第13話 占い師

 東京23区内にある雑居ビルの一つが、沙耶子の持つ不動産の一つである。

 立地はいいのだが建物は古く、何度かリフォームをしている。

 テナントはそれなりに入っているのだが、このご時勢では入れ替わりも激しい。


 その中の小さな事務所一つが入る区画が、澄花のアルバイト場所になる。

 平日は夕方から夜の二時間だけ。しかも月水金。

 休日も日曜日の午後だけという、まるで顧客に優しくない営業時間だ。


 だが儲かっている。


 ここで行われているのは、一言で言えば占いになるのだろう。

 だが実際には占えないことも色々あるし、そういう客には返金してそのまま帰ってもらっている。

 まあ簡単に言ってしまえば、澄花の罪を見る目で、相手の過去を探る。

 そこからアドバイスをしていって、客が納得すればそのまま金を置いていくというものだ。


 なお澄花は演出と身バレを防ぐため、目元だけが見えるアラビア系の女性の衣装をしている。

 別に占いとは関係ないのだが、これでもそれっぼく見えるらしい。

 そして使うのは水晶玉だ。

 他の占いとは大きく異なることは、占う場所が煌々と明るく照らされていることか。

 神秘的な雰囲気を出すためには、やや薄暗いほうがいいのであるが、それだとはっきりと影が見えない。

 つまり澄花の目の力を使うためには、どうしても神秘性が犠牲になるのである。


 もっともここまで、客が納得出来ずに返金した例はほとんどない、

 一度は返金したものの、もう一度来て倍の金を払って占ってもらう者もいた。




 澄花の目は影の中に人の罪を見て、その影に触れることによって、その詳細を知ることが出来る。

 これまで澄花は、重い罪を刻まれた人間には近寄らず、そしてどんな罪の持ち主でも、影に触れようとはしなかった。

 だが沙耶子は逆に考えたのだ。

 罪を正しく理解することによって、精神的な耐性を得るべきだと。


 また占いの初歩的なテクニックは、沙耶子が分かっていた。

 彼女もまた一時期、占い師として生計を立てていたことがあったのだ。

 あの頃は表の権力者とはっきりつながっていたため、人殺しを見つける手段も簡単であった。


 占いの基本は、二種類の情報を巧妙に操ることである。

 即ち、調べれば分かる情報と、調べても分からない情報だ。

 事前に調べていれば分かる情報と、目の前の人間しか知らない情報の二つとも言える。

 このうち、本来なら難しいのは後者の情報を得ることである。

 実際に対面して、反応を見ながら分析し、相手の思考を誘導する。

 秘密を暴露されたことに依頼者は驚き、調べれば普通に分かることでさえも、何もかもが相手に分かっているように思わされる。


 澄花の場合は、人の秘密が分かるわけではない。

 だが人の秘密というのは、たいていが罪とセットになっている。

 それにこのビルは歌舞伎町などからも近く、色々と相談に来たがる人間は多い。


 ただ澄花の能力は、ちゃんと限界を知っておかなければいけない。

 それは占いを称してはいるが、未来は占えないということだ。

 またこの場にいない他人を占うことも出来ない。

 出来ないことは出来ないと、はっきり言うことが逆に信用を得ることにもなる。


 それに事前に名前と生年月日は書いてもらっている。

 ここから、その場では伝えられないことを、後から伝えたりもする。

「都内って本当に監視カメラだらけなのね」

 澄花は呆れたように言うが、カメラに映らないように出来る沙耶子にとっては、一方的に情報収集が出来る場所でもある。

 たとえばこの占いにしても、事前にある程度待たせた上で、盗聴などをしておく。

 二人以上で来ている場合は、その事前の会話からもある程度は状況を推理出来る。




「はい、それでは本日のアガリは、諸経費を引いて三万円です」

「うわぁ……」

 しゃんまんえん。もちろん一ヶ月の生活費にも及ばないが、澄花にとっては高収入となる。

 月に20日働けば、60万円となる。

 税金などは先に沙耶子が引いてくれているため、いざとなればこれで食べていけそうだ。

「まあ澄花が大学を卒業するまでには、占い一本で食べていけるぐらいにはしれあげるわ」

「ありがとーごぜーます、お代官様」


 もっとも澄花が占い師の真似事をしているのは、将来の就職のためではない。

 ぶっちゃけ罪を見るこの目を使えば、探偵業などの方がやりやすいだろう。

 ただ、探偵というのはあれはあれで、色々と専門知識が必要なものである。

 対人関係の構築が壊滅的に苦手な澄花には、おそらく勤まるものではない。


 さて、この占いであるが、実はあくまでも副業である。

 アルバイトを副業と言うのは当たり前であるが、本当の目的は近隣のビルにテナントとして入っている、例の警備会社の関係者を調査することなのだ。

 具体的に調べてみたところ、警備会社の名前は善行社という。

 冗談のような名前であるが、まあ名前はいいだろう。

 一般的なビルやテナントの警備も行っているが、警備員の派遣も行っている。

 資金提供をしている政治家の警護も担当しており、そこそこは名前が知られている。


 だが沙耶子の情報網によると、荒事専門の人間もいる。

 完全に裏社会の組織ではないが、半分弱は裏に属するといった程度だろうか。

「なんだかものすごく……平穏から遠のいてきたんだけど……」

 澄花が今いるのは、占い師をやっているテナントビルの最上階にあるバーである。

 ここは沙耶子が持っている店であり、またビル全体の保安も担当している。もちろんオーナーであって、店長とは違うが。


「確実に人を殺してるけど、まあそれでも素人ね」

「16人殺して素人なの?」

「本職の殺し屋なら、100人ぐらいは普通に殺してるけど?」

 いるのか殺し屋、本当に。

「だいたい何人殺してどれだけ武装していても、結局は人間でしょ? 私の敵にはならないわ」

 そう言われて、澄花はふと気になった。

「吸血鬼以外のオカルト存在も実在するの?」

「いるわよ」

 あっさりと沙耶子は肯定する。


 その瞬間の表情は、久しぶりに澄花をぞっとさせるものだった。

「その……知らない方がいいのかな?」

「ん~……私も何度か戦闘になりそうなことはあったけど、基本的には私には無害だったし」

 沙耶子の力がどんなものか、まだはっきりとは知らない澄花であるが、吸血鬼と同じように危険な存在がいる。

「まあ知らなくても大丈夫よ。普通に生きていたら……まあもう普通じゃないか」

 そう、確かに沙耶子に出会ったことによって、澄花はもうこの世界の裏側に入り込んでしまった。

「狼男ととか人食いとか、あと普通の人間だけど色々と改造されてるのとか」

「え、東京怖い」

 23区はどうやら化物の巣窟らしい。


 澄花の認識は間違いではないが、完全に正しいわけでもない。

「大丈夫よ。私に勝てる存在はいないと思うから」

 それよりも恐ろしいのは、普通の人間である。


 今回の最大のターゲットである小室亮二は、普通の人間であるのに16人も殺している。

 別にそれぐらいの殺害数ならば、普通にどの国でもいる。だがこの男は人に命令を下す立場でありながら、16人も殺しているのだ。

 実際に自らの手にかけたのは、影に触れて澄花が確認した。

 明らかにシリアルキラーだ。しかも制御されている。

 単なるシリアルキラーであれば、いずれ暴走してその存在は暴かれるが、それがないというところは逆に恐ろしい。


 もっとも単に殺すという能力に限るなら、もちろん沙耶子の脅威ではない。

「もう少し調査してから、あとは澄花にも確認してもらって、あとは私の仕事よ」

 沙耶子はまた少しお腹を減らしている。

「全部食べるから安心して」

 とても安心出来ない澄花であった。

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