第17話 殺し屋
営業を終えてビルの最上階にあるバーへ澄花はやってきた。
ほとんど利益など出ていないバーであり、本業は別である。ただ場所が必要なだけだのだ。
他に誰も客のいないこの時間も営業しているのは、仲介業をしているからだ。
仲介。それは護衛。
いや、もっと言えば殺し屋への仲介だ。
特にこの殺し屋が殺すのは、暗殺者を返り討ちにすること。
殺し屋殺しと世間で言われている、特殊な殺し屋への仲介は、このバーで成されている。
「殺し屋殺し……」
マスターとバーテン二人だけの店内で、澄花は呆れながらその説明を聞いていた。
仕事ではなくそれは、実益であろう。
「別に殺し屋だけでなく、殺人の容疑者も殺したりはしてるんだけど」
説明する沙耶子は平然としたものだ。彼女が殺せるということは、容疑者ではなく犯人なので。
殺し屋とは本当にいるのかと驚きの澄花である。そもそもそんな存在はフィクションの中だけの存在だと思っていた。
だが本当にいるらしい。
「殺し屋もまあ、国際化しているのだけれどね。殺し屋じゃないけれど、東西冷戦の時はソビエトで……話が脱線したわね」
澄花が生まれる前になくなった国家の話は、確かに脱線であろう。
バー『カンパネラ』は情報屋と仲介屋をかねており、仲介屋は主に必殺仕事人のようなことをしている。
「必殺仕事人?」
「……今の若い子には通用しないのね。まあ通常の裁判では断罪できない悪党を殺す、江戸時代の殺し屋の時代劇なんだけど」
世の中の犯罪を捜査するのは、検察監督下の警察である。
日本の警察は比較的優秀なので、ちゃんと証拠さえあればどうにか起訴して裁判にまでは持っていける。
だが金や権力で圧力がかかれば、証拠不十分で不起訴になる可能性は高い。
また状況証拠だけでは犯人が否定している限りは有罪に出来ない場合が多い。
証拠能力が失われる可能性は高いし、人間の証言であればこれもまた圧力や買収で、証拠能力を消してしまえるのだ。
「けっこう前に、どうしようもない自分の子供を殺して自首した元官僚とかもいたけど、ああいうのも仲介したりするのよ。教えてもらえればよかったのにね」
「でも、人を殺してないと食事にならないでしょ?」
「だから、そういうどうしようもないのを裏社会の人間に殺してもらって、その殺した担当者を食べるわけ」
ひどいマッチポンプである。
沙耶子が澄花をここに呼んだのは、現在進行中の事件について説明するためである。
愛善光明会の件はどうなったのかと聞きたいところであるが、とりあえずは話を促す。
「珍しいことじゃないけど、この一ヶ月の間に三件の事件があってね。被害者はいずれも10代後半から20代前半の女性で、薬を打たれた後に死亡して、公園の敷地に埋められていた。雑な仕事でね。たぶん犯人自体は見つかると思うんだけど」
そういう凶悪事件をさらっと話さないでほしい。
「本当なら刑事課案件なんだけど、死因がはっきりしなくてね。殺人じゃなくて死体遺棄の可能性もあって、それで生活安全課が協力しているわけ」
「あの、刑事課と生活安全課の違いから聞きたいんだけど」
「そこからね」
裏社会にどっぷりと浸かった沙耶子ならともかく、一応表社会の人間である澄花が、そういった区分けを知っているわけがない。
刑事課というのはなんとなく分かるのだが、生活安全課とは、聞いたことはあるかもしれないが意識したことはない。
刑事課は単純に言えば、刑事事件を担当する。つまり犯罪者の中でも、既に犯罪を犯した人間が対象だ。
生活安全課も人間は対象であるが、生活に密接した部分を担当する。未成年者の犯罪を防止したり、未成年者が犯罪に巻き込まれるのを防止したり。
今回の場合は被害者の一人が未成年であったことと、過去に生活安全課で関係したことがあったため、捜査本部に狩りだされているというわけだ。
「それが表の理由」
そうなのか。裏があるのか。
「あの二人、刑事事件として下手に扱えない事件の担当だから」
生活安全課には、防犯という意識がある。
夜の街を歩く未成年者を補導したりすることも、その仕事のうちだ。
そして情報は集まり、警察らしく見えない者たちが、そういった分類の難しい事件を捜査するのだ。
「今のところは殺人事件……じゃなくて、死体を捨てただけかもしれないと」
「どちらにしろ同じ手口で三人なので、捜査本部は作られてるんだけど」
沙耶子はバーでありながらおつまみを作れるこの店で、澄花に色々と食べさせてくれる。
「新宿署にはいるのよね。私みたいなのが」
「吸血鬼!?」
澄花の驚きの声に、沙耶子は首を振る。
「そこまでのものじゃないけど、半分こちらに足を踏み入れてるのがね」
超常の存在。
それが権力に飼われている。
別に日本に限らず現代に限らず、権力の側がそういった存在を手にしておくのは、基本ではある。
非合法的に使うことも出来れば、合法的に使うことも出来る。
沙耶子のやっていることは私刑であるが、社会の秩序を保つためには、法律以外の刑罰で、排除しなければいけない存在はあるのだ。
それが人殺し以上の凶悪犯となれば、沙耶子は食事が出来るし、権力サイドは治安の悪化に苦労しなくてすむし、いいことばかりなのだ。
「あれ? でも今の殺人事件とは関係あるの?」
愛善光明会、連続殺人、殺し屋殺しと、権力サイドの殺し屋と、それぞれ別の事件に思える。
もちろん澄花にはその詳しい内容は知らされてないのだが。
「少しずつ関係してるのよね」
沙耶子が話し始めるのは、権力サイドの殺し屋のことであった。
日本には犯罪者としてではなく、行方不明として処理しなければいけない犯罪者がいる。
ようするに状況証拠は真っ黒だが確定的な証拠がないために、犯罪を立証できない場合だ。
そしてもう一つは、犯罪者とすれば権力者に迷惑がかかるため、行方不明扱いになってもらわなければいけない場合である。
この仕事をしている殺し屋、あるいは処理業者とも呼ばれているのが、沙耶子と同じ世界の住人だ。
その人物はグールと呼ばれている。
「グールってあの、人間の死体を食べる?」
「そうそう。吸血鬼ほどじゃないけど絶滅危惧種なのよね。日本だと火葬だから死体も手に入りにくいし」
このグールと呼ばれるのは、そもそもからして人間とは種族が違う。
だが吸血鬼ほどに遠くもない。怪力を誇り、肉体が頑丈で、再生力に富み、生命力が豊富だ。
弱点としては腐敗しかけた人間の肉から蛋白質を取らないと、死んでしまうということ。
明らかに日本に住むには向いていない種族であるが、殺し屋として使うには丁度いいわけだ。
そして現在の連続殺人について、公にはされていないこと。
それは被害者のいずれもが、肉体のどこかを切り取られているということだ。
「つまり外からきたグールが、好き勝手しているということ」
「それを殺すの? でもグールって人のうちに入るの?」
「前に食べたことがあるけど、人間と同じ味だったわね」
化け物が化け物を食べるのか。
つまり沙耶子としては、そのグールを警察より先に確保して食べてしまいたいわけか。
ただそれを邪魔しそうなのが、権力側のグール。
「グールって強いの?」
「人間よりはね」
吸血鬼よりは弱いらしい。
連続殺人、殺し屋殺し、権力サイドの殺し屋は出てきた。
あとは愛善光明会がどう関係しているかだ。
「そのグールを入国させたのが、愛善光明会なわけ」
「なんでそんなものを……」
「殺し屋ビジネスでもしたかったんじゃない? 死体を手に入れるのもついでに出来るし」
人を殺すという、澄花がもっとも忌避するその基準。
それを仕事にしているということが、彼女にとってはとてもおぞましく感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます