第406話 お風呂場は危険がいっぱい
前もそうだったが、高校生2人で入るには少し狭い広さなため、どうしても体が密着してしまう。
「もう少しそっち寄れない?」
「唯斗君こそ」
「こっちはもう無理だよ」
「夕奈ちゃんも無理だし」
そうやって押し押されなんてしていると、ふと夕奈が思いついたように「あっ」と声を漏らしてにんまりと笑った。
その瞳を見て嫌な予感を覚えた唯斗は咄嗟に逃げようとするが、それを察して腕に抱きついてきた彼女の体はいつの間にか横向きから縦向きに変わっているではないか。
「横に並んで入るから狭いんだよ。こうやって体を向き合わせれば、少し余裕が出来ると思うよ?」
「それはそうだと思うけど……」
「なになに、夕奈ちゃんの顔見るの照れちゃう?」
「そんなわけないでしょ、いくらで見れるよ」
「なるほど、飽きないくらい可愛いかー♪」
「言ってない」
「目は口ほどに物を言うのだよ!」
「……」
「ほら、言い返せないじゃん?」
つい言葉を詰まらせてしまう彼に、夕奈は調子に乗った顔で「ウェイウェイ♪」と上半身だけの小粋なダンスを踊り始めた。
「ちょっと、そんなに動いたら……」
「ほぇ?」
彼女の体を覆っているタオルは、もちろん縫い付けられているわけでも貼り付けられている訳でもない。
激しく動けばそれだけリスクを伴う。凹凸の少ない体型の夕奈なら尚更、手入れのされたすべすべの肌の上を白の防御壁が滑り落ちるのは簡単だった。
「…………あっ」
「…………」
「ちょ、何見てくれてんの?!」
「そりゃ、反射的に見ちゃうでしょ」
「反射的の割に長いよ! あっち向いて!」
「ホイ?」
「遊んでんじゃないから!」
あっち向いてと言われれば、日本人の約6割はおそらく上下左右のいずれかの方向へ顔を向けるだろう。
唯斗もそのうちの一人であり、ちょうど顔を背けた隙にずり落ちたタオルを直した夕奈は、真っ赤になった顔を湯面へ向けてプルプルと震えた。
「いや、今のは不可抗力だならね。僕は何も悪くないというか、夕奈が暴れたから……」
「別に唯斗君のことなんて責めてない」
「そうだよね。だって悪いのは夕奈――――――」
「……バカ」
「ん?」
零すように呟かれた2文字に首を傾げると、彼女は奥歯を噛み締めたような顔を上げながら、「唯斗君のバカ!」と大きな声を発する。
「いくら唯斗君が私のことをなんとも思ってなくても、恥ずかしい思いした女の子に優しい言葉をかけるくらい出来ないの?」
「あ、いや、それは……」
「全部夕奈ちゃんが悪いよ、それは間違いない。だとしても、もう少し気遣いが出来ると思ってた」
「……ごめん」
頭で考えるよりも先に、口から謝罪の言葉が溢れていた。ついさっきまでヘラヘラとしていた夕奈の目に、じわりと涙が滲んでいることに気がついたから。
それはそうだ。男に隠したい場所を見られ、その上反応が照れるでも謝るでもなく責任云々。
唯斗ですら、思い返して最低な野郎だとため息をこぼしたくなるレベルだった。
「本当にごめん。傷つけるつもりで言った訳じゃなくて、夕奈に怒られないために出ちゃった言葉っていうか……」
「それは分かってる。私も羞恥心のせいで怒りすぎた、自分の責任なのにバカみたいだよね」
「いや、僕だってタオルが落ちたら同じ反応をするよ。ただ、相手が夕奈だからつい軽く考えちゃったんだと思う」
「それは……どうでもいいから?」
不安げに控えめな視線を向ける彼女に、唯斗は大きく首を横に振って見せる。
そして聞き間違いがないように、ハッキリとした口調で心の内を包み隠さず言葉にした。
「夕奈が僕には遠慮しなくていい気がするって言ってくれたでしょ。僕も同じ気持ちなんだ」
「……同じ気持ち?」
「そう。夕奈なら自分の弱いところも、強がりたいところも見せられる気がする。何も嘘をつかなくていいって思ってた」
「嘘はつかなくていいけど……」
「ううん。だからって、優しい嘘まで捨てちゃダメだったんだね。いつも一緒にいるから、忘れてたことを今思い出したよ」
「唯斗君……」
どれだけ長く一緒にいようと、本当にふざけてはいけない場面というのはいつだって変わらない。
対人関係における心の推し量り合いというコミュニケーションの核を、何も考えなくてもいいほどに溶け合った関係の中へ沈めてしまっていた。
本当はきちんと男と女、人と人として遠慮をし合わなければならなかったというのに。
「……じゃ、じゃあさ、リベンジしてみる?」
「リベンジ?」
「夕奈ちゃんのを見ちゃったじゃん? それに対して、気の利いた一言を言えたら許してあげる」
「気の利いた一言かぁ、難しそうだね」
「ほら、3、2、1!」
「えっと―――――――――――」
この後、追い込まれた唯斗が「綺麗だった」と答え、夕奈が一瞬にしてのぼせたことは言うまでもない。
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