第446話 選ぶということは、選ばれない方を選ぶということ

 あれから唯斗ゆいとは、こまるに引っ張られるようにして色々な屋台やお店を回ることに。

 デート予行演習の時よりも増えているものもあって、夢中になって遊ぶ彼女の姿を微笑ましそうに眺めながら、気が付けば空も真っ暗になるような時間まで楽しんでいた。

 しかし、どこへ行っても気が付けば心ここに在らずという状態になっていて、何度もこまるに肩を叩かれてしまう。

 「休憩、する?」と心配してくれた彼女には看病で疲れているだけだと誤魔化したが、彼自身には本当の理由が分かっていた。

 彼はずっと後悔しているのだ。こまるとの約束を守るためという口実を使って、悲しむ夕奈ゆうなを置いてきてしまったことを。


(今頃、何してるのかな……)


 彼女のことだから、『お誘い、失敗しちった!』と瑞希みずきたちのパーティに加わりに行った可能性だってある。

 けれど、それは今日が何でもない日だったらの話だ。残念なことに、今日という日には誰かが勝手に認定した『特別』というレッテルが貼られてしまっている。

 ずっと近くにいた彼だからこそわかるのだ。こういう時の夕奈には、ついつい見栄を張ってしまう癖があると。

 きっと、失敗したことを言い出せずに、ひとりで寂しさを埋める方法でも探しているはずだ。


「唯斗、つぎ、あそこ」

「射的、いいね」


 自分でもどうしてこんなに後悔しているのか分からない。クリスマスイヴの特別な意味なんて、何年間も忘れていたはずだったのに。

 それでもこまるの一挙手一投足を、記憶の中の夕奈と無意識に比較してしまう。きっと、彼女たちが正反対の魅力を持っているせいだ。


「弾、僕が入れてあげるよ」

「ありがと」

「射的の銃はなかなか重いからね」


 くじ引きで残念賞しか当たらずに落ち込んでいるこまるを見れば、夕奈ならこんな子供のおもちゃでも面白がるだろうな、と。

 綿菓子を幸せそうに頬張るこまるの横顔を見れば、棒が無くて指でわたあめを作って差し出してきた時の夕奈の困惑した表情を思い出す。

 そして、獲物に狙いを定めている真剣な後ろ姿には、不思議と彼女に背負われて部屋まで戻った修学旅行の夜のことが浮かんだ。

 別にこまるのことが好きじゃないわけでは無い。静かで大人しくて、それでも好意ははっきり伝えてくれる彼女のことが確かに好きなのは間違いない。

 それでも、もはや認識せざるを得なかった。友達として好きだという気持ちに覆い被さるくらい、夕奈に向ける気持ちが自分の中で大きいということを。


「唯斗、あげる」


 全ての弾を打ち終えたこまるが、店主から受けとった景品を手のひらの上に乗せてくれる。

 それは小さな袋に入ったりんご味の飴玉。……夕奈と隣の席になってすぐの頃、彼がカイロのお礼にとプレゼントしたものにそっくりだった。


「唯斗、どうしたの? 表情、暗い」

「……こまる。僕、離れてみてようやく夕奈のことをちゃんと理解したのかもしれない」

「どういう、意味? 夕奈、今は、関係、ない」

「関係あるんだ。見えちゃったからさ」


 唯斗はそう言いながら人混みの向こう側を指差す。そこにはあったのは、広場のシンボルとも言える像の傍で、何やら男3人組に強く腕を引かれているらしかった。

 街のイルミネーションを反射してキラリと光った目尻を見た瞬間に感じたのは、寂しい日にならなくてよかったなんて馬鹿げた安堵などではない。

 ナンパもあしらえないほど弱ってしまうまで彼女のために何もしようとしなかった自分を突き刺すような、払うことの出来ない胸の痛みだ。

 そんな彼が助けようと一歩を踏み出すと、こまるは慌ててその腕を掴んで必死に引き止める。


「唯斗、だめ。私だけ、見てて」

「……」

「お願い権、使うから。こまるを、独りにしないで」

「……本当にごめん」


 掴まれた手をそっと離させた瞬間、彼女の目にもじわりと涙が溢れたのが見えた。

 それでも、唯斗は一度背けた顔を振り返らせることはなく、ただ「許して欲しい」という言葉だけを残して走り去っていく。

 その背中を見つめながら、その場に崩れ落ちたこまるに追い打ちをかけるように、白い雪が降り始める。


 その日、ずっと無表情だった彼女は、物心ついてから初めて声を上げて泣いた。

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