第15話 新宿の警察

 殺し屋というのは職業なのだろうか。

 それで収入を得て生活をしているという意味では、職業と言っていいのかもしれない。

 ただし完全に違法の存在であり、当然ながら収入の中から税金を払っていない。

 実のところ現代の日本では、殺し屋というのは成立にくいのだ。

 せめてちゃんと本業を持っていないと、周囲からも不審の目で見られる。


 そんな殺し屋という職業が、この日本にあるのかと問われれば、ある。

 正確には人殺しも含めた、おおっぴらには出来ない裏仕事を行う職業だ。

 たとえば掃除屋などは、表の顔では普通の掃除もしている。

 では殺し屋が普段は何をしているのかと言うと、意外と普通に働いていたりする。

 あと殺し屋は基本的に、あまり裕福な暮らしをしていない。

 下手に給料以上の生活をしていると、税務署に目をつけられるからだ。


 殺し屋も税務署には弱い。


 それはさておき、この日本にも殺し屋はいる。

 より正しく言うなら、殺しも請け負っている何でも屋だろうか。

 そんな殺し屋には仲介人がいたり、情報屋とつながっていたりする。


 沙耶子の場合は興信所から、情報屋とつながっている。

 そして殺し屋の仲介人とも。

 また彼女は、ある特異な以来だけは受けることにしている。

 もちろんそう宣伝しているわけではないが、いつの間にか都内ではそう呼ばれるようになった仕事。

 殺し屋殺しである。




 沙耶子の価値観や、殺人に対する忌避感は、人間のものではない。

 それに彼女の思考や価値観は、現代のものでもないのだ。


 彼女は、人を殺すことは禁じられている。

 ただ捕食のためにのみ、それを許されている。

 人殺しの殺し屋というのは、彼女にとって貴重な栄養素なのである。




 占いを始めて数日、あっという間に客が増えてきた。

 コミュ障の澄花にとっては、かなりきついことである。

 なお澄花の持つ能力以外に、もっと現実的な方法で、沙耶子はこの占いを成立させている。


 客はまず受付において氏名と生年月日を書かされる。

 住所や電話番号はなし。この情報化時代にそこまでのデータを得るのは、逆に危険である。

 そして名前と生年月日さえ分かれば、そこから個人情報を盗み出す人材が、沙耶子の部下にはいるのだ。


 人間は十数年も生きていては、必ずその足跡をどこかに残す。

 かなり強力なハッカーがいれば、その情報を盗み出せる。

 所属する学校なり会社なりが分かれば、そこから過去の事件などを検索も出来る。

 何か新聞沙汰にでもなっていれば、それでしめたものである。


 骨伝導スピーカーで、澄花は占いの対象の個人情報を得る。

 もっともそれも必要もなく、おおよそはこれまでの小さな罪で、その人間の性質などはかなり分かるのだ。

 澄花ははっきり言って人生経験が足りない、人間関係も構築の下手な女子高生だ。

 だが人間の罪と悪意だけは、これまでずっと見てきていた。


 全ては答えず、必要でないことを遠まわしに伝え、真実の一部は隠す。

 普通に生きていく上で澄花の身につけた処世術が、ここでも役に立つ。


 これは将来も占い師を職業にしてもいいのか、と考えていたある日。

 耳元で澄花に伝えられたのは、かなり嫌な情報であった。

 警察が来たのである。




 このあたりは新宿署の管轄になる。

 担当するのはやはり、生活安全課だろうか。

 主に一般人の生活に関わるという点で、生活安全課はフィクションの花形である刑事課よりも、防犯に重きを置いている。


 休日の昼間、客はいない。

 警察手帳を見せられて、澄花は自然と緊張する。

 制服ではなく私服警官だ。ドラマなどの通り、二人で行動するらしい。

「ちょっと話を聞かせてくれるかな」

「え、私何も変なことしてないですよね? 一応届けとかは出してるはずですけど」

 澄花の声があまりにも若いので、あちらはむしろ驚いたようだった。

「ええと、ここは君が責任者ということでいいのかな?」

「いえ、違います。私は雇われで、あくまでも責任者は別にいます」

「つまり、従業員?」

「アルバイトですが」

「アルバイトが占いを?」

「はい。得意なので」


 顔を見合わせる二人の警察官。

 どうやら考えていたのと違う展開のようである。

「あ~、どうしてここで働くことになったのか、聞かせてもらっても?」

「学校の友達が、このビルのオーナーさんと知り合いだったんです」

 またも顔を見合わせる警察官である。


 このビルのオーナー、そしてこの占い屋の店長も、沙耶子に紹介されたものだ。

 テナントとしては最上階に入っているバーも、同じオーナーであるらしい。

 もちろん本当のオーナーは沙耶子であるのだが、そういうことになっている。


 警察官がこそこそと話している間に、澄花は二人の影を見ていた。

 二人とも、人を殺してはいない。

 ただ暴力や虚言の罪は見える。正当防衛でもかなり暴行罪にはなるので、凶悪犯でなくても悪質な酔っ払いを制圧する上で、そういった罪になってしまっても不思議はない。

 虚言については、まあそういうものなのだろう。




 しばらく話し合っていた二人は、ようやく結論を出したようだった。

「ええと、君自身のことを確認させてほしいんだけど、身分証明書の類は持ってるかな?」

「いえ……。でもオーナーさんが健康保険証のコピーを持ってるはずです」

「家族の方はここでの仕事は?」

「知らせていません。一人暮らしなので」

 本当のことばかりを言っているのだが、どうも警察というのは、何も悪いことをしていなくても威圧感がある。

 殺人の犯人隠匿という意味では、澄花も立派な犯罪者なのかもしれないが。

「顔を見せてもらっても?」

 そう言われて澄花は、ヴェールをかぶったままなのを思い出した。


 まだ若い澄花の顔を見て、二人は少し毒気を抜かれたような表情になった。

 澄花としては自分が犯罪者にはあたらなくても、警察というのは緊張する存在だ。

 自分がなしたことではないとは言え、彼女は多くの秘密を持っているのだから。

「若いね。学生さん? ちゃんと学校行ってる?」

「はい。今は夏休みだから店を開けているだけで、平日は本の二時間か三時間しか営業してないんですよ」

 そう言って営業時間の書いたチラシを渡す。

「へえ。これ最初の五分は無料なんだ」

「はい。その先を聞きたい方は、30分五千円ということで」

「弁護士より高いや」

 そう言って笑う警察官に、澄花も少し気が抜ける。

「じゃあ試しに五分、見てもらおうかな」

「構いませんよ」


 澄花は用意されていたクリップボードとペンを渡す。

「お名前と生年月日をお願いします」

「これって皆に書いてもらってるの? 住所とか電話番号はなしで?」

「そうですね。気になるようでしたらそのままお渡しします。住所と電話番号は、こちらでちゃんと管理することが出来ないので、そもそも書いてもらってません」

 個人情報保護法の関連である。

「じゃあ俺じゃなく、こっちの方を占ってもらおうかな」

 どちらかというとフレンドリーなお巡りさんが交代したのは、少し年齢が低めの、体格のいい警察官だ。

「どちらでもけっこうですよ」

 そして澄花はいつもと同じように、占いを開始する。

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