第18話 悪徳の歩み

 吸血鬼というのは、そもそも物質的な存在ではないのかもしれない。

 姿を変え、空を飛び、筋肉量以上の怪力を誇る存在。

 物理的にはありえないが、肉体がそもそも物質でないのなら、それもありえるのか。


 連続殺人とも見られている女性の死体遺棄事件に、微妙な圧力がかかり始めている。

 どうやらまた犯人が権力者の身内ではないかと、警察内ではうんざりとした空気が漂い始めている。

 権力者の身内が、圧力で有罪判定から逃れることは多い。

 それよりも多いのが、そもそも起訴されないことである。

 だが一部の警察は知っている。

 一線を越えてしまった権力者サイドの犯罪は、問題にもならないように始末されることを。




 現在の状況は、三つに分かれている。

 人殺しと、人を食う者と、人を食う者だ。

 そして人を食う者は、それを権力に許されている側と、認識されていない側に分かれる。

「殺していい人間が多くて嬉しいわ」

 調査を終えた沙耶子はニコニコ顔であるが、それに付き合わされて殺人者とそれ以外の犯罪者を見分けた澄花はぐったりしている。

 人殺しというのは、会話をしたり接触したりするだけでなく、認識するだけで彼女にとっては精神的に辛いものなのだ。


 ただこういう超常の存在に慣れてきた澄花は思う。

「確かにグールっていうのは人間よりも強いみたいだけど、それでも銃とか使ったら普通に人間が殺せるんじゃない?」

 沙耶子は無理だろう。怪力に不死身。姿も変えられる彼女は、ほとんど無敵なのだという。

「それがただのグールならね。人間の社会がここまで広がった中で、それでも生き残ってきたグールなのよ」

 単に強いだけなら、虎や狼、下手をしなくても犬だって大型犬は人間よりも強い。

 超常の者はそれらを素手で殺す存在であり、さらには人間並の知能を持ち、人間の道具を使ってくる。

 グールの肉体の耐久力や怪力を考えれば、銃火器が手配しにくい地域では、普通に強いというのもある。

 まあ簡単に言えばグールでも吸血鬼でも、一撃で頭お破壊出来る空手家とか、そういうものの延長として考えればいいのである。


 澄花はそれに納得した。

「それで、誰から殺していくの?」

「それはもちろん殺しやすい方から」

 澄花としては不服である。彼女の価値観からすると、また死体を出しそうな人間から殺していってほしいのだ。

 もちろんグールも危険ではあるが、殺し屋として存在しているグールなら、普通の人間は殺さないらしいので。




 沙耶子が狙うのは、連続殺人犯ではなく、グールが先である。

 年齢的には未成年の、政治家のドラ息子だ。おおよそ情状の酌量のよし無しの犯罪者であり、澄花が見るに他にも二人を殺していた。

 ただ普段はセキュリティのしっかりした自宅にいるし、外出する時も仲間が多い。これを安全に人の目のないところで捕食するのは大変である。


 グールはこういった保身を考えていない。

 外国籍であり、観光用ビザで入国しているが、普段は善行社のビルの中で生活をしている。

 日本語が通じないらしく、通訳代わりの人間がいて、それも全て善行社の社員だ。

「やってることの中に外国人犯罪があるのよね」

 善行社も含めて小室の経営している会社は、犯罪の後始末や犯罪に使える技術を多く保有している。

 明らかに違法なこともやっているが、基本的にはグレーゾーンの犯罪が多い。貧困ビジネスなどがその代表だろうか。


 これは愛善光明会もやっていることなのだが、生活保護の需給から税金を引っ張ってくるというビジネスでもある。

 あとは年金の搾取などから、例の本部にある老人介護ホームでの世話などがある。

 日本人と外国人の結婚からの生活保護需給や、外国での医療を保険金で払わせたりという、恐ろしく怪しいが調査するだけの権限も労力もないという、役所の状態を逆手に取ったものだ。

「かつて日本人が移民した南米から、その二世や三世を労働者として連れて来るとか、大陸の日系人を連れて来るとかね。まあお金に関しての犯罪者のかける労力は、吸血鬼も脱帽だわ」

 沙耶子がこれらを問題とするのは、人殺しまでには至らないからだ。

 かつては外国人犯罪者による、強盗殺人事件があった時に、その実行犯を全員捕食したことはあるらしいが。

 人殺しが発生しない事件において、沙耶子はひどく無力である。


 ならば人殺しを抱えてはいるが、人を殺すほどの罪を犯していない善行社の連中と戦うには不利なのか。

 確かに不利である。一人であるなら。




 その夜、善行社の本部ビルを、二人の人物が訪れた。 

 警備会社であるからには、自分の会社の防犯機能も高い。そして深夜にも仕事があるため、数人の社員と、化け物を飼っていた。

 こんな化け物と一緒にいるのは嫌なのは、過去にいくつもの凶悪犯罪を犯してきた者でも当たり前なのであるが、社長の肝煎りとなればどうしようもない。


 深夜、入り口にある警備室には、二人の警備員が詰めている。

 そこに現れたのは黒いスーツの壮年の男と、まだ十代に見える黒いドレスの少女である。

 あまりにも場違いな存在は、監視カメラには映っていない。

 そして肉眼でそれを確認する警備員は、少女と顔を合わせると、そのまま通常の体勢に戻った。


 事前に調べている限りでは、善行社の所属するフロアは四階から六階。

 制御室が六階であり、そこに一番多くの人間が詰めている。

 基本的には仕事道具などがその下の階層にしまわれており、ビル内では武装はしていない。

 していたとしても、この二人には意味がないのであるが。


「お嬢様、この二人はどうします?」

「食事にならないわ。特に何もなければ、このままに」

 沙耶子と、その眷属である吸血鬼は、エレベーターを使わずに階段でビルを昇る。

 今、この中にいる人間は全部で11人。

 そのうち沙耶子の食料となるのは四人。そして一匹。

 残りはこの眷属に始末してもらわなければいけない。

 太陽の下で動くことは出来ない代わりに、人を殺していなくても食料に出来る、ナチュラルな吸血鬼。


 気配を探る沙耶子は、仮眠を摂っているらしき気配も感じ取った。

 よりにもよって食事になりそうな者ばかりである。


 一番の注意はグールだ。

 別に戦った場合に脅威なわけではない。沙耶子に勝てる超常の存在などそうそういるはずもない。

 だがグールであれば、沙耶子から逃げることぐらいは出来る。

 そしてグールの習性からして、逃げれば当然人間の肉を求める。


 グールによって犠牲者が出て、死者の数が増えること自体は、沙耶子にとっては悪いことではない。

 殺せば殺すほど、沙耶子の得られる

「手前の部屋の七人は無力化しなさい。私も獲物は奥の四人」

「畏まりました」

 既に慣れているこれは、食事という前の段階の作業である。




 のんびりと待機していた男たちは、特に勢い良くでもなく、普通にドアを開けて入ってきた二人に、何も脅威を感じなかった。

 一回の守衛も何も言ってこないということは、何かの用事であるのか。

 まさかこんな深夜に仕事の依頼もないだろうし、誰か個人の用事でもあるのかと、お互いに顔を見合わせる。

「何か、ご用ですか?」

 明らかに警察などではないし、商売敵のような気配もない。

 敵意のない相手には、こちらもすぐに戦闘への態勢に入ることは難しい。


 沙耶子の視線は、吸血鬼に特有の魅了の視線である。

 もっともこの人数にかけるのは、地味に力を消耗する。

 この後に美味しい食事が待っていると分かっていなければ、使いたくもないものだ。

 集まった男共の意識を刈り取る。だがどうやら、隣の部屋には気付かれてしまったらしい。


 気配が動く。四つ。

(グールは……)

 ドアを開けて残りの男たちが、それなりの武器を持って襲い掛かってくる。

 だがグールの気配は消える。窓から飛び降りたのだ。

 六階だが、グールならば逃げ切るだろう。失敗した。

 ここから追いかけるのは、悪手だ。まず目の前の獲物を片付ける必要がある。


 眷族と共に男たちの腹や頭を強打し、戦闘力を失わせる。

 そして最後の男の首筋に牙を付きたて、生命力を一気に吸い上げる。

 他の三人はゆっくりと灰になるまで生命力を奪い、久しぶりに満腹になる沙耶子であった。

「お嬢様、他の者は」

「貴方が吸いたいだけ吸ってしまいなさい。それから暗示をかけましょう」

 この部屋も監視カメラで撮られているので、その始末もしなければいけないだろう。

 澄花は連絡を取りながら、男たちが塵になっていくのを眺めていた。

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