第22話 情報屋

 世界でも有数の巨大都市東京。

 そして世界的に見ても珍しいのは、その中にスラムのような部分がないことだ。

 それでも夜に活性化する繁華街などは、太陽の下で過ごすには憚られる者が眠っていたりする。


 新宿歌舞伎町。

 典型的な夜の街であるこの場所を、太陽のまだ高い午後に、沙耶子と澄花は歩いていた。

「話には聞くけど、そんな変な場所でもないみたい」

 澄花は呑気な感想を述べるが、確かにそうである。

 沙耶子にとっては外国の都市の裏路地などは、昼間でも普通に死体が転がったりする。

「夜は危ないわよ」

 それでも海外の昼に比べれば安全とも言える。

「夜なんて出歩かないから」

 人の罪を見て警戒することが出来ない夜は、澄花にとっては恐ろしい時間帯なのだ。

 沙耶子が一緒であれば、昼間は特に何も怖くない。


 沙耶子はそんな澄花と共に、細い路地へと入っていく。

 存在は知っていたが、接触はしてこなかった人物を、初めて訪れるのだ。


 小室亮二の言っていた情報屋。

 未来を見ているのではないかというぐらいの評判を持つその情報屋は、情報を売りもするし買いもする。

 別に放っておいてもよかったのはこれまでで、この情報屋を利用して接触してきたなら、処理しておいた方がいいだろう。

 もちろん殺す以外の手段で。




 路地に入った瞬間、沙耶子はその姿を大人のものへと変えていた。

 澄花は暑いのに帽子を被り、サングラスにマスクという怪しい姿である。

 もっとも日焼けをさけるために、似たような姿の女性はそこそこいるものだ。


 さらに細い路地の、それこそ二人がすれ違うのがやっとという道の、ビルとビルの狭間で窪んだ場所に、その情報屋はあった。

 形としては占い師を装っている。水晶玉の澄花とは違い、筮竹を使ったものだ。

 中国由来のものであるが、おそらくこれは説得力を増すためのハッタリだ。

「いいかしら」

「もちろんです。お待ちしていました」

 初対面のはずなのに、待っていたというのはどういうことか。

 澄花は疑問に思ったが、椅子に座った沙耶子との会話が始まっていた。


 威圧するでもなく、沙耶子は語りかける。

「私のことは分かっているのね。逃げようとは思わなかったの?」

「なかなか場所を移すことも難しいもので。それに正しく対応すれば、危険はないと出ていましたので」

 確かにその通り、沙耶子にはこの厄介な存在を、排除しようというつもりはない。

 もちろん交渉が成立しなければ、荒事になるかもしれないが。

 しかし太陽の射さない薄暗いこの場所では、この男が殺人者であるかどうかが澄花にも分からない。

 つまり沙耶子が殺せるかどうかが分からないのだ。


 だが沙耶子は基本的に平和主義者で、利用出来そうな非殺人者は、殺さないのが普通である。

「私の要求は二つ。一つは私とこの子の情報を誰かに話さないこと。そして私たちを嗅ぎ回ろうとした人間の情報を売ること」

「後者はまあいいですがね。前者としては情報屋が情報を売らないという話はおかしいでしょう」

 言ってることは間違いではないのかもしれないが、澄花にとっては胡散臭く感じるしかない論理だ。

「知っている情報の全てを売らなければいいでしょう」

 沙耶子はすぐに返す。

「私の情報を売るのがどれだけ自分にとって危険かを考えれば、そうそう詳しいことまでは教えられないはず」

「その通りで。だからこそこちらに来ていただけると思ったんだすけどね」


 情報屋はもっと詳しいことを知っていた。

 だが小室たちには、おおよその示唆しかしていなかったということか。

 そもそもの沙耶子の提案を、既に予測していたことになる。

「なるほど。でも私はともかく、この子のことはもっと守りたいのよ。私と違って一般人だから」

「一般人……確かにカタギの人間ではありますが、普通ではないでしょうに」

「出来ないの?」

「いいえ、やりましょう」

 情報屋は肩を竦めた。

「お嬢さんに恨まれるのは、金で解決出来る問題じゃなさそうだ」

 どうやら交渉は成立したらしい。


「さて、では私からのお願いも聞いてもらいやしょうかね」

 情報屋の雰囲気が少し変わった。

「お願い? 私に?」

「ある事件の真犯人を見分けるのに、そのために必要な力を持つお嬢さんがやって来ると、今日の卦に出てましてね」

 ああ、なるほど。

 この情報屋もまた、自分なりの目的はちゃんとあるのだ。

 そして事件の真犯人を特定するのに、澄花ほど役に立つ力を持つ者はいない。

「事件の内容によるわね。殺人事件なら分かりやすいけど。それと被害者などもはっきり分かっているか」

 その明確な言葉を聞いて、情報屋はくつくつと笑った。

 そこで初めて澄花は気付いたのだが、この情報屋は思ったよりもまだ若かった。




 事件は殺人事件である。

 とある殺人事件が起こり、男が一人殺された。

 容疑者は何人か出たが、決定的な証拠はなく、ただ現場から容疑者は絞られて、その中で状況的に決定的に怪しい者がいた。

 警察としてはそれを逮捕したわけだが、決定的な物証が出てきていない。

 殺害に使われた刃物はその逮捕された容疑者の持ち物から出てきたのだが、それがどこで手に入れたのかが不明なのである。

 またあまりにもあからさまなところから発見され、容疑者の指紋などはなく、誰かが画策して犯人に仕立て上げた可能性が高い。


 情報屋はまず犯人は本当にその容疑者なのかどうか、そして違うとしたら真犯人を特定してほしいらしい。

「けれど妙ね。その段階ならまだ逮捕にまでは至らないんじゃない?」

「容疑者の中に疑われたら困るお方がいましてね。真犯人かどうかはともかく、事件はさっさと解決してほしいそうで」

 なるほど、上級国民の都合である。


 これは確かに、澄花の力を使えば簡単に分かることだ。

 殺された人間を罪として影に持つ人間を見極めて、どういう状況だったかを影に触れて確認すればいい。

 そして逮捕されている人間の影を見れば、殺したかどうかははっきりする。

 物証が見つかるかどうかは分からない。完全に処分できているのかもしれない。

 だが澄花が過去から事件の詳細を読み取れば、他の人間が殺せたという状況が作り出せる。

 まして現在の物証とされている凶器の入手経緯が分かれば、そこから真犯人につながる可能性は高い。


 ただこれは、おそらく普通にやっても解決出来る事件だ。

 警察だってバカではないので、状況証拠だけで起訴にまで持っていくのは難しい。

 それが普通なのだが殺人事件に権力者なり有力者が関わっていると、無理矢理犯人を生み出して事件の収拾を計るだろう。

「必要なものはまず、殺された人物が確認出来るもの。新しければ新しいほどいい」

 この顔を影の中の殺人の罪として探せば、真犯人ははっきりとする。

「そして容疑者全員の詳細情報。特に現在どこにいるかは重要。出来れば接触の手段も考えて」

「まあ一両日中には」

「あとは捕まっているその容疑者との面会。どうにかなる?」

「してみせましょう」


 殺人がからんだ事件を、まるで名探偵のように解決する。沙耶子にはそういった経験もある。

 たとえば殺人の現場にいたとしたら、直前まで被害者と一緒にいた人間が誰かなどは、匂いではっきりと分かるのだ。

 あとは返り血を浴びていればそれ。他には毒物を使ったのならその刺激臭なども。

 この件についてはそこまでの即時性はないのだが、容疑者が限定されているのであれば、澄花の目を使えば確実に真相が分かる


 だが、沙耶子には疑問もあった。

「あなたの力では真犯人は分からなかったの?」

「あっしの力は未来をあやふやに見るだけのものでね。そしてそれを使ったところ、お嬢さんの力を頼ればいいと分かったんで」

 なるほど。二つの力が連結して、事件を解決するというわけか。

「真犯人が容疑者の中にいるなら、間違いなくそれを突き止めてあげるわ」

 完全に澄花の能力頼みであるのだが、沙耶子は断言した。

「他にはそうね……。捕まっている容疑者は、助けなくてはいけない人間?」

「と言うと?」

「もし冤罪で捕まっても文句が出ないような人間なら、真犯人の方を処理してしまおうとも考えているんだけど」

「そりゃまた物騒な」

 だが沙耶子としては、せっかく殺人者を見つけられるなら、そのまま食料にしてしまう方が効率的なのだ。

 もったいない精神の発露とも言える。

「まあ……真犯人がちゃんと誰かあっしが納得できれば、あとはどうでもいいですがね」

「では交渉成立ね」


 かくして情報屋と捕食者の歪んだ捜査網が作られることになったのであった。

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