第14話 裏社会
どのような集団であっても、それが大きくなればなるほど、汚れ仕事を受け持つ部門が存在するようになる。
愛善光明会の場合は、善行社という警備会社がその暗部である。
総合警備という表の仕事はあるが、暴力執行機関はこの会社の社員がほぼ全て請け負っている。
下手に顔が警察に売れてしまえば、本部にしばらくは避難である。
社員の間ではこれを、ムショ暮らしと呼んでいるらしい。
さて、人間社会で殺人者を狩るために、沙耶子もまた集団を形成している。
そしてそれは彼女の身分を保証するためにも必要なものだ。
彼女の外見年齢は16歳であり、それで成長を止めてしまった。
昔はそれで充分に大人だったので問題なかったのだが、現代日本では間違いなく未成年である。
結婚可能年齢はさらに引き上げられて、晩婚化の進んだ現代は、やはり日本は沙耶子の食事を手配するには不便な場所だ。
それでも沙耶子が拠点の一つを日本に置いているのは、この国が安定しているからだ。
人殺ししか食べられない彼女が、治安のいい日本の安定を望むのは、彼女が組織を持っているからだ。
それも非健全な組織ではなく、健全な組織も含めて。
500年を生きる吸血鬼でも、人間の社会の中では、組織を作らずには生きられなかった。
澄花は全く知らないことだが、沙耶子もまた合法な組織と非合法な手段でつながっている。
善行社の業務と幹部職員、そして実行部隊について調べるのは、沙耶子の力でも難しい。
単純に可能か不可能かで言うなら可能であるのだが、エネルギーの消費が大きすぎるのだ。
なので吸血鬼としてではなく、人間の力で調べる。人間の力というのはつまるところ金とコネである。
警察へのつながりがあるのは、愛善光明会だけではない。
この現代日本で生きるにあたっては、権力とのつながりは暴力とのそれよりも重要である。
沙耶子の場合は興信所のオーナーであり、その社員に定年退職警察官などを雇っている。
その興信所を使って、善行社を調べさせることとなったのだった。
調べるといっても、それほど危険なことはしない。
あちらもこちらも同じように警察OBを社員として再雇用している以上、普通にそれなりの情報は分かるのだ。
もっともその規模が違うため、またあちらは明らかな違法行為をしているため、調べるのには危険が伴う。
日本の興信所の場合、調べることは主に身上調査だ。
結婚相手の身内などに犯罪者はいないか、配偶者が浮気をしていないか、特定の団体などに所属をしていないかなどの他に、警察の公安と接触したりもする。
普段沙耶子が利用するのは、証拠不十分で不起訴となった殺人の容疑者だ。
状況証拠的には間違いなくやっているだろうが、決定的な物証がなかったり、アリバイを主張する人間がいたりして、起訴にまで至らない犯罪者だ。
沙耶子にとって重要なのは、それが裁かれることではない。
事実が、人殺しという事実があればそれでいい。
裁きを下すわけでもなく、罰を与えるわけでもない。
ただ捕食するために、人を殺したという事実さえあればいいのだ。
「それでまあ調べたわけだけど、確実に殺してる人間が四人、殺しに関わってるけど殺人として扱われるかが分からない人間が14人ほど出てきたわけ」
沙耶子が澄花に説明する。それは紙に印刷された情報だ。
元のデータは既に、彼女の手元にしかない。
「この日本でも一応殺し屋っていうのはいるのよね。ただ殺し屋以上に、掃除屋が多いけど」
「殺した後の掃除?」
気分が悪くなりながらも澄花は質問する。
「いえ、死体の処理よ、正確には殺人があったという状況を消してしまうことだけど」
平然と沙耶子は言うが、澄花の精神状態にはそれなりに注意している。
愛善光明会は警備会社の経営母体であった。
そしてまた、清掃会社も経営している。
この清掃会社の社員の一部が、掃除屋なのである。
死体の処理、証拠の処理、現場の処理などを行う。
基本的に日本の司法においては、死体も凶器も現場も分からなければ、特殊な状況以外殺人を立件出来ないことが多い。
立件出来たとしても、例えば死刑相当の罪状であっても死刑が執行されないことがある。
法律には、白でも黒でもない、グレーゾーンが、執行の段階で存在するのだ。
澄花の目の弱点、それは人殺しを見逃した罪を、人殺しとは判断しないこと。
そして沙耶子の弱点も、実は同じである。
いじめなどにより、結果的に死ねば、それは人殺しと沙耶子の魂は判断する。そして食料となる。
だがかつて治安の悪い国で、殺された死体の処理をしていたチンピラは、彼女の食事の対象にはならなかった。
今回の件も最初は、実行部隊を処理してしまえばいいかと考えていた。
だがその命令の段階で、命令者も殺人の罪がつく。
そしていくら手足を始末しても、どうしようもない人間というのはいくらでもいるのだ。
頭を潰さない限り、そういう組織はなくならない。
もっとも頭を潰したとしても、また他のところから、頭になる人間が出てくるものだが。
結論、人殺しが消えることは絶対にないので、ただひたすら食い殺していけばいい。
善行社は他に、ヤクザとはつながっていないが、半グレ集団とはつながっている。
半グレとは何かと澄花に問われた沙耶子は、ヤクザ扱いされないヤクザと返答した。
まあ間違ってはいないのだが、違法行為で利益を出しているのが特徴だろうか。
振込み詐欺や貧困ビジネスなどに、これらが関わっていることが多い。はっきり言って暴力団対策法で対処出来ない分、暴力団より性質が悪いとさえ言われている。
「ヤクザとどこが違うの?」
「法律的に違うのよ。だから人間の法で裁くのは難しいのよね。でも私たちは、裁くのが仕事ではないから」
人殺しさえしていれば、暴力団だろうと半グレだろうと、ただのヤンキーだろうと変わりはない。
裁くのではなく、捕食するのだから。
沙耶子は正義の味方ではないが、基本的に犯罪者の人殺ししか殺さない。
なぜなら自分の存在自体が、人殺しなどよりももっとおぞましい存在だという自覚があるからだ。
人間の正義の暴力機関相手には、逆らうことはない。逆らってはいけない。
沙耶子は人間を超えた超常の存在であり、太陽という弱点も克服した吸血鬼であるが、吸血鬼という時点で既に、人間社会から離れては生きていけない存在なのだ。
同族たちは、おそらくほとんどは残っていない。
かつては人間を支配していた吸血鬼も、時代の変遷と共に滅びかけている。
沙耶子自身はこれからも、数百年の時を生きるだろう。
だが吸血鬼という種自体は、ほとんど絶滅しかけている。
それも仕方がない。
恐竜が滅びたように、吸血鬼も滅びるのだろうし、やがては人間も滅びるのだろう。
そんな深いことを考えるよりも、今は捕食である。
善行社とつながりのある半グレ集団を、沙耶子は特定した。
笑えることにこの集団は、普段はカタギの仕事をしているらしい。
そして何か金の匂いがすると動くのだ。
普段はドラッグの販売をする者が中心となり、手足となる人間を使っている。
暴力はいくらでも行使するが、意外と人殺しまではしていない。
ただする時はあっけなくやってしまう。
殺人への禁忌が薄い。そんなサイコパスはいくらでもいるものだ。
「一応探して調べて、殺していそうな人間はあらかた確認してあるけど、最後の保証がほしいわけ」
「私はそれを見ていけばいいのね?」
沙耶子は頷く。
「ただああいう薄汚い連中は、夜中に動き回ることが多いから、澄花が確認することは難しいけど」
それは仕方がないことだ。
人殺しという、同族への禁忌。
人間はそれを、生存のためではなく自然に反する理屈をつけて、正当化してしまった。
殺してはいけないという宗教が、同じ宗教を信じていないと、人間とは認めないように。
また内ゲバを起こしてどんどんと人を殺していった。
澄花にはそれが耐えられない。
「私としても足元が騒々しいのは嫌だし、少し本気でやろうと思うの」
沙耶子の宣言の意味を、澄花はまだ知らない。
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