第六話



城内、城外問わず静まり返る深夜。

電気などないこの世界の明かりといえば、高価な魔道具の灯りか篝火のみ。


不意に城内にある篝火の一つが歪んだように見えた。

正確には篝火の前の空間が歪んだのだ。

そして物音一つ立てず、ちょうど人が一人通れる程の穴が開く。



「さぁ~、着いたわよぉ~♪」



間延びした声を上げて一人の女性が穴から姿を現す。



「……………」



そしてもう一人、大きな鎧の塊のような物が身を屈め穴から無言で出てきた。



「さて~、目的の彼は何処ぉ~?ドルギスは知ってるんでしょぉ~?」


「あぁ。こっちだ。」



ドルギスと呼ばれた鎧の塊のような人物は、迷いなく薄暗い通路を進んて行く。


だが、いくら深夜とはいえ見回りの兵士はいる。

しかし、彼等は…



「フフッ♪おやすみなさぁ~い♪」



という彼女の言葉に応えるように眠りに落ちる。



「…やはり、お前が来るのが一番の正解のようだ、ミラルダ。」


「でしょぉ~♪なのにソフィアったら、こんなギリギリまで私に黙ってるんだものぉ~。」


「能力的には最善だが、お前は性格が色々不味いからな。」


「あらぁ~、酷い言われようねぇ~。」



彼女の名前はミラルダ。

種族、サキュバスクイーン。

夢魔の女王と言われる彼女にしてみれば、人間を眠らせるなど呼吸するより容易い。


桃色のロングヘアーを靡かせ、そこから覗く尖った耳。

絵に書いたような抜群のプロポーションに加え何処か可愛らしさの残る顔立ちが、過激な服装とのギャップを生み男心を鷲掴みにする。

最早服とは呼べない衣装を纏い、彼女は艶のある唇から舌を出しペロリと舌舐めずりをすると



「でぇ、この兵士さんはぁ~、食べてもいいのぉ~?」



と、一応ドルギスに確認をとる。

とは言っても、既にその手は兵士の顎に添えられていた。



「程々にな。」


「やったぁ♪それじゃぁ~、いただきまぁ~す♪」



食前の挨拶を済ませた彼女が顔を寄せると兵士から紫の靄のような物が立ち上り、ミラルダの口に吸い込まれて行く。



「あらぁ~♪溜まってたのねぇ~♪美味しいわぁ~♪」



ある程度靄を吸い込んだ所で彼女は立ち上がる。

足元には何処か幸せそうな顔をした兵士が変わらず寝息を立てている。

夢魔であるミラルダによって淫夢を見せられていた彼は、サキュバスのスキルである『マナドレイン』によって精神力を吸われていた。


彼女は、「殺しさえしなければ兵士ならドレインしてもいいわ!」とソフィアに言われており、更には帰りの『転送』分の精神力の補給も兼ねているので遠慮なく吸わせてもらっている。


吸われる方はと言えば、死なない上に、サキュバスクイーンによる『極上の淫夢』を見られるのだから、そう悪いことでも無いだろう。


そうしてミラルダの数回の『食事』という名の補給も済んだところで二人は改めて地下牢へ向かうのだった。



□■□■



〔こんばんは。〕


「…あぁ、こんばんは。なぁ、ソフィア…」


〔…大丈夫!言わなくても分かるわ。〕


「だが言わせてくれ。何故にこの三人が一緒なんだ?」


〔し、仕方なかったのよっ!〕



深夜に迎えに来る。

そう言っていたソフィアの言葉を信じ、浩二はその日の深夜に地下牢で一人静かにその時を待っていた。


やがて聞こえてくる足音…足音?

てっきりナオの姿で来ると思っていた浩二は驚く。

そして首を傾げる。

足音が一人分じゃないからだ。

それでも、「多分ここから自分を連れ出せる手段を持った誰かと一緒なんだろう」と考えていた過去の自分を殴ってやりたい。


地下牢に現れたのは



「すみません…岩谷さん…」


「お兄さん、やっほー!」


「お兄ちゃん…ごめんなさい…」



ナオ(ソフィア)を先頭に、その後から付いてきた舞と蓮と栞だった。



□■□■



時は遡り…

ソフィアが精神を飛ばし、ナオの身体を借りようとした時だった。



「ナオちゃん…昨日は何処に行ってたの?」



普段は寝ている筈の舞がナオを抱き上げながら話し掛けていた。



(この子…いつまで起きてるのよ…っ!子供は寝る時間よっ!)



少し不味い状態に焦るソフィア。

それもその筈、ソフィアが使う『精神を飛ばす』という行為は非常に燃費が悪いのだ。

しかも、精神体の状態を長時間は維持出来ず故に、憑代となる肉体が必要になるのだが…



「岩谷さん…元気にしてるかな…?」



何やら同居人の少女と憑代たるナオが会話を始めてしまっていたのだから。

まぁ、少女の一方的な問いかけなのだが。



(どうしよう…このままだと強制的に身体に戻されちゃう!)



そして彼女は決断した。

明らかに間違えた決断を。



(ナオっ!借りるわよ!)



なんと、舞に抱かれたままのナオにそのまま憑依した。

しかも、ナオの身体が数回跳ねる様に痙攣するというオマケ付きだ。



「ど、どうしたの!ナオちゃんっ!!」



すると…まぁ、当然こうなる。


舞はナオの身体を抱き寄せ、必死に問い掛ける。

両手には癒しの光が淡く灯る。



(くっ!しくじったっ!慌ててたせいで憑依が雑になっちゃった!)



素早さを意識するあまり、身体の事を考えない雑な憑依。

軽い拒否反応によりナオの身体は痙攣したのだが、そんな事は知らない舞は自分に出来る最高の癒しを続ける。



(あぁ…コレ…気持ちいいわぁ…じゃなくてっ!何とかしなきゃ、この子マインドアウトしちゃう!)



マインドアウトとは、所謂精神力…MP不足による失神状態の事だ。

しかし、逆に考えれば失神してくれた方が助かる筈なのに、ソフィアはパニックのせいか舞の心配を始めた。



(もう、仕方ないわねっ!)



ソフィアは決断した。

更に間違えた決断を。



〔落ち着きなさい!この子は大丈夫よ!〕



ソフィアは舞に念話で話し掛けてしまう。



「だっ、誰っ?!」



突然頭に響いた女性の声に驚きと不安で顔を青くして辺りを見回す舞。



〔目の前にいるわよ。まずは落ち着きなさい。貴女の敵じゃないわ。〕



目の前…そう言われ、正面に視線を戻すが、当然そこには女性どころか人の姿すら無い。



〔ふふっ、コージと同じ反応をするのね。〕


「え?浩…岩谷さんを知ってるの?」


〔えぇ。だって私はコージを迎えに来たんだから。〕


「…え?…迎え…に?」



彼を迎えに来た。

彼女は確かにそう言った。

だとしたら…彼女は…



「貴女は…魔族…なの?」


〔そうよ。私は貴方達が魔族と呼ぶ『ドワーフ』の上位種『ハイドワーフ』よ。〕


「ハイ…ドワーフ…」



この世界に来てから城にある書物を読み漁っていた舞はその上位種を知っていた。

読み漁ったというより、『ドワーフ』について知りたかったのだ。

正確には『気になる人がドワーフだったから知りたくなった』だが。


転移前の世界で舞の知るドワーフとは、人間とは友好的で武器や防具を作る鍛冶の種族であり、決して敵対する魔族と呼ばれている存在では無かった筈だった。

なのに、この世界では忌まわしき存在とされている。

理由はどの書物を読んでも『魔族に武器を作り与える「死の武器職人」』と記されていた。



「ひとつ…聞いてもいいですか?」


〔えぇ。でも、手短にね。そろそろ時間も差し迫っているから。〕


「はい。えーと、ドワーフは何故魔族と呼ばれているのですか?私の知るドワーフとは、もっと人族と友好的であった筈なのですが…」



舞は疑問をぶつけてみた。

浩二があんな目に遭ったその理由を知りたくて。



〔んー…長くなりそうだから、端的に話すわね。要は『人族の王族の武器製作依頼を断ったにも関わらず、他種族に同じ武器を作り与えたから』よ。まぁ、単なる嫉妬ね。〕


「そ、そんなっ!たったそれだけの理由で!?」


〔そう…たったそれだけの理由で、人族はドワーフを排他し追い立て、絶滅寸前まで追い込んだの。〕


「…そんな事…って…」


〔信じるかどうかは貴女に任せるわ。少なくともドワーフは他種族の支援が無ければ絶滅していたでしょうね。〕


「………」



言葉も出ない。

単なる嫉妬…妬みで一種族を絶滅させようとするなんて…

そして、自分はその種族の一員になってしまった。

更には…気になる相手の…敵になってしまった。



〔そろそろ行くわ…離してくれると助かるんだけど…〕


「え?」



離すと聞いてハッとした舞は自らが抱いている猫を見る。

その猫…ナオは青い瞳で舞を見つめている。



「ナオちゃん…だったの?」


〔違うわ、彼女には身体を借りているだけ。〕


「借りる…?」


〔そう。憑依ってやつよ。彼女にはきちんと許可は取ってるしね。さて、本当にもう行かないと…この子も連れて行く約束だしね。〕


「…あ…」



そうだ、さっき迎えに来たと言っていた。

浩二を。

そして、ナオも。


二度と会えなくなる。

もう、二度と。


嫌だ。

そんなの嫌だ。


舞はナオを抱く腕に力を込める。

離さない。

行かせない。



〔ちょっと!離しなさいよっ!本当に約束に遅れちゃうからっ!〕



行かせない!

貴女一人では。



「私も…連れて行って下さい…」


〔…へ?〕


「私も一緒に魔族国へ連れて行って下さいっ!」


《な、な、何を言ってるの?!》


「じゃなきゃ離しません!ナオちゃんを連れて行く約束なんですよね?私を一緒に連れて行ってくれないなら…私はナオちゃんを離しません!」


〔ちょ、ちょっと!困るわよ!〕


「お願いしますっ!何でもします!離れたくないんです!ナオちゃんとも…岩谷さんともっ!」



舞は懇願した。

手段など構わずに。

汚いと分かっている手段を使っても。



〔…はぁ…分かったわ。〕


「え?」


〔分かったから、落ち着きなさい。あぁ~もう!仕方ないわねっ!連れて行ってあげるわ、だから腕の力を緩めて。彼女が壊れちゃう。〕


「あ!ゴメンなさいっ!」



慌ててナオから手を離すと、彼女は舞の腕の中からスルリと抜け出し音もなく床へと降り立つ。



〔急ぐわよ!時間が無いから!〕


「あ、はいっ!」



二人は急いで部屋を出…ようとしたところで立ち止まる。


何故かドアが開いていた。


そしてその先には…



「どこに行くのかなぁ~舞ぃ?」



ニヤニヤとした笑みを浮かべた蓮と



「私もお兄ちゃんと一緒が良いですっ!」



胸の前で両拳を強く握り真剣な表情を浮かべる栞の姿があった。



□■□■



「で、私と栞ちゃんが一緒にガールズトークしてたら、隣の舞の部屋から大きな声が聞こえてさ。」


「えぇ、びっくりしました!」


「何事かと思ってドアをノックしても返事はないし、ドアを開けて中に入ってみたら、舞が誰かと話をしてたんだ。見えない誰かと。」


「最初は舞さんに話し掛けようとしたんですけど、余りにも真剣な表情をしているもので…」


「こっちに全く気づいてないんだもんねー。」


「それで…悪いとは思ったのですが…話を聞いてしまって…」



で、今に至る…と。

浩二は溜息をつきながら項垂れる。



〔違うのよコージ!これには深い訳が!〕


「はい、分かってるよ、残念魔王様。」


〔ぐっ…そんな言い方…無いじゃない…〕


「念話ダダ漏れとか、念話の意味無いよなぁ。」


〔うぅ…だって…慌ててたから…〕



浩二の目の前で落ち込んでいるナオの姿をしたソフィア。

本来の姿ならきっと涙目だろう。


全く…この魔王様は何処までお人好しなんだ。


浩二は彼女を優しくそっと抱き上げると、労わるように頭を撫でる。



「ゴメンなソフィア。分かってるよ、君が凄く優しい事は。それに…」


〔…それに?〕


「感謝もしてる。俺がここから出られるって分かった時さ、実は彼女達の事が心配だったんだ。このままここにいても、きっと危険な目にしか遭わないんじゃないか…ってね。」


〔多分…そうなるわね。〕


「だからさ、ソフィアには本当に感謝してる。ありがとう。」


〔うん…良いよ。コージが喜んでくれて良かった。〕



ソフィアはナオがする様に浩二に頬をすり寄せる。

頭を撫でられて気持ち良さそうに目を細めながら。



そして、ソフィア到着後から半時程して2人の魔族が合流した。



「只今到着ぅ~っ!」


「遅くなった、済まない。」



凄く軽い人と凄く礼儀正しい人だ。

浩二は早速挨拶しようとした…のだが



「うわぁーーっ!何、この人っ!恰好いーっ!」



蓮が礼儀正しい鎧の人に激しく食いついた。



「あー、ソフィアよ。彼女は…いや、彼女達はどうして此処に?」


〔えーと…話せば長くなるんだけど…〕


「分かった。しくじったのだな?」


〔…違っ!…わないけど、仕方なかったのよっ!〕


「…まぁ、良い。この際一人や二人増えた所で変わりはあるまい。」



この鎧の人…慣れてるな。

心中お察しします。



「え~とぉ、そこの彼がソフィアのイイ人ぉ?」


〔なっ!ち、ち、違うわよっ!…仲間…そう、仲間よっ!〕


「そうなのぉ?ならぁ~、食べちゃってもいいのぉ~?」


〔「駄目よっ(です!)!」〕



ソフィアと舞が綺麗にハモる。

ソフィアはともかく、舞も何やら危ない雰囲気を感じたのだろう。


しかし、全く緊張感が無いんだが…これから脱獄しようかという時に。

まぁ、とりあえず挨拶はしておこう。



「すみません。お二人は初対面でしたね。俺は岩谷浩二、ドワーフです。そこの思い切り無礼な彼女が蓮、ソフィアとハモったのが舞、そこでどうしていいか分からず涙目になっているのが栞で、俺以外は人族です。今日はよろしくお願いします。」



浩二はそう自己紹介すると、二人に向かい綺麗なお辞儀をする。



「ひどいよお兄さんっ!初めまして!刻阪蓮です!」


「あう…すみません…栞は、小鳥遊栞ですっ!」


「…恥ずかしい…あ、私は新堂舞と言います。よろしくお願いします。」



浩二の軽く悪意のある自己紹介に合わせて三人もそれぞれが挨拶をする。



「私はミラルダよぉ~♪見ての通りぃ、サキュバスやってまぁ~す♪よろしくねぇ♪」


「俺はドルギス。リビングアーマーだ。」


〔そして私は、ソフィア。訳あって今は彼女の身体を借りてるけど、種族はハイドワーフよ。〕



ミラルダは魅惑の肢体を浩二に見せ付けるように、ドルギスはあくまで冷静に、そして最後にソフィアが全員に念話で自己紹介をした。



「ソフィアってハイドワーフだったのか?魔王としか聞いていなかったが…」


〔アレ?言わなかったかしら?〕


「「「魔王っ!?」」」



舞、蓮、栞の三人の声がハモる。

きっとこれが普通の反応なんだろうな。

心なしかソフィアが「凄いでしょ?」とでも言わんばかりに偉そうに見える。



「全く…こんな場所で大っぴらに言うものでも無いだろうに。」


〔だって…威厳を見せたかったのよっ!〕


「そんなだから威厳が無いと言われるんだ。」


〔うぅ…だって…〕



鎧の人に叱られるソフィア。

この人魔王なのに、なんで叱られてんの?



「まぁ、良い。結局知った人間は皆魔族国へ行くのだからな。」


〔結果オーライねっ!〕


「ソフィア…」



心中お察しします。



「ねぇ…お兄さん…魔王といつ知り合ったの?」


「そうですよぉ…食べられちゃうかもしれないじゃないですかっ!」


「魔王…知らずに私ったら…さっき…」



おーおー怯えてる怯えてる。

基本無害なんだけどなぁ。



「ソフィアとは昨日知り合った。俺が処刑されるって知らせに来てくれたんだ。」


「「「処刑!?」」」


「何か二日後に処刑が決まってるらしい。」



色々と言葉も出ないらしい。

完全に固まった三人。



「えーとぉ、そろそろお暇しない~?積もる話は城でしたらどうかしらぁ?」


「そうだな、頼むミラルダ。」


「頼まれたわぁ~♪」



興味津々に会話を聞いていたミラルダが、話が長くなりそうなのを察し、先に脱出する事を提案する。

鎧の人…ドルギスも同意のようで、早速移動を開始するらしい。


ミラルダは両手を広げ何やら小声で呟くと、彼女の目の前の空間が捻れたように歪む。

途端に捻れの中心部から黒い穴が広がる。



「開いたわよぉ~♪さぁ、チャッチャと通っちゃってねぇ~。」



そう言うと自らが最初に穴へと飛び込む。

続いてドルギスが後を追うように抜けていく…が、何故か戻って来る。



「済まない。忘れていた。」



そう言って鉄格子を掴み、グニャりと飴細工の様に曲げてしまう。



「あ、ありがとうございます。」


「うむ。急ぐぞ。」


「はい!」



ドルギスは浩二が牢から出るのを見届け再び穴へと消えていった。



「さぁ、行こうか。」


「うん!魔族領!楽しみー!」


「お兄ちゃん…手…繋いでも良い?」


「ナオちゃん…じゃなかった、ソフィアさん。」



〔えぇ、行きましょう。〕



ソフィアは舞の肩に飛び乗る。


まずは蓮が穴へと飛び込む。

全くこの子は怖いもの知らずというかなんと言うか。

そして、肩にソフィアを乗せた舞が。

最後に栞と手を繋いだ浩二が通り抜ける。


抜けた途端に景色は石造りの大きめな部屋に変わっていた。


後ろを振り向くと、穴が徐々に閉じていく。

浩二は、色々な事があったあの地下牢を黙って穴が閉じるまで見つめていた。



「お兄ちゃん…?どうしたの?」


「何でもないよ栞ちゃん。さぁ、みんなの所へ行こう。」


「うん!」



浩二は先程まで穴のあった場所を一瞥すると、栞の手を引き皆と合流する為歩き出した。



□■□■



20畳程ある石造りの部屋の中央には、豪華なソファーと明らかに高そうなテーブルがあり、転移してきた面々が既にソファーに腰掛け雑談を始めていた。


不意に足元に柔らかな感触を感じる。

ナオが足に擦り寄って来たのだ。



「ソフィアか?」


「ナァーーォ」



「違うわよ」と言わんばかりにこちらを見て一鳴きすると、軽々と跳躍し浩二の肩…彼女の指定席へ飛び乗る。



「ナオ…何か、久しぶりだな。」


「ナァーォ」



愛猫の毛並みを首に感じながら顎を優しく撫でると、彼女は嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。


そうして癒しの一時を堪能していると

唐突に部屋の扉がバンッ!と派手な音を立てて開け放たれる。



「来たわよっ!」



そんな事を口走りながら小柄で銀髪の美少女が乱入して来た。



「さて、何から話そうかしら…」



銀髪の美少女…ソフィアはメイドの入れた紅茶を一口口に含み、早速と言わんばかりに話し始めた。



「そうねぇ~、まずは私達の素性からかしらぁ~♪」


「うん、そうね。それじゃ、まずは私から。」



ソフィアはそう言って佇まいを正すと、真面目な顔付きで口を開いた。



「私はソフィア。ハイドワーフで、ここから東の崑崙山脈の麓にあるルグルドって言う城塞都市を拠点にする『鍛冶の魔王』よ。」


「私はぁミラルダ。サキュバスクイーンでぇ、ここから西の魔の森に仲間のサキュバス達と一緒に住んでるわぁ~♪肩書きはぁ『魅了の魔王』よぉ~♪」


「俺はドルギス。カイザーアーマーだ。ここから北にある古都バルへイムを部下共々根城にしている。皆には『鎧の魔王』と呼ばれている。」


「「「…………」」」


「ん?どうした?三人とも。」



口を開けたまま言葉一つ発さない三人。

浩二だけが不思議そうに首を傾げている。



「これが正しい反応ね。」


「食べたりしないから大丈夫よぉ~♪」


「うむ。」


「そんなに驚く事か?」


「コージは色々普通じゃないのよ。」


「失礼な。」



肩書きはともかく、人格としては別に恐怖も畏怖も感じない。

むしろ、勇者達より好感が持てる。

助けてもらった事も含めてだが。



「お兄さんっ!魔王だよ?魔王っ!しかも三人とも!」


「うん、そうだな。そう言ってたな。」


「しかも、三人とも上位種ですっ!」


「上位種?なんだ、凄いのか?」


「間違いで無ければ…多分ですけど…彼等三人だけで人族国を滅ぼせます…」


「マジか!?」



それ程の面子が揃って何故俺なんかを助けに来たんだ?

不思議で仕方が無い。



「一番最初に聞こうと思ってたんだが…何で俺を助けてくれたんだ?」



だから、聞いてみた。

すると、ソフィアが最初に口を開いた。



「最初はただの監視…と言うか調査だったの。魔族国内で『人族が勇者召喚を行う』って噂が広がってね。だから、召喚された勇者の中に危険なスキルや力を持った者がいないかどうかを調べる為に使い魔を放って監視してたの。」


「なるほど、でも監視してまで意識する程の勇者なんて居ないんじゃないか?」


「今回は…ね。」


「つまり、昔は強い勇者がいたって事か。」


「そう。単騎で私達三人を簡単に殺せるぐらいのがゴロゴロね。」


「それはまた…危ないな…色々と。」



あの勇者達の性格でそんな馬鹿みたいな力を持ってしまったら…

世界が色々ヤバイ気がする。



「でも、ここ数百年そういう輩は現れてないのよ。一応召喚が行われたら監視はしてるけどね。」


「理由は分からないのか?」


「全く。昔は一人でスキルを山ほど持った勇者が沢山いたのに何故かここ数百年は目立ったスキル持ちがいないのよ。」


「スキルを沢山…ねぇ…」



何か引っ掛かる。

複数のスキルを持つ理由…

複数…


まさかっ!


コージは自分のステータスプレートを取り出し、あるスキルの詳細を見た。



『見様見真似』

低レベル時に複数人とのスキルを用いた戦闘を短期間に繰り返す事で得られるレアスキル。

集中してスキルを見る、もしくは身に受けることで『見習い』として習得することが出来る。

習得した見習いスキルは本来の威力の10%で行使でき、LV10まで上げると見習いの表示が消え、自身のスキルとしてLV1になり覚え直す。

一定の期間使わなかった見習いスキルは消失する。



多分これだ…


それに、勇者召喚の人数が40人ってのも多分…

スキル持ち同士を闘わせて『見様見真似』を習得させ、勇者召喚で手に入る個人のレアスキルを複数覚えさせる為…


なら何故勇者達は『見様見真似』を習得しなくなったのか。


おそらくパワーレベリングのせいだ。

実際、コツコツ訓練するより短期間でステータスを一気に上げられる。

しかし、そのせいで『見様見真似』の『低レベル時』っていう条件から外れてしまったのか。



「コージ…?どうしたの?ステータスプレートなんか見て。」



自分のステータスプレートを見ながら何やら考え込んでいる浩二を見てソフィアが尋ねる。


浩二は自分のステータスプレートにある『見様見真似』のスキル説明を見せながら自分の推理を話して聞かせる。



「なるほどね、じゃあ今回の勇者達は心配無いわね。ヤル気ゼロだもの。」


「そうなのか?」


「えぇ。監視してても、本当に魔王を倒す気のある勇者なんて全くいなかったわ。単純な強さならコージの方がずーーーっとマシだしね。」


「そ、そうか。」


「そうよっ!皆で寄って集ってコージを虐めてっ!だからその『見様見真似』ってスキルもコージを選んだのかも知れないけどさ!」


「ソフィア、まぁ落ち着いてくれ。それで話は戻るけど、どうして俺を助けてくれたんだ?」



脱線しまくった話を戻す。



「そんなの、ドワーフだからに決まってるじゃない。」


「え?」


「他種族の国で同族が困ってるのを知ってて知らない振りなんて私には出来ないわ。」


「ソフィアは身内に甘いもんねぇ~♪」


「うむ。それは悪い事ではないがな。」



手伝った二人も揃って頷く。

種族は違っても、根っ子の部分が一緒なんだなきっと。



「俺達はこれからどうしたらいい?」


「んー、どうしたい?…そうね…なら、何がしたい?」


「何と突然言われても…なぁ…」



浩二が腕を組んで困っていると隣に居た舞が恐る恐る口を開いた。



「あの…私は、回復魔法をもっともっと上手く使えるようになりたいです。」


「回復魔法かぁ…なら、兵士の訓練所でぶっ倒れるまで回復魔法使いまくれば良いわ!魔法は使えば使うだけ上手く強くなるから。」


「訓練所…ですか…」


舞は困る。

あまり人付き合いが得意ではないのに、知らない人の中に取り残されるのは流石にキツい。

そう思っていると、隣に居た蓮がすかさず声を上げる。



「訓練所っ!私も一緒に行っても良い?もっと火魔法も格闘も上手くなりたい!」


「良いわよ。訓練所の方には明日までに伝えておくわ。」


「やったーっ!舞っ!一緒に頑張ろうね!」


「蓮ちゃん…ありがとう。私もがんばる!」


「お兄さんも、たまには私と戦ってね!お兄さんに勝つのが私の目標なんだから!」


「おう!何時でも言ってくれ。」



こうして取り敢えず舞と蓮の予定は決まった。



残るは浩二と栞。



「俺は、とりあえず今ある見習いスキルを習得しちゃいたいな。…となると、やっぱり俺も訓練所かな…」


「分かったわ。で、貴女はどうするの?」



浩二の服の裾を小さく掴んでいた栞はソフィアに話しかけられてビクッとする。



「栞は…まだ…分かりません…」



消えてしまいそうな小さな声で言うと、悲しげに俯いてしまう。


自信が無いのだ。

以前浩二に話したように、彼女には武器と呼ばれるスキルが無い。

だからか、いざ何をしたいかと尋ねられた時、頭に答えが浮かばなかったのだろう。



「栞ちゃん、ならさ…しばらく俺と一緒にいるかい?楽しいかどうかは分かんないけど…」


「…いいの?…栞、邪魔じゃない?」


「邪魔なんかじゃないよ。嫌かい?」


「嫌じゃない!栞、お兄ちゃんと一緒が良い!」



首をブンブン振って浩二の言葉を否定する。



「決まりだな。ソフィア、しばらく世話になるよ。よろしく頼む。」


「良いわ。好きなだけ居座って構わないから。何かあったら何時でも言って。」


「助かる。」


「それじゃ、今日は解散ね。とりあえずメイドに部屋へ案内させるから、ゆっくり身体を休めなさい。」



ソフィアがそう言うと、数人のメイドがドアから現れ揃って綺麗なお辞儀をする。

そして彼女達に促されるまま各部屋へ向かう面々について行こうとした浩二が一歩目を踏み出し、ここに来てやっと足に違和感を感じ大切なことを思い出す。



「あー…すっかり忘れてた。」


「どうしたの?コージ。」


「コレ…外せるかな?」



自分の足を指さし、バツが悪そうにボリボリと頬を指でかく。



「あぁ…すっかり忘れてたわ。」


「俺も。なんだかナチュラルにフィットしてる感じでさ。」


「やめとく?」


「いやいやいや、こんな個性的なアクセサリー要らないよ。」


「ふふっ、そうよね。ドルギス、お願い出来るかしら?」



「お安い御用だ。」と言ってコチラに歩み寄り、浩二の前に跪くと徐に鎖を掴み…そして引き千切る。


鎖は切れた瞬間にバチッ!とスパークすると、足枷ごと跡形もなく崩れ去った。



「今のは!?」


「うむ。呪いだ。我らリビングアーマーには効かんがな。」


「一応聞きますが…どんな呪いが?」


「ふむ。恐らく永続的なステータス及びスキル効果半減…だな。」



魔道具の効果がそのまま残る感じか。


ドルギスは立ち上がると、無言で先程腰掛けていた大きめの椅子に戻ろうとする。



「ありがとうございますドルギスさん。自分で外さなくて正解でした。」


「構わない。無闇に呪いの掛けられた道具は壊さない事だ。」


「はい。肝に銘じます。」



ドルギスは浩二の答えに静かに頷く。



「これで…やっと自由になったんだな…っ!」



軽くなった身体とは別に心も軽くなった気がした。

やっと…

この世界に来てようやく浩二は本当の意味で自由を手に入れた。



□■□■



「久しぶりだな…ベットで寝るの…」



柔らかく身体を包み込むような感触に思わず表情が緩む。

ずっと地下牢の硬い床で寝ていた浩二は感無量であった。



「明日から…頑張ろう。」



強くなる事で自分を守っていた今までとは違う。

自ら望んで身体を鍛える。



「ヤバい…楽しみで仕方が無い…」



足枷も外れた今、自由に身体を動かせるのだ。

元々体を動かすのが好きな浩二は年甲斐も無く遠足前日の子供の様に目が冴えてくる。



「小学生か俺は…」



変に目の覚めた浩二はベットから起き上がり、ソファーに畳んでおいてあるソフィアから貰った新しい服のズボンからステータスプレートを取り出し、ベッドへと腰掛けステータスを表示させる。



□■□■



名前 岩谷浩二イワタニコウジ

年齢 26

種族 ドワーフLV1

職業 人形師 氣法師

筋力 560

頑強 700

器用 340

敏捷 460

魔力 80

スキル

『人形師』LV1

『傀儡師』LV1

『魔核作成』LV1

『操気術』LV7

『見様見真似』LV--


『火魔法(見習い)』LV4

『パワースラッシュ(見習い)』LV3

『パワースラスト(見習い)』LV3

『鑑定(見習い)』LV6

『転送(見習い)』LV1

『半減の呪い(見習い)』LV1



□■□■



「ぶおっ!」



どうやって出したのか分からない声が口から飛び出す。

分かってはいた。

『見様見真似』が空気を読まない事ぐらい。

多分『転送』はあの黒い穴を通った時、『半減の呪い』はずっと身に受けていたからだろう。



「『転送』はともかく…『半減の呪い』はなぁ…」



呪いである。

字面が悪過ぎる。

でも、もし拳に乗せられたら…



「手数を稼ぐのには使えるかもな…」



ステータスとスキル効果半減。

戦闘中に使えられれば戦局は大きくこちらに傾くのは想像に難しくない。

浩二はとりあえず詳細を確認してみる。



□■□■



『転送』

物体を転送する穴を創り出すスキル。

生物、無生物問わず、穴を通す事で距離に関係無く移動させることが出来る。

一度訪れた場所及び視界に捉えられる場所ならば転送場所は問わない。

転送距離及び穴の大きさは魔力依存。



『半減の呪い』

ステータス及びスキル効果を半減させる呪いを掛けるスキル。

道具に込めたり食物に込めたりと用途は多岐に渡るが、永続的な効果を望むのであれば、身に付けるもの及び本人に直接触れて掛けるのが望ましい。

効果時間と減効果は魔力依存。



□■□■



「呪いって字面は悪いが、有効そうだな…転送は上げといて損は無さそうだし。」



ステータスプレートを見ながら、新たに得た力に驚きながらも、これからの訓練に張りが出ると思い浩二はニヤリとする。



「ふわぁ~~っ…」



色々考えているうちに眠気が来たのか大きな欠伸をした浩二は、倒れ込むようにベットへダイブすると数分で静かに寝息を立て始めた。



浩二がこの世界に来てから約半月。

召喚され、捕えられ、助けられた。

ジェットコースターの様な半月。


浩二はやっと自由を手にした。


かつて『勇者にとって必須』とも言われた『見様見真似』のスキルと共に。



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