第16話 過去

 警察官の持つ罪は、おおよそが虚言ではないかと思う。

 こちらを試すかのようにさらっと嘘をついた警官へ、澄花は告げる。

「別に本名を名乗ってもらわなくてもいいのですが、それだと正しく占えませんよ?」

 その言葉にも、警官はわずかにも動揺しない。

 職業的にこういった指摘には慣れているのかもしれない。


 そう、警察手帳を見せた年長の警官と違い、若い方の警官は嘘をついた。

 名前を誤魔化したのだ。嘘をつくことがそのまま罪になるとは限らないが、この場合は澄花を騙そうとしたので罪になる。

「それはどうやって調べてあるんだい?」

「どうと言われても……」

 嘘をつかれたことが分かるのは、別にテクニックなどではない。

「占いは、今の自分の位置を示した上で、過去や未来の道を探っていくものです。その最初の名前という立ち位置が違えば、占うことが出来なくなります。だから占えないと言ったのです」


 この時澄花は知らなかったが、警察にはいくつかの理由により、本名を名乗らずに行動している者がいる。

 あとは警察ということ自体を知らせずに潜入捜査をする警官もいるのである。

「本名が分からないと占えない、と?」

「いえ。それなら名前を知らないものとして普通に占うだけです」

 そう言うと警官二人は目で会話をして、少しだけ手や指先を動かした。


 何かの合図なのかな、と澄花は思いつつも、座っている若い方の警官の影に触れる。

 そこから伝わってくるのは暴力と圧力。

 普段の仕事か以前の部署かは分からないが、暴力に関わって生きてきた人だ。


 これ以上探っていいのかなと澄花は思うが、深いところまで話さなければ大丈夫だろう。

「貴方は今、秘密と嘘に取り巻かれた環境の中にいます」

 まあ警察ならそれぐらいは当然なのかな、と思う。

「ですがそれらの悪意に対抗するのは、自分だけではありません。敵以上に味方がいますし、その守りはとても強いものです」

 澄花の占いは、基本的には未来など分からない。

 ただ過去の罪から記憶と記録を探り、それらしいことを伝えるだけだ。

「ここまでは無料です。あとは30分で5000円となりますが」

 警察相手でも変わらない澄花であった。


 年長の方が財布から五千円札を取り出す。

「領収証はもらえるかな」

「え……領収証……」

 これまでそんなものを要求されたことはないので、澄花としては準備がない。

「あ~……分かりました。警察の方ですし、今回は無料で占います。領収証は次回までには用意しておきますので」

「お、ラッキー」

 こんな領収書を警察の経費で落とせるかは微妙なのだが、言ってはみるものである。

「それではまず過去から占っていきますが、あまり見られたくないですか? つながりを見ていく上では、過去も分かっていたほうが未来も見やすいですけど」

 澄花の占いは、過去の罪の記録はそのままはっきりと見てしまう。

 未来に関しては、実はその延長からの推察でしかない。

「過去ねえ。ま、分かるなら?」

 若手のバカにしたような言葉に澄花は少しだけムキになった。




 人の秘密を暴くことに、忌避感や罪悪感があるわけではない。

 ただ単に、澄花はそういったものを見るのが嫌いなのだ。

 人間に対する、根本的な部分での不信。

 元々持っていた力ではないがゆえに、澄花はかなりの時間をこの目と共に過ごしながらも、割り切って考えることが出来ない。


「ああ……早くにお母様を亡くして……あまりお父様との記憶がないのですね。だけどお姉さん……いえ、これはお姉さんではないですね。大切な人のようですが」

 それまではどこか余裕を持っていた若い方の警察官が、途端に真顔になる。

 年配の方も顔色が変わった。

「それで……」

 澄花は言葉をつぐんだ。

 この過去は、言葉にしない方がいい。

「警察官になったのも、この影響ですね」

 澄花が隠したことを、相手は悟った。


 新宿には色々な人間が集まる。

 その中には怪しい商売の者も少なくはないが、こういったものが的確に当たったことがないわけではない。

 これは、おそらく本物だ。

 他の部分が拙いのは、逆にこの本物の能力に頼っているがゆえだ。

 警察はあらゆることを疑う現実主義者だが、現実が超常の事実を示すなら、それを認めないわけにはいかない。

 特に単なる刑事ではなく、この地域の生活安全課の事件を解決するなら。

 生活安全課は刑事課と違って、事件が起こる前に出来ることは多いのだ。


「過去のことはいいな。今俺たちが追っている事件について、何か分かるかな?」

 今のことを言われても、澄花としては困るのだ。

 確かに新しい罪の記録から、どれかと推察することは出来るのだが、具体的に追っている例は確信出来ない。

「今ですか……」

 ここは誤魔化すべきかと思った澄花である。なにしろ金は取っていないのだ。

 だが、その選択肢はない。

「今かどうかは知りませんが、この少し年配の、雰囲気が危険そうな男性」

 そう、小室亮二を、この警察官は知っている。

「人を10人以上殺していますが、捕まっていないようですよ?」

 占い師は普通、もっと抽象的なことを言って、どうとでも捉えられる言葉にする。

 澄花のこれは、明らかに事実をそのまま述べている。


 澄花としてもちょっとだけムキになって本当のことを言ってしまったが、下手に警察にマークされるのは、沙耶子にとってマイナスである。

 なぜなら別に沙耶子は冤罪などの可能性は考えず、罰を下すわけでもなく、ただ殺人者を捕食したいだけなのだから。

「誰だ?」

 警官は顔を見合わせるが、おそらく思い当たる人間が多すぎるのだろう。

「年齢は50歳前後で、髪は白髪ですが黒いヒゲを生やしています。割と体格も良さそうです」

「……小室か?」

「殺すって、何か証拠は?」

 食いついてきた。生活安全課ではあるが、特にこの若い方は、荒事に慣れている。

「北西の山の中に……なんでしょうね、これは。近くに大きな建物がある山の中へ、埋めています。他の証拠はちょっと」

 これは罪を見た時に、澄花が影から探っていたことだ。


 新宿で警察官などをしていると、ホンモノに出会うことはある。

 この少女もホンモノだと確信出来る二人であったが、あくまでもこれはきっかけにしかならない。

「今! 今の扱ってる事件からは何か分からないか? ヒントでいい」

「あの……私の出来るのはあくまで読み取ることで、何を読み取るかとかは区別出来ないんですけど」

 そんなに便利なものではない。そもそも今この二人が担当している事件さえ、何かは分からない。


 ただ人の感情などに、本質的には鈍感な澄花でも分かる。

 これ以上の深入りは、あまりいい結果につながらないと。




 そこへ冷たい声がかけられた。

「お巡りさん、子供を怖がらせないで」

 黒いドレスを着た沙耶子。

 ただしその外見は、10歳ほど大人びて見える。

 そう、化粧や服装ではなく、実際に外見が変わっているのだ。

 わずかとはいえ吸血鬼の幻術を使っているため、この姿ではあまり人には会いたくないのに。

「確か……オーナーの姪ごさんだったかな?」

「サーシャです。仲介などをしていますが」

 外国の名前でも、沙耶子には違和感がない。日本人的な外見ではないからだ。


 警察官たちはまた目配せする。ただその興味が沙耶子の方に移ったのは間違いない。

「仲介?」

「あとは情報の売買などを」

 警察官はそれぞれが、自分なりの情報の伝手を持っている。

 そしてそれらの情報屋をさらに、まとめるボスのような者がいる。


 外見や年齢で惑わされてはいけない。

 警察官などをしていると、そういった危険な存在と関わることがあるのだ。

「何かこみいったお話であれば、上のバーでお聞きしますけど?」

「いや、また日を改めるよ」

 年長の方の警官はそう言って、澄花に声をかける。

「その時は領収証の発行をよろしく」

「あ、はい」

 去っていく警察官たち。澄花が沙耶子の方を向くと、その姿はいつもの年齢に戻っていた。

 化粧だけでは隠し切れない変化。そういえば外見を変えられるなら、沙耶子は化粧品いらずであろう。


「今日はもう閉める? 少し話したいこともあるから」

 それはあの警察官にも関係したことなのだろうか。

 澄花に否やはなく、沙耶子の言葉に頷いた。

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