第391話 怪しい人の後をつける自分も怪しい人

 あれから一夜が明け、今日は夕奈ゆうなが中学時代の友達と遊びに行く日。

 ……なのだが、出発を見送った唯斗ゆいとは、未だに拭いきれない違和感に首を傾げていた。


「やっぱり怪しいよね」


 昨日、わざわざ話の内容を聞いた時に誤魔化そうとしたこともだが、何より戻ってきた時の表情がずっと気になっている。

 本当は遊びのお誘いなんかではなくて、もっと深刻な何かなのではないか。巻き込みたくないからと嘘をついたのではないか。

 唯斗にはそう思えてしまって仕方がなかった。


「……よし、確かめよう」


 元々尾行して行き先を突き止めようとは決めていたが、今朝になってやっぱり良くないのではと思い留まっていたのだ。

 しかし、万が一夕奈の言う旧友が危険な人で、それに巻き込まれようとしているのだとすれば、陽葵ひまりさんから彼女を預かっている身として守る義務がある。


「誰とどこで遊ぶのか。それを確認したら帰ろう」


 唯斗はそう自分に言い聞かせるように呟くと、駆け足で家を飛び出した。

 そして駅へと向かっている夕奈の10mほど後ろまで追い付くと、気配を消すように意識しながら同じ道を同じスピードで歩き始める。


(遊びに行く割に、あんまり楽しそうじゃないね。まあ、一人で歩いてる時くらいは落ち着いてるのか)


 よくよく考えてみれば、自分と一緒に居ない時の彼女を見るのは初めてかもしれない。そう思うと、少しだけ興味が湧いてきた。

 何せ、これまで主観的にしか捉えられなかったものが、客観的にも見れるようになるのだ。

 面倒臭い時の対処法だったり、逆に夕奈の興味の引き方だったり。色々なことが学べるかもしれない。


(……あの人が友達かな)


 駅前に到着すると、見知らぬ女の子が夕奈を見つけて駆け寄ってくる。

 友達と会うこと自体は嘘ではなかったようで、そこまで仲が良かったイメージはないと言ってはいたものの、それなりに楽しそうに談笑していた。

 ひとしきり会話をすると、夕奈が女の子がリュックから取り出した袋のようなものを受け取る。

 その数十秒後、その子はどこからか現れたイケメンと一緒に楽しそうに駅の中へと入っていった。


「……はぁ、断れなかったなぁ」


 ザワザワしているはずのこの場所で、夕奈の呟きだけが何故かはっきりと聞こえてくる。

 その事実に驚きながらも、袋を持ってすぐ近くのファミレスへ入っていった彼女を追いかけないわけにも行かず、唯斗は少し時間を開けてから入店することにした。


「よし、これで完璧なはず」


 近くのド〇キで買ってきた激安の帽子とサングラス、付け髭で変装をし、なるべく堂々とした態度で中へと入る。

 こちらを見た店員さんが少し怪訝な表情を見せたものの、さすがはプロだ。すぐに笑顔を作って近付いてくると、「何名様でしょうか」と通常営業を再開した。


「1人です」

「では、お席までご案内致しますね」


 そう言って連れられたのは、店の中でも比較的端の方にあるテーブル。

 ここから他のお客のことを観察してみるも、入ったはずの夕奈はどこにも見当たらない。

 もしかすると、変装グッズを買いに行っている間に別の店へ行ったのかもしれない。そうだとしたら、きっと探しても見つからないだろう。


(はぁ、無駄足だったかな……)


 唯斗は心の中で深いため息をつくが、同時に頭の中で袋を受け取っている時の映像が再生された。

 もしも、あの中身が良くないもので、それを届けさせられていたとしたらどうだろう。

 今頃、夕奈は怖い人に反抗出来ず、すごく嫌な目にあっているかもしれない。もしかすると今夜、彼女は帰って来れないかもしれない。

 一度そう考えてしまうとそれ以外に浮かんで来なくなって、不思議と諦めたくないという気持ちになってきた。


(今ならそう遠くへは行っていないはず。運が良ければ間に合うかもしれない)


 そう思い至ってバッと立ち上がろうとした彼だったが、ちょうど同タイミングでお水を運んで来てくれた店員さんに行く手を阻まれてしまう。

 今更やっぱり帰るとは言いづらい……なんて陰キャな部分が出そうになるが、そんなことを言っている余裕は無いのだ。

 唯斗は心の中で何度か言うべき言葉を繰り返すと、思い切って店員さんへ向かって――――――。


「お客様、どうかなさいましたか?」


 ―――――――――――言えなかった。

 だって、それよりも先に見つけてしまったから。お客としてではなく、店員として目の前に立っていた夕奈のことを。

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