第24話 注文の多い殺し屋
犯行を計画した主犯と、実行犯は簡単に分かった。
あとは情報屋を納得させるだけの証拠や理由を集めればいい。
その中で分かりやすいのは動機であり、利害関係が密接につながっていた。
動機と状況証拠と実行犯とのつながりなどを示して、情報屋に伝える。
これで情報屋が納得すれば、あとは主犯を消すのか、実行犯も消すのか、そのあたりが問題になる。
沙耶子としては実行犯など上に逆らえるはずもないので、気分的には見逃してやってもいいのだ。
ただ澄花に言わせると、上次第で簡単に人の命を奪える人格ということで、抹殺してほしいらしい。
人間には二面性がある。
沙耶子としては戦場で敵兵を殺した兵士などは、状況的にどうしようもないだろうと思うのだ。
澄花がそういったものを、状況によっては人を殺すような人間と断言するのは、澄花の環境が人を殺さなくても充分な、満たされた環境だからである。
さすがに人質を取る凶悪犯などを殺した警官などを殺人者扱いすることはない澄花だが、彼女のカテゴライズでは人殺しの範疇が広すぎる。
そもそも食べるために殺す沙耶子だって人殺しではあるのだが、生きていくために殺すのは仕方がないと区分けしているようだ。
だがそう言われると、沙耶子も思うのだ。
沙耶子のために捕食される人間を選別する澄花もまた、間接的には人殺しではないのかと。
澄花が断定しなれば、沙耶子が殺さなかった人間は多い。
もちろん最後に捕食するかどうかを決めるのは沙耶子なのだが、その選択肢は澄花の存在なくしてはなかった。
澄花自身が自分の罪を見れないというのは、案外大切なことなのかもしれない。
そして情報屋は納得した。
ついでに暗殺についても沙耶子に任せた。
「国会議員が人殺しって……」
「まあ金銭が絡めば人間はそういうものよ。色恋沙汰の殺人よりよほど利害関係がはっきりしていて分かりやすいわ」
沙耶子は達観しているが、澄花にはそこまでの人生の年月は積み重なっていない。
「怨恨は?」
「たいがいの怨恨の元は、金銭から生じるものよ」
あとは先に言った色恋沙汰である。
さて、明らかになった代議士の捕食である。
罪が明らかになっていれば、あとは捕食するだけである。
だが代議士というのは人と会い、人に見られる職業である。
だからこそ澄花にそこそこ接近してもらって、事件の概要を得ることも出来たのだが、これを捕食するのは難しい。
正確には難しいと言うより、配慮する必要があると言うべきだろうか。
今までのように殺して身の回りの品まで処分したとして、代議士が行方不明になったものを、警察が捜索しないわけがない。
すると死ぬ程度の血を吸って遺体は残さないといけないわけだが、その殺し方では犯人が吸血鬼だと分かる。
ここは食事を我慢して殺すだけにしたとしても、厳重な警備の中で殺すのは、超常の存在の関与を疑われる。
沙耶子にとって脅威となる存在は、この世界にもほとんどいない。
だが彼女の立場や環境を破壊するだけなら簡単であるし、それをまた一から作り直すのは、沙耶子にとってめんどくさいものである。
沙耶子は裏社会もだが、表社会ともそれなりのつながりがあるので、そういった知り合いに迷惑が及べば、沙耶子の正体が明らかになるかもしれない。
そして危険視されれば、権力側のグールが出てくるかもしれない。
少なくとも殺し屋を何度向けられても、沙耶子は撃退する自信はある。
だがそもそも、そんな環境になってしまうだけで、沙耶子には迷惑なのだ。
政治家などというものは、殺したいほど憎んでいる人間も、そこそこいるだろう。
だからと言って実際に殺せるかと言えば、なかなかに難しいだろう。
相手の社会的な立場、もしくは実行する側の立場を考えたら、諦めるのが一番現実的だ。
もしも自分に金銭的余裕があるなら、殺し屋を雇うという手段もあるが。
日本の東京には、職業的な殺し屋は少ない。
単純に殺すだけの殺し屋、もしくは殺した後に始末までする掃除屋などはいるが、こういった限定的な相手を殺すのは、いきなり難易度が高くなる。
「そういうわけで、貴方の力を借りてもいいかしら?」
この日は一人で情報屋を訪れた沙耶子は、ずけずけとそう言ったものである。
「……真相を簡単に暴いたのには驚きましたが、殺す方には自信がないと?」
情報屋は呆れたような声を出したが、沙耶子としても事情があるのだ。
「なんでもいい殺し方ならいいけど、下手な殺し方をして、アレが出てきたら問題でしょう」
「アレと言うと?」
「検察の飼ってる処刑人よ」
「ああ、あの人食いですか」
権力サイドのグールは、政府に所属しているわけではない。
政党でもないし、政治家の団体でもない。国会でもない。
法務省の中の検察庁に、その指揮権のようなものが代々伝わっている。
ある程度政治からも独立していて、権力者による恣意的運用よりは、正統な手続きで処分出来ない犯罪者を、秘密裏に、しかも暴力で持って処理するための存在である。
政治家を明らかに直接的な暴力手段で排除しようなどという存在には、与野党関係なく投入してくる可能性が高い。
つまりせっかく簡単に殺す手段があるにもかかわらず、普通の人間が殺せるような準備をしないと殺せない。
殺せることは殺せるのだが、グールを放たれては困る。
「ですがこの先も権力サイドを殺し続けるならともかく、一回ぐらいなら大丈夫なんじゃないですかい?」
確かに情報屋の言うことも正しいのだが、それでいきなり一度目で出てきたらどうするのか。
そもそも沙耶子は証拠を残すような殺し方はするつもりがないが、全く証拠を残さずに殺せることが、即ち異常なのである。
そしてグールと戦って勝つ自信もあるが、グールを殺せるという存在を権力者サイドに知られるのもまずいのだ。
世界中では政府と直接関わったこともある澄花であるが、日本の権力サイド全てと敵対するようになるのは避けたい。
もちろん逆に味方として取り込まれるのも避けたい。
「注文の多いお嬢さんですなあ」
「情報屋でしょ? どうにかしなさいな」
「まあ、それぐらいはおまけにしておいてもいいですがね」
そしてしばらくの後、沙耶子はまた路地から出て、表の世界へと戻るのであった。
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