第27話 いつの間にか全てが終わっていた
夏休み最終日、澄花は沙耶子から、全てが終わったのを知らされた。
ニュースにもなるほどの事件で、善行社の本部ビルが何者かの襲撃にあったことは知らされた。
ネットや新聞で事件の詳細を辿っているうちに、この間起こった議員誘拐と殺害に、関与している証拠が出ているとの報道があった。
事件の裏側を知っている澄花は、それが嘘だということも分かっている。
善行社の社長などが行方不明、あるいは逃亡したというのも話題になった。
警備会社が代議士を誘拐し殺害したとなれば、これはもう国家権力への反乱、テロと言ってもいい。
もちろんこれも嘘だと知っていた澄花であるが、つまり沙耶子が何か動いたのだとは察した。
善行社と宗教団体の愛善光明会の関係も暴露されて、山中の本部施設を映す報道もあった。
愛善光明会も政治家とのつながりはあったはずなのだが、ここまで純粋に反社会的な活動と関わっていれば、どうにも止められないらしい。
そして政治家への贈賄。与党政治家が証人喚問される。
代議士の誘拐か、あるいはそれに加えて殺害までした人間は、相変わらず行方不明のままである。
世間はそれを国外への逃亡ではと考えたようだが、澄花は沙耶子に捕食されたのだろうと考えた。
後に沙耶子の影の中に、殺人者たちの姿を発見して、その確証を得たのであるが。
この事件はそのまま収束には至らず、今度は愛善光明会の脱税について国税局が動いた。
長年に渡っての税金逃れは数百億に及び、おそらく団体の資産はほぼ失われるだろう。
宗教団体の会長は事件への関与は立件出来ないようであるが、脱税に関しては逃れようがない。
イメージの低下と資金の枯渇で、愛善光明会は崩壊するかもしれない。
澄花は少しだけ、あの山間の集落の人々が、今後どうなるのか心配になった。
警察を止める力がある政治家でも、絶対に止められないものがある。
それが国税局だ。
はるかなる昔から、ありとあらゆる国家で、平時において最も強いのは、金を支配する者である。
なお有事において最も強いのは、当然ながら軍隊である。
国税局に目をつけられて、その脱税の証拠が上がれば、彼らは徹底的に調査する。
そして追徴課税をして、国庫に収める金を増やすのだ。
これまでの愛善光明会と、その外郭団体でありながら一部でもある善行社などは、宗教法人の立場を使って、凄まじい金額を脱税してきた。
そこを突く国税局は、まさに良い意味でハゲタカである。
愛善光明会が現在は平和的な活動を行っていると言っても、あの収支内容では、とても足りないのは沙耶子も感じていたらしい。
そして手に入れたのが、裏帳簿である。
彼女は澄花と自分が、直接愛善光明会と接触した時から、致命的なダメージを与えることを考えていたそうだ。
愛善光明会はカルトと違って、現在は暴力的な手段は完全に、外部に委託している。
だからその面からイメージダウンを考えるのは難しかった。
しかし脱税という手段は、これまでの日本のフィクサーと呼ばれる政治家でさえも、完全に権力の座から引きずりおろしてきたものである。
人間というのは下手な犯罪や気味の悪いものよりも、もっと明確に自分より裕福な者を羨んで憎むものである。
そこに不正な手段で金を稼いでいたとしたら、いくらでも感情的に批判が出来るのだ。
「国税局ってそんなに怖いの?」
「怖いわよ。だから私の場合も、裏の仕事は現金か外国の銀行を利用しているし」
沙耶子の場合は拠点が外国にもあるので、そちらで資金洗浄を行えるのだとか。
マネーロンダリングというのは聞いたことはある澄花であったが、沙耶子のやっていることがそれだとは分からなかった。
沙耶子のやったことは、正面からの善行社の襲撃。
そしてターゲットの殺害と、証拠品を残すことだ。
なんの証拠かと言えば、議員殺害の証拠だ。
なおこの証拠は議員本人からではなく、警察が誰かに冤罪をかけるために準備していたものである。
善行社はトップを失い、そして被害者のはずであるのに社内を捜索され、なぜか議員誘拐と殺害の嫌疑をかけられる。
証拠は存在し、しかし実行犯らしき者は行方不明。
高飛びしたのか、それとも消されたのか。
そこから愛善光明会につながる。この団体に関しては捜査に圧力がかかりそうになったが、そこで国税局が介入。
社内捜索で見つけた裏金の帳簿と、教団との関わりを示す物証によって、教団本部と政治献金を受けていた議員までもが捜索を受けることになる。
その中で警察も動いたのだが、残念ながら小室亮二他数人の行方は知れなかった。
これにて善行社は企業活動が出来るはずもなく倒産。
そして愛善光明会は追徴課税を受けるとともに、さらに以前の記録まで調査されることになる。
その中でどれだけの犯罪が明るみになるかは分からないが、宗教団体としてもほぼ壊滅だろう。
「そう……」
全てが終わった、と説明されていながらも、澄花の表情は晴れなかった。
「あの山の中の集落は、必要だったかもしれない」
澄花のような、不特定多数の人間と接触するのに疲れている者にとっては。
だがそんな澄花のほっぺたを、沙耶子は指先でひねる。
「貴女が暴いた事件で、殺された人は浮かばれるだろうし、歪んだ組織も潰れたのよ。誇りなさい」
慰める沙耶子であるが、今の行為には別の意味がある。
澄花のかけられた呪い。それは人殺しの命しか奪えないのともう一つ、人を殺していない者を傷つければ、それでもエネルギーが消耗するというものだ。
今回の事件の解決において、人殺しではない死者が出た。
澄花の力がなければ、出なかった犠牲者が出た。
これは澄花の罪となるのか。
ほっぺたをひねったことにより、沙耶子は少しだけお腹が空いた。
つまりまだ澄花は、沙耶子の捕食対象に認定されていないということだ。
「ありがとう、沙耶子」
弱々しい笑みを浮かべてそう言った澄花に、沙耶子は爽やかな笑みを浮かべる。
罪を見る少女と、罪を食らう少女。
どうやら罪深き二人は、まだ相互互恵関係でいられるらしい。
完
罪を食らう少女 草野猫彦 @ringniring
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