第405話 女友達とのお風呂よりも妹とのお風呂に胸踊るのは間違っているだろうか

「いや、確かに妹の背中を洗いたいとは言ったよ?」

「うんうん」

「だからって、でいいわけないじゃん」

「うんうん」

「その相槌あいづち、腹立つからやめて」


 浴室に入ってから5分ほどが経過して、唯斗ゆいと天音あまね……ではなく、夕奈ゆうなの背中を洗っていた。

 確かに夕奈も陽葵ひまりの妹なので、大きな意味で妹という括りには入る。

 だからといって、天音の代わりが務まるかと言われればノーだ。だって、唯斗の妹はこの世に一人しか存在しないのだから。


「はぁ、それなのに天音は……」

「えへへ、そんな見つめないでよ〜♪」


 しかし、その妹は既に湯船の中。さっさと一人で体と頭を洗ってしまうと、背中を流して欲しいと頼む間もなくダイブ。

 そのまま顔だけを出してニヤニヤとこちらの様子を伺っていた。そんな行動を見てしまえば、考えないようにしても自然と思い至るというもの。


「本当は夕奈と僕を一緒に入らせるのが目的だったんでしょ。兄として逃せない妹とのお風呂というイベントを利用して」

「……そんなに重大なことかな?」

「大事に決まってるでしょ。あと何回入れるかも分からないのに……」

「別に何歳になっても入ってあげるよ?」

「そういうわけにはいかないでしょ。天音が中学生になってもお兄ちゃんと一緒に入ってるって笑われたら困るもん」


 彼女は分かっていないのだ。全国の兄がどれだけ妹が兄離れしていくことが辛いかを。同時に、どれほど離れてもらわなければならない苦しみにうなされているかを。

 その限られた時間を出来る限り濃い思い出で満たしたいと願う唯斗も含めた兄たちは、その妹から裏切られることで深く傷つくのだ。

 しかし、裏切られても嫌いになれない兄の宿命に囚われたまま離れていき、いつか訪れる妹の結婚式まで溢れそうな涙を取っておくのである。

 結婚式で一番泣いてあげることで、生まれていた距離が見せた『兄は妹が嫌い』という幻覚を払拭し、精神的な意味で強く背中を押すのだ。


「確かに、師匠より魅力的な女の子になったら、いくらお兄ちゃんでも照れちゃうよね」

「ちょ、天音ちゃん?!」

「冗談だよ♪ 師匠、頭は悪いけど顔はいいし。胸はないけど、手足細いし。さすがに勝てないもん」

「別にわざわざ悪口を付けなくても―――――――」

「いいや、天音の方が充分魅力的な女の子だよ。うん、間違いない。お兄ちゃんが保証する」

「……あの、話してる途中なんだけど?」

「天音は世界一可愛いんだから。自信持っていいんだよ、夕奈なんか屁の河童だよ」

「話聞けや、このシスコン! ていうか、いくら比較対象が妹だからって本人の前でそんなにディスる?!」

「うさいよ、屁の河童」

「誰が屁の河童じゃ」


 妹を褒めるあまり、少しばかり夕奈を下げすぎたらしい。変な呼び方をしたら、思いっきりエルボーをみぞおちに入れられる。

 さすがにこれは自分が悪いので素直に謝りつつも、「でも、やっぱり天音の方が……」と言おうとしたら「わかったわかった」とあしらわれてしまった。

 師匠のくせに弟子の魅力の全てを理解出来ていないらしい。天音は絶対中高でもてもてになる逸材だというのに。

 ……変な輩がついたら排除しないとだけど。


「よし、洗い終わったよ」

「ん、ありがと。じゃあ、次は唯斗君を洗う番だね」

「天音はしてくれそうにないし、仕方ないからさせてあげてもいいかな」

「はいはい、天音ちゃんの代わりに夕奈ちゃんがやりますよーだ」


 不貞腐れながら位置を交代する夕奈にクスリと笑った天音は、短く満足げなため息を零しながら湯船から出てくる。

 そして「のぼせちゃったなー」なんて言いながらドアへと向かうと、さっさと出ていってしまった。

 一緒にお湯に浸かることさえ許して貰えないとは、もしかすると気付かないうちにもう兄離れが始まっているのでは……?

 そんな不安にボディーソープをプッシュする手が震えて床のあちこちに撒き散らしていると、パジャマに着替えた彼女がひょこっと顔を出して微笑む。

 何かと思って首を傾げると、天音は少し意地悪な顔をしながら、それでも優しい声で言ったのだった。


「心配しなくても、また今度2人きりで一緒に入ってあげるからね♪」

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