エピローグ そして、一ノ宮澄人の青春

 あの古井学「好きだあああああ!」事件の後日談。

 あれから河北京子と鈴木美緒は仲直りの後に、掛けがえのない親友同士になったらしい。

 学校では移動教室の時も、昼休みの時も、放課後の時も、ずっと一緒にいてラブラブしているそうだ。

 女子というのは気が合えばすぐに距離を縮める。それに彼女たちはあの場で気持ちをさらけ出し合った仲だ。そりゃあ、親友同士になるのも必然かもしれない。

 しかしそれはつまり、その二人に割って入る隙間が無いという逆説的事実でもあるらしく、学にとっては河北へのアプローチに苦心している状況らしい。

 学はあれからもう一度、今度はしっかりと河北に告白するため、日々彼女にアプローチしているらしいが、そこに立ち塞がるのが先述した鈴木という訳だ。まったく、彼の恋の成就はまだまだ先のようだ。しかし彼は諦めないと俺に言った。その言葉を信じて、俺は気長に待つことにしよう。

 そして二年三組のいじめに関しては「終息したから」と清宮が律儀に教えてくれた。

 河北と鈴木が仲良くなった事もあって、その時点でクラスにおける『いじめ』の空気は皆無に等しくなったが、どうやら最後まで足掻いていた奴もいたらしく、そこは清宮によって粛清を受けたらしい。まったく、力を振るった時の清宮の怖さが分からないとは、馬鹿な奴らだ。

 ちなみに、その最後まで足掻いていた奴らというのは予想通りと言うかなんというか、あの女子三人組ということだ。ご愁傷様、合掌。

「けれど、根本的なところは解決してないんだよな。結局、加害者にとってはいじめはいつでも辞められるし、いつでも始められる。いじめをした連中が愚か者って事実は変わっていない」

 俺は今、生徒会室で妃菜と北川先輩と轟先生とで机を挟んで、今回の事について反省会と称して、話し合っていた。

「もー、終わったことなんだし。良いじゃん解決で!」

 隣の席の妃菜が頬を膨らませて反論する。

「そうはいかないだろ。俺は出来るならそのクラスの奴らに罪の意識を理解させた後に、それ相応の罪を償わせたいところなんだが……。今からでも間に合うか?」

「間に合わないから! まあ、でも澄人の意見には賛成だけど。たしかに加害者をどうにかして懲らしめてやりたいけどさ……」

「けれど、現実的にはここらが良い落としどころなんじゃない? その辺にしときなさいよ」

「それは分かっていますが……。まあ、はい」

 俺は轟先生の忠言に渋々頷く。

 これ以上この問題を蒸し返すのは河北たちにとっても悪いしな。この辺が手打ちか。

「それにしても今回も澄人くんに解決してもらっちゃったなー。やっぱり次期生徒会長の器にふさわしい人物だよ!」

「いや、解決してもらっちゃったなー、じゃないですよ。あんたでしょ、この問題の裏で糸を引いていたのは」

「いやー、聞き捨てならないなー。私を黒幕みたいに言うなんて、ひどいよ! 私はいじめに何の関与もしていない。これは冤罪だ!」

「そういう話じゃありません。あんたと妃菜が結託して俺に問題解決させようと仕組んだんですよね?」

「いいじゃん! 澄人が解決してくれるんだから!」

「そうだ! そうだ! 澄人くんが解決してくれるから良いんだ!」

 二人が一緒になって俺の意見に反抗してくる。こいつら、やっぱり仲良いな。

「事前に話してくれればそれでいいですけど、自分の知らない間に問題に巻き込まれるのはごめんだって話ですよ。『報連相』は基本でしょう?」

「法華経? 私は仏教にはあまり詳しくないなー」

「法蓮と僧? いや法蓮だってお坊さんだよ?」

 何でどっちも仏教関連なんだよ。てか、どんな聞き間違いだ? わざとやってるだろ。

「ああ、分かった。分かりました。もういいですよ」

 俺は大きくため息を吐いて、椅子にもたれ掛かる。

 もう諦めた。こいつらにこれ以上言うのは疲れる。

「ほら、一ノ宮が拗ねたでしょう。あんたらもほどほどにしなさいよ」

 轟先生は机に肘をついて、欠伸をかきながら二人を諫めた。いや、まったく説得力の無い姿だ。威厳も何もない。

「けどよくやったわね、一ノ宮。まあ、私はやってくれるって信じてたけど。と言うか、解決してくれないと私の仕事が増えるから、ホント助かったわ」

「そこは普通によくやった、でいいでしょ」

「あら、大事なのは私の仕事が増えるか増えないか。それ以外は些末な問題よ」

「あんた本当に教師かよ」

「こういう教師もいるのよ」

「いや、いちゃいけないでしょ」

 いつも通りの轟先生に肩を竦める。この人どうやって教師になれたんだよ。てか、こういう態度だといつか懲戒免職とかにならないのか? と、いつの間にかその疑問を口にしていたらしく、しかし轟先生はその問いに、

「まあ、私って外面は良いから」

 という事らしい。

 さいで。

「でもまあ、ようやく終わったのか……」

 四月から始まって、今やもう五月の中旬。

 約一ヵ月もこの問題に関わっていた。

 長かったようで、終わってしまえば、短かったような……。

 学の恋の相談に乗って、妃菜と一緒に二人のデートを隠れて尾行して。それから河北のいじめが発覚して、それで河北と直接話して、江ノ島で妃菜とデートもしたな……。

 問題に悩んでいた時はとても辛かったはずなのに、こうして思い起こせば、いい思い出だったな、と感じてしまうから、不思議なものだ。

「まあ、悪くなかったか……」

 なんて呟いてしまうほどに、俺は楽しかったのかもしれない。

 辛いことも、苦しいことも、思い悩んだあの時間が案外、楽しかった……。

 と、物思いに耽っていると、そんな俺に妃菜が身体をすり寄せて、顔を近づけてきた。

「なんだよ」

「にひひ。なんだか満足そうな顔だったからさ。澄人のために、また新しい相談事を持ってきたんだよ!」

「えっ?」

 確かに、悪くなかった、とは言ったが……。

 いや待て。だからって相談を受けるとは一言も――。

「それでさ。次の相談事は――」

 俺の拒む声も遮って、妃菜は笑顔で楽しそうに次の相談事とやらを話し始めた。

 まったく、こいつって奴は……。

 俺は首をがっくりと垂らしつつ、しかし結局、彼女の話に耳を傾けてしまう。

 

 ――そうして、また誰かの青春に関わる。

 

 誰かの悩みに触れて、誰かの想いを救済して、誰かの想いを蔑ろにして。

 どちらにしたって、誰かの青春に触れる感覚はいつだって辛い。

 けれど、それでも俺は誰かの青春を間近で見守るのだろう。

 

 ――それが俺の、一ノ宮澄人の青春なのだから。

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一ノ宮澄人の青春 双葉うみ @umi_futaba

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