第392話 偶然と奇跡、そして災難は紙一重
「どうかなさいましたか……?」
探していた人物が目の前にいるのだ。ここを飛び出す理由も、変な客を演じる理由も見当たらない。
「では、ご注文はお決まりになりましたでしょうか」
「あ、えっと……このハンバーグセットを」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ぺこりとお辞儀をしてから戻っていく後ろ姿を、彼は信じられないという表情で眺めた。
なにせ、普段の様子からは想像も出来ないほどきっちりとしていて、つい生き別れの双子なのではと疑ってしまうほど。
慣れと言うよりも、本質的に彼女の中にある真面目な部分が出ているといった感じがして、思わず感心してしまった。
「シェフ、ハンバーグセットをひとつお願いします」
「あいよ!」
キッチンにそう伝え、夕奈は近くのテーブルの片付けを始める。その行動にすら抜け目がないというか、いつものウザさを知らなければ働き者だと尊敬するまである。
先程の友達らしき女の子から受け取っていたのは、おそらく彼女が着ているあの制服なのだろう。
胸元に縫い付けてあるネームプレートが
「はい、ハンバーグセット」
「ありがとうございます!」
数分後、出来上がったものをトレーに乗せ、安定した足取りで運んできてくれる。
その気合いの入った凛々しい顔をじっと見つめてしまい、またも「どうかされましたか?」と聞かれてしまったが、バレる訳には行かないので「何でもないです」とナイフとフォークを取った。
「ごゆっくりどうぞ」
「……はい」
これまで見てきた情報から考察するに、夕奈は友人から頼まれてバイトの代役として入っているのだろう。
それだけなら特に問題はないのだが、まずいのは校則の方だ。唯斗たちの高校ではバイトは基本的に禁止とされているのである。
「……まずいね、ハンバーグは美味しいけど」
以前に3年生でバイトがバレて親と一緒に三者面談。働いていた場所があまり宜しくないところだったそうで、最終的には推薦が取り消されたというケースもあった。
それからというもの、より厳しく取り締まるようになったらしく、そんな状況でバレれたなら反省文で済めば笑い話というレベルだろう。
(でも、さすがに昼間のファミレスに先生が偶然やってくるなんてこと――――――――)
心の中で無い無いと頷きかけた瞬間、入口の方からカランコロンと耳触りのいい音が聞こえてくる。
何気なくそちらに視線を向けた唯斗は、そこに立っていた人物の顔を見て背筋がゾワッとした。
「いらっしゃいま―――――――」
「あら、佐々木さん。こんなところで会うとは思わなかったわ」
「…………せ、先生」
夕奈もきっと同じ気持ちだろう。
だって、お辞儀をして顔を上げたら、目の前に立っていたのが自分の担任である
「佐々木さん、シフトはいつまでかしら」
「あ、あと1時間です」
「なら、この後時間あるわよね」
「はぃ……」
「先生もちょうど学校に忘れ物を取りに行くところだったのよ。ついでに生徒指導室に寄るわよ」
「……わかりました」
「あと、ナポリタンをお願い」
「かしこまりました」と頭を下げてキッチンへ向かう夕奈からは、先程までの元気さは感じられなかった。
バイトを代わりにやってあげたそのたった一日に、偶然先生に会って指導を食らう。こんな災難を言い表すには、不運という言葉は軽すぎる。
「夕奈ちゃん、どうしたんだい?」
「シェフ……ナポリタン……」
「あ、あいよ!」
それでも先生以外のお客さんの前に出る時には笑顔を作って対応するのだから、客観的に見ていた唯斗までも何だか悲しくなってきた。
そのまま働き続けること1時間。着替えを終えた彼女は先生に連れられ、重い雰囲気でファミレスを後にする。
「いや、可哀想過ぎるよ……」
本当ならここで大人しく帰るつもりだったものの、唯斗は尾行を再開。夕奈のことを見捨てきれず、事の結末を見届ける覚悟を決めるのであった。
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