシ朝メシっ!俺、朝メシなんて久しぶりに食うからなっ!」


「むぅ~、まぁ、良いわ。さっさと帰りましょ。この辺りも結構物騒だし。」


「へ?」


「この辺りの森には高レベルの魔物がゴロゴロ居るのよ。」


「マジか!?大丈夫なのか?あの城。」


「大丈夫よ。兵士もいるし、何より…」


「何より?」


「もっと高レベルの私が居るもの!」


「…そっか、ソフィアって美少女だけど魔王様だもんな。」


「ま、ま、ま、また美少女ってっ!冗談はやめてよねっ!」



顔を真っ赤にして憤慨するソフィア。

冗談じゃないんだけどな。


そんなこんなで城へと戻って来ると、早速と言わんばかりに食堂へ移動する。


メイドに案内され席に着くと、程なくして朝食が運ばれて来た。


メニューはシンプルでスクランブルエッグにベーコン、オニオンスープにバターロール、葉野菜のサラダだった。



「ヤバいっ!美味ぇっ!」


「コージ…落ち着いて食べなさいよ。朝食は逃げたりしないから。」



ガツガツと朝食を貪る浩二に向かいソフィアがお母さんみたいな事を言う。


しかし…美味い。

シンプルなだけに、食材の美味さがダイレクトだ。



「牢でのメシは…ゴミだったんだな…」


「あんなのと比べないでよ…」



久しぶりに食べる味のある食事を一心不乱に胃へと叩き込む浩二。

その姿をジト目で見ながらも何処か嬉しそうなソフィア。



「はぁ~…ごちそうさま。やっぱりメシは味が無いとダメだよなぁ…幸せ…」



椅子に身体を預けるようにしながらお腹をさする浩二。

どこまでも幸せそうな顔をしながら。



「ふふっ、お粗末様。あ、そうそう三人はもう先に訓練所に行ってるらしいわ。後から案内するわね。」


「そっか、俺も気合い入れなきゃなっ!美味い飯も食ったし!」



腹の満たされた浩二は今までに無いぐらい湧き上がるやる気を感じていた。



□■□■



「おおぉっ!広いなっ!」


「でしょ?ちょっとした軍事演習なら出来ちゃうんだから!」



一応城内…なんだろうか、サッカーグラウンド3面程の踏み固められた土地が広がっていた。

その土地をぐるりと囲む立派な城壁。

確かに軍事演習ぐらいは出来そうだ。



「ん?…何か空が光った様な…あ、また…」



訓練所の上空…空が所々光って見える。



「あぁ、アレは結界よ。魔法と物理両方のね。」


「結界?」


「そう、外からも内からも完全に防ぐ…ね。」


「普通結界って外からは防ぐけど、中からは打ち放題って感じじゃないのか?」


「何よその都合のいい結界。絶対防御、これが結界の最終目標よ。」



まぁ、確かに攻撃する「出口」を作ればそこから「入れる」訳だから、守る事を目的としているなら確かに出口は無い方が良いのか。



「結界かぁ…どのぐらいまでなら耐えられるんだ?」


「え?何!?コージ破るつもり!?」


「いやいやいや、単なる好奇心だよ。なんだよ人を破壊兵器みたいに。」


「何か…コージならいつかやりそうで…まぁ、儀式級の魔法でも軽々受け流すから大丈夫よね。」


「儀式級?」


「数十人の魔術師が数時間かけて練り上げてから放つ、所謂「戦術魔法」ってやつよ。直撃したら人族の領地ぐらいなら土地ごと消滅するわ。」


「怖いわっ!なんだよその殺戮兵器!」



ソフィアの中で俺ってどんな存在なんだか…



「まぁ、だから安心して力一杯訓練すると良いわ!」


「…あぁ、了解した…」



さて、それじゃ…リクエストにお答えして力一杯訓練しましょうかとソフィアに案内された訓練所の隅の方でストレッチを始めた。



「しばらく…股裂きとか…してなかったし…な。」



地面に座り、足枷のせいで開けなかった両足を大きく広げ身体を倒す。



「うわぁ…ギシギシいってるよ…流石に半月サボったから…なぁ…」



股裂きはプロの方達でも毎日やらないと戻るらしい。


入念に股関節のストレッチをした浩二は立ち上がり、今度は腕を抱え上半身を捻り始める。


ふと、捻った視線の先に見慣れた三人が見えた。

こちらに気付いたのか、蓮が千切れそうな程手を振り駆け寄って来た。



「お兄さーん!おはよう!遅かったね?」


「あぁ、おはよう蓮。ちょっと密林浴にな…」


「へ?」


「いや、何でもない。調子はどうだ?」


「調子良いよっ!今度は獣人さんとやるんだっ!」


「獣人さん?」



ふと蓮の後ろを見ると、何やら長蛇の列が出来ている。

先頭を見ると…



「あれは…舞か?」


「え?あ!うん!怪我した人治すよーっ!って声掛けたらあっと言う間にあんな感じに。」


「精神力…保つのか?」


「先着順って言ってあるよ!」


「そ、そうか。」



流石は蓮。

魔族領でも物怖じしないのな。

頑張れ、舞。


多種多様な種族の傷を、手間取りながらも癒していく舞。

その後ろに…栞がいた。

何やら赤い液体の入った瓶の蓋を開け舞に手渡している。



「あの瓶は?」


「あぁ、マナポーションだって。精神力を回復できるからってエルフのお姉さんが持って来てくれたんだ!」



今度はエルフか。

本当に色んな種族がいるんだな。


二人を観察しながらもストレッチを終えた浩二は、舞と栞の元へ歩み寄る。



「舞、お疲れさん!」


「あ、おはようございます、岩谷さん。」


「おはよう、お兄ちゃん!」


「あぁ、おはよう二人とも。」



舞は回復魔法の手を休め赤い液体を飲みながら、栞は浩二の腕に抱き着きながら挨拶を交わす。



「お兄ちゃん、これからどうするの?」


「今から立禅するから、ちょっと時間かかるかな?」


「立禅?」


「そう。2時間ぐらい。」


「2時間!?」



目を見開いて驚く栞。

立禅を知らなくても2時間という時間は驚きに値するらしい。



「栞ちゃんもやってみる?」


「栞も?出来るかな…?」


「簡単だよ。ちょっとキツいけど。」


「んー、やってみる。」


「よし、それじゃ始めよう。」



浩二は師匠に教わった通りに栞に立禅の手解きをする。

そして、栞の隣で浩二も立禅を始める。



「お、兄ちゃん…結構辛いね…」


「だろ?俺も最初は10分も出来なかったよ。」


「お兄ちゃん…でも?」


「そりゃそうさ。でも、もうかれこれ5、6年は続けてるからね。慣れてるんだよ。でも…栞ちゃん、随分と姿勢が良いね…何かやってたの?」


「…習い事で…日本舞踊を…3歳から…」


「3歳から!?」



確かに日本舞踊や習い事は小さい頃から習っておいた方が身になるとは聞いていたが…3歳からとは驚きだ。



「凄いな…見てみたいよ、栞ちゃんの舞う日本舞踊。ほら、あそこのエルフのお姉さんがやってるみたいなやつでしょ?」


「え?あ、本当だ…でも…ちょっと違う…かな?」


「違うの?日本舞踊ってあんな感じだと思ってたけど…」



エルフが日本舞踊を舞っている事はさて置き、やっぱり自らが習っていたのなら、些細な違いにも気付くのだろう。

等と考えていると、いつの間にか隣に居た栞がエルフのお姉さんの元へと歩き出し声をかけていた。



「あの…すみません…その舞、何処で習ったんですか?」



引っ込み思案な栞にしては珍しい行動だ。



「ん?あぁ、これね。この舞は昔勇者の一人が舞っていたものなの。」


「勇者が…?」


「そうよ。扇子を両手に持って、軽やかに…時には厳かに…そして、その舞には人を癒したり戦意を高めたりする効果もあったわ。」


「舞に…そんな効果が?」


「えーと…貴女は舞えるの…?」


「はい…多分、今貴女が舞っていた舞なら…」



自身なさげに…しかし、ハッキリと出来ると言った栞。

その答えを聞いたエルフのお姉さんは、栞の両肩をガバッと掴むと目を見開いて叫ぶ。



「見せてっ!是非見せてっ!お願いっ!」


「あ、えぇ…えーと…」


「独学で数十年やって来たけど…効果が薄いの…っ!どこをどう直せば良いかも全く分からなくて…お願いっ!」


「…えーと、さっきの舞で良いなら…はい…」


「癒しの舞ね!…ありがとうっ!」


「…それじゃ…扇子を…」



エルフのお姉さんから扇子を借りた栞は、深呼吸を繰り返す。

かなり動揺しているようだ。

そりゃ、そうだろう。

突然これだけの人前で日本舞踊を舞おうと言うんだから。


浩二は見兼ねたように立禅を中断し、栞の元へと歩み寄る。



「栞ちゃん…」


「あ…お兄ちゃん…どうしよう…上手く出来る自信が無いよ…」


「栞ちゃん…良いんだよ。上手くなくたって。」


「え…?」


「俺には日本舞踊ってのがどんなものなのか…詳しくは分からない。でも、栞ちゃんはずっとずーっと続けて来たんだよね?きっと辛い事もあったと思う。」


「…うん。」


「でも、それでも続けて来たんだ。間違いなく栞ちゃんの血肉になってるはずなんだ。姿勢がいいのもきっとそのお陰だよ。普段の姿勢に影響が出るぐらい身に付いてるんだ…きっと上手くいく…いや、いつも通りで良いんだよ。」


「………」


「身体が動くままに…いつも通りに…ね。」


「…うん…やってみる。」



栞は心を決めたようだ。

後は…緊張を解すだけ…



「ナオ…」


「ナァーォ」


「栞ちゃんを助けてあげられないかな?」



浩二はナオにお願いする。

ことある事に浩二を癒してくれたナオに。


ナオは浩二の肩から飛び降りると、栞の足元に擦り寄る。



「ナオ…ちゃん?」


「ナァーーォ」



ナオは一鳴きすると栞の肩に飛び乗り頬をペロりと舐めた。



「ナオちゃん…ありがとう。」


「ナァーーォ」



浩二がする様にナオの身体を抱き寄せ頬擦りすると、一言お礼を言う。

それに答えるナオ。


その栞の表情からは緊張の色は消えていた。



辺りが静かになる。

実際にはそんな事は無いのだが、栞の周りの空気だけが明らかに変わった。


やがて栞は静かに舞い始める。

おそらく栞の頭の中では琴や三味線の様な楽器の音色が流れているのだろう。

それほど速い動きでは無いが、美しい姿勢で扇を手に優雅に舞う。

その表情は何処か凛としており、それでいて舞の中に感じる微かな艶の様なものまで感じる。

普段の栞とは明らかに違う…大人の女性がそこに居た。



「栞ちゃん…綺麗だね!」


「あぁ、本当に。」


「日本舞踊って始めて見ましたけど…凄く綺麗ですね…」



浩二達が互いに感想を口にする。

そして、舞の治療を受ける為に並んでいた兵士達も息を呑んで栞の舞に見蕩れている。

エルフのお姉さんなんて、目をキラキラさせながら魅入っていた。


その時だった。

栞の舞に合わせて振られた扇から桃色の光の粒のような物が辺りに舞い始めた。

良く見ると…それは桃色に輝く花弁だった。


栞が舞う度、扇子を振るう度、舞い散る光の花弁はやがて栞を取り巻きヒラヒラと宙を舞う。


ふと彼女の頭にある詞が浮かぶ。


そして栞は…迷うこと無くその詞ことばを口にした。



「咲き誇る花よ…その花弁にて傷つきし者を癒したまえ…『癒しの舞〈桜花〉』っ!」



舞の名と共に栞の扇が大きく振るわれる。


瞬間、栞を取り巻いていた光の花弁が、辺にいる兵士達に降り注ぐ。

桃色の花弁は治療を待っていた兵士達の傷に吸い寄せられるように集まり、桃色の光を放つと…そこには傷など初めから無かったかのように完治していた。


そして、ざわめく周囲を他所に栞は静かに舞を終える。



「栞ちゃぁーーん!!」


「きゃあっ!」


「凄いよっ!栞ちゃんっ!すっごく綺麗だったよーっ!」



沈黙とざわめきを打ち破ったのは、飛び付くように栞に抱き着いた蓮だった。

やれやれと首を振りながらも何処か嬉しそうに栞に近付く浩二。



「栞ちゃん…凄かったよ…凄く…綺麗だった。」


「お兄ちゃん…」



浩二の素直過ぎる褒め言葉に顔を真っ赤にして俯く栞。

でも、その顔は嬉しさに満ちていた。


そして、栞のステータスプレートにひっそりと新たなスキルが刻まれた。

『癒しの舞〈桜花〉』と。



□■□■



「お願いっ!栞さんっ!私に舞を教えてっ!」



ざわめく兵士達を押し退け栞の手を握り、あのエルフのお姉さんが詰め寄る。



「え?あ、あの…」


「ずっと…ずっと知りたかった!あの日、勇者の一人が私達を助けてくれた…あの癒しの舞を!ずっと憧れてた…ずっと…ずっと…」



エルフのお姉さんはいつの間にか涙を流していた。

余程の事なのだろう。

それに気付いた栞は小さく…でもハッキリ



「…私で良ければ…お教えします。」



と告げたのだった。



後から聞いた話だが、あのエルフのお姉さん達が組んでいたパーティーは、百年ほど前魔物に襲われ傷を負いながらも何とかその魔物は倒したが、余りにも傷が深く死を覚悟していた時、たまたま通りかかった勇者の一人が舞ってくれたのがあの癒しの舞だったらしい。


名前も名乗らず、足早に去っていった彼女の舞が頭に焼き付いて離れず、自らも同じ様に舞いたいと思い独学で数十年かけて他の仲間やあの勇者の情報などを集め、やっと多少の癒しの効果が出るまでには出来たのだが、完全に行き詰まっていたようだ。


そこに現れたのが、彼女と全く同じ舞を舞う栞だった…と。



当の栞はいつの間にか兵士達にも取り囲まれ、「あの舞凄かったなー!」とか、「痛みも引いたし助かったよ。」とか、「うちの孫の嫁に来ないかい?」等と言われながらもみくちゃにされていた。


ちょっと苦笑いと驚きが入り混じったような複雑な表情をしているが、そこに悲壮感や孤独感のようなものは無かった。

「誰かに認められたい」そんな思いもあったのかもしれない。


たった一回の舞で、栞はそれ等を手にしてしまった。

それだけあの舞は周りの人達にとっても、栞にとってもインパクトが強かったんだろう。



「俺も…負けてられないな…!」



浩二は自らに気合いを入れながらも、人集りの中心にいる栞を優しい眼差しで眺めていた。



□■□■



「んー…これってどうなんだ?」



掌の上でコロコロと転がるビー玉より少し大きい程度の透明な球体。

その球体は淡く青色の光を放っていた。



「これが…魔核コアなんだよな?」



浩二はスキルの『魔核作成』にて、魔核を作っていた。

しかし、魔核の善し悪しなど分からない彼は、掌で魔核を転がしながら途方に暮れていた。

足元には既に数個の魔核が無造作に転がっている。



「コージ、調子はどう?…って、それ魔核じゃない!何処で手に入れたのよ!?」



浩二の様子を見に来たソフィアが掌で転がる魔核を見て驚く。

足元にも無造作に転がっていることに更に驚く。



「あぁ、ソフィア。何処も何も今作ったんだよ。」


「はぁ!?」


「へ?」



二人揃って素っ頓狂な声を上げる。



「作ったって…魔核を!?」


「うん、ほら…『魔核作成』」



浩二は特に気負う事無く掌に新たな魔核を創り出す。



「なっ!?」



目を見開き唖然とするソフィア。

浩二の掌には新たに創り出された魔核がコロコロと転がっている。


やがてソフィアは額を抑えながら首を左右に振る。



「コージ、貴方…やっぱり変よ。うん、おかしい。」


「失礼な。」


「いい?よく聞いてねコージ。」



ソフィアは浩二の目の前に人差し指を立てると、説明を開始した。

可哀想な子供に話して聞かせるように。



「まず!魔核は普通作るものじゃないの。本来魔核っていうのは、魔物の体内…主に心臓付近に精製されるものなの。そして、その純度は魔物の強さに比例するわ。」



ソフィアは浩二の掌から魔核を一つ摘み上げると、日に翳してから改めて浩二に向き直る。



「この純度の魔核だと、この辺りの森でもそうそう手に入らないわ。分かる?自分のした事。理解した?」



ため息混じりにソフィアは問い掛ける。



「普通じゃない事は理解した。でも、『人形師』って職業で覚えるスキルみたいだけど…」


「いい?コージ。例え同じ職業だったとしても、その全ての人が同じスキルを習得するとは限らないの。」


「ようは個人差って事か?」


「そうね、そんな感じよ。因みにだけど、私が知る限り『人形師』の職業をもつ人はそれなりに知ってはいるけど…『魔核作成』なんてスキル聞いたことも無いわ。」


「マジか…」


どうやら『人形師』の職業だけじゃなくて、『魔核作成』自体もレアスキルの様だ。



「えーと…普通じゃ無いのは分かった。それはそれとして、この魔核ってどうやって使うんだ?」


「そんな事も知らないで…これだけの純度の魔核をポンポンと…」



ソフィアは再び額を抑える。



「何か…すまん。なにせ、こっちに来てからまともに会話したのってあの三人と詰所のスミスさんっていう看守さんだけだったからなぁ…非常識なのは勘弁して欲しい。」


「コージが非常識なのは別の意味だけど…、良いわ!このソフィアさんが魔核の使い方をレクチャーしてあげる!」


「おおっ!ソフィアが頼もしい!」


「ん?なんか言った?」


「いえ。よろしくお願いします、先生。」


「よろしい。」



こうしてソフィア先生の魔核講座が始まった。



「まず、魔核それ単品では普通は使わない。まぁ、精神力を溜めておいたり出来るから、全くって訳じゃないけど…まぁ、初心者は知らなくて良いわ。」



まず、知らなくていい事から教えてくれた。



「主に魔核は魔道具やゴーレム、ドールなんかのコントロールコアに使うわ。所謂「頭脳」ね。魔核に命令を刻んでゴーレムや、魔道具に埋め込むの。」


「命令を刻む?」


「そう、魔核を握って書き込みたい命令を思い浮かべれば良いわ。そして、ここからが重要なんだけど…魔核の純度。この純度が高ければ高いほどより複雑で高度な事を複数書き込めるわ。」


「ふむ。…いまいち要領を得ないな…試しても良いか?」


「ええ、それじゃ、まずは簡単なゴーレムから作りましょうか。」



そう言って何処かへ行こうとするソフィア。



「ソフィア、何処に行くんだ?」


「決まってるでしょ、鎧か何かゴーレムの身体になるものを取りに行くのよ。」



何言ってるのよこの生徒は…みたいな顔をされる。



「あー…ソフィア、多分俺…ゴーレム作れるわ…ドールも…」


「は?」


「いやだからさ、ゴーレム作れるって。多分その辺の土で。」


「……はぁ…」


「いや、何か…ごめん。」


「そろそろ慣れなきゃね…まぁ、良いわ…コージだし。でも一応言っとくわ。普通は人型以外のものからゴーレムを一から作ろうとしたら、それなりの経験と魔力を使うんだからね!」



コージという単語が別の使われ方を始めた。



「いや、本当なんか…ごめん。まぁ、とりあえず作ってみるわ。」



浩二は地面に魔核置くと、土がゴーレムの形になる様に頭で思い浮かべた。

モデルは某竜冒険のアレだ。


すると、目の前で魔核を巻き込みながら地面が盛り上がりゴーレムの姿を形作る。


やがて、目の前に立派…とは言えないがゴーレムが出来上がった。


そしてゴーレムは唐突に歩き出す。



「ちょっと!コージ!何を命令したのっ!」


「え?あー、『歩け』って。」


「何処まで?」


「いや、特にそこまでは…」



そうこうしている間にゴーレムはズンズンと訓練所の中を進んでいく。



「普通はまず命令を下す主人から決めるものよ。」


「知らなかった…」


「でしょうね…あー…行っちゃったわ…」



二人がゴーレムの行先を眺めていると、兵士達が突然登場したゴーレムに騒めきだす。



「ごめんねーっ!ソレ危険はないから壊しちゃってーっ!」



ソフィアは叫ぶ様に兵士達に処分を告げる。

それを聞いた兵士達はあっと言う間にゴーレムを土へ還してしまった。



「コージ…これから書庫へ行くわよ。ゴーレムの命令系統の勉強よ。」


「えーと…俺は身体を動かしたいなー…なんて。」


「行くわよ。」


「はい。」



浩二はソフィア先生に連れられて訓練所を後にするのだった。



□■□■



「なぁ、ソフィア。」


「…言わなくていいわ。」


「でもさ…」


「…まさか、こんなに簡単にゴーレム作りに慣れるなんて思わないじゃない!」



結果、簡単だった。

書庫の椅子を素材にゴーレムを作ったのだが…



「最初から本を読めば良かったな。」


「うぅ…コージの意地悪…」



浩二の読んだ本を本棚に戻し終えたウッドゴーレムが浩二の真横で待機モードに入ったのを見てソフィアが涙目になる。



「ゴーレムっ!コージを殴って!」



ゴッ!という音を立てて浩二の頭を殴るゴーレム。



「ストップ!ストップだ!ゴーレム!なにすんだよソフィア!」


「八つ当たりよ!」


「理不尽だな…」



一応ゴーレムには、第一に浩二、第二にソフィアを主人と決めているため、ソフィアの命令も聞く。



「それにしても…有能ね…この子。どんな風に書き込んだのよ。」


「そんなに難しくないぞ?主人を決めて、命令を遂行したら戻って命令を待て…ぐらいだよ。だから、付いて来いって言わなきゃずっとこのままだよ。」


「ふーん…何か…私要らなくなっちゃったわね…」



ガッツリ落ち込むソフィア。

浩二の役に立ちたかったのだろう、その姿は見ていて気の毒になる。



「そんな事は無いぞ?ソフィアといると楽しいし。」


「…ホント?」


「おう。それに色々助かってるしな。」


「そっか、なら良いわ。何かあったら何時でも言ってね。」


「ありがとう。頼りにしてるよ。」



ソフィアの機嫌が直った所で席を立つ。



「何処に行くの?」


「あぁ、魔核の使い方もゴーレムの作り方も何となく掴めたから、身体を動かして来るよ。考えてみたら足枷外してからまともに訓練らしい訓練してないしな。」


「そっか、私はナオともう少しここにいるわ。」


「分かった。ナオを頼むな。ゴーレム、俺に付いて来い。」



そう言って浩二はゴーレムを引き連れて書庫を後にし、訓練所へと向かった。


書庫に残る一人と一匹。

不意にソフィアがナオに話し掛ける。



「ナオ?そろそろ言った方が良いんじゃない?」


「………」


「貴女がそう言うなら良いけど…」


「………」


「ふふっ、分かったわ。この事は暫く二人の秘密ね。」



ソフィアはそう言ってナオを抱き上げると、自分の部屋へと戻って行った。


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