第412話 ジュースは最後の一口が一番美味しい

 あれから一夜が明けた翌日。昨晩のうちに花音かのんは家まで送り届け、夜は「お泊まり最後の夜だから」と天音あまねと3人で寝た。

 そもそも一人用のベッドなので狭苦しくはあったものの、穏やかな寝顔が並んでいるのを見ると案外嫌な気持ちにはならないものである。

 そしてぐっすり眠って目覚めた翌朝、唯斗ゆいとはリビングに降りるなりすぐに『待ってました!』と言わんばかりの勢いで飛びついてきた夕奈ゆうなに、もう2時間もまとわりつかれていた。


「夕奈、鬱陶しい」

「 ケチ臭いこと言わないでよ、減るもんじゃないし」

「減ってるよ、僕のHPが」

離れたくないぜHPONPONP……?」

「どこぞの出口芸人じゃないんだから」

「別になんでもいいし。唯斗君の命と代償に、夕奈ちゃんは満たされておりますから」

「僕の命、燃費悪すぎない?」


 命で命が救えるならまだしも、命を削っても夕奈を満足させる程度とは、もはや侮辱されているのと同義なのでは?

 そんなことを思いつつ、もう一度引き離そうと肩を押してみるも、岩に張り付いた貝のようにビクともしない。

 たとえ離せたとしても、気を抜けばまたくっついてくるだろう。むしろ、こっちの方が努力に対するリターンの燃費が悪すぎるね。


「夕奈ちゃんって今日の夕方には帰るじゃん?」

「その予定だね」

「んで、明日からはマルちゃんが来るじゃん?」

「そう言ってたね。本人からも連絡来たし」

「私たちはお互いのお泊まりで、邪魔をし合わないって条約を結んだわけですよ」

「ああ、だから今週は一度も来なかったんだ?」

「その通り。つまるところ、来週は夕奈ちゃんも来れないわけでして……」

「それは悲しいなー」

「言葉の割に嬉しそうだな、おら」


 夕奈が来ないということは、今週と違って遅い時間まで眠れるということである。

 その事実に思わず口角が上がってしまい、思いっきり側頭部にチョップを入れられた。


「要するに、夕奈ちゃんは1週間分のマーキングをしておく必要があるわけですよ」

「何それ、気持ち悪い」

「美少女のマーキングぞ? ゴールデングラブ賞並の快挙じゃろうが」

「ゴールデン……クラブ……?」

「PONPONのことは忘れてくれないかな?」


 唯斗が頭の中に浮かんだ、けたたましく音楽の鳴り響く中で踊る夕奈という光景に吐き気を催したところで、彼女がそっと背中を撫でてくれる。

 もう少し対応が遅ければ、想像の中の夕奈がサングラスに柄シャツのチャラ男に個室へ連れていかれるところだった。

 ……あれ、どうしてちょっと嫌なんだろ。彼女がどこの誰とどんな関係だろうと、自分には影響なんてしないはずなのに。


「夕方前には帰るからさ。それまで近くに居させてよ、ね?」

「はぁ、わかったよ。でも、くっつくだけだからね」

「それはくっつく以上のことをしろというフリ?」

「やったら僕の左手が黙ってないよ」

「封印されし邪神でも召喚されるの?」

「いや、人差し指と中指が立つ」

「……目潰し?!」


 さすがに人の眼球に触れて楽しむ趣味は無いので率先してやるつもりもないが、いざと言う時のために左手はチョキの状態で待機させておく。

 すると、何を思ったのか夕奈が「ジャンケンポン!」と拳を突き出してきた。

 この文言を聞くと不思議と手を出してしまうもので、ハサミとしての使命を全うする左手は形を変えることは無く差し出される。


「やーい、唯斗君の負けー♪」

「いや、僕のハサミはウォータージェットだからね。水の力で金属でも切れるよ」

「なら夕奈ちゃんの石はダイアモンドだし」

「ダイアモンドも切れるよ」

「なっ?! ……ち、地球にする!」

「まあ、地球もある意味石なのかな」

「そうそう。さすがに地球は切れないでしょ!」

「まあ、切ったらウォータージェット諸共僕たちも滅んじゃうからね」

「ふふふ、夕奈ちゃんの勝利!」

「地球を出されたら歯が立たないし」

「ウォータージェットだけに?」

「それは『』でしょ」


 上手いこと言ったと言わんばかりにドヤ顔をする彼女に、唯斗が呆れながらも「夕奈にしては頭のいいボケだね」と少し認めたことは言うまでもない。

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