第445話 たこせんとパンケーキの共通点は平べったいことだけ

 夕奈ゆうなと別れた後、唯斗ゆいととこまるは先日のデート予行演習の通りに屋台や出店、クリスマスキャンペーンをやっているお店を回ることにした。

 時間も時間なので、まずは腹ごしらえ。おめかししているこまるのことも考えると、ラーメンのように汁が飛ぶ可能性があるものはよろしくない。

 かと言って屋台や出店から選ばないというのも、このイベントの醍醐味が損なわれる気がした。


「あっ」


 一体何にすれば正解なのかと頭を悩ませていた彼は、ふと視界に写った光景を見て声を漏らす。

 ベンチで仲睦まじげに肩を寄せ合っているカップルの男の方が、女の口へ食べ物を近付けて『あーん』とやらをやっていたのだ。


「そうだ。フランクフルトと焼きそばなんてどう? たこせんもつけよっか」

「……汚れない?」

「僕が食べさせてあげるよ。そういうの、デートっぽいだろうからさ」


 もちろんこまるはもう高校生なわけで、自分で食べても子供のようにこぼしたりはしないだろう。

 それでも、うっかりというのは誰にだって起こりうる。その点で、人に食べさせるという行為は、より高度な集中力と注意力が要求されるのだ。

 つまり、よりこぼしづらくなるということ。カップルがよく『あーん』をしているのは、きっとこういう考えを持っているからに違いない。


「わかった。それに、する」


 こまるからの了承も得られたところで、2つの屋台に並んで目的の品を買ってきた。

 彼女に食べさせている間、自分は食べられないため、これらを置いておく場所が必要になる。

 運良く先程のカップルがベンチを離れてくれたので、そこを使わせてもらうことにした。


「それじゃあ、何から食べたい?」

「たこせん」

「わかった。じゃあ、口開けててね」


 たこせんは上にかかっているソースなどがこぼれる心配はないが、水分を吸っていない青のりなどが息で舞う可能性がある。

 そこは細心の注意を払うため、追加トッピングしてもらった目玉焼きを冷ますという名目で、軽く息を吹きかけてチェック。

 ついでに黄身がしっかりと固まっていることも確認した上で、ようやく開けたまま待ってくれていたこまるの口元へと運んであげた。


「おいしい」

「それならよかった。口の端についてるソース、拭いてあげるね」

「ん」

「はい、取れたよ。次のひと口いける?」


 そう聞きながらたこせんを差し出すと、小さく頷いた彼女がかぷっとかぶりついてきてくれる。

 こまるには悪いけれど、唯斗は何だか小動物に餌付けをしているような気分になれて楽しかった。

 飲み込む度に顔をこちらへ向けては、無言で『ソース、ついてない?』と聞いてくる視線も実に可愛らしい。

 本人はめいっぱい開けてくれているつもりなのだろうが、それでも体のサイズに比例して小さめなひと口も、見れば見るほどでたくなった。


(……夕奈なら、もっとガツガツ食べるだろうなぁ)


 ふと脳裏に過った独り言に、思わずハッとする。目の前にこまるがいるというのに、ナチュラルに夕奈のことを考えてしまっていたから。

 それどころか、先程悲しい顔をさせてまで見捨ててきた夕奈と比べるなんて、二人共に対して失礼極まりない。

 それを頭では分かっているはずなのに、こまるがたこせんにかぶりつく度に、いつか夕奈と食べたパンケーキの記憶が邪魔をした。

 自分の分をぺろりと平らげた直後だと言うのに、自分が食べきれなかった分まで美味しそうに食べてくれた彼女の表情が―――――――――。


「唯斗」

「ん?」


 名前を呼ばれて我に返ると、こまるがラストひと口のサイズまで小さくなったたこせんを見つめながら唸っていた。

 どうやら手を離して貰えないせいで、食べられないと訴えかけてきているらしい。

 唯斗は「あ、ごめん」と言いながらそれを待っている彼女の口に入れてあげると、一旦取り乱した心を落ち着かせるために自分の分のたこせんを黙々と食べ始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る