第23話 超常捜査

 魔法が使える世界では、多くの犯行隠蔽の手段があるだろう。

 逆に現代世界の技術を中世のようなファンタジー世界に持っていっても、多くの犯罪は簡単に立証できるだろう。

 指紋による犯人の特定、血液反応、DNA検査など。

 犯人がそうとは思っていないものから、簡単に証拠を出してしまえる。

 逆に現実世界においても、DNA鑑定の発達により、数十年の冤罪から解き放たれた人間もいるわけである。


 その意味では澄花の力を使った捜査は、まさに魔法である。

 被害者と容疑者が分かっていれば、誰が殺したのかははっきり分かる。容疑者の中に犯人がいれば、であるが。

 そして影に触れれば、どのようにして殺したのかさえはっきりと分かる。

 あの情報屋は、どちらかというと未来視の力を強く持っていたようだが、過去を探るという点では圧倒的に澄花の力の方が優れている。


 しかし思えば遠回りしたものである。

 最初はあの小室亮二を殺すことだけを考えていたのに、その背景には多数の信者を抱える宗教団体がいた。

 それがグールを不法入国させていたり、警察に目をつけられたりもした。

 身の安全を得るために、今は無関係だった事件の解決を迫られている。




 事件自体はよくあるもので、資産家が資金援助を断られてその逆恨みで殺された、という体裁であった。

 その場にいた、ある程度の利害関係がある者たちは、一応は容疑者である。

 凶器が容疑者、というかその人物の持ち物の中から見つかったため、最初は任意同行。

 それから動機の有無、凶器を隠すだけの時間、そして犯行時刻のアリバイの不成立など、無実であることを証明することが出来なかったのだ。


 本来ならこのままでも、証拠不十分で起訴は見送られるかもしれない。

 ただ真犯人を探すべく警察が仕事をするのが、目障りな者もいるかもしれない。

 ならば少し圧力をかけて、状況証拠で有罪とするか、それでなくても迷宮入りには出来る。

「容疑者も殺された方も、まあ生かしておかなくてもいい人間ね」

 ほぼ黒に近いグレーの会社を経営していた人物で、本人が殺していなくても、この男のせいで死んでる人間がいても全くおかしくはない。


 この容疑者に会うのは、手続き上は比較的簡単であった。

 事件となっているからには弁護士がついているわけで、その弁護士と一緒に行けば、三人までは面会が出来るのだ。

 もっとも身分証明は必要なので、澄花は老けて見える濃いメイクをして、身分証も偽造したが。

 後のことを考えればやや危険ではあるが、存在しない人間のことを追跡するのは難しい。


 そして沙耶子自身は変身で容姿を変えた。

 職業は探偵である。まあ興信所の人間だ。そして澄花はそれの助手という立ち位置である。




 弁護士と共に面会し、そして紹介してもらう。

「こちらは興信所のサーシャ・ミハエロフさん。事件の捜査に協力してもらいます」

 弁護士としても突然の話で、ほとんど把握出来ていないのだ。

 だが所属する弁護士事務所のボスから言われ、同行させたのみである。

 弁護士以外の人間が容疑者に会うのは難しい。ましてこの事件は有力者が多数関わっており、警察としても目を光らせているからだ。


 そして完全な偽名を使った沙耶子は、いや沙耶子もそもそも偽名であるのだが、澄花を振り返る。

 軽く首を横に振る澄花。それは犯人はこの男ではないという意味だ。

「貴方が犯人でないことは分かりましたので、真犯人の確認をします」

 ぎょっとしたのは容疑者の男だけでなく、立ち会っていた警務官も同様である。


 これまでにも面会の人間の中には、変わった者が多かった。

 しかしここまであからさまに、無罪だと断定する者はいなかった。

「ただその真犯人が自殺したり逃亡したりして、結局貴方の無実を証明する手段がなくなってしまった場合は、諦めてください」

 この言葉も衝撃的である。


 沙耶子としては殺人者を、食料にしない理由がない。

 確実な物証でも見つかれば、逃亡、あるいは行方不明でも、この容疑者は解放されるかもしれない。

 疑わしきは罰せず。まして殺人の動機や、殺人が可能であった者が姿を消してしまえば、そちらを探すのが本命となる。

 今頃はせっせと冤罪の証拠を作っているかもしれないが、他の確実な物証が出てしまえば、そちらを表に出すわけにはいかなくなる。

「それではこれで」

 必要なことを知った以上、長居する必要はない。

 接見室から去っていく沙耶子と澄花を、必死で追いかけてくる弁護士である。

「待ってください。どういうことですか!?」

「聞いたとおり、真犯人を探すだけです」

 そして澄花を助手席に置き、沙耶子は自らハンドルを握って立ち去る。


 運転するところを見るのは初めてであるが、危なげがない。

「車の運転出来るの」

「東京だとあんまり困らないけど、アメリカでは必須よ」

 そんなどうでもいい会話の後で、本題に入る。

「犯人じゃなかったのね?」

「ええ。でも七人殺してる」

「それじゃあ無罪を証明する必要はないわね」


 直接か間接の違いはあるが、七人も殺していたら社会に戻ってきてほしくはない。

 どのみち破産にまっしぐらで、しかも拘束された今の状態では、もはや回避は不可能だろう。

 あとは真犯人が誰かを突き止め、情報屋を納得させればいいだけである。

「計画から実行までが単独犯だったらいいんだけど」

 沙耶子がそう呟くのは、澄花の断罪の目は、複数犯の場合は指示者も殺人者と判断するからだ。


 このあたり微妙であるのだが、いじめによる自殺の場合は、その最大の加害者と、直接の加害者には殺人が刻まれる。

 だが傍観者には刻まれない。世間一般の、見ていただけも同罪というのは沙耶子の基準では罪にならない。

 おそらくこれは、死にそうになっている人間が必ず助けようとしないと罪になるのか、と同様の基準なのだろう。


 他には、殺人を指示した人間は、直接手を下さなくても罪が刻まれる。

 だが犯人に発砲して殺した警官などには罪が刻まれるが、発砲の許可を出した人間には、おそらく罪は刻まれていない。

 ヤクザやそういった犯罪者が、殺せと命令したら明らかに殺人となる。

 このあたりは微妙であるのだが「ちょっと痛い目にあわせておけ」と指示を出した人間は、結果的にやりすぎて死んでしまっても罪と判断されないが、事故でも殺してしまえば罪となるようなのだ。

 人間の、日本の法律の基準とは違うため、めんどくさいし難しい。




 とりあえず容疑者は放置である。情報屋が求めれば真犯人の手がかりを提出してもいいが、警察から解放されたところを沙耶子がぺろりといただく。

 情報屋がどういう意図でこの事件の真相を知ろうとしたのかは知らないが、とりあえず報告である。

 今回は澄花は車でお留守番である。


 容疑者が真犯人でないことは伝えた。

 だがそれに対しては、特に何も思わなかったようである。

「他の容疑者は七人。ただし殺害が可能であった人数は、27人」

 多い。ただしその居場所などは特定してある。

「この事件の解決はどういう意味があるの? 答えたくないなら答えなくてもいいけど」

「まあこんな商売をしてますと、義理が生じましてね。殺された人にはお世話になっていたもので、仇を取らんといかんのですよ」

「そのために殺し屋でも雇うなら、私が処分してあげてもいいけど?」

 沙耶子の提案に、情報屋はふむふむと頷いた。

「まあそうなりますか」

 どれだけ詳しいことを分かっているのかは知らないが、この提案も予想内であったらしい。


 情報屋は現在の容疑者に関しては、助ける必要もないと言った。

 何人かの殺害に関与していることは明らかで、別に利害関係にもないのだとか。

 つまり処理は沙耶子に任されたわけである。


 おおよそこういった裏の社会は、金か利害関係、そして貸し借りで動く。

 今回は情報屋の側にそうする要素があったわけだ。

「それで私達のことを教えたやつらに関しては?」

「小室亮二ね。まあ色々と調べましたが、随分とやってますな。ただ全て殺人の時効が存在していた頃のもので、罪としては問えないですな」

「別に法律で処分するわけじゃないから、それはいいのよ。あとは実際に手を下した人間も、出来るだけ調べてくれればいいわ」

「報酬は?」

「追加報酬がかかるほどまでは調べてくれなくてもいいから」

「しっかりしてますな」


 車に戻ってきた沙耶子は簡単に澄花への説明を果たした。

「27人も……」

「けれど先にその七人さえ調べていけば、残りの27人のうち誰が関係しているかは分かるから」

 優先順位を決めて回らなければ、夏休み中に終わらないではないか。


 その七人はいずれも社会的な立場がある人物で、情報屋でないと正確なスケジュールも分からないほどであった。

 そして周囲に取り巻きがいることが多く、殺人の行われた状況では、アリバイを証明する人間が何人かいた。

 だが大きな利害関係があるのはその七人であり、アリバイを主張するのは側近ばかりだ。

 それに殺害手段からしても、自分以外の手を汚したと言えるだろう。


 自分自身で殺さなくても、明確に指示すれば殺人者。

 断罪するわけではないので、罪が罪としてはっきりしていれば、それでいいのだ。

「国会議員までいるのね……」

「まあ国を運営するような人間なんて、上に立てば大なり小なり人を殺しているものだから」

 極端な断言をする沙耶子と共に、澄花は東京の中を動くのであった。


×××


※ 実際の面会(接見)などには色々と制限がありますが、そこは演出です

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